第12話

文字数 5,224文字

「…透(とおる)が、今、私に牙を剥いてくる…でも、それは、元をたどれば、私、私が、悪い…」

 「…」

 「…外に、女を作って、透(とおる)ができた…その透(とおる)を、お嬢様との間に、子供ができなかった私が、本家に、養子として、呼び寄せた…その結果、透(とおる)が、幼いながら、苦労していたのは、父親の私の目にも、わかった…だから、透(とおる)が、好子さんと結婚したいと、強引に言い出したときは、反対できなかった…幼い透(とおる)が、水野の家の中で、必死になって生きてきた…その光景が、瞼(まぶた)に浮かんで…いわば、好子さんとの結婚を許可することで、過去の自分の罪ほろぼしというか…透(とおる)に、詫びたつもりだった…」

 「…」

 「…が、それがいけなかった…」

 「…いけなかった? どうして、ですか?…」

 「…透(とおる)が、増長するきっかけになった…」

 「…きっかけに?…」

 「…透(とおる)は、まだ若い…だから、米倉・水野グループのトップでありながらも、誰も、透(とおる)をトップとは、思ってない…私がトップだと、皆、思っている…」

 「…」

 「…だから、増長した…自分の力を周囲に見せようと、思った…私が甘やかしたばかりに…つまり、今回の反乱の原因は、すべて、私にある…」

 水野良平が、血を吐くように言った…

 これまでの自分の行動を悔いている感じがありありとした…

 「…そして、なにより、高見さんまで、巻き込んで、しまった…」

 「…そんな…」

 「…いえ、大変、申し訳なく、思っています…」

 力なく、言った…

 「…ですが、私は、別に…」

 「…いえ、これは、高見さんとは、別…」

 「…別?…」

 「…ハイ…高見さんが、どう思うかではなく、私が、自分自身を、許せないんです…」

 「…どうして、許せないんですか?…」

 「…誰かを巻き込むこと…これが、許せないんです…」

 「…」

 「…透(とおる)の一件で、それが、身に沁みたというか…」

 「…どういうことですか?…」

 「…さっきも、言ったように、私は、分家の末端の身でありながら、本家のお嬢様と結婚した…ですが、外に女を作り、透(とおる)が、生まれた…そして、お嬢様との間に、子供はできなかった…だから、透(とおる)を、養子として、正式に、水野家の跡取りとした…つまりは、透(とおる)を、巻き込んだわけです…」

 「…巻き込んだ?…」

 「…そうです…透(とおる)が、できたのはいい…でも、なにも、私の跡を取る必要は、なかった…」

 「…」

 「…これは、言い訳になるかもしれないが、私自身は、自分の後継者は、自分の息子で、なくても、良かった…」

 「…どういうことですか?…」

 「…ひとには、それぞれ、得手不得手が、あるということです…」

 「…」

 「…私は、自分で言うのも、おかしいですが、たまたま、経営者としての適性があった…これは、平造もまた、同じです…ですが、透(とおる)に、その適性があるか、どうかと、言えば、現時点では、まったくの白紙です…」

 「…」

 「…だから、本当は、透(とおる)には、別の道を選んでもらいたかった…」

 「…別の道?…」

 「…そうです…例えば、映画が好きなら、映画監督を目指しても、いい…また、サラリーマンをするにしても、自分自身の力だけで、どこか、別の…水野とは、なんの縁もゆかりもない場所で、働けばいい…」

 「…どうして、そんなことを…」

 私は、思わず、口にした…

 口にせずには、いられなかった…

 それでは、まるで、父親を、水野良平を当てにするなと、言わんばかりだったからだ…

 「…透(とおる)に、経営者としての、資質が、あるか、どうか、サッパリわからないからです…」

 水野良平が、苦悶の表情で、言った…

 「…経営者の資質?…」

 「…そうです…これは、誰もが、やって見なければ、わからない…ですが、やってみて、ダメだったでは、済まない…」

 「…済まない?…」

 「…そうです…つまり、失敗は、許されないんです…だから、透(とおる)は、私の後継者にさせたくなかった…経営者としての才能があるかないかは、やってみなければ、わからない…が、失敗は、許されない…」

 「…」

 「…だから、透(とおる)には、私の跡を継いで、欲しくは、なかった…別の道を歩んで、もらいたかった…」

 水野良平が、続けた…

 私は、その良平の言葉を聞きながら、一つの、疑問が、浮かんだ…

 透(とおる)は、この良平が、外に作った子供…

 愛人との間にできた子供だった…

 だが、この良平は、結婚した、本家のお嬢様との間に、子供は、できなかった…

 だから、透(とおる)を手元に、呼び寄せて、養子とした…

 が、

 今、この良平は、透(とおる)を、後継者にさせたくなかったと言った…

 だったら、誰を後継者にするつもりなのか?

