第1話
文字数 5,846文字
恋かもしれない…
違うかもしれない…
私は、考える…
いや、
考えた…
考え続けた…
そして、気付いた…
あの米倉…
あの米倉正造が好きだったことに、気付いた…
が、
そんなことを、言っても、後の祭り…
いまさらというやつだ…
現に、今、現在、私は、暇…
暇だ…
なにしろ、会社を休職している真っ最中(笑)…
実は、会社をクビとまでは、言わないが、いづらくなったのだ…
もうすぐ、34歳になる、女は、やはり、今の時代にあっても、使いづらいというか…
ずっと、昔、母の時代ならば、女は、クリスマスケーキに例えられ、25歳を過ぎれば、大安売りと言われたそうだ…
つまりは、クリスマス=12月25日…
25日を過ぎれば、売れ残ったクリスマスケーキは、大幅に値引いて売るしかなくなる…
翌日には、大げさでなく、半額になったりする…
そうしなければ、誰も、売れ残ったクリスマスケーキなど、買ってくれない…
見向きも、しない…
それと同じだ…
残酷なようだが、それと、同じ…
クリスマスケーキと同じ…
25日=25歳を過ぎれば、自分を大安売りしてでも、結婚してくれる男を探す…
そういった、世の中の風潮だったそうだ…
また、現実に、25歳を過ぎれば、独身の女は、会社に居づらくなる…
なぜなら、それ以上、高齢? の女性は、滅多にいないからだ(笑)…
だから、居づらくなる…
いわゆる、同調圧力というやつだ(笑)…
決して、言葉には、しないが、なんとなく、周囲の態度から、自分が、居づらくなる…
会社を辞めざるを得なくなる…
なら、会社を辞めて、どうするか?
他の会社を探すか、どこかで、パートやバイトをするしかない…
それが、およそ、30年前の母が、若かったときの現実だったそうだ…
そして、例えば、18歳の高卒で、地元の大企業の系列の工場に就職できても、25歳を、過ぎて、別の会社に、転職しようとすれば、もはや、大きな会社は、無理…
受け付けてくれない…
地元の小さな会社しか、中途で、入社できない…
真逆に言えば、そう言った小さな会社には、
「…私は、2社目…」
とか、
「…私は、3社目…」
とか、いう独身女性が、溢れていたそうだ…
結婚もせず、新卒で、入社した会社を退職した女の末路は、皆、同じ…
それまで、自分が、勤めていた大きな会社とは、けた違いに小さな会社に流れてゆく…
あるいは、パートやバイトとして、自宅近くのスーパーや、ファミレスで、働く…
それが、定番だったそうだ…
が、
今は、それはない…
が、
やはりというか、私のように、まもなく34歳になろうとする女に、世間は、それほど、甘くはない…
それほど、居場所は、多くはない…
それが、現実だ…
残酷なようだが、それが、現実だ…
現に、会社に居続ければ、少しでも、年々給与を高く払わなければ、ならない…
だったら、誰でも、高校や大学を新卒で、入ってきた新人を使ったほうがいいと、考える…
その方が、給与を抑えられるからだ…
そして、ハッキリ言えば、世の中に、自分しか、できない仕事をしている人間など、数えるほど…
数えるほど、少ない…
大方が、取り換えが効く…
代替が効く…
そういうことだ…
私が、やっていた仕事など、すぐに誰か、別の人間が、引き継ぐ…
最初は、慣れないかもしれないが、3か月もすれば、一人前…
私と大差がなくなるだろう…
残念ながら、それが、現実だ…
世の中に、取り換え可能でない、仕事など、滅多にない…
俳優や、クリエイターぐらいだろう…
要するに、自分の才能で、仕事を得るひとたちだ…
が、
それとて、その人間が、いなくなれば、誰かに代わる…
世の中、そういうものだ(笑)…
若干、話が長くなったが、いつものことだ(笑)…
要するに、今、私が、会社を休職している理由…
それは、ある意味…妥協…
妥協の産物だった…
ハッキリ言えば、会社の体制が、変わったのだ…
私が、働く金崎実業の体制が変わったのだ…
御多分に洩れず、金崎実業も、このせちがらいご時世だ…
経営が、苦しくなった…
だから、私のような高齢な女子社員を切ろうとした…
それが、真相だった…
が、
