第30話

文字数 4,454文字

「…エッ? …澄子さん?…」

 すっかり、忘れていた…

 申し訳ないが、澄子さんの存在をすっかり、忘れていた…

 そして、あの澄子さんが、好子さんを、忌み嫌っていたことを、思い出した…

 徹底的に、憎んでいたことを、思い出した…

 だから、さもありなん…

 あの澄子さんが、好子さんを嫌って、陰で、なにやら、コソコソと動くというか…

 策略を仕掛けるというか…

 とにかく、好子さんに不利になることを、仕掛けることは、十分、納得できた…

 いや、

 もっと言えば、好子さんと透(とおる)の結婚が、決まった時点で、なにかある?

 と、予想すべきだったかも、しれない…

 あの澄子さんが、あのまま、なにもせず、好子さんが、透(とおる)と、結婚したことを、納得するわけが、ないからだ…

 澄子さんは、いつも、好子さんを嫌っていた…

 いつも、好子さんをイジメていた…

 だから、そんな好子さんが、透(とおる)と、結婚することで、脚光を浴びる…

 それが、許せなかった可能性もある…

 いや、

 許せなかったに違いない…

 が、

 これまでは、こらえていたに違いない…

 なんといっても、米倉は、没落寸前だった…

 あのままでは、米倉の経営する大日グループは、間違いなく、倒産した…

 だから、水野と合併するしかなかった…

 米倉は、水野の傘下に入って、生き残りを模索するしかなかった…

 だから、我慢したに違いなかった…

 好子さんが、水野透(とおる)と、結婚することで、米倉が、救われる…

 そう、思ったから、我慢したに違いなかった…

 が、

 もしかしたら、その状況が、変わったのかもしれない…

 ふと、気付いた…

 なぜなら、好子さんにちょっかいを出そうとしたからだ…

 今回の騒動の裏に、澄子がいるとしたら、それは、納得できる…

 米倉澄子…

 あの米倉正造の姉…

 半年ちょっと前に、あの米倉の豪邸で、何度か、会った…

 身長150㎝程度の小柄な女性…

 顔も、また、特徴がなく、平凡そのものの顔だった…

 というより、ハッキリ言えば、特徴が、なさ過ぎた(苦笑)…

 だから、あの澄子さんと、知り合って、偶然、街中で、会っても、つい見過ごしてしまう…

 それほど、特徴がない、女性だった…

 いや、

 特徴はある…

 それは、身長が、低いこと…

 155㎝の私よりも、5㎝も低い!…

 が、

 それを除けば、平凡…

 実に、平凡な女性だった…

 繰り返すが、街中で、偶然、会っても、見過ごすほど、平凡な女性…

 とりたてて、特徴のない、女性だった…

 そして、なにより、あの澄子さんは、好子さんを、毛嫌いしていた…

 いや、

 憎んでいたと、いっていい…

 私は、あのとき、どうして、あの澄子さんが、好子さんを憎んでいたのか、よくわからなかった…

 少なくとも、他人ではない…

 血が繋がった姉妹(と、当時は、思っていた)…

 にもかかわらず、誰にでも、わかるくらい、憎んでいた…

 いや、

 ただ、憎んでいたのではない…

 10歳以上、年の離れた好子さんをイジメていた…

 私は、当時、なぜ、澄子さんが、好子さんをイジメていたのか、わからなかった…

 澄子さんと、好子さんは、母親が違う…

 当時、共に、米倉の先代当主の平造の子供で、ただ、腹違いの姉妹と、思っていた…

 だから、母親が違うから、澄子さんが、好子さんをイジメるのか? 

