第50話

文字数 4,717文字

 そして、そんなことを、考えながらも、ふと、気付いた…

 どうして、私が、この五井のお屋敷に呼ばれたのか?

 考えた…

 文字通り、謎だった…

 答えの出ない謎だった…

 あの米倉正造は、どうして、この私を、五井のお屋敷に招いたのか?

 そもそも、米倉正造も、この五井のお屋敷に、やって来るのでは、なかったのか?

 それが、急用で、いけなくなったから、私だけ、招かれた…

 米倉正造は、確かに、そう言った…

 が、

 果たして、それは、真実だろうか?

 今さらながら、考えた…

 もしかして、最初から、米倉正造は、私だけ、この五井のお屋敷に招く…

 そんな腹積もりだったかも、しれない…

 そう、思った…

 だから、わざと、

 「…今日は、一体、どういうつもりで、あの米倉正造さんは、私をここに招いたのでしょうか?…」

 と、言った…

 すると、他の3人が、不審な表情をした…

 「…いえ、最初から、正造さんは、今日は、ここへやって来る予定は、なかったのでしょ?…」

 私が、言うと、3人とも、困った顔をした…

 その3人の表情を見て、やはりというか…

私の推測が当たったと、思った…

 だから、私は、

 「…でしょ?…」

 と、繰り返した…

 3人に、同意を求めたと言ってもいい…

 すると、和子さんが、苦笑して、

 「…そんな…わかりきったことを…」

 と、言った…

 今さらと言った感じだった…

 「…高見さん…」

 と、和子が、言った…

 「…なんでしょうか?…」

 「…いっぱしの女が、そんな、わかりきったことを、今さら、聞くものじゃ、ありませんよ…」

 と、叱られた…

 もっとも、和子は、笑いながら、言ったのだが…

 わざと、笑いを、交えて言った…

 が、

 当然のことながら、私は、

 …なぜ?…

 と、思った…

 …どうして?…

 と、考えた…

 あの米倉正造は、どうして、私だけを、この五井の家に招いたのだろ?

 と、考えた…

 なにか、わけが、あるのだろうか?

 正造が、いては、いけないわけが、あるのだろうか?

 私は、思った…

 ひょっとして?

 ひょっとして、自分が、いっしょに、いては、都合が悪い?

 そう、気付いた…

 今、五井は、米倉を支援している…

 が、

 市場では、どうして、五井が、米倉を支援しているのか?

 わからない状態…

 なにより、誰が、五井に、米倉を助けろと、助け船を出させたのか?

 あるいは、

 誰が、米倉を助ける橋渡しをしたのか?

 詮索するに、違いない…

 もしかしたら、それを、恐れたのかも、しれない…

 私は、思った…

 だから、これ以上は、聞けなかった…

 だから、これ以上は、聞かなかった…

 なにより、そんな米倉正造が、どうして、この場にやって来ないかを、たとえ、この3人が、皆、知っていたとしても、誰一人、その理由を話すとは、思えなかった…

 そんな口の軽い人間が、この3人の中に、いるはずも、なかったからだ…

 そして、そんなことを、私が、思っていると、またも、和子が、

 「…アナタ、愛されているのよ…」

 と、いきなり、言った…

 「…愛されている?…」

 「…私も、ここにいる他の二人も、詳しくは、言えないけれども、高見さんが、あの米倉正造さんに、愛されているのは、間違いない…大切に思われているのは、間違いない…」

 「…」

 「…どうして、そんなことをと、思うかも、しれないけれども、要するに、気をつけろと、米倉さんは、言いたいのでしょう…」

 「…気をつけろ? …ですか?…」

 「…変な話…強盗に気をつけろと、言われても、当たり前だと思うでしょ? …でも、その強盗が、近くに、ウロウロしているから、気をつけなさいと、警察に言われれば、誰もが、用心する…それと、同じ…」