金崎実業の社長は、私の同僚の内山さんの父親…
私が、露骨に、会社側から、肩叩きをされるのを、見て、彼女は、義憤に駆られ、父親=社長に訴えた…
その結果が、休職だった…
まさか、社長が、私を追い出すなと言ったからと、言って、人事部としても、すぐに矛を収めるわけには、いかない…
人事部のお偉いさん…
ハッキリ言えば、人事部出身の金崎実業の役員は、内山社長とは、別の派閥だった…
だから、社長といえども、露骨に私を庇うわけには、いかない…
下手に庇えば、どうしてだ? と、なる…
そして、父子ほど、歳が離れていても、男と女だ…
二人はできているとても、噂を流されれば、たまったものではない…
下手をすれば、社長の座を失うかもしれない…
だから、強硬には、できない…
そして、そんな妥協の産物が、私の、休職という選択肢だった…
が、
私も、もうすぐ34歳…
子供ではない…
このまま、1年、2年経てば、何事もなく、復職できるなどと甘く考えては、いない…
おそらく、もう二度と、私が、金崎実業に、戻ることは、できないだろう…
それは、恋愛でいえば、一度、別れた相手と、もう一度、恋愛するのと、同じ…
あり得ない出来事だからだ…
が、
かといって、このまま、退職するのも、正直、困る…
女、34歳だが、特別に、他人様に誇る技能は、ない…
特別な才能は、ない…
今、金崎実業を辞めれば、路頭に迷うことは、わかっている…
スーパーや、ファミレスで、バイトや、パートをしたくても、できるか、どうかは、わからない…
なにを言いたいかと、言えば、空きがあるかどうか、わからないということだ…
私が、もう、ずっと前の学生時代…
コンビニで、バイトをしていたときに、いきなり電話がかかって来て、
「…今、バイトができますか?…」
と、店長が、言われたと言っていた…
「…今、バイトは、足りてます…」
と、店長が、答えると、相手は、絶句したそうだ…
コンビニに電話をかければ、すぐに自分は、採用される…
使ってもらえると、簡単に考えていたらしい…
なんたる社会性のなさ(笑)…
普通に考えれば、そのコンビニが、営業している以上、働いているひとが、すでにいる…
そこに、電話をして、働きたいといっても、どうなるかは、わからない…
そして、もっと、言えば、自分の働く曜日と時間…
例えば、自分は、平日の朝9時から午後2時ごろまで、働きたいと、いっても、その店では、その時間は、すでにひとが足りていると言われるかもしれない…
そういうことを、まったく考えない…
しかも、
しかも、だ…
電話をかけてきた電話の主が、声の様子から、たぶん30代ぐらいの女性じゃないかと、店長が、言って、呆れていた…
その社会性のなさに、呆れていた(笑)…
そして、それは、同じ…
この高見ちづるも、同じだ…
休職が、終わったからと言って、安易に、復職できるなどと、思っては、いけない…
休職は、ただの名目…
ただの名目に過ぎない…
気軽に復職できるなどと、考えては、いけない…
それをすれば、さっき、簡単にコンビニならば、使ってもらえると、考えた三十路女と同じ…
同じだ…
ハッキリ言えば、この機会に、婿選びなり、きちんと、結婚する相手を探すか、次に働く会社を探せということだ…
そのための休職期間だ…
私は、思った…
私は、考えた…
要するに、休職は、名目…
すぐに、首を切るわけには、いかない…
だが、とりあえず、いなくなってもらいたい…
34歳と、高齢の女子社員が、長くいると、なにかと、迷惑…
ハッキリ言えば、高校や大学を卒業したばかりの、若い女のコに、私の空いた席をあげたい…
それが、本音…
ハッキリ言えば、会社も新陳代謝をしなければ、ならない…
そういうことだ(笑)…
いつまでも、高齢の女子社員に、いてもらっては、困る…
さっき、言った母の時代では、とっくに、私は、お役御免…
例え、結婚する相手が、いなくても、とっくに会社にいられなくなった…
だから、母の時代から比べれば、私は、恵まれている…
十年は、遅くまで、会社にいられた…
そう、感謝するべきだろう…
が、
やはり、感謝はできない…
それは、なぜか?