と、思っていた…

 やはりというか…

 いかに、10歳以上、歳が離れていても、母親が、違うと、愛情が湧かないというか…

 そう、思っていた…

 なぜなら、普通は、可愛がるものだからだ…

 まして、10歳以上、歳が離れていれば、普通は、可愛がるものだ…

 だから、嫉妬…

 澄子さんは、何度もいうように、平凡…

 実に、平凡なルックスだった…

 いや、
 
 平凡すぎたと、いっていい…

 特徴が、なさ過ぎた…

 対照的に、好子さんは、美人…

 だから、余計に許せなかったのかも、しれない…

 そう、思った…

 人間は、嫉妬の生き物…

 身近に、自分よりも、明らかに優れた人物が、いれば、許せないと、思う人間も多い…

 そして、自分よりも、なにが、優れているかと、いえば、大抵は、

 ルックス、

 学歴、

 お金持ち、

 この3点だ…

 とりわけ、ルックスは、誰が見ても、わかる…

 だから、余計に頭に来る人間が、多い…

 たとえば、学校や会社で、美人が、なにか、男に、頼んだりする…

 すると、明らかに、平凡な女のコが、頼んだときと、違う対応をする男が、多い(笑)…

 それが、許せないのだ(爆笑)…

 明らかに、自分が、劣っている…

 それが、わかっているから、余計に許せないと、思う人間が、男女とも、多い…

 私は、当時、だから、澄子さんが、好子さんを、嫌っている…

 好子さんを、イジメている…

 と、思っていた…

 が、

 それだけでは、なかったのかもしれない…

 後で、わかったことだが、好子さんは、平造の娘ではなかった…

 米倉本家のお嬢様の娘であり、お嬢様と、結婚した、平造との間に出来た娘ではなかった…

 だから、それを知っていて、平造の娘の澄子さんは、好子さんを、嫌っていたのかも、しれない…

 つまりは、あの時点では、わからなかったが、すでに、澄子さんは、好子さんと、自分は、血の繋がりがないことを、知っていた可能性が、高い…

 そして、なにより、正統後継者…

 米倉本家の血を継ぐ、ただひとりの正統後継者であることを、知っていた可能性が、高い…

 そういうことだ…

 それゆえ、澄子さんは、好子さんを嫌った…

 好子さんをイジメていた…

 すでに、生まれたときから、差がついている…

 澄子さんは、平造の娘に過ぎない…

 一方、

 好子さんは、米倉の正統後継者…

 その差が許せなかった可能性が、高い…

 ちょうど、天皇家を例に取れば、次期天皇となるのが、好子さん…

 澄子さんは、好子さんよりも、10歳以上、年上にも、かかわらず、ただの皇室の一員…

 だから、それが、許せなかった可能性が高い…

 そして、なにより、好子さんは、澄子さんにとって、身近過ぎた…

 これが、中学や高校のクラスメートか、なにかなら、まだいい…

 学校で、顔を会わすだけだからだ…

 が、

 姉妹は、違う…

 家にいるときは、互いに顔を会わす…

 しかも、とりわけ、米倉のようなお金持ちだと、実家が、小さな旅館のように、大きい…

 だから、澄子さんのように、結婚後も、直一さんという婿を迎えて、あの米倉の家に住んでいた…

 普通の家庭なら、できない…

 家が小さいからだ…

 が、

 米倉の家なら、出来た…

 家が、小さな旅館並みに、大きいからだ…

 が、

そこまで、考えると、謎が残った…

 それほど、澄子が、好子を嫌いなら、あの米倉の豪邸を、澄子が、自分の結婚を契機に、出て行けば、いいことだからだ…

 そうすれば、好子と顔を会わす機会が、激減する…

 が、

 それを、しない…

 あるいは、

 できなかったのは、夫の直一のためでは、なかったのか?

 私は、気付いた…

 澄子の夫の直一は、次期、米倉の社長候補だった…

 本当は、澄子の兄の正造と、次期社長の座を争っていた…

 だから、社長である、平造の元で、いっしょに暮した方が、なにかと、都合がいい…

 そう、判断したのではないか?

