第1話

文字数 5,846文字

 恋かもしれない…

 違うかもしれない…

 私は、考える…

 いや、

 考えた…

 考え続けた…

 そして、気付いた…

 あの米倉…

 あの米倉正造が好きだったことに、気付いた…

 が、

 そんなことを、言っても、後の祭り…

 いまさらというやつだ…

 現に、今、現在、私は、暇…

 暇だ…

 なにしろ、会社を休職している真っ最中(笑)…

 実は、会社をクビとまでは、言わないが、いづらくなったのだ…

 もうすぐ、34歳になる、女は、やはり、今の時代にあっても、使いづらいというか…

 ずっと、昔、母の時代ならば、女は、クリスマスケーキに例えられ、25歳を過ぎれば、大安売りと言われたそうだ…

 つまりは、クリスマス=12月25日…

 25日を過ぎれば、売れ残ったクリスマスケーキは、大幅に値引いて売るしかなくなる…

 翌日には、大げさでなく、半額になったりする…

 そうしなければ、誰も、売れ残ったクリスマスケーキなど、買ってくれない…

 見向きも、しない…

 それと同じだ…

 残酷なようだが、それと、同じ…

 クリスマスケーキと同じ…

 25日=25歳を過ぎれば、自分を大安売りしてでも、結婚してくれる男を探す…

 そういった、世の中の風潮だったそうだ…

 また、現実に、25歳を過ぎれば、独身の女は、会社に居づらくなる…

 なぜなら、それ以上、高齢? の女性は、滅多にいないからだ(笑)…

 だから、居づらくなる…

 いわゆる、同調圧力というやつだ(笑)…

 決して、言葉には、しないが、なんとなく、周囲の態度から、自分が、居づらくなる…

 会社を辞めざるを得なくなる…

 なら、会社を辞めて、どうするか?

