第32話

文字数 4,370文字

 「…ピンポンって?…」

 つい、言ってしまった…

 つい、口走ってしまった…

 が、

 透(とおる)は、一向に、気にしたそぶりは、見せなかった…

 気にした反応は、見せなかった…

 むしろ、

 「…やっと、わかった…」

 と、笑った…

 無邪気に、笑った…

 が、

 当然ながら、私は、笑えなかった…

 この高見ちづるは、笑えなかった…

 この高見ちづるが、好子さんに、似ているから、澄子さんが、嫌いで、それが、高じて、私を金崎実業から、リストラさせようと、したとしたら、あんまりだ…

 一体全体、私が、なにを、あの澄子さんにしたというんだ?

 知っているのなら、教えて、欲しい…

 私は、思った…

 だから、

 「…一体、どうして?…」

 と、透(とおる)に、言った…

 「…どうして、私が、好子さんに、似ているだけで、金崎実業をクビにならなきゃ、いけないんですか?…」

 「…それは、ボクにも、わからない…」

 あっさりと、電話の向こう側で、言った…

 「…わからない?…」

 あまりにも、あっさりと、透(とおる)が言うものだから、むしろ、拍子抜けしたというか…

 「…そう、わからない…ただ、澄子が、暗躍したのは、間違いない…」

 「…」

 「…まあ、もっと言えば、高見さんの休職に、一枚噛んでいるのは、間違いないと思うか…」

 だいぶ、歯切れが、悪くなった…

 「…正直、それ以上は、わからない…」

 透(とおる)が、言った…

 「…でも、どうして? …どうして、私が?…」

 言わざるを得なかった…

 聞かざるを得なかった…

 たとえ、透(とおる)が、答えを知らずとも、聞かざるを得なかった…

 「…それは、たぶん…」

 「…たぶん、なんですか?…」

 「…高見さんが、邪魔なんじゃないかな?…」

 「…私が、邪魔?…」

 意味が、わからなかった…

 私は、米倉一族でも、なんでもない…

 当然、水野一族でも、なんでもない…

 それが、どうして、邪魔なんだろうか?

 「…どうして、私が、邪魔なんですか?…」

 「…それは…」

 「…それは、今、こうして、オレと話しているのが、その証拠さ…」

 「…証拠?…」

 「…水野でもない、米倉でもない、赤の他人にもかかわらず、水野にも、米倉にも、食い込んでいる…」

 「…」

 「…おまけに、ウチのオヤジとは、懇意の仲…」

 「…懇意の仲って?…」

 「…要するに、気に入られていると、いうことさ…」

 「…わ、私が、気に入られている?…」

 余りにも、意外な言葉だった…

 考えもしなかった…

 「…そうさ…そうでなければ、オヤジが、何度も、高見さんに、会うわけがない…オヤジは、当たり前だが、忙しいんだ…」

 当たり前だった…

 水野グループ総帥の水野良平が、忙しくないはずが、なかった…

 そんな良平が、何度も私に会った…

 だから、言われてみれば、当然だが、私を嫌いなわけは、なかった…

 好きとまでは、言えないかも、しれないが、嫌いなはずが、なかった…

 「…だから、邪魔なのさ…」

 透(とおる)が、ダメ出しした…

 「…邪魔?…」

 「…そう、邪魔…」

 「…」

 「…オレが、思うに、高見さんが、うろちょろするのが、邪魔というか…厄介というか…」

 「…」

 「…要するに、あの澄子が、なにを狙っているのか、わからないが、高見さんが、出て来ることで、邪魔でも、されたら、困る…だから、排除しようとしたんだと思う…」

 透(とおる)が、まとめた…

 「…とにかく、気をつけることだ…」

 「…気をつけるって? どう気をつければ、いいんですか?…」

 「…それは、オレにも、わからない…」

 「…わからない?…」

 「…そうだ…ただ、オレから、言えることは、ただ、ひとつ…」

 「…ただ、ひとつ?…」

 「…巻き込まれるな…」

 「…巻き込まれるなって?…」

 「…水野と米倉の争いに、巻き込まれるな…」

 透(とおる)が、力強い口調で、言った…

 「…いいな…」

 と、私に、念を押した…

 そして、それを最後に、電話を切った…

 私は、切られた電話を、握り締めながら、考えた…

 ケータイからは、

 「…プッ…プッ…プッ…」

 と、電話が、切れた音が鳴っている…

 「…巻き込まれるなって…」

 思わず、独り言を呟いた…

 「…そんなことを、言っても、すでに、巻き込まれている…」

 すでに、電話は切れたにも、かかわらず、一人呟いた…

 「…すでに、巻き込まれている…そうでなければ、金崎実業を休職になったりしていない…」

 部屋に誰も、いないにも、限らず、一人呟いた…

 それに、だ…

 すでに、今も、水野透(とおる)から、電話があったではないか?

 透(とおる)の父親の良平にも、会った…

 再会した…

 しかも、良平は、私を待っていただけでなく、自宅にまで、招かれて、妻の春子さんにも、会わせてくれた…

 水野財閥の実質的なリーダー、水野春子にも、会わせてくれた…

 これでは、もはや、私は、関係ないとは、言えない…

 水野、米倉、双方とも、なんの血縁関係がないにも、限らず、もはや、私は部外者とは、言えないのではないか?…

 そう、思った…

 そう、思いながら、考えた…

 やはりというか…

 私は、今度も、水野と米倉の争いに、巻き込まれるのだろうか?