いわゆる、休職に至る過程で、
「…高見さんは、美人だから、きっと、世間の男から、引く手あまただろう…」
とか、
「…美人だから、男を選び過ぎているんだよ… いい加減、妥協したら?…」
と、さんざん、嫌みを言われたからだ…
今でも、思い出すたびに、腹が立つ…
むかっ腹が立つ…
そんな目にあって、まもなく34歳になるまで、この会社にいられたから、ラッキーと思え…
幸運と思えと、言われても、そう思うわけはない!
当たり前のことだ(激怒)…
要するに、ただ高齢の女子社員は、目障りだから、早く消えろということだろう…
そうすれば、大げさに言えば、社内の風通しも良くなるということだ…
若さは、宝…
歳を取れば、取るほど、若さのありがたみに、気付く…
わかりやすい例で言えば、女子高生…
15歳から18歳までの女のコ…
彼女たちが、数人集まれば、一気に、その場が、華やぐというと、大げさだが、明るくなる…
それが、若さの強さ…
職場も、彼女たちが、数人集まれば、華やぐ…
私のように、もうすぐ34歳になる女がいるよりも、一気に、職場が、にぎやかになる…
ひとつには、それを狙っているのだろう…
後は、若ければ、使いやすいというか…
歳を取れば、取るほど、男も女も口やかましくなるというか…
理屈をいう…
理屈をこねる…
ハッキリ言って、仕事さえできれば、口答えしないひとがいい…
歳を取れば、取るほど、頭の悪い人間も、それなりに賢くなるというか…
ハッキリ言えば、使いづらくなる(笑)…
そんな諸々の事情が、重なり、私の休職が、決まった…
と、同時に、あのとき、私に面接をした、人事の松嶋…
きっと、あの男は、つくづく、私を食えない女と思ったに違いない…
結局は、休職という形で、一件落着したが、あの松嶋の中では、きっと、なにが、なんでも、私を退職にせねば、気がすまないという感じだった…
何度も、面談を重ね、最終的に、休職という形になったと、告げたときの松嶋の顔と言ったら、なかった…
悔しくて、悔しくて、仕方が、ないといった表情だった…
オリンピックで、言えば、ホントは、一位が欲しかったんだけれども、二位になってしまった…
それと同じ表情だった…
悔しさに、溢れていた…
悔しさに、満ち溢れていた…
そして、その表情を隠そうとも、しなかった…
私は、そんな松嶋の姿を見て、
「…一体、私が、この松嶋になにをしたんだろ?…」
と、思った…
たかだか、退職を強要され、はねつけただけだ…
が、
この松嶋の姿からは、それだけでない…
ある意味、まるで、私が、松嶋になにか、した感じだった…
例えば、私が、松嶋の妻や恋人であって、他の男と不倫していた…
そんな言葉が、当てはまるほどの怒りというか、落胆の姿だった…
私をクビにできなかっただけとは、到底思えない、落胆の姿だった…
あるいは、私が、この松嶋にコクられ、振ったかのような落胆の姿だった…
同時に、怒りの姿だった…
フラれて、怒る、人間は、男女とも、いる…
フラれる=プライドを傷付けられるからだ…
男も女も、自分が、相手を振るのは、許せるが、自分がフラれるのは、許せない…
そんな自分勝手な人間が、男女とも、一定数いる…
もしかしたら、私も、そんな自分勝手な人間の一人かもしれない…
若い頃は、男に嫌というほど、言い寄られた(笑)…
自分で、言うのも、なんだが、私が、美人だったから…
女優の常盤貴子を小柄にしたような美人だったから、さんざん男に言い寄られた…
誰が、私を口説き落とせるかで、ゲームのようになっていた…
が、
私は、落ちなかった(笑)…
好きになった男が、いなかったからだ…
今で、言えば、武勇伝のたぐいだが、男にとっては、どうだろう?…
ただ、プライドの高い、厄介な女と、見られていたのかもしれない…
さんざん恨みを買っていたのかもしれない(笑)…
当時は、そう思わなかったが、今となっては、わかる…
私は、ただ、好きになった男がいなかったから、誰とも、付き合わなかったが、そうは、思わない男もいるだろう…
そもそも、好きになるか、否か…
これは、男女とも、違う…
簡単に異性を好きになる男女もいれば、異性を好きにならない男女もいる…
ハッキリ言えば、他人に興味がない…
ある意味、自分勝手な人間たち…
きっと、私も、その中の一人なのだろう…
最近、気付いた…
あるいは、心が動かないと、言ってもいい…
私は、生まれつきというか、子供の頃から、あまり他人に憧れたことがない…
もちろん、ルックスの良い男や女を見れば、イケメンだとか、美人だとか、思う…
が、
それだけ…
それだけだ…
が、
ひとは、なんとかして、そのイケメンや美人をモノにしようとしたり、憧れたりする人間が、男女とも一定数いる…
いわば、ないものねだり…
自分にないから、憧れる…
自分にないから、欲しくなる…
そういうことだ(笑)…
もしかしたら、あの松嶋も、そうかも、しれない…
ふと、思った…
あの松嶋も、私が、退職に応じないから、頭に来たのかも、しれない…
退職=男女の告白と同じ…
自分の要求に、相手が応じないから、頭に来たのかも、しれない…
いや、
違うか(笑)…
それと、これとは、関係ないか?