 他の会社を探すか、どこかで、パートやバイトをするしかない…

 それが、およそ、30年前の母が、若かったときの現実だったそうだ…

 そして、例えば、18歳の高卒で、地元の大企業の系列の工場に就職できても、25歳を、過ぎて、別の会社に、転職しようとすれば、もはや、大きな会社は、無理…

 受け付けてくれない…

 地元の小さな会社しか、中途で、入社できない…

 真逆に言えば、そう言った小さな会社には、

「…私は、2社目…」

とか、

「…私は、3社目…」

とか、いう独身女性が、溢れていたそうだ…

結婚もせず、新卒で、入社した会社を退職した女の末路は、皆、同じ…

それまで、自分が、勤めていた大きな会社とは、けた違いに小さな会社に流れてゆく…

あるいは、パートやバイトとして、自宅近くのスーパーや、ファミレスで、働く…

それが、定番だったそうだ…

が、

今は、それはない…

が、

やはりというか、私のように、まもなく34歳になろうとする女に、世間は、それほど、甘くはない…

それほど、居場所は、多くはない…

それが、現実だ…

残酷なようだが、それが、現実だ…

現に、会社に居続ければ、少しでも、年々給与を高く払わなければ、ならない…

だったら、誰でも、高校や大学を新卒で、入ってきた新人を使ったほうがいいと、考える…

その方が、給与を抑えられるからだ…

そして、ハッキリ言えば、世の中に、自分しか、できない仕事をしている人間など、数えるほど…

数えるほど、少ない…

大方が、取り換えが効く…

代替が効く…

そういうことだ…

私が、やっていた仕事など、すぐに誰か、別の人間が、引き継ぐ…

最初は、慣れないかもしれないが、3か月もすれば、一人前…

私と大差がなくなるだろう…

残念ながら、それが、現実だ…

世の中に、取り換え可能でない、仕事など、滅多にない…

俳優や、クリエイターぐらいだろう…

要するに、自分の才能で、仕事を得るひとたちだ…

が、

それとて、その人間が、いなくなれば、誰かに代わる…

世の中、そういうものだ(笑)…

若干、話が長くなったが、いつものことだ(笑)…

要するに、今、私が、会社を休職している理由…

それは、ある意味…妥協…

妥協の産物だった…

ハッキリ言えば、会社の体制が、変わったのだ…

私が、働く金崎実業の体制が変わったのだ…

御多分に洩れず、金崎実業も、このせちがらいご時世だ…

経営が、苦しくなった…

だから、私のような高齢な女子社員を切ろうとした…

それが、真相だった…
 
が、

金崎実業の社長は、私の同僚の内山さんの父親…

私が、露骨に、会社側から、肩叩きをされるのを、見て、彼女は、義憤に駆られ、父親=社長に訴えた…

その結果が、休職だった…

まさか、社長が、私を追い出すなと言ったからと、言って、人事部としても、すぐに矛を収めるわけには、いかない…

人事部のお偉いさん…

ハッキリ言えば、人事部出身の金崎実業の役員は、内山社長とは、別の派閥だった…

だから、社長といえども、露骨に私を庇うわけには、いかない…

下手に庇えば、どうしてだ? と、なる…

そして、父子ほど、歳が離れていても、男と女だ…

二人はできているとても、噂を流されれば、たまったものではない…

下手をすれば、社長の座を失うかもしれない…

だから、強硬には、できない…

そして、そんな妥協の産物が、私の、休職という選択肢だった…

が、

私も、もうすぐ34歳…

子供ではない…

このまま、1年、2年経てば、何事もなく、復職できるなどと甘く考えては、いない…

おそらく、もう二度と、私が、金崎実業に、戻ることは、できないだろう…

それは、恋愛でいえば、一度、別れた相手と、もう一度、恋愛するのと、同じ…

あり得ない出来事だからだ…

が、

かといって、このまま、退職するのも、正直、困る…

女、34歳だが、特別に、他人様に誇る技能は、ない…

特別な才能は、ない…

今、金崎実業を辞めれば、路頭に迷うことは、わかっている…

スーパーや、ファミレスで、バイトや、パートをしたくても、できるか、どうかは、わからない…

なにを言いたいかと、言えば、空きがあるかどうか、わからないということだ…

私が、もう、ずっと前の学生時代…

コンビニで、バイトをしていたときに、いきなり電話がかかって来て、

「…今、バイトができますか?…」

と、店長が、言われたと言っていた…

「…今、バイトは、足りてます…」

と、店長が、答えると、相手は、絶句したそうだ…

コンビニに電話をかければ、すぐに自分は、採用される…

使ってもらえると、簡単に考えていたらしい…

なんたる社会性のなさ(笑)…

普通に考えれば、そのコンビニが、営業している以上、働いているひとが、すでにいる…

そこに、電話をして、働きたいといっても、どうなるかは、わからない…

そして、もっと、言えば、自分の働く曜日と時間…

例えば、自分は、平日の朝9時から午後2時ごろまで、働きたいと、いっても、その店では、その時間は、すでにひとが足りていると言われるかもしれない…

そういうことを、まったく考えない…

しかも、

しかも、だ…

電話をかけてきた電話の主が、声の様子から、たぶん30代ぐらいの女性じゃないかと、店長が、言って、呆れていた…

その社会性のなさに、呆れていた(笑)…

そして、それは、同じ…

この高見ちづるも、同じだ…

休職が、終わったからと言って、安易に、復職できるなどと、思っては、いけない…

休職は、ただの名目…

ただの名目に過ぎない…

気軽に復職できるなどと、考えては、いけない…

それをすれば、さっき、簡単にコンビニならば、使ってもらえると、考えた三十路女と同じ…

同じだ…

ハッキリ言えば、この機会に、婿選びなり、きちんと、結婚する相手を探すか、次に働く会社を探せということだ…

そのための休職期間だ…

私は、思った…

私は、考えた…

要するに、休職は、名目…

すぐに、首を切るわけには、いかない…

だが、とりあえず、いなくなってもらいたい…

34歳と、高齢の女子社員が、長くいると、なにかと、迷惑…

ハッキリ言えば、高校や大学を卒業したばかりの、若い女のコに、私の空いた席をあげたい…

それが、本音…

ハッキリ言えば、会社も新陳代謝をしなければ、ならない…

そういうことだ(笑)…

いつまでも、高齢の女子社員に、いてもらっては、困る…

さっき、言った母の時代では、とっくに、私は、お役御免…

例え、結婚する相手が、いなくても、とっくに会社にいられなくなった…

だから、母の時代から比べれば、私は、恵まれている…

十年は、遅くまで、会社にいられた…

そう、感謝するべきだろう…

が、

やはり、感謝はできない…

それは、なぜか?

いわゆる、休職に至る過程で、

「…高見さんは、美人だから、きっと、世間の男から、引く手あまただろう…」

とか、

「…美人だから、男を選び過ぎているんだよ… いい加減、妥協したら?…」

と、さんざん、嫌みを言われたからだ…

今でも、思い出すたびに、腹が立つ…

むかっ腹が立つ…

そんな目にあって、まもなく34歳になるまで、この会社にいられたから、ラッキーと思え…

幸運と思えと、言われても、そう思うわけはない!