 と、考えたのだ…

 たしかに、退屈はしない…

 これまで、およそ10年間、金崎実業に勤めていたが、要するに、毎日、同じことの繰り返し…

 とりたてて、面白いことも、なかった…

 気の合う同僚もいたが、金崎実業に10年もいる間に、女性の同僚は、ほとんど、いなくなった(笑)…

 その中には、結婚を機に、退職した同僚もいれば、単に、職場が合わなかったり、また会社のステップアップを狙って、もっと、大きな会社に転職した同僚も、いる…

 私自身は、別に、金崎実業を辞めるつもりもなく、ただ漠然と毎日を過ごしていたというか…

 とりたてて、私自身に上昇志向もないのも、大きかったのかも、しれない…

 私は、自分で言うのも、なんだが、ルックスは、他人様から、褒められるが、学力は平凡…

 だから、大学も、中堅の私大出身だ…

 それゆえ、変な上昇志向もなかった…

 おまけに、就職氷河期…

 就職できない友人も、いた…

 だから、就職できただけで、御の字というか…

 ラッキー!…

 就職できただけで、十分、満足だった…

 が、

 世の中には、そうでない人間も多い…

 しかも、

 しかも、だ…

 数が少ないとはいえ、せっかく、入社しても、早々に退職する人間も、少なからず、いた…

 もちろん、仕事が合わないとか、職場が、合わないとか、いう理由ならば、いい…

 まだ、納得できる…

 が、

 変に自分の実力を、勘違いして、

 「…ここでは、自分の実力を生かせない…」

 と、豪語するものもいて、仰天したものだ…

 明らかに、平凡な人間にも、限らず、自分の実力を勘違いしている(笑)…

 そんな人間を目の当たりにして、ただ、ただ、驚いたものだ…

 そして、世の中には、色々な人間がいると、あらためて、思った…

 私は、これまで、そんな人間には、会ったことが、なかったからだ…

 これは、どうしてか、考えた…

 考えて見れば、理由は、簡単で、そこまで、愚かな人間が、周囲にいなかったのが、大きい…

 単純に、高校も大学も、偏差値が、それほど、低くは、なかった…

 だから、ハッキリ言えば、偏差値が、低い人間が、周囲にいなかったのが、大きい…

 これは、偏見になるかも、しれないが、どうしても、偏差値の低い人間の方が、自分の実力がわからず、上昇志向が強い人間が多い…

 要するに、学歴と仕事は別と、自分に都合よく考える…

 たしかに、その通りなのだが、偏差値の低い人間は、末端の仕事をこなすだけで、上に上がれない人間が多い…

 要するに、手は早くても、頭は、イマイチだから、上に上げれない…

 が、

 当人は、その事実に気付かない…

 だから、不満が溜まる…

 そういうことだ…

 考えてみれば、その当人の気持ちは、わからないでもないが、そういうひとたちを、これまで、目の当たりにしたことがなかったから、驚いた…

 そして、それは、金崎実業に、10年もいる間に慣れた…

 やはりというか…

 ときどきは、そんな人間に出会ったからだ…

 だから、冷静に考えれば、漠然と10年間、金崎実業に、勤めていたわけではないかも、しれない…

 それは、やはり、金崎実業に、勤めていなければ、わからなかったことも、大きいからだ…

 が、

 もしかしたら、それは、金崎実業でなくても、同じかもしれない…

 大なり小なり、似たような体験は、どんな職場でも、体験するものだ…

 それを、思えば、私は、幸運な方かも、しれない…

 就職した当初は、大学時代の友人や知人に会って、会社の状況を説明したが、私は、恵まれた方だった…

 いわゆるブラック企業ではなかったからだ…

 決して、劣悪な環境ではなかった…

 だから、それを思えば、まだましというか…

 自分は、恵まれていると思った…

 なにより、私よりも、はるかに優秀でも、就職に失敗した友人、知人を、何人も、見たことが、大きい…

 就職は、ただの学力テストではない…

 面接も含まれる…

 だから、ただ、テストの成績がいいからでは、受からない…

 また、受かったとしても、その職場や仕事が、自分に合うかどうかは、誰にもわからない…

 やってみなければ、わからない…

 それを、思えば、私は、幸運だったと、言わざるを得ない…

 金崎実業に入社して、十年間、なんとか、やって来た…

 小さな不満を上げれば、きりがないが、やってこれた…

 これを、考えれば、自分は、幸運…

 紛れもなく、幸運だった…

 幸運か、否かは、他人との比較が、大きい…

 学生時代の友人、知人と、ときどき会って、感じたものだ…

 上を目指せば、きりがない…

 幸せは、できるだけ、小さいことで、幸せを感じるようになるのが、正しいというか…

 今日もまた、平凡な一日が終わった…

 それで、良かったと、思えるならば、いい…

 分不相応な高望みは、しない…

 毎日が、ただ、平穏に終わる…

 それで、良しとすれば、いい…

 だが、

 やはりというか…

 それでは、物足りない…

 刺激が欲しい…

 私は、どこかで、常に、そんなことを、望んでいた…

 そして、この半年に、それが、現実になった…

 米倉と、水野を通じで、それが、現実になった…

 すると、どうだ?

 争いは、まっぴらだと、思った…

 争いは、テレビの中のドラマか、マンガや小説の中で、たくさんだと、思った…

 そんな気持ちになった…

 我ながら、虫のいい話だが、それが、本音だった… 

 要するに、退屈な毎日を送るのは、嫌だが、
実際に、トラブルに巻き込まれるのは、もっと、困る…

 そういうことだ…

 実に、虫のいい話だった(笑)…              


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