第21話

文字数 4,812文字

 水野…水野透(とおる)…

 私は、考えた…

 結局は、やはりというか、あの水野透(とおる)が、キーパーソンなのだろう…

 私は、自宅に戻って、自室にこもりながら、考えた…

 あの水野透(とおる)…

 私との出会いは、偶然…

 偶然だった…

 雨の日に、傘をさして、歩いていたときに、偶然、透(とおる)に私がさした傘が、ぶつかった…

 それが、出会いだった…

 私は、背が低い…

 身長、155㎝…

 女子の中でも、小柄だ…

 私は、もうすぐ、34歳になるが、私の年齢では、平均は、158㎝か、159㎝ぐらいだろう…

 だから、平均から、比べれば、3㎝か、4㎝は、小さい…

 そして、その3㎝か、4㎝の差が、いかに大きいことか(涙)…

 定規で、見れば、たかだか、3㎝か、4㎝の違いだが、身長では、全然、違って見える…

 そして、そんな小柄な私は、通勤や通学時の満員電車とか…とにかく、ひとが、集まる場所が、苦手だった…

 小柄な私は、周囲に埋没してしまうからだ…

 とりわけ、満員電車の中では、周囲のひとに埋もれて、目的地の駅で、降りれなくなりそうだった経験も、一度や、二度のことでは、なかった(涙)…

 そして、それは、あの水野透(とおる)と、出会ったときも、同じ…

 あの日は、雨で、皆、傘をさしているので、小柄な私は、前が、よく見えなかった…

 だから、偶然、前を歩いていた透(とおる)と、ぶつかった…

 私は、最初、それに、気付かなかったが、

 「…当たり屋さん?…」

 と、言われ、気付いた…

 そして、すぐに、

 「…申し訳ありませんでした…」

 と、詫びた…

 透(とおる)は、仏頂面というか…

 明らかに、不機嫌だった…

 それも、当たり前かもしれない…

 見ず知らずの人間に、傘で、カラダをぶつけられたのだ…

 怒らない方が、不自然だろう…

 が、

 私が、詫びると、一転して、機嫌が、直った…

 それどころか、

 「…じゃ、さようなら、美人の当たり屋さん…」

 と、言って、別れた…

 私には、そんな透(とおる)の態度が、意外と言うか…

 最初、

 「…ひどいな…」

 と、不機嫌そのものの仏頂面でいうから、なにか、されるのでは?

 と、思った…

 おおげさに、言えば、ヤクザでは、ないが、どこかに、連れ込まれると、思った…

 が、

 違った…

 そして、そんな透(とおる)の態度が、脳裏に、鮮烈に、残った…

 最初、仏頂面だった男が、一転して、爽やかに、声をかける…

 その落差に、驚いたのだ…

 そして、後日、その男は、私の勤務する金崎実業に、顔を出した…

 金崎実業の取り引き先の社員として、だ…

 実は、透(とおる)は、水野家の次期当主として、金崎実業を探っていたのだ…

 水野グループは、金崎実業を吸収合併しようとしていた…

 そして、金崎実業が、どういう会社なのか、興味を持った透(とおる)は、金崎実業の取引先の企業に潜り込んで、私の職場に接触した…

 取引会社が、水野グループの会社だったのだ…

 だから、透(とおる)は、容易に、その会社の社員になりすまし、私の職場にやって来た…

 そして、透(とおる)の狙いは、ただ一つ…

 金崎実業の内情を知るためだった…

 会社の売り上げや利益などは、有価証券など、書類を見れば、わかる…

 が、

 会社の雰囲気は、わからない…

 だから、厳密には、書類だけでは、会社の実情は、わからない…

 だから、直接探るべく、私のいる職場に、やって来た…

 そして、なぜ、私のいる職場なのか?