当たり前のことだ(激怒)…

要するに、ただ高齢の女子社員は、目障りだから、早く消えろということだろう…

そうすれば、大げさに言えば、社内の風通しも良くなるということだ…

若さは、宝…

歳を取れば、取るほど、若さのありがたみに、気付く…

わかりやすい例で言えば、女子高生…

15歳から18歳までの女のコ…

彼女たちが、数人集まれば、一気に、その場が、華やぐというと、大げさだが、明るくなる…

それが、若さの強さ…

職場も、彼女たちが、数人集まれば、華やぐ…

私のように、もうすぐ34歳になる女がいるよりも、一気に、職場が、にぎやかになる…

ひとつには、それを狙っているのだろう…

後は、若ければ、使いやすいというか…

歳を取れば、取るほど、男も女も口やかましくなるというか…

理屈をいう…

理屈をこねる…

ハッキリ言って、仕事さえできれば、口答えしないひとがいい…

歳を取れば、取るほど、頭の悪い人間も、それなりに賢くなるというか…

ハッキリ言えば、使いづらくなる(笑)…

そんな諸々の事情が、重なり、私の休職が、決まった…

と、同時に、あのとき、私に面接をした、人事の松嶋…

きっと、あの男は、つくづく、私を食えない女と思ったに違いない…

結局は、休職という形で、一件落着したが、あの松嶋の中では、きっと、なにが、なんでも、私を退職にせねば、気がすまないという感じだった…

何度も、面談を重ね、最終的に、休職という形になったと、告げたときの松嶋の顔と言ったら、なかった…

悔しくて、悔しくて、仕方が、ないといった表情だった…

オリンピックで、言えば、ホントは、一位が欲しかったんだけれども、二位になってしまった…

それと同じ表情だった…

悔しさに、溢れていた…

悔しさに、満ち溢れていた…

そして、その表情を隠そうとも、しなかった…

私は、そんな松嶋の姿を見て、

「…一体、私が、この松嶋になにをしたんだろ?…」

と、思った…

たかだか、退職を強要され、はねつけただけだ…

が、

この松嶋の姿からは、それだけでない…

ある意味、まるで、私が、松嶋になにか、した感じだった…

例えば、私が、松嶋の妻や恋人であって、他の男と不倫していた…

そんな言葉が、当てはまるほどの怒りというか、落胆の姿だった…

私をクビにできなかっただけとは、到底思えない、落胆の姿だった…

あるいは、私が、この松嶋にコクられ、振ったかのような落胆の姿だった…

同時に、怒りの姿だった…

フラれて、怒る、人間は、男女とも、いる…

フラれる=プライドを傷付けられるからだ…

男も女も、自分が、相手を振るのは、許せるが、自分がフラれるのは、許せない…

そんな自分勝手な人間が、男女とも、一定数いる…

もしかしたら、私も、そんな自分勝手な人間の一人かもしれない…

若い頃は、男に嫌というほど、言い寄られた(笑)…

自分で、言うのも、なんだが、私が、美人だったから…

女優の常盤貴子を小柄にしたような美人だったから、さんざん男に言い寄られた…

誰が、私を口説き落とせるかで、ゲームのようになっていた…

が、

私は、落ちなかった(笑)…

好きになった男が、いなかったからだ…

今で、言えば、武勇伝のたぐいだが、男にとっては、どうだろう?…

ただ、プライドの高い、厄介な女と、見られていたのかもしれない…

さんざん恨みを買っていたのかもしれない(笑)…

当時は、そう思わなかったが、今となっては、わかる…

私は、ただ、好きになった男がいなかったから、誰とも、付き合わなかったが、そうは、思わない男もいるだろう…

そもそも、好きになるか、否か…

これは、男女とも、違う…

簡単に異性を好きになる男女もいれば、異性を好きにならない男女もいる…

ハッキリ言えば、他人に興味がない…

ある意味、自分勝手な人間たち…

きっと、私も、その中の一人なのだろう…

最近、気付いた…

あるいは、心が動かないと、言ってもいい…

私は、生まれつきというか、子供の頃から、あまり他人に憧れたことがない…

もちろん、ルックスの良い男や女を見れば、イケメンだとか、美人だとか、思う…

が、

それだけ…

それだけだ…

が、

ひとは、なんとかして、そのイケメンや美人をモノにしようとしたり、憧れたりする人間が、男女とも一定数いる…

いわば、ないものねだり…

自分にないから、憧れる…

自分にないから、欲しくなる…

そういうことだ(笑)…

もしかしたら、あの松嶋も、そうかも、しれない…

ふと、思った…

あの松嶋も、私が、退職に応じないから、頭に来たのかも、しれない…

退職=男女の告白と同じ…

自分の要求に、相手が応じないから、頭に来たのかも、しれない…

いや、

違うか(笑)…

それと、これとは、関係ないか?

でも、

もしかしたら?

私は、考えた…

休職が決まって、なにも、やることがない私は、つい、そんなことばかり、考えた…

考え続けた…

そして、そんなことを、考えていると、電話が、あった…

私は、急いで、電話に出た…

会社を休職した今、滅多に電話はない…

それは、女もまもなく34歳にも、なるであろう身には、男と同じく、会社以外の人間関係が、皆無だからだ…

すでに、高校や大学の友人とは、ご無沙汰…

互いに連絡を取ることも、なくなった…

だから、私の人間関係は、会社がすべて…

その会社を休職した今、誰からも、電話がかかってくることはない…

私になんの用事もないからだ…

だから、急いで、電話に出た…

一体、誰から、電話があったか、知りたかった…

それとも、間違い電話だろうか?

ふと、脳裏をよぎった…

すると、電話の向こう側から、

「…米倉…米倉正造です…お久しぶりです…高見さん…」

という、声が、聞こえてきた…

その瞬間、私の息が止まった…

明らかに、止まった…

              
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