第36話

文字数 4,125文字

「…澄子さんの娘?…」

 私は、驚きながらも、言った…

 「…ハイ…」

 眼前の女は、頷いた…

 「…本当?…」

 「…本当です…」

 彼女は、自信たっぷりに、言った…

 が、

 私は、それを信じていいものか、どうか、わからなかった…

 が、

 信じない理由もない…

 なにより、たった今、この女のコが、自分で、米倉澄子さんの娘と名乗ったのでは、ないか?

 少なくとも、澄子さんの娘でないとしても、米倉の内部事情に詳しい人間に違いない…

 私は、そう、思った…

 だから、

 「…そう…」

 と、小さく返事をした…

 「…だったら、私を知っていても、不思議ではないわね…」

 「…ハイ…」

 と、嬉しそうに、返事をした…

 が、

 その顔は、いかにも、気が強そうだった…

 たしかに、美人ではあるが、いかにも、気が強そうだった…

 たしかに、この気の強さならば、あの澄子さんの娘でも、間違いは、ないかも、しれない…

 が、

 あの澄子さんは、平凡だった…

 美人でも、なんでもなかった…

 とりたてて、特徴のない、平凡な顔…

 なにより、印象の薄い顔だった…

 一度会ったきりでは、つい忘れてしまう…

 それほど、特徴のない顔だった…

 だから、それを思えば、本当に、あの澄子さんの子供なのか、考えた…

 たしかに、気の強さを考えれば、あの澄子さんの娘で間違いはない…

 が、

 ルックスを見る限りは、そうは、思えない(爆笑)…

 だから、悩んだ…

 そして、それ以上に、今、気付いたのは、あの米倉の豪邸に、この娘が、いなかったことだ…

 あの米倉の家に、当時、いたのは、平造夫妻と、正造、好子、新造と、澄子と、直一夫妻だった…

 だから、考えてみれば、おかしい…

 いや、

 おかしくはないかも、しれない…

 今どきの娘だ…

 海外に留学していたとかして、あのとき、家を出ていた可能性もある…

 だから、

 「…でも、私が、米倉の家を訪れたときは、いなかった…どうして?…」

 と、聞いた…

 「…それは…」

 「…それは?…」

 「…私が、澄子の娘でも、米倉の家の人間じゃないということです…」

 「…エッ? …どういう意味?…」

 「…母とは、子供の頃に、別れました…」

 「…別れた?…」

 「…ハイ…」

 「…それって、もしかして、離婚したってこと?…」

 「…ハイ…」

 「…だったら、直一さんとの娘ではない…」

 「…ハイ…」

 これで、納得いった…

 つまり、この娘は、あの直一さんとの娘ではない…

 だから、あのとき、あの米倉の家にいなかった…

 なにより、辻褄が合う…

 この眼前の女のコは、二十代半ば…

 澄子さんは、正造より、数歳上だから、四十代半ば…

 だとすれば、澄子さんは、二十歳ぐらいで、この女のコを、産んだことになる…

 澄子さんは、大学を出て、就職してから、あの直一氏と知り合ったと、以前、直一氏が、私に言った…

 だから、この女のコの言葉を信じれば、直一氏と知り合う前に、この娘を産んだことになる…

 それゆえ、もしかしたら、この娘の存在を、直一氏は、知らない可能性もある…

 誰かが、教えなければ、わからないからだ…

 そして、なにより、私が、この娘の言葉を信じるのは、あの透(とおる)を、誘惑したから…

 あの透(とおる)は、好子さんの夫…

 そして、あの澄子さんは、好子さんを嫌っていた…

 いや、

 憎んでいたといっていい…

 だから、その好子さんの夫である、透(とおる)を、自分の娘を使って、誘惑すると、いうのは、十分考えられる…

 自分が、大嫌いな好子さんの夫の透(とおる)を、自分の娘を使って、誘惑するというのは、十分考えられるシナリオだ…

 正直、澄子さんのルックスでは、透(とおる)を、誘惑することは、できない…

 澄子さんが、美人では、ないからだ…

 おまけに、年齢も、四十半ば…

 透(とおる)よりも、一回りも上だ…

 とてもではないが、透(とおる)を誘惑できるはずもない…

 が、

 この娘なら、それが、できる…

 なにより、若い…

 おまけに、美人…

 が、

 自分の娘を使ってまで、透(とおる)を、誘惑するだろうか?

 私は、結婚もしていないし、当然、子供もいない…

 だから、親の気持ちはわからないが、自分の娘を使ってまで、嫌いな妹の夫を誘惑するだろうか?

