第45話

文字数 3,913文字

 だから、つい、

 「…ホント、おキレイですね…」

 と、寿さんに、従って、クルマに乗り込みながら、言った…

 「…いえ…」

 寿さんが、答える…

 「…それを、言えば、高見さんこそ、おキレイです…」

 と、返した…

 が、

 私は、その言葉を素直に、受け取れなかった…

 自分より、美人の女に、

 「…おキレイです…」

 と、言われても、素直に、頷くことが、できなかった…

 素直に、肯定することが、できなかった…

 …嫉妬?…

 あらためて、そう、思った…

 …私は、この寿という女性に嫉妬している?…

 あらためて、そう、気付いた…

 そして、これは、たぶん、初めての感情だった…

 自分でも、自分のこの感情に、驚いた…

 私は、自分で、言うのも、なんだが、あまり、他人に嫉妬した経験が、ない…

 いわば、自分で、言うのも、なんだが、

…人は人…

…自分は、自分…

というのが、私の基本的なスタンスというか…

変に、他人と、自分を比べたことは、ない…

比べて、どうにか、なるものでは、ないからだ…

が、

この寿という女性には、なぜか、嫉妬した…

自分でも、ビックリしたが、明らかに、嫉妬した…

自分でも、どうしてだか、わからなかった…

おそらくは、この寿という女性には、勝てない…

そう、自分自身、直感で、わかったからかも、しれない…

一目見て、自分が、歯が立つ人間ではない…

自分が、対抗できる人間では、ない

そう、気付いたからかも、しれなかった…

だから、嫉妬した…

そういうことかも、しれない…

私とこの寿という女性が、並べば、男は皆、この寿さんを選ぶ…

それが、わかっているからかも、しれない…

そして、なにより、そんな経験は、私には、なかった…

そういうことかも、しれない…

これまで、出会った女性の中で、私が、勝てないな…

と、すぐに感じたのは、大柄な女性だった…

ハッキリ言えば、水着の似合う女性…

背が高く、スタイルの良い女性だった…

モデルのような体型の女性だった…

当然、顔も良い(笑)…

彼女たちを見て、感じたのは、私が、お子ちゃま、だということだった(苦笑)…

身長155㎝で、やせっぽち…

自分で言うのも、恥ずかしいが、私は、顔が美人だから、服を着て、歩けば、対抗できるかも、しれないが、水着や裸では、とてもじゃないが、彼女たちに対抗できない…

隣に並べば、まるで、お子ちゃま…

お子ちゃま、だ…

だから、彼女たちに嫉妬したというか…

勝てないと、気付いた…

が、

今、この眼前にいる、寿綾乃という女性のように、普通に、服を着て、勝てないと、直観した女性は、いない(苦笑)…

なんというか…

自分でも、うまく言葉が、見つからないのだが、おそらく、頭でも、ルックスでも、そして、おおげさに、言えば、人間力というか…

つまりは、すべての能力で、私、高見ちづるを、上回っている…
 
そう思えた…

だから、嫉妬を抑えることが、できなかったのかも、しれない…

私は、自分で、自分の感情を、そう、分析した…

が、

その一方で、彼女もまた、私を見ていることが、わかった…

観察していることが、わかった…

だから、

「…どうかしましたか?…」

と、聞いた…

つい、ドスを利かせた低い声で、聞いた(笑)…

「…いえ…」

と、寿は、答えた…

が、

少し置いてから、

「…爽やかですね…」

と、続けた…

「…爽やか?…」

と、これも、まるで、ケンカを売るように、言った…

が、

寿は、反応しなかった…

ケンカを買わなかったというか…

「…見ていて、気持ちがいいです…」

「…気持ちがいい…ですか?…」

「…やはり、キレイでも、化粧がきつかったり、ド派手な女性は…」

と、言って、寿さんは、笑った…

美人が、笑った…

まるで、花が咲いたように、明るく笑った…

すると、一転して、彼女への対抗心が、なくなったというか…

彼女の笑いを見て、一瞬にして、敵対心が、なくなった…

笑いのツボではないが、私と同じように、考えることが、わかったからだ…

だから、

「…それは、わかります…」

と、私も返答した…

「…いくら美人でも、厚化粧だったり、派手だったりする女性は…」

私が、そう言うと、彼女も頷いた…

そして、

「…お互い、そうならないように、気を付けましょう…」

と、まとめた…

むろん、半分、冗談…

半分、本気だ…

「…たしかに、そうですね…」

私は、答えた…

互いに、三十代前半…

下手をすると、歳を隠すために、厚化粧に走りかねない…

その結果、ド派手な化粧に走りかねない…

そういうことだ…

すると、寿さんも、無言で、頷いた…

それから、クルマが走り出した…

クルマが走り出すと、当然のことながら、どこに、向かっているか?

聞いた…

当たり前のことだ…

「…寿さん…これから、一体、どこへ?…」

「…私にも、わかりません…」

「…エッ? …わからない?…」

実に、意外というか?

ホントなのか?