 最初は、わからなかったが、それは、おそらく、私の同僚にあった…

 私の同僚で、私の隣の席の内山さんは、後に、金崎実業の社長になったひとの娘だった…

 だから、その内山さんが、勤務する職場だから、透(とおる)は、やって来たに決まっていた…

 金崎実業は、中堅の商社で、営業所も、日本各地にある…

 従業員は、千人程度で、決して、大きくはないが、小さくもない…

 そして、そんな日本中、至る所にある、営業所の中で、なぜ、私のいる営業所にやって来たか、当初は、謎だったが、考えて見れば、内山さんが、いたからだろう…

 そして、そのときに再会した透(とおる)は、前回、初めて会ったときと、別人…

 まるで、別人だった…

 ひょうきんなお調子者…

 まるで、芸能人で、言えば、柳沢慎吾のような感じ…

 ひょうきんなお調子者で、見る者を楽しませる…

 私は、初めて会ったときと、あまりに、印象が、違うので、唖然とした…

 同時に、興味を持った…

 そして、さらに、興味を持ったのは、あの米倉正造の一言だった…

 米倉正造が、透(とおる)の正体を、明かしたのだ…

 正造と、透(とおる)は、面識があった…

 すでに、何度も告げたが、正造の父親の平造と、透(とおる)の父親の良平は、顔なじみ…

 いや、

 盟友だった…

 財界で、肝胆相照らす仲の盟友だった…

 だから、互いに、互いの家を行き来した…

 それゆえ、正造と、透(とおる)は、子供の頃から、面識があった…

 米倉正造が、透(とおる)の正体を明かしたことで、私は、俄然、興味が湧いた…

 大金持ちのお坊ちゃまということも、あるが、それ以上に、初めて会ったときの印象と、真逆だったからだ…

 初めて会ったときは、不機嫌な仏頂面…

 見ず知らずの私に傘をぶつけられたのだから、機嫌が悪いのは、わかるが、それでも、次に、会社で会ったときの、良く言えば、ノリの良い…

 悪く言えば、軽薄なお調子者の姿と、違い過ぎた…

 両方の姿を見た、私は、一体、どっちが、本当の透(とおる)の姿かと、興味が湧いた…

 これも、ある意味、当たり前のことだった…

 そして、徐々に、好きになったというか…

 気になりだした…

 一体、どっちが、本当の水野透(とおる)だか、気になりだした…

 あまりにも、態度が、違うからだ…

 が、

 それも、まもなく終わった…

 透(とおる)が、金崎実業に、姿を現さなくなったからだ…

 金崎実業の調査が、終わったからだった…

 そして、透(とおる)が、金崎実業に現れなくなり、私は、焦った…

 思えば、33歳にして、初めて、気になった男だった…

 その男が、いなくなった…

 眼前から、消えた…

 だから、焦った…

 が、

 その後、偶然、街中で、透(とおる)と、再会した…

 そのときの透(とおる)は、別人だった…

 最初、会ったときと、同じく、無愛想で、決して、好感を持つ男では、なかった…

 そのとき、初めて、私は、

 …あの、お調子者の透(とおる)が、好きだった…

 ことに、気付いた…

 自分が、率先して、ピエロのような道化師を演じることで、周囲を和ませ、楽しませる…

 そんな気遣いができる透(とおる)を好きだったことに、気付いた…

 そして、その演技は、透(とおる)が、父の良平の愛人の息子でありながら、本家の養子に入ったがゆえに、苦労して、身に着けた透(とおる)なりの、処世術であることを、後で、知った…