 考えた…

 が、

 その一方で、あり得るとも、思った…

 なぜなら、透(とおる)は、水野グループ総帥の息子…

 大金持ちのボンボンだからだ…

 だから、そのボンボンをゲットすれば、OKというか…

 たとえ、誘惑して、空振りしても、十分価値はある…

 そう考えれば、むしろ、背中を押す可能性も高い…

 私は、そう、見た…

 私は、そう、睨んだ…

 と、

 そこまでだった…

 「…じゃ、これで、失礼します…」

 と、いきなり、私に頭をペコリと下げると、歩き出した…

 「…ちょっ…ちょっと…アナタ…」

 思わず、私は、彼女の後ろ姿に声をかけた…

 いくらなんでも、突然すぎる…

 いきなり、私に声をかけてきたのも、驚いたが、今度も、突然、
 
 「…じゃ、これで、失礼します…」

 と、言って、歩き出したのも、驚いた…

 呆気に取られたというか…

 なにか、この娘に、いいように、操られているというか…

 振り回されている…

 そんな感じだった…

 すると、私の声に、即座に、彼女は、反応した…

 「…ここで、ずっと、言い争うのは、見世物ですよ…」

 「…見世物って?…」

 「…アイドルのコンサートじゃないんです…こんな路上で、みんなに、見られて…」

 彼女の言葉で、慌てて、周囲を見回した…

 たしかに、

 …アイドルのコンサート状態…

 だった…

 かなりの数のひとたちが、私と、彼女を遠巻きに、見ていた…

 当たり前だ…

 銀座の路上で、二人の女が、言い争っている…

 そんな光景は、普通は、あり得ない…

 しかも、真っ昼間…

 夜中ではない…

 酒を飲んで、騒ぐなら、まだ、わかるが、昼間の銀座で、素人の女二人が、ケンカをするなど、ドラマの撮影か、なにかでなければ、ありえないシチュエーションだった…

 だから、彼女が、この場から、逃げ出すのも、わかった…

 私も、最初は、周囲の人間の目が、気になったが、つい、エキサイトしたというか…

 彼女の攻撃的な言動が、癪(しゃく)に障ったというか…

 彼女を前にしていると、つい、カーッと、頭に血が上って、我を忘れたというか…

 普段は、あり得ない行動をとった…

 まもなく、34歳になるにも、かかわらず、自分でも、驚いた行動を取った…

 私は、自分で言うのも、なんだが、滅多に激高することはない…

 いわゆる、フラットというか…

 感情の波風が、あまりない方だった…

 それが、彼女を前にすると、自分でも、驚くほど、激高した…

 自分でも、ビックリするほど、怒った…

 最初は、気にしていた周囲の視線も忘れて、怒鳴った…

 これは、もしかして、嫉妬?

 ふと、気付いた…

 若い、彼女に対する嫉妬?

 ふと、思った…

 彼女は、私と同じような顔の美人…

 しかも、私より、10歳は、若い…

 だから、勝てない…

 それが、直観的にわかったから、かえって、頭に来た…

 そういうことかも、しれない…

 私は、気付いた…

 好子さんは、私と似た顔をした美人だが、年齢が、変わらない…

 たしか、好子さんは、私より、二歳年下…

 だから、変な話だが、十分、勝負できる…

 ルックスで、勝負できる…

 が、

 彼女は、違う…

 ルックスで、完敗…

 いや、

 ルックスではない…

 年齢で、完敗だ…

 似たようなルックスで、十歳年下の相手に、私が、勝てるわけはない…

 ボクシングでいえば、瞬殺…

 勝負にならない…

 そして、これは、初めての経験だった…

 この高見ちづるにとって、初めての経験だった…

 もうすぐ、34歳になる年齢ではあるが、不思議と、私の周りには、美人がいなかった…

 あるいは、単に私の世界が、狭いだけだったのかも、しれない…

 あるいは、単に、運が良かっただけかも、しれなかった…

 私の周囲に、私以上の美人がいないことで、私は、おおげさにいえば、年齢を感じられないで、いられた…

 生きていれば、歳を取るが、ハッキリ言えば、自分の方が、美人だという、変な自信があった…

 が、

 それが、彼女には、通じない…

 一目見て、勝てない相手だと、わかった…

 だから、余計に頭に来たのかも、しれなかった…

 自分では、認めたくないが、それが、真相なのかも、しれなかった…

 なにより、同じような顔をした美人というのが、まずかった(苦笑)…

 例えば、これが、セクシー系とか…

 大柄で、水着が似合うような美女なら、まだいい…

 美人でも、タイプが、違うからだ…

 だから、競争相手というか…

 タイプが、違うから、競争にならない…

 どっちが、好きかは、個人の好みによるからだ…

 が、

 同じタイプは、困る…

 差別化が、できない…

 だから、差は、単に、年齢になる…

 年齢の若い方の勝ちになる…

 そういうことだ…

 ハッキリ言えば、私の負け…

 変な話、十歳若い、自分と、闘うようなもの…

 まもなく34歳になる私と、23歳の私…

 どっちが、キレイかといえば、断然、後者…

 23歳の私だ…

 だから、困る…

 自分が、勝てないから、困る…

 そういうことかも、しれない…

 そして、一方で、自分は、こんなにも、わがままな人間だったのか?

 と、驚いた…

 こんなにも、自分勝手な人間だったのか?

 と、驚いた…

 なぜなら、これまで、そんな感情を抱いたことは、なかったからだ…

 自分でも、自分の感情に、ビックリした…

 そして、強敵の出現に戦慄したというか…

 厄介なことになると、予感した…

 が、

 一方で、それを歓迎する自分がいた…

 これもまた、意外な自分の発見だった…

 すでに、完敗を予感した宿敵の登場にも、かかわらず、その出現を歓迎した…

 なぜなら、退屈でなくなるからだ…

 今は、金崎実業を休職中…

 なにも、やることがない…

 だからかも、しれない…

 暇つぶしといっては、なんだが、血沸き肉躍る展開を期待した…

 自分でも、なんだが、支離滅裂な感情だが、事実だった…

 もうすぐ34歳になる、高見ちづるの真実だった…

              
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