と、疑う発言だった…

だから、隣の寿さんを、驚いて、見ると、

「…行き先は、運転手さんが、知っています…たぶん、さっきも言った、五井記念館か、諏訪野のお屋敷のどちらかでしょう…」

と、寿さんが、答えた…

その寿さんの発言を聞いて、ハンドルを握る運転手の方が、

「…諏訪野のお屋敷です…」

と、答えた…

「…諏訪野のお屋敷ですか?…」

と、私。

「…ハイ…」

と、寿さん。

「…諏訪野のお屋敷には、五井本家を仕切る方が、いらっしゃいます…その方が、お待ちになっています…」

「…五井本家を仕切る方?…」

…どんなひとなんだろう?…

気になった…

やはり、高齢の男性だろうか?

そう、思った…

当たり前だが、企業のトップは、日本では、70代以上の高齢の男性が、主流だ…

私や、この寿さんの父親の世代…

現実に、あの米倉正造も、水野良平も、それぐらいの年齢だ…

私は、思った…

だから、どんなひとなんだか?

隣に、座った寿さんに、聞こうとした…

が、

聞けなかった…

なんだか、あまり、体調が優れない様子だったからだ…

それに、なにより、今会ったばかりの、女性に根掘り葉掘りすることは、できなかった…

また、根掘り葉掘りしたところで、この寿という女性が、答えるとも、思えなかった…

口が堅そうだったからだ…

意思が、固そうだったからだ…

だから、どんなひとかには、触れず、

「…寿さん…体調は?…」

と、聞いた…

誰が見ても、あまり調子が、いいようには、見えなかったからだ…

が、

「…大丈夫です…」

と、寿さんが、即答した…

が、

私には、全然、大丈夫なようには、見えなかった…

だから、つい、

「…でも…顔色が…」

と、言ってしまった…

が、

寿さんは、頑なというか…

それに対して、なんの返事も、しなかった…

ただ、

「…今日は、少し、体調が、良くないようです…ご迷惑を、おかけして、申し訳ありません…」

と、だけ、言った…

そして、それ以上は、なにも、言わなかった…

だから、私も、それ以上は、なにも、言えなかった…

そして、それを、最後に、会話が、途絶えた…

私としても、まさか、病人相手に、あれこれ、根掘り葉掘り話しかけることは、できないからだ…

だから、聞きたいことは、山ほど、あったが、聞かなかった…

もっとも、あれこれ、聞いたところで、この寿さんが、簡単に、答えることなど、あり得なかった…

何度も、言うように、意志が、とんでもなく、固そうだったからだ…

だから、黙って、寿さんの横顔を、見た…

…キレイだ…

あらためて、思った…

私と、違って、正真正銘の美人…

が、

実は、案外モテないかも?

と、ふと、思った…

たしかに、キレイだが、隙がない…

隙というと、言葉の意味が、難しいが、要するに、気安く話しかけられる雰囲気がないということだ…

どんな美男美女でも、気安く、話しかけられる雰囲気が、なければ、意外に、異性から、モテないものだ…

気安く話しかけられる雰囲気がなければ、

「…今夜、飲みに行こう?…」

などと、誰も誘ってくれない…

誰も、誘ってくれなければ、恋が始まらない…

そういうことだ…

私は、そんなことを、思った…

私は、そんなことを、考えた…

そして、そんなことを、考えながら、私は、この寿さんに、対抗している…

無意識のうちに、張り合っている…

無意識のうちに、競争している…

その現実に、気付いた…

そして、その現実に、我ながら、焦ったというか…

驚いた…

まさか、自分が、目の前に、美人を前にすると、こんなにも、負けず嫌いに、張り合う人間だとは、思わなかったからだ…

自分で、自分を見て、意外というか…

自分の心の動きに、驚いた…

目の前に、これまで、あまり、お目にかかったことのない美人がいる…

ただ、それだけで、こんなにも、自分の心がかき乱さるとは、思わなかった…

そして、なにより、自分が、こんなにも、負けず嫌いというか…

別の意味でいえば、性格の悪い人間だとも、思わなかった…

だって、そうだろう…

寿さんは、美人だけれども、話しかけづらいから、モテないだろうなどと、言うのは、ちょうど、

「…あのひとは、美人だけれども、背が低い…」

とか、

「…あのひとは、美人だけれども、胸が小さい…」

とか、

とにかく、欠点を、見つけて、あげつらう…

そんな人間だと、いうことだ…

自分が、そんな下卑た人間だとは、思わなかった…

そして、そんなことに、今さら、気付いたことに、驚いた…

まもなく34歳になろうとする年齢になって、初めて、気付いた、自分の性格だった…

そして、なにより、そんな自分が、恥ずかしくなった…

そんな自分が、なんだか、惨めになった…

ただ、目の前に美人がいる…

その美人が、自分になにか、悪いことをしたわけでも、なんでもないのに、心の中で、罵倒する…

そんな人間だとは、思わなかった…

そして、それを、考えると、つくづく自分が、嫌になった…

自分が、惨めになった…

              
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