第54話

文字数 4,261文字

 すると、だ…

 「…ミッションというのは、占星術で、いうそうです…」

 と、寿さんが、告げた…

 「…占星術?…」

 「…そうです…要するに、ひとは、誰でも、生まれたときから、歩む人生が、決まっている…そういうことだそうです…」

 「…」

 「…私も、最初、そんなバカなと、思いました…ですが…」

 「…ですが、なんですか?…」

 「…私も高見さんも、こう言っては、なんですが、この歳まで、独身です…互いに、男運がない…」

 寿さんが、笑った…

 そして、それは、答えに窮した…

 たしかに、その通りだが、それを認めるのは、私のプライドが、邪魔をしたというか(苦笑)…

 率直に言って、認めたくなかった…

 だから、黙った…

 なにも、言わなかった…

 「…そして、占星術をしている人間に、言わせると、どんな美人でも、結婚できない運勢を持っていると、結婚できないそうです…」

 「…そんなバカな!…」

 私は、思わず、声を上げた…

 声を上げずには、いられなかった…

 それでは、この高見ちづるは、一生結婚できないのか?

 そう言っているのと、同じじゃないか?

 私は、それを、聞いて、頭に来た…

 文字通り、我慢ができなかった…

 が、

 そんな私の反応を見て、寿さんは、楽しそうだった…

 嬉しそうだった…

 「…高見さん、頭に来ました?…」

 寿さんが、からかうように、私に聞いた…

 私は、

 「…」

 と、無言だった…

 答えるのも、バカバカしかった…

 すると、
 「…でも…」

 と、寿さんは、言った…

 「…でも、なんですか?…」

 自分でも、おかしいが、妙につっけんどんな言い方で、聞いた…

 「…たぶん、運命って、あるんだと、思います…」

 「…どうして、そう思うんですか?…」

 「…ほら…だって、お金持ちに、生まれたり、イケメンに生まれたりする…それだって、運命じゃないですか?…」

 「…どういうことですか?…」

 意味が、わからなかった…

 「…変な話…誰だって、お金持ちの家に、生まれたいし、美男美女に生まれたい…でも、大抵は、なれない…」

 「…」

 「…いい大学を出ても、いっしょ?…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…例え、東大を出ても、出世できる人間は、ほんの一握り…取締役とか誰でも、憧れる地位になれるのは、二割にも、満たないそうです…」

 「…エッ? …ホント?…」

 「…ホントです…」

 「…」

 「…だから、それを思えば、なるようにしか、ならないというか…運命論者では、ないけれども、自分は、こんな星の元に、生まれ、こんな人生を歩むことが、決まっているんだと、思えば、誰もが、自分の人生に、納得できる…」

 「…納得ですか?…」

 「…諦めとも、言えます…」

 寿さんが、笑った…

 「…」

 「…もっとも、これは、私が、病気をしているからかも、しれません…」

 「…病気をしているから?…」

 「…だって、そうでしょ? どうして、私が、こんな病気にかからきゃ、ならないんだと、誰でも、落ち込みます…でも、誰かが、それが、アナタの運命だと告げれば、納得するというか…諦められる…そういうことです…」

 寿さんが、青白い表情で、語る…

 つい、さっきまで、体調不良で、語ることも、できなかったから、ある意味、当たり前だった…

 が、

 その人形のように、白い顔が、青くなったのは、不気味というか…

 迫力があった…

 そして、その顔で、語る内容には、凄みがあったというか…

 納得できた…

 なぜ、この寿さんが、占星術の話をするのか、納得できた…

 要するに、人生が、うまくいかないからだ…

 誰のせいでもなく、自分の人生が、うまくいかない…

 私のように、結婚できなかったり、あるいは、就職できなかったり、はたまた、会社で、出世できなかったりする…

 それが、平凡な人間だったら、まだ、納得するというか…

 所詮、自分は、月並みの能力しかなかったからと、納得する…

 が、

 それが、美人だったり、早稲田や慶応、あるいは、東大を出ていたら、納得できないだろう…

 当たり前だ…

 納得できるはずがない…

 だから、どうやって、自分を納得させるか?

 そういうことになる…

 そして、その納得させる数少ないことの一つが、運命なのだろう…

 いくら、美人に生まれても、結婚できない…

 いくら、いい大学を出ても、就職できない…

 あるいは、出世できない…

 が、

 これは、アナタの運命だと言えば、誰もが、納得するというか…

 諦められる…

 そういうことだろう…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 美人薄命…

 ふと、この寿さんを見て、思った…

 たしかに、美人…

 完璧な美人だ…

 が、

 どこか、儚(はかな)くもある…

 が、

 それが、この寿綾乃という女性の美しさを一層際立たせているというか…

 こんなことを、言っては、失礼だが、病気が、一層、寿さんの美しさを引き出させたとも、いえた…

 そして、もしかしたら、これは、寿さんの死が近いのかも?

 と、気付いた…

 ロウソクの炎に例えると、炎が消える寸前には、もっとも、激しく燃える…

それと同じで、死ぬ間際には、一層、美しく見えるのかも…

 ふと、そんなことを、考えた…

 そして、同時に、

 …嫉妬?…

 とも、気付いた…

 私は、寿さんに嫉妬している…

 自分にない美しさを持った、寿さんを嫉妬している…

 そうも、思った…

 そして、それが、事実か否か、自分でも、わからなかった…

 無意識に嫉妬して、自分でも、相手の評価を低くしている場合もある…

 その可能性もある…

 いずれにしても、それは、私には、関係のないことだった…

 なぜ、関係がないのか?

