第93話

文字数 4,373文字

「…いっしょ? …どういうことですか?…」

 「…二人は、いっしょ…同じ考え…」

 「…それは、どういう意味ですか?…」

 「…米倉は、水野の足を引っ張る…だから、別れた方がいい…同じ考え…」

 「…あの良平さんも、ですか?…」

 驚いた…

 驚かずには、いられなかった…

 が、

 好子さんは、冷静だった…

 「…高見さん、なにを、そんなに驚いているの?…」

 「…だって、あの良平さんまで、透(とおる)さんが、好子さんと別れるのに、賛成だったなんて…」

 「…それは、当たり前…」

 「…当たり前?…」

 「…そう、当たり前…米倉は、水野の足を引っ張る…だから、本当は、切り捨てたい…そう思っていて、当たり前…」

 「…」

 「…ほら、思い出して、高見さん…良平のオジサマも、私と透(とおる)の結婚に、最初は、反対だったでしょ?…」

 「…ハイ…」

 たしかに、反対だった…

 が、
 
 透(とおる)が、どうしても、好子さんと、結婚したいと、我を通すものだから、仕方なく、結婚を許した…

 それを、思い出した…

 「…私は、あの判断は、経営者として、正しい…そう、思っている…」

 「…エッ?…」

 「…皮肉でも、なんでもなく、そう、思っている…私が、良平のオジサマや、春子のオジサマの立場でも、そう、する…私と透(とおる)の結婚に反対する…」

 好子さんが、強い口調で、言った…
 
 「…でも、良平のオジサマの気持ちも、わかった…透(とおる)が、そんなに、私を好きならば、親として、私との結婚を後押ししたい、私との結婚を認めて、あげたい…その気持ちも、よく、わかった…」

 「…」

 「…でも、それは、誤り…そもそも、認めては、いけなかった…」

 好子さんが、言った…

 「…私と透(とおる)との結婚を認めては、いけなかった…それは、経営者として、失格…」

 「…失格?…」

 「…そう、失格…ビジネスに私情を持ち込んでは、ダメ…水野は、米倉を支援しては、ダメ…」

 好子さんが、真顔で、言った…

 私は、それを、見て、この好子さんは、優れた経営者の資質があると、気付いた…

 感情では、なく、ビジネスを優先させる…

 私と、ほぼ、同じ年齢で、それが、できる…

 ある意味、とんでもない、才能の持ち主だと、思った…

 そして、それに、気付くと、ふと、平造を思い出した…

 この好子さんの、義理の父親である、米倉平造を思い出した…

 ひょっとして…

 ひょっとして、あの平造は、この好子さんの経営者としての資質に、気付いているのかも、しれない…

 ふと、思った…

 だから、この好子さんに、次の米倉を託した…

 そう、思った…

 あの時点で、米倉は、借金まみれだった…

 その借金を隠して、水野と合併して、生き残りを図る…

 それしか、生き残る道はなかった…

 が、

 それは、一時的…

 いずれ、米倉の借金は、明らかになる…

 巨額の負債が、あることが、バレる…

 が、

 もしかしたら?

 もしかしたら、それは、時間稼ぎ…

 一刻は、水野の下に入っても、いずれは、この好子さんが、なんとか、するかもしれない…

 そう、平造は、思ったのかも、しれない…

 私は、そう、思った…

 すると、好子さんが、

 「…なに? 高見さん…私が、こんなことを、言うのは、意外?…」

 と、面白そうに、言った…

 私は、無言で、頷いた…

 これまでの、好子さんのイメージと、違い過ぎた…

 これまでの好子さんは、言い方は悪いが、お人形…

 ただ、キレイなお人形だった…

 小柄な、美人のお人形だった…

 が、

 今の好子さんは、違う…

 しっかりと、自分を持っている…

 そう、思った…

 そのときだった…

 「…父の…平造は、私の能力を見抜いていた…」

 「…能力?…」

 「…気質と、言い換えても、いい…」

 「…どういうことですか?…」

 「…私は、恋愛が、苦手…」

 「…」

 「…これまで、31年、生きてきて、好きになった男も、いない…まともに、付き合った男も皆無…」

 「…それが、一体…」

 それが、一体、なんだと、言うんだ…

 それを、言えば、この私も同じ…

 この高見ちづるも、同じだった…

 まもなく34歳になるにも、かかわらず、まともに付き合った男もいない…

 自分で言うのも、なんだが、私も、この好子さんも、同じ…

 女優の常盤貴子さんの、若いときの顔と、同じような、美人だが、これまで、男関係は、皆無…

 一人も、いなかった…

 「…父は、平造は…それは、私の冷たさだと、見抜いた…」

 「…冷たさ?…」

 「…人間的な冷たさだと、見抜いた…だから、簡単に、男を好きになれない…そう、気付いた…」

 「…」

 「…そして、父は…平造は、それは、経営者に、もっとも、重要な資質だと、思った…」

 「…資質?…」

 「…感情に流されないこと…」

 「…」

 「…もちろん、経営者なら、社員を大切にするとかいう、ことも大切…でも、それ以上に、どんなときも、感情に流されない…ビジネスに私情を持ち込まない…それが、なにより、大事だと、私に説いた…」

 「…」

 「…父が…平造が、私に大日産業の経営に携わることを、させなかったのは、私を、ビジネスに巻き込みたくなかったから…本当は、優れた経営センスを持つ、男と、結婚させ、米倉を存続させる…ちょうど、父や、良平のオジサマのような将来を夢見ていた…」

 「…」

 「…でも、私は…」

 それ以上は、言わなかった…

 あるいは、言えなかったのかも、しれない…

 この米倉好子さんは、容易に、他人を好きになれない…

 男と、恋愛できない…

 私と同じ…

 だから、男に頼るのではなく、自分で、米倉を動かす…

 もしかしたら、平造は、そう、思ったのかも、しれない…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…あの秋穂という娘も、同じ…」

 と、いきなり、言った…

 「…同じ? …なにが、同じなんですか?…」

 「…男を好きになれない…他人に、寄り添うことが、できない…」

 「…あの、秋穂さんが?…」

 驚いた…

 いや、

 本当に、そうか・

 真逆では、ないのか?