 私は、そう思った…

 やはり、いっしょに住むか、否かは、コミュニケーションの点で、差が付く…

 次期社長を目指すならば、現社長の義理の父親といっしょに、暮らした方が、なにかと、都合がいい…

 そういうことだ…

 それゆえ、余計に、好子憎しの感情が、消えないのかも、しれない…

 私は、思った…

 そして、そんなことを、考えていると、透(とおる)が、電話の向こうから、

 「…あの澄子は、コンプレックスの塊(かたまり)だ…」

 と、突然、言った…

 …コンプレックスの塊(かたまり)?…

 あまりにも、意外な言葉だった…

 私は、あの澄子と何度か、会ったが、コンプレックスの塊(かたまり)だとは、思わなかった…

 普通、コンプレックスの塊(かたまり)の人間は、大抵が、

ルックスが、劣っていたり…

 身長が、人並み外れて、低かったり、高かったり…

 あるいは、

学歴が、低かったり…

 するものだ…

 あるいは、

家柄というか…

 生まれた家が、人並み外れて、貧乏だったり…

 つまり、コンプレックスは、普通に、考えて、

 ルックス、

 学歴、

 家柄、

 の3点が、劣っている場合に、生じることが、大きい…

 この一点が、劣っている…

 あるいは、この3点の内の2点、または、3点すべてが、劣っている…

 そのときに、コンプレックスを感じることが、多い…

 しかしながら、私は、澄子さんは、そのいずれにも、該当しないと、思った…

 身長は、150㎝と、小柄だが、ルックスは、平凡…

 良くもないが、悪くもない…

 さらに言えば、頭も、悪いとは、思えなかった…

 たしかに、好子さんをイジメていたから、性格は、悪いかも、しれない(苦笑)…

 が、

 頭が、悪いとは、思わなかった…

 さらに言えば、実家は、お金持ち…

 あの米倉だ…

 コンプレックスを感じるはずが、なかった…

 だから、どうして、あの澄子さんが、コンプレックスを感じているのか、よくわからなかった…

 それゆえ、

 「…どうして、コンプレックスの塊(かたまり)なんですか?…」

 と、透(とおる)に聞いた…

 ぜひ、答えを聞きたいと、思った…

 「…原因は、好子さ…」

 透(とおる)が、即答した…

 「…好子さん?…」

 「…あの澄子は、平凡だ…が、好子は、美人…だから、気に入らないんだ…」

 「…そんな…」

 「…そんなも、こんなもない…これが、事実さ…」

 「…」

 「…そして、澄子の弟の正造…」

 「…正造さん?…」

 「…アイツも、イケメンだ…だから、澄子は、悔しいのさ…」

 「…そんな…」

 言いながらも、透(とおる)の言葉には、妙に納得した…

 私には、兄弟姉妹が、いないから、よくわからないが、同じ家に住む、兄弟姉妹にも、当然、差がある…

 ルックスの差…

 頭の差…

 だ…

 当然、同じ家に住む、兄弟姉妹は、それを、皆、わかっている…

 そして、わかっていても、それが、親の差別に繋がるとなると、話が違うというか…

 例えば、父親が、同じ姉妹でも、美人の方を、優先して、可愛がるとか…

 母親が、頭の良い方を、明らかに、溺愛するとか…

 自分でも、劣っているのは、わかっていても、差別された方は、堪ったものではない…

 そして、それを、思えば、あの平造は、好子さんを溺愛していた…

 だからかも、しれない…

 平造が、澄子さんを可愛がる姿を、私は、見たことが、なかった…

 だからかもしれない…

 明らかに、自分の父親が、ルックスの良い妹を溺愛していれば、いかに、澄子さんが、好子さんと、10歳以上、歳が、離れていても、愉快なはずがなかった…

 父親から、明らかに差別されている…

 それで、不満に思わない娘は、いない…

 そういうことだったのかも、しれない…

 私は、思った…

               
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み