でも、
もしかしたら?
私は、考えた…
休職が決まって、なにも、やることがない私は、つい、そんなことばかり、考えた…
考え続けた…
そして、そんなことを、考えていると、電話が、あった…
私は、急いで、電話に出た…
会社を休職した今、滅多に電話はない…
それは、女もまもなく34歳にも、なるであろう身には、男と同じく、会社以外の人間関係が、皆無だからだ…
すでに、高校や大学の友人とは、ご無沙汰…
互いに連絡を取ることも、なくなった…
だから、私の人間関係は、会社がすべて…
その会社を休職した今、誰からも、電話がかかってくることはない…
私になんの用事もないからだ…
だから、急いで、電話に出た…
一体、誰から、電話があったか、知りたかった…
それとも、間違い電話だろうか?
ふと、脳裏をよぎった…
すると、電話の向こう側から、
「…米倉…米倉正造です…お久しぶりです…高見さん…」
という、声が、聞こえてきた…
その瞬間、私の息が止まった…
明らかに、止まった…
違うかもしれない…
私は、考える…
いや、
考えた…
考え続けた…
そして、気付いた…
あの米倉…
あの米倉正造が好きだったことに、気付いた…
が、
そんなことを、言っても、後の祭り…
いまさらというやつだ…
現に、今、現在、私は、暇…
暇だ…
なにしろ、会社を休職している真っ最中(笑)…
実は、会社をクビとまでは、言わないが、いづらくなったのだ…
もうすぐ、34歳になる、女は、やはり、今の時代にあっても、使いづらいというか…
ずっと、昔、母の時代ならば、女は、クリスマスケーキに例えられ、25歳を過ぎれば、大安売りと言われたそうだ…
つまりは、クリスマス=12月25日…
25日を過ぎれば、売れ残ったクリスマスケーキは、大幅に値引いて売るしかなくなる…
翌日には、大げさでなく、半額になったりする…
そうしなければ、誰も、売れ残ったクリスマスケーキなど、買ってくれない…
見向きも、しない…
それと同じだ…
残酷なようだが、それと、同じ…
クリスマスケーキと同じ…
25日=25歳を過ぎれば、自分を大安売りしてでも、結婚してくれる男を探す…
そういった、世の中の風潮だったそうだ…
また、現実に、25歳を過ぎれば、独身の女は、会社に居づらくなる…
なぜなら、それ以上、高齢? の女性は、滅多にいないからだ(笑)…
だから、居づらくなる…
いわゆる、同調圧力というやつだ(笑)…
決して、言葉には、しないが、なんとなく、周囲の態度から、自分が、居づらくなる…
会社を辞めざるを得なくなる…
なら、会社を辞めて、どうするか?
