第67話

文字数 4,275文字

 私は、呆然とした…

 話には、聞いていたが、まさか、自分が、職場で、イジメに遭うとは、思わなかった…

 しかも、転職して、初めて、訪れた職場ではない…

 見知った職場だ…

 定期的に移動はあるが、それでも、営業所内の大半の人間は、顔なじみだった…

 まさか、その顔なじみの面々から、イジメを受けるとは、思わなかった…

 まるで、掌返しというか…

 それまでの態度が、真逆になったので、驚いた…

 驚きで、言葉も出なかった…

 いや、

 さすがに、それを、言葉にすることは、できないというのが、正しいのかも、しれない…

 態度に出すことも、できないというのが、正しいのかも、しれない…

 もしや?…

 もしや?…

 ふと、気付いた…

 これは、もしや、私を退職させるため?…

 自分から、退職させるため、わざと、復職を認めさせた?

 ふと、そんな考えが、脳裏に、浮かんだ…

 あの人事の田上は、わざと、内山社長の名前を出した可能性もある…

 私が、内山社長の娘と、営業所の同僚で、あることを、知っていて、だ…

 当然のことながら、人事部の部長だ…

 社員の情報は、手元にある…

 社員の情報は、熟知している…

 だから、わざと、内山社長の名前を出して、私を復職させた?…

 そう、考えるのが、妥当というか…

 なにしろ、そう、考えなければ、この内山さんが、私に対して、こんな態度を取るわけがなかった…

 ほんの一か月前までは、私は、この内山さんとだけ、この営業所で、仲が良かった…

 わずか、二十名程度の小さな営業所で、彼女だけとは、仲が、良かった…

 が、

 今、その彼女は、明らかに、私と距離を置こうとしている…

 失敗した!…

 私は、ようやく、自分の置かれた状況に、気付いた…

 要するに、これは、リストラの一環だ…

 一度、休職に、追い込み、時期を見て、復職させる…

 そうすると、どうだ?

 一度、リストラの対象となった人間が、職場に復帰する…

 すると、周囲の人間も、当惑するというか…

 正直、どう扱っていいか、わからない…

 本当は、

 「…おめでとう…」

 とか、

 「…よかったね…」

 と、声をかけてもよいが、それをすると、今度は、自分が、人事部に睨まれて、リストラの対象にでも、なったら、困る…

 そういうことだろう…

 ドラマの中のことではない…

 現実のことだ…

 一度、リストラの対象者として、クビを宣告された人間と仲良くして、いい目があるわけがない…

 誰もが、距離を置くのが、当たり前だ…

 私は、自分の席に、積まれていた荷物を降ろしながら、考えた…

 考え続けた…

 すると、なんだか、気持ちが楽になったというか…

 なーんだ!

 と、思った…

 リストラの宣告から、粘って、休職に、持ち込んで、復職した…

 が、

 それは、形だけ…

 この扱いでは、会社が、私をリストラ対象に、している事実は、変わらない…

 むしろ、休職のままでは、私を退職させることが、できない…

 だから、わざと、復職させて、周囲から、孤立させようとしているに、違いなかった…

 私は、自分の机に、山高く積まれた荷物を降ろしながら、その事実に、気付いた…

 そして、自分の脳天気さに、気付いた…

 自分のバカさ加減に、気付いた…

 世の中は、そんなに、甘いものじゃないことに、気付いた…

 一度、リストラ対象になったのだ…

 そう、簡単に、リストラの対象から、外れるわけが、なかった…

 そのことに、気付くと、悔しいと思ったが、
同時に、そんなものかと、思った…

 マンガではない…

 ドラマではない…

 そんなに、自分に都合よく、運ぶわけがない…
 
 おそらく、会社は、私が、音を上げるまで、私をイジメ続けるだろう…

 私が、

 「…辞めます…」

 と、自分から、声を上げるまで、私を孤立させ、追い込むに違いない…

 果たして、私が、それに、耐えられるか?

 あるいは、

 そんな仕打ちにあってまで、この会社に、居続ける価値があると、思えるのか?

 そんなことを、考えた…

 考え続けた…

 そして、そんなことを、考えながら、

 …私って、凄い!…

 と、思った…

 …私って、凄い!…

 と、自画自賛した…

 なぜなら、こんなに、早く、自分の立ち位置がわかった…

 そのことに、自分でも、驚嘆した…

 普通なら、それがわかるまで、数日、あるいは、数週間、かかるものだ…

 それが、今、わかった…

 私も、まんざらではないと、思った…

 伊達に、歳を取っていないと、思った…

 これが、十年前の自分なら、気付かなかった…

 これが、五年前の自分でも、ここまで、早く、気付かなかった…

 それが、今は、すぐに、気付いた…

 伊達に、歳は、取っていない…

 自分で、自分を褒めた…

 そして、この先を考えた…

 この先、私に待ち受けるのは、おそらく、仕事を与えないことではないか?

 そう、思った…

 自分の机に、座らせて、仕事は、一切、与えない…

 そして、例えば、その間、パソコンで、ネットサーフィンをして、時間を潰すことも、許さない…

 かといって、当然、居眠りをすることも、できない…

 ただ、ジッと、机に座っているだけ…

 一日中、朝、出社したときから、夕方、退社するときまで、ジッと、机に座っているだけ…

 仕事は、なにも、与えない…

 きっと、そんな仕打ちが、待っているに、違いなかった…

 果たして、私は、そんな仕打ちに耐えられるか?