 なぜなら、あの秋穂は、透(とおる)を、誘惑した…

 正造も、ホテルに誘ったと、正造自身が、言っていたではないか?

 それが、男を好きになれない、なんて…

 だから、

 「…どうして、ですか? …どうして、そう思うんですか?…」

 と、食い気味に聞いた…

 聞かずには、いられなかった…

 「…あっちの男…こっちの男と、年がら年中、男を取り替える女は、皆、男を愛せない女よ…」

 「…男を愛せない女…」

 「…いったん、男女の関係になろうと、心の底から、好きになれない…だから、何度も、男を取り替える…心の底から、相手を好きになれないから…」

 好子さんが、笑った…

 寂しそうに、笑った…

 「…さすがに、米倉一族…血は争えない…いくら、キレイでも、中身は、同じ…男を、好きになれない…」

 好子さんが、断言した…

 あるいは、喝破した…

 だが、

 だとすると、やはり、あの秋穂は、澄子さんの娘…

 正造の姪なのだろうか?

 私は、思った…

 「…あの、秋穂さんは…」

 私が、言いかけると、

 「…そろそろ、やって来たようね…」

 と、好子さんが、誰かを、見て、言った…

 私は、好子さんの視線の先を見た…

 春子だった…

 水野春子だった…

 まさか?…

 まさか、この場に春子がやって来るとは、思わなかった!…

 水野の正統後継者が、やって来るとは、思わなかった!…

 「…お久しぶりです…」

 私は、慌てて、席から、立ちあがって、挨拶した…

 「…あら、高見さん…お久しぶり…」

 実に、優雅に、春子が、挨拶した…

 すると、今度は、

 「…オバサマ…お久しぶりです…」

 と、好子さんが、私と同じく、席を立って、春子に、挨拶した…

 「…好子さんも、お元気そうね…」

 春子が、これまた、優雅に、言った…

 春子のルックスは、女優の吉永小百合に、似ていた…

 もちろん、あれほどの美人ではない…

 が、

 美人であることも、もちろんだが、その雰囲気が、吉永小百合と、似ていた…

 つまり、真面目で、おとなしい印象…

 つまりは、おおざっぱに言えば、私と好子さんと同じ…

 が、

 しゃべり出せば、それが、あくまで、外見だけということは、すぐに、わかる…

 好子さんが、言ったように、せっかちで、気ぜわしい…

 なにより、自分が、すべての中心のように、振る舞うからだ…

 まさに、歳を取ったが、生粋のお嬢様だった…

 「…今回は、ご迷惑をおかけしました…」

 好子さんが、詫びた…

 「…本来ならば、水野の家に、出向いて、お詫びしなければ、ならないところですが、なかなか、水野の家は、敷居が高くて…」

 好子さんが、告げると、

 「…たしかに、あの家は、堅苦しいものね…」

 と、あっけらかんと、笑った…

 「…好子さんの、足が、遠のくのは、わかるわ…」

 「…ありがとうございます…」

 「…でも、ホントは、私の立場もあるから、水野の家にやって来て、一族の前で、一度、透(とおる)との離婚について、説明を聞きたかったわ…」

 春子が、告げると、

 「…申し訳ありません…」

 と、好子さんが、平身低頭した…

 私は、それを見て、今さらながら、この春子と好子さんの力関係を見た、思いだった…

 二人の差を見た思いだった…

 「…お二人とも、座って…それで、今、どんなお話をされていたの?…」

 私と、好子さんは、春子さんの指示に、従って、席に、座った…

 「…秋穂のことです…」

 好子さんが、言った…

 「…そう…」

 春子さんが、頷いた…

 「…それは、厄介ね…」

 春子さんが、席に着くなり、言った…

 すると、好子さんが、

 「…オバサマも、ひとが悪い…」

 と、笑った…

 「…ひとが、悪い?…」

 春子さんが、返す…

 「…だって、オバサマ…今日は、秋穂のことを、相談に、オバサマに、ここにいらして、もらったでしょ? …そう、事前に、お知らせしたのに…」

 好子さんが、笑いながら、不平を漏らした…

 すると、一変して、

 「…それは、そうね…」

 と、笑った…

 それから、

 「…五井もまた、あこぎな真似をするものだわ…」

 と、春子さんが、漏らした…

 「…五井が、あこぎな真似ですか?…」

 私は、思わず、口を挟んで、しまった…

 これは、しまったと、思った…

 この話は、あくまで、好子さんと春子さんの会話…

 私が、口を挟む話では、ないからだ…

 だから、慌てて、

 「…すみません…」

 と、詫びた…

 すると、春子が、

 「…いいのよ…高見さん…」

 と、言った…

 「…いきなり、ここで、五井の名前が出て、驚いたでしょ?…」

 私は、無言で、頷いた…

 「…でも、真実…」

 「…なにが、真実なんですか?…」

 と、私。

 「…あの秋穂の背後には、五井がいる…」

 春子が、断言した…

              

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