他の会社を探すか、どこかで、パートやバイトをするしかない…
それが、およそ、30年前の母が、若かったときの現実だったそうだ…
そして、例えば、18歳の高卒で、地元の大企業の系列の工場に就職できても、25歳を、過ぎて、別の会社に、転職しようとすれば、もはや、大きな会社は、無理…
受け付けてくれない…
地元の小さな会社しか、中途で、入社できない…
真逆に言えば、そう言った小さな会社には、
「…私は、2社目…」
とか、
「…私は、3社目…」
とか、いう独身女性が、溢れていたそうだ…
結婚もせず、新卒で、入社した会社を退職した女の末路は、皆、同じ…
それまで、自分が、勤めていた大きな会社とは、けた違いに小さな会社に流れてゆく…
あるいは、パートやバイトとして、自宅近くのスーパーや、ファミレスで、働く…
それが、定番だったそうだ…
が、
今は、それはない…
が、
やはりというか、私のように、まもなく34歳になろうとする女に、世間は、それほど、甘くはない…
それほど、居場所は、多くはない…
それが、現実だ…
残酷なようだが、それが、現実だ…
現に、会社に居続ければ、少しでも、年々給与を高く払わなければ、ならない…
だったら、誰でも、高校や大学を新卒で、入ってきた新人を使ったほうがいいと、考える…
その方が、給与を抑えられるからだ…
そして、ハッキリ言えば、世の中に、自分しか、できない仕事をしている人間など、数えるほど…
数えるほど、少ない…
大方が、取り換えが効く…
代替が効く…
そういうことだ…
私が、やっていた仕事など、すぐに誰か、別の人間が、引き継ぐ…
最初は、慣れないかもしれないが、3か月もすれば、一人前…
私と大差がなくなるだろう…
残念ながら、それが、現実だ…
世の中に、取り換え可能でない、仕事など、滅多にない…
俳優や、クリエイターぐらいだろう…
要するに、自分の才能で、仕事を得るひとたちだ…
が、
それとて、その人間が、いなくなれば、誰かに代わる…
世の中、そういうものだ(笑)…
若干、話が長くなったが、いつものことだ(笑)…
要するに、今、私が、会社を休職している理由…
それは、ある意味…妥協…
妥協の産物だった…
ハッキリ言えば、会社の体制が、変わったのだ…
私が、働く金崎実業の体制が変わったのだ…
御多分に洩れず、金崎実業も、このせちがらいご時世だ…
経営が、苦しくなった…
だから、私のような高齢な女子社員を切ろうとした…
それが、真相だった…
が、
金崎実業の社長は、私の同僚の内山さんの父親…
私が、露骨に、会社側から、肩叩きをされるのを、見て、彼女は、義憤に駆られ、父親=社長に訴えた…
その結果が、休職だった…
まさか、社長が、私を追い出すなと言ったからと、言って、人事部としても、すぐに矛を収めるわけには、いかない…
人事部のお偉いさん…
ハッキリ言えば、人事部出身の金崎実業の役員は、内山社長とは、別の派閥だった…
だから、社長といえども、露骨に私を庇うわけには、いかない…
下手に庇えば、どうしてだ? と、なる…
そして、父子ほど、歳が離れていても、男と女だ…
二人はできているとても、噂を流されれば、たまったものではない…
下手をすれば、社長の座を失うかもしれない…
だから、強硬には、できない…
そして、そんな妥協の産物が、私の、休職という選択肢だった…
が、
私も、もうすぐ34歳…
子供ではない…
このまま、1年、2年経てば、何事もなく、復職できるなどと甘く考えては、いない…
おそらく、もう二度と、私が、金崎実業に、戻ることは、できないだろう…
それは、恋愛でいえば、一度、別れた相手と、もう一度、恋愛するのと、同じ…
あり得ない出来事だからだ…
が、
かといって、このまま、退職するのも、正直、困る…
女、34歳だが、特別に、他人様に誇る技能は、ない…
特別な才能は、ない…
今、金崎実業を辞めれば、路頭に迷うことは、わかっている…
スーパーや、ファミレスで、バイトや、パートをしたくても、できるか、どうかは、わからない…
なにを言いたいかと、言えば、空きがあるかどうか、わからないということだ…
私が、もう、ずっと前の学生時代…
コンビニで、バイトをしていたときに、いきなり電話がかかって来て、
「…今、バイトができますか?…」