 いや、

 そもそも、後継者にするつもりだったから、透(とおる)を、水野本家の養子にしたのでは、なかったのか?

 疑問が、湧いた…

 だから、

 「…会長…」

 と、呼びかけた…

 「…なんですか? …高見さん…」

 「…会長は、そもそも、透(とおる)さんを、養子にしたのは、自分の後継者にするつもりだったんでしょ?…」
 
 「…ハイ…その通りです…」

 「…でも、今、おっしゃったのは…」

 私の質問に、水野良平は、苦笑した…

 「…たしかに、矛盾しますね…私の後継者に、すべく、手元に呼び寄せたのに、今では、自分の好きな道を進ませたかったというのは、虫が良すぎるというか…」

 「…」

 「…でも、事実です…要するに、歳を取れば、取るほど、経営の難しさを実感する…だから、若い時は、単純に、自分の後継者を、透(とおる)にすればいいと、安易に考えていました…ですが…」

 「…ですが…」

 「…会社の経営は、簡単なものじゃない…透(とおる)に、その才能があるか否かは、甚だ、疑問です…ですから、透(とおる)が、なにか、やりたいことが、あれば、やればいい…今は、そう思ってます…」

 水野良平が、断言した…

 「…でしたら、失礼ですが、会長の後継者は…水野グループは、誰が、率いるんですか?…」

 「…たぶん、当初は、今いる幹部たちの集団指導体制でしょう…それからは…」

 「…それからは…」

 「…水野家内で、後継者を探します…ちょうど、40年前の私と同じように…」

 「…会長と、同じ?…」

 「…そうです…」

 「…」

 「…水野は、ちょうど、皇族と同じです…」

 「…皇族と同じ?…」

 「…つまり、血を優先する…水野の血が繋がった人間を当主に立てる…」

 「…」

 「…その方が、まとまるからです…」

 「…まとまる?…」

 「…そうです…そして、水野本家には、透(とおる)しか、いませんが、水野一族全体を見渡せば、適格者は、います…」

 「…」

 「…だから、本当は、将来的には、水野一族は、天皇家と同じく、象徴として、極端な話、経営に携わることが、なくてもいい…その見本は、江戸時代の豪商にあります…」

 「…どういうことですか?…」

 「…三井や、鴻池(こうのいけ)…江戸時代の豪商は、皆、経営は、有能な番頭に任せ、自分たちは、オーナーとして、直接経営には、携わらなかった…」

 「…」

 「…だから、本当は、水野もそうしたい…いわゆる株を所有して、会社を支配する…そして、経営は、他の人に任せる…資本と経営の分離です…」

 「…」

 「…なにより、そうなれば、経営者の資質が、必要なくなる…」

 「…必要なくなる?…」

 「…そうです…君主は、君臨すれども、統治せず…あくまで、象徴というか…直接、経営に携わらなければ、いい…そうすれば、経営者の資質うんぬんは、必要なくなる…」

 水野良平は、自分自身に言い聞かせるように、言った…

 そして、その言い分は、よくわかった…

 私のように、経営者でも、なんでもない、人間でも、わかった…

 会社の経営に限らず、なにをするにしても、本人の資質が、重要…

 なぜなら、誰もが、得手不得手があるからだ…

 極端な話、文系の人間で、静かに、図書館で、本を読んでいるのが、好きなような人間に、ボクシングの試合で、結果を出すことは、できない(笑)…

 本人に、適性が、まるでないからだ…

 だから、そうなっては、困る…

 当たり前のことだ…

 そして、そんなことを、考えながら、今、水野良平が、言った、水野一族のことを、考えた…

 仮に、

 仮に、だ…

 水野良平が、引退し、実子の透(とおる)が、後継者の地位から降りるとすれば、一体、誰が、いると、いうのか?