 私は、これから、ずっと、寿さんと、付き合うわけではない、ということだ…

 今日、たまたま、会っただけ…

 それだけだ…

 だから、これ以上、なにも、考えないように、しようと、思った…

 そして、黙った…

 すると、寿さんも、これ以上、私に話しかけて、こなかった…

 体調が、悪いことも、あるのだろう…

 が、

 それ以上に、私が、これ以上、話しかけないでくれというオーラというか、雰囲気を出したのが、わかったのかも、しれない…

 実は、私は、この寿さんが、苦手だった…

 なんというか…

 いっしょにいると、私が、私でなくなってしまうというか…

 もしかしたら、キャラ被り?…

 キャラが、似ている…

 タイプは、違うが、二人とも、美人で、しっかり者の印象…

 つまり、中身が、似通っている…

 すると、どうだ?

 どっちかが、相手の下にならなければ、ならない…

 どっちかが、相手の手下にならなければ、ならない…

 おおげさにいえば、両雄並び立たずというか…

 片方が、もう片方の下につかなければ、ならない…

 そして、私は、なんとなく、この寿さんが、苦手というか…

 勝てないと、思った…

 やはり、寿さんが、本物の美人ということもあるのだろう…

 私のように、カワイイが、入っていない、ただ純粋に、キレイな美人…

 それだけで、十分圧倒される…

 が、

 それだけではなかったというか…

 なんとなく、この寿さんは、私など、及びもしない、経験をしたというか…

 これは、ただ単に、私の想像に過ぎないが、そんな予感がした…

 だから、さっき、寿さんは、

 「…誰にでも、ひとに言えない黒歴史の一つや二つは、あります…」

 と、言ったのでは、ないか?

 そんな予感がした…

 一方で、それは、私の一方的な思い込みというか…

 ゲスの勘繰りではないか?

 とも、思った…

 いずれにしろ、これ以上、考えるのは、止めることにした…

 寿さんも、話しかけて、こない…

 だから、私も、ジッと黙った…

 黙って、クルマの窓から、外を見た…

 
 私の自宅に着くと、私は、急いで、クルマから降りた…

 すると、反対側のクルマのドアから、寿さんも降りたのだろう…

 家の中に入ろうとする、私の背中に、向かって、

 「…今日は、ありがとうございました…」

 と、深々と、腰を折って、お辞儀をした…

 私は、そんなことを、されたことが、ないので、驚いた…

 慌てて、寿さんを振り返り、

 「…とんでも、ありません…こちらこそ、今日は、ありがとうございました…」

 と、寿さん同様に、腰を折って、頭を下げた…

 実に、疲れるというか…

 慣れないことをしたおかげで、神経が、疲れた…

 が、

 これだけでは、終わらなかった…

 寿さんが、

 「…では、これで、今日は、失礼します…また、後日…」

 と、付け加えたからだ…

 …エッ?…

 …後日って?…

 …ウソッ!…

 これ以上、寿さんと、付き合いたくなかった…

 悪い人間では、ないとは、思う…

 が、

 いっしょにいると、妙に、気疲れするというか…

 正直、プレッシャーがかかる…

 これは、なにより、寿さんが、私以上の美人だからかもしれない…

 正直、自分自身、美人に生まれ、調子に乗っていた部分もある…

 が、

 明らかに、自分以上の美人を前にすると、自分自身、どう振る舞っていいか、わからなかった…

 どう対応していいか、わからなかった…

 なにより、これまで、寿さんのようなタイプの美人を前にしたことがなかった…

 それが、大きかった…

 街を歩いていて、自分以上の美人を見ることは、たまにある…

 これは、誰でも、同じ…

 どんな人間も同じだ…

 自分が、世界で、一番、美人なわけは、ないからだ…

 が、

 この寿さんが、苦手なのは、キャラと言うか…

 重量感があるというか…

 風格がある…

 だから、苦手…

 いっしょにいて、気後れする…

 そして、そんなことを、考えると、この寿さんは、案外、男にモテないかも?

 と、気付いた…

 この寿さんのキャラは、男に気遅れさせるキャラ…

 いつのまにか、男が、寿さんの下になる(笑)…

 現に、あの諏訪野伸明の尻を、明らかに引っ張っていた…

 だから、結婚すれば、間違いなく、かかあ天下…

 それが、不満の男は、多い…

 私は、それを、思った…

 思いながらも、実は、それって、私のことかも…

 実は、この高見も、さんざん、男に媚びないとか、

 男の風下に立たないとか…

 言われてきた…

 要するに、似た者同士…

 私と寿さんは、似た者同士…

 だから、キャラ被り…

 だから、いてもらっては、困る…

 そういうことかも、しれない…

 自分と同じタイプの人間は、自分一人でいい…

 そういうことかも、しれない…

 私は、この寿綾乃という女性を見て、そう思った…

 そして、あらためて、自分が、こんなにも、自分勝手な人間だと、気付いた(笑)…

              
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