と、店長が、言われたと言っていた…
「…今、バイトは、足りてます…」
と、店長が、答えると、相手は、絶句したそうだ…
コンビニに電話をかければ、すぐに自分は、採用される…
使ってもらえると、簡単に考えていたらしい…
なんたる社会性のなさ(笑)…
普通に考えれば、そのコンビニが、営業している以上、働いているひとが、すでにいる…
そこに、電話をして、働きたいといっても、どうなるかは、わからない…
そして、もっと、言えば、自分の働く曜日と時間…
例えば、自分は、平日の朝9時から午後2時ごろまで、働きたいと、いっても、その店では、その時間は、すでにひとが足りていると言われるかもしれない…
そういうことを、まったく考えない…
しかも、
しかも、だ…
電話をかけてきた電話の主が、声の様子から、たぶん30代ぐらいの女性じゃないかと、店長が、言って、呆れていた…
その社会性のなさに、呆れていた(笑)…
そして、それは、同じ…
この高見ちづるも、同じだ…
休職が、終わったからと言って、安易に、復職できるなどと、思っては、いけない…
休職は、ただの名目…
ただの名目に過ぎない…
気軽に復職できるなどと、考えては、いけない…
それをすれば、さっき、簡単にコンビニならば、使ってもらえると、考えた三十路女と同じ…
同じだ…
ハッキリ言えば、この機会に、婿選びなり、きちんと、結婚する相手を探すか、次に働く会社を探せということだ…
そのための休職期間だ…
私は、思った…
私は、考えた…
要するに、休職は、名目…
すぐに、首を切るわけには、いかない…
だが、とりあえず、いなくなってもらいたい…
34歳と、高齢の女子社員が、長くいると、なにかと、迷惑…
ハッキリ言えば、高校や大学を卒業したばかりの、若い女のコに、私の空いた席をあげたい…
それが、本音…
ハッキリ言えば、会社も新陳代謝をしなければ、ならない…
そういうことだ(笑)…
いつまでも、高齢の女子社員に、いてもらっては、困る…
さっき、言った母の時代では、とっくに、私は、お役御免…
例え、結婚する相手が、いなくても、とっくに会社にいられなくなった…
だから、母の時代から比べれば、私は、恵まれている…
十年は、遅くまで、会社にいられた…
そう、感謝するべきだろう…
が、
やはり、感謝はできない…
それは、なぜか?
いわゆる、休職に至る過程で、
「…高見さんは、美人だから、きっと、世間の男から、引く手あまただろう…」
とか、
「…美人だから、男を選び過ぎているんだよ… いい加減、妥協したら?…」
と、さんざん、嫌みを言われたからだ…
今でも、思い出すたびに、腹が立つ…
むかっ腹が立つ…
そんな目にあって、まもなく34歳になるまで、この会社にいられたから、ラッキーと思え…
幸運と思えと、言われても、そう思うわけはない!
当たり前のことだ(激怒)…
要するに、ただ高齢の女子社員は、目障りだから、早く消えろということだろう…
そうすれば、大げさに言えば、社内の風通しも良くなるということだ…
若さは、宝…
歳を取れば、取るほど、若さのありがたみに、気付く…
わかりやすい例で言えば、女子高生…
15歳から18歳までの女のコ…
彼女たちが、数人集まれば、一気に、その場が、華やぐというと、大げさだが、明るくなる…
それが、若さの強さ…
職場も、彼女たちが、数人集まれば、華やぐ…
私のように、もうすぐ34歳になる女がいるよりも、一気に、職場が、にぎやかになる…
ひとつには、それを狙っているのだろう…
後は、若ければ、使いやすいというか…
歳を取れば、取るほど、男も女も口やかましくなるというか…
理屈をいう…
理屈をこねる…
ハッキリ言って、仕事さえできれば、口答えしないひとがいい…
歳を取れば、取るほど、頭の悪い人間も、それなりに賢くなるというか…
ハッキリ言えば、使いづらくなる(笑)…
そんな諸々の事情が、重なり、私の休職が、決まった…
と、同時に、あのとき、私に面接をした、人事の松嶋…
きっと、あの男は、つくづく、私を食えない女と思ったに違いない…
結局は、休職という形で、一件落着したが、あの松嶋の中では、きっと、なにが、なんでも、私を退職にせねば、気がすまないという感じだった…