 気になった…

 だから、

 「…会長…」

 と、聞いた…

 「…なんですか?…」

 「…さっき、会長は、水野一族には、会長の後継者の適格者が、いると、おっしゃいましたね?…」

 「…ハイ…」

 「…そんなに、たくさん、いるんですか?…」

 「…たくさんは、いません…」

 水野良平が、即答した…

 「…ですが、適格者は、数人います…」

 「…数人、いる?…」

 「…そうです…これも、皇室と同じ…天皇家と同じです…」

 「…同じ…どう、同じ、なんですか?…」

 「…天皇家は、男系男子…つまり、男でなければ、なりません…男の子孫で、なければ、なりません…水野もまた、これと、同じ…」

 「…同じ…どう同じなんですか?…」

 「…皇室と同じく、男系男子を優先します…」

 「…どうして、男系男子なのでしょうか?…」

 「…簡単に言えば、子孫を選別するためでしょう…」

 「…子孫を選別?…」

 「…そうです…水野も、また、三井や住友とまでは、呼べぬものの、歴史ある一族です…先祖を辿れば、江戸時代から、ありました…そして、昔は、子だくさん…一人で、十人の子供を持つひとも、いました…」

 「…十人も?…」

 「…そうです…現代では、信じられないでしょうが…」

 水野良平が、笑った…

 たしかに、現代の基準では、考えられない…

 十人も、子供がいて、とてもではないが、生活ができるわけがないからだ…

 「…ですが、昔です…十人、子供がいても、全員が、成長するわけではない…」

 「…成長するわけではない?…」

 「…成長して、大人になるのでは、その内の一部、半分ぐらいでしょうか? …江戸時代の子だくさんで、有名な11代将軍の徳川家斉は、子供が、53人いましたが、成人したのは、28人…つまり、25人は、死んでます…およそ半分、死んでいるんです…」

 「…半分、死んでいる?…」

 「…そうです…当時は、大半は、乳幼児の頃に亡くなったと言われてますが、半分、死んでいるのは、事実です…また当時は、避妊の方法もなかったでしょう…だから…」

 「…」

 「…いずれにしても、半分しか、残らない…だから、子供が、多くても、半分は、死んだ…」

 「…」

 「…とはいうものの、やはり、現代に比べ、子供は、多い…それゆえ、その子供たちを選別する意味で、男系男子という道を選んだ…」

 「…選んだ…」

 「…そうしなければ、子孫が、増えすぎて、困る…誰もが、水野の要職に就こうとする…偉くなろうとする…それでは、困る…そういうことです…」

 たしかに、この水野良平の言うことは、わかる…

 ネズミ算ではないが、昔のように、子供が多ければ、多いほど、当たり前だが、子孫が、増える…

 だから、なにか、基準を作らなければ、ならない…

 子孫を選別する基準を作らなければ、ならない…

 それが、皇室ではないが、男系男子なのだろう…

 そう思った…

 女子は、排除…

 基本的に、女子は、他家に、嫁ぐからだろう…

 すると、どうしても、男子が、家に残る…

 だからだろう…

 そして、女子を排除することで、すぐに、子孫を半分に減らすことができる…

 そういうことだろう…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 そして、もう一つの疑問が湧いた…

 もし、

 もし、だ…

 今、この水野良平が、今、言ったように、透(とおる)を排除して、他の水野一族の人間を、後継者にしようとする…

 だとすれば、当然、お家騒動というか…

 争いが、起きるのではないか?

 そう、思った…

 米倉・水野グループは、巨大…

 巨大だ…

 むろん、トヨタとは、比較にならないが、トヨタであれば、豊田一族で、やはり、社長を目指す人間も、多いだろう…

 それと、同じで、今、水野良平と、透(とおる)父子が争えば、漁夫の利というわけではないが、水野の後継者になりたいと、思う、水野一族の者が、出て来るのではないか?

 そう、思った…

 だから、

 「…会長…」

 と、聞いた…

 「…なんですか?…」

 「…会長が、透(とおる)さんを、後継者から、外すとなると、争いが起きませんか?…」

 私の言葉に、水野良平が、ハッとした表情になった…

 「…やはり、気付きましたか?…」

 「…ハイ…」

 「…それもまた、頭痛の種です…」

 水野良平が、絞り出すように、言った…

               
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