 耐えることが、できるか?

 悩んだ…

 悩み抜いた…


 結局、復職した当日は、私の予想通りになった…

 私は、自分の机に山高く積まれた荷物を降ろし、自分の席の周りを、キレイに、掃除した…

 そして、それだけだった…

 それだけが、おおげさに、言えば、私に与えられた仕事だった…

 私が、所長の原田に、

 「…所長、私の仕事は?…」

 と、聞くと、

 「…ちょっと、待って、後で、やってもらうから…」

 と、返答した…

 そして、そのやり取りが、その日、一日の間で、何度も、繰り返された…

 原田が、私を干そうとしていることは、誰の目にも、明らかだった…

 私に仕事を一切与えず、自分から、この営業所を辞めると言い出すのを、待っているのは、明らかだった…

 思った通りだった…

 が、

 なにも、できない…

 まさか、パソコンで遊んで時間を潰していたりすれば、

 「…なにをやっているんだ?…」

 と、原田が、駆け寄ってきて、懲戒の決定的事由になりかねない…

 だから、私も、そんなことをするほど、バカではない…

 だから、私も、そんなことをするほど、愚かではない…

 だから、持て余した時間で、必死になって、考え続けた…

 誰が、私を退職させようとしているのか、考え続けた…

 私を退職させようとしているのは、松嶋ではない…

 あの秋穂にそそのかされた松嶋ではないということだ…

 あの松嶋は、すでに、退職したと、田上は言ったが、そもそも、松嶋が、私を退職させようとしても、せいぜい、退職=リストラ候補のリストに、私の名前を載せるだけ…

 だから、それを、根拠に、この営業所所長の原田にまで、私を無視して、無理にでも、退職に追い込めと指示できるかと、言えば、だいぶ怪しい…

 果たして、松嶋に、そんな権限があるか、どうか、わからないからだ…

 が、

 その松嶋は、退職したと言った…

 だから、松嶋ではない…

 が、

引き続き、リストラ候補の名簿に、私の名前が、載っている…

 ということは、どうだ?

 松嶋以外に、私を退職させたい人間が、金崎実業にいるということだ…

 そして、それは、大物…

 私は会社の一女子社員に過ぎないが、それでも、私に退職を、強要できるほどの、権力を持つ、人間でないと、人事部を動かすことなど、できないからだ…

 一体、誰だ?

 一体、誰が、私を退職に追い込もうとしているのか?

 考えた…

 考え続けた…

 まさか、内山社長?

 ふと、気付いた…

 いや、

 ふと、その名前が、浮かんだ…

 なぜなら、当初、私が、退職に、追い込まれそうになったとき、救ってくれたのが、内山社長だと、思っていたからだ…

 今も隣にいる席の内山さんが、父親の内山社長に、頼んで、休職に、してくれたものだと、信じていたからだ…

 が、

 今となっては、それが、事実か、どうかは、わからない…

 しかしながら、私は、それが、事実だと、思っていた…

 また、そうでなければ、あの松嶋が、秋穂に頼まれて、私を退職に、追い込もうとしていても、中途半端に、私が、休職に、なるはずが、なかったからだ…

 誰かが、松嶋に、待ったをかけたというか…

 松嶋の邪魔をしたわけだ…

 私は、松嶋の邪魔をしたのは、内山社長だと、思っていた…

 が、

 違ったのかもしれない…

 今の内山さんの態度を見る限り、内山社長では、なかったのかも、しれない…

 いや、

 そうとも、限らない…

 当初は、内山社長が、手を貸して、私を救ってくれたのかも、しれないが、その後、宗旨替えというか…

 なにかが、起こり、私に対する態度が、一変した…

 そういう可能性もある…

 つまりは、内山社長に、なにかが、起こった可能性もある…

 だから、当初は、擁護していた私を見限ったというか…

 一変して、私を会社から、追い出そうとしているのかも、しれなかった…

 私は、そう、思った…

 私は、そう、考えた…

 いずれにしろ、考える時間だけは、たっぷりとあった…

 仕事は、なにひとつ与えられず、ただ机に座っているだけ…

 だから、考える以外、なにも、することが、なかったからだ…

 だから、考えた…

 考え続けた…

 そして、そんなことを、考え続けていると、

 「…ごめんなさい…」

 と、いう小さな声が、聞こえてきた…

 私は、慌てて、声のする方向を見た…

 内山さんだった…

 ただし、内山さんは、決して、私の顔を見ようとしなかった…

 正面を見て、小声で、呟いただけだった…

 だから、周囲の人間は、気付かない…

 いわば、それほど、この内山さんも、周囲に、気を遣っていた…

 周囲の動向に、気を配っていた…

 だから、私もなにも、言わなかった…

 なにも、聞こえないふりをしていた…

 黙って、正面を見て、なにも、聞こえないふりをした…

 すると、

 「…ごめんなさい…力になれなくて…」

 と、内山さんが、続けた…

 だから、私も、

 「…いいのよ…」

 と、彼女を見ないで、小声で、言った…

 周囲の者に、内山さんと、会話をしているのが、バレたら、内山さんに、迷惑がかかるからだ…

 すると、

 「…米倉と水野のせめぎあいが、凄い…それで、こんなことに…」

 内山さんが、ぼやいた…

               
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