 その方が、容易く、周囲に馴染むことができるからだ…

 つまり、いつも、ひょうきんなお調子者を演じているのは、素(す)の姿では、なかったということだ…

 私は、それを知り、愕然としたまでとは、言わないが、落胆した…

 誰もが、いつもひょうきんなお調子者で、いるわけではないことは、わかっている…

 が、

 その後のおそらくは、素(す)の透(とおる)の姿とは、違い過ぎた…

 だから、幻滅した…

 ハッキリ言えば、興味がなくなった…

 が、

 透(とおる)の方は、違ったらしい…

 なぜなら、米倉が危機に陥り、水野が、米倉を救う際の条件として、

 …私か、米倉好子さんとの結婚…

 を、提示したからだ…

 正直、私は、当て馬だったが、それでも、あの場で、私と結婚しても、いいと、言ったことは、多少なりとも、私を好きだったのだろう…

 それは、それで、嬉しかった…

 が、

 肝心の私はと言えば、すでに、透(とおる)に対する恋心は、失われていた…

 私は、今さらながら、そんなことを、思い出していた…

 そして、結局、透(とおる)は、好子さんと結婚して、米倉を救った…

 当初、危惧した米倉の負債は、思ったよりも、少なかったとのことだ…

 だから、米倉は、再建可能だと、わかった…

 そして、水野は、米倉と提携して、水野・米倉グループと、なった…

 総帥は、あの水野良平…

 そして、実質的には、あの透(とおる)が、提携の橋渡しというか、中心になった…

 良平が、透(とおる)に、経験を積ませようとしたのだろう…

 当然、良平の部下が、透(とおる)をサポートしたに違いないが、あくまで、名目は、透(とおる)が、水野と米倉の提携を主導したことになっていた…

 つまりは、帝王教育というか…

 次期、水野家当主として、数々の実績を作り、後継者として、周囲に、認めさせようとする、父親の配慮だったに、違いない…

 そして、それは、わずか、半年前の出来事…

 わずか、六か月前の出来事だった…

 私は、あのとき、透(とおる)が、

 「…私と、好子さんのどっちと、結婚しても、水野は、米倉を救う…」

 と、米倉の豪邸で、断言したときに、

 「…自分の結婚相手は、自分で決めます…」

 と、啖呵を切った…

 そして、

 「…透(とおる)さんとは、結婚しません…」

 と、言った…

 あのときに、私は、金輪際、米倉に関わることは、ないと、思った…

 水野にしても、同様だった…

 いずれも、お金持ち…

 平凡な小市民の私とは、そもそも縁もゆかりもないひとたちだった…

 たまたま、縁あって、米倉正造と、知り合い、それが、きっかけで、米倉の一族と知り合った…

 それだけだった…

 あのとき、米倉の豪邸を去るときに、好子さんの弟の新造さんが、

 「…実は、高見さんの、何代か前の先祖…
ひい爺さんか、その前の先祖が、米倉の一族だったんだ…」

 と、衝撃的な告白をした…

 それで、私と好子さんが、瓜二つまでは、いかないが、似ている理由が、わかった…

 私は、それまでは、他人の空似だと、ばかり、思っていた…

 他人でも、自分そっくりとまでは、言わないが、似ている人間は、世の中に、いる…

 兄弟や従妹といっても、通じるほど、似ている…

 それと、同じだと思っていた…

 が、

 違った…

 実際に血の繋がりがあった…

 といっても、五代や六代前…

 見たことも、会ったこともない、ご先祖様…

 今の基準でいえば、これが、男女ならば、結婚しても、まったく、なんの問題もない…

 近親婚で、あれば、血の濃さが、問題になるが、それに、まったく当てはまらないほど、血が薄い…

 だから、だろう…

 私の先祖が、米倉の一族と聞いても、まったくピンと、こなかった…

 実感が、湧かなかった…

 なにしろ、そんな話は、生まれてこの方、見たことも、聞いたことも、なかったからだ…

 ウソだとも、思えないが、実感が、湧かなかった…

 なにしろ、初めて、聞いた話だ…

 その後、その話を父や母に確認することもなかった…

 今さらというか…

 仮に、私が、米倉一族の血を引いているといっても、

 「…それが、どうした?…」

 と、言った感じだった…

 おおげさに、言えば、仮に、自分の先祖が、三井や三菱の岩崎家と繋がりがあっても、仮に、三井三菱銀行に、いって、お金を借りようとして、

 「…実は、先祖が、三井や岩崎家と関係があった…」

 と、いうのと、同じ…

 話のネタにはなるが、それが、どうした?という感じ…

 なんの影響力もない…

 現実に、そんなセリフを口にしたとしても、銀行が、融資に寛大になるわけでもなんでもない…

それを口にすれば、担保も何もない状態で、お金を貸してくれるようなことは、絶対ありえない…

 つまり、なんの役にも、立たない(爆笑)…

 だから、私は、米倉の末裔であることは、誰にも、口にしなかった…

 私は、今さらながら、そんなことを、考えた…

 考え続けた…

                
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