何度も、面談を重ね、最終的に、休職という形になったと、告げたときの松嶋の顔と言ったら、なかった…
悔しくて、悔しくて、仕方が、ないといった表情だった…
オリンピックで、言えば、ホントは、一位が欲しかったんだけれども、二位になってしまった…
それと同じ表情だった…
悔しさに、溢れていた…
悔しさに、満ち溢れていた…
そして、その表情を隠そうとも、しなかった…
私は、そんな松嶋の姿を見て、
「…一体、私が、この松嶋になにをしたんだろ?…」
と、思った…
たかだか、退職を強要され、はねつけただけだ…
が、
この松嶋の姿からは、それだけでない…
ある意味、まるで、私が、松嶋になにか、した感じだった…
例えば、私が、松嶋の妻や恋人であって、他の男と不倫していた…
そんな言葉が、当てはまるほどの怒りというか、落胆の姿だった…
私をクビにできなかっただけとは、到底思えない、落胆の姿だった…
あるいは、私が、この松嶋にコクられ、振ったかのような落胆の姿だった…
同時に、怒りの姿だった…
フラれて、怒る、人間は、男女とも、いる…
フラれる=プライドを傷付けられるからだ…
男も女も、自分が、相手を振るのは、許せるが、自分がフラれるのは、許せない…
そんな自分勝手な人間が、男女とも、一定数いる…
もしかしたら、私も、そんな自分勝手な人間の一人かもしれない…
若い頃は、男に嫌というほど、言い寄られた(笑)…
自分で、言うのも、なんだが、私が、美人だったから…
女優の常盤貴子を小柄にしたような美人だったから、さんざん男に言い寄られた…
誰が、私を口説き落とせるかで、ゲームのようになっていた…
が、
私は、落ちなかった(笑)…
好きになった男が、いなかったからだ…
今で、言えば、武勇伝のたぐいだが、男にとっては、どうだろう?…
ただ、プライドの高い、厄介な女と、見られていたのかもしれない…
さんざん恨みを買っていたのかもしれない(笑)…
当時は、そう思わなかったが、今となっては、わかる…
私は、ただ、好きになった男がいなかったから、誰とも、付き合わなかったが、そうは、思わない男もいるだろう…
そもそも、好きになるか、否か…
これは、男女とも、違う…
簡単に異性を好きになる男女もいれば、異性を好きにならない男女もいる…
ハッキリ言えば、他人に興味がない…
ある意味、自分勝手な人間たち…
きっと、私も、その中の一人なのだろう…
最近、気付いた…
あるいは、心が動かないと、言ってもいい…
私は、生まれつきというか、子供の頃から、あまり他人に憧れたことがない…
もちろん、ルックスの良い男や女を見れば、イケメンだとか、美人だとか、思う…
が、
それだけ…
それだけだ…
が、
ひとは、なんとかして、そのイケメンや美人をモノにしようとしたり、憧れたりする人間が、男女とも一定数いる…
いわば、ないものねだり…
自分にないから、憧れる…
自分にないから、欲しくなる…
そういうことだ(笑)…
もしかしたら、あの松嶋も、そうかも、しれない…
ふと、思った…
あの松嶋も、私が、退職に応じないから、頭に来たのかも、しれない…
退職=男女の告白と同じ…
自分の要求に、相手が応じないから、頭に来たのかも、しれない…
いや、
違うか(笑)…
それと、これとは、関係ないか?
でも、
もしかしたら?
私は、考えた…
休職が決まって、なにも、やることがない私は、つい、そんなことばかり、考えた…
考え続けた…
そして、そんなことを、考えていると、電話が、あった…
私は、急いで、電話に出た…
会社を休職した今、滅多に電話はない…
それは、女もまもなく34歳にも、なるであろう身には、男と同じく、会社以外の人間関係が、皆無だからだ…
すでに、高校や大学の友人とは、ご無沙汰…
互いに連絡を取ることも、なくなった…
だから、私の人間関係は、会社がすべて…
その会社を休職した今、誰からも、電話がかかってくることはない…
私になんの用事もないからだ…
だから、急いで、電話に出た…
一体、誰から、電話があったか、知りたかった…
それとも、間違い電話だろうか?
ふと、脳裏をよぎった…
すると、電話の向こう側から、
「…米倉…米倉正造です…お久しぶりです…高見さん…」
という、声が、聞こえてきた…
その瞬間、私の息が止まった…
明らかに、止まった…