 「…」

 「…これ以上は、色々差しさわりがあって、言えないけれども、高見さんが、米倉さんから、好かれているのは、忘れないで…」

 和子が、言った…

 同時に、それが、最後だった…

 この言葉が、実質的に、今日、五井家に招かれた最後の言葉に、なった…

 なぜなら、いきなり、和子が、立ち上がり、

 「…高見さん…今日は、ありがとうございました…」

 と、言ったからだ…

 そして、

 「…伸明さん…寿さん…後は、頼みます…」

 と、言って、和子は、あっさりと、席を立った…

 私は、唖然とした…

 あまりにも、あっさりと、会談が終了したからだ…

 いきなり、呼び出され、話が、終われば、用が済んだとばかりに、勝手に退席する…

 そんな、あまりの自分勝手な振る舞いに、唖然とした…

 が、

 これこそが、金持ちというか…

 権力者かも、しれない…

 そうも、思った…

 いつのまにか、他人を下に見るというか…

 そこまでの、気持ちはなくても、つい、自分勝手に振る舞うし、なにより、それを周囲が、許す…

 いや、

 許さざるを得ない…

 そういう雰囲気があった(苦笑)…

 言葉を変えれば、生まれつきのリーダーというか…

 とにかく、強烈な個性があり、それゆえ、周囲が、許さざるを得ない雰囲気があった…

 だから、和子が、退席すると、真っ先に、諏訪野伸明が、

 「…まったく、叔母様は…」

 と、ため息をついた…

 「…自分の言いたいことだけ、言い終えると、さっさと、席を立つ…」

 苦笑いを浮かべた…

 それから、諏訪野伸明は、私を向いて、

 「…高見さん…スイマセン…叔母は、いつもああなんで…決して、悪気があるわけじゃ…」

 と、言い訳をした…

 だから、私は、

 「…わかってます…」

 と、短く言った…

 それから、

 …もしや?…

 と、思った…

 ひょっとしたら、この諏訪野伸明と、米倉正造は、知り合いなんじゃないか?

 と、気付いた…

 二人とも、顔は、違うが、雰囲気が、似ている…

 同じように、色白で、お金持ちのボンボンタイプ…

 だから、同類というか…

 友人であっても、不思議ではない…

 なにより、年齢も、ほぼ同じ…

 同じ、四十代前半…

 だから、

 「…ひょっとして、諏訪野さんに、米倉さんが、頼んだんじゃ、ありませんか?…」

 と、いきなり、私は、諏訪野伸明に、言った…

 「…エッ? …なにをいきなり…」

 諏訪野伸明が、戸惑った…

 「…ごまかさないで下さい…正造さんは、諏訪野さんに、米倉の救済を頼んだんじゃ、ありませんか?…」

 私は、断定口調で、言った…

 なにより、自信があったというか…

 証拠は、なにもないが、自信があった(笑)…

 この諏訪野伸明と米倉正造は、似ている…

 似た者同士…

 実に、二人とも、人間のタイプが似ている…

 「…これは…困ったな…」

 諏訪野伸明が、困惑した様子だった…

 「…なんて、言っていいのか…」

 諏訪野伸明が、愚痴をこぼす…

 すると、だ…

 「…伸明さん…そんな言い方じゃ、バレバレですよ…」

 寿さんが、笑いながら、茶々を入れた…

 「…寿さんまで…そんな…」

 諏訪野伸明が、悲鳴を上げる…

 私は、そんな諏訪野伸明を間近に見て、実に、お坊ちゃまというか…

 金持ちの家に生まれた、育ちの良さを感じた…

 これは、私だけでは、あるまい…

 そんな、ちょっとした、やりとりで、育ちの良さや、悪さは、わかるものだ…

 そして、本人は、気付かずとも、周囲の人間は、それに、気付くものだ…

 例えば、いつも、他人の、悪口や、噂話に興じる人間が、いるとする…

 それが、中学生や高校生では、わからないかもしれないが、その他人の悪口や噂話ばかりする人間は、やはり、親が、性格が悪いのか?

 それとも、

家が、貧乏だったり、家庭環境に、なにか、問題があるのでは?

 と、誰もが、考えるものだ…

 ただ、いつも、他人の悪口や、噂話に興じている当人は、そんなことは、考えもしない…

 が、

 周囲のものは、皆、そう考えている…

 そういうものだ(笑)…

 気付かないのは、本人たちだけ…

 そういうものだ(笑)…

 そして、そんな私が、過去に出会った人間たちと、この諏訪野伸明と比べて、その差というか…

 あまりにも、人間の出来が違うので、驚愕したというか…

 あまりの、違いに、ただただ驚いた…

 生まれつき、イケメンに生まれ、実家は、由緒ある、大金持ちの一族…

 片や、平凡極まりない家庭に、生まれ、ルックスも平凡なら、頭の出来も悪く、他人の悪口ばかり言う…

 おおげさに言えば、これが、同じ人間なのか?

 と、思う…

 そして、それは、なんとも、埋めがたい格差…

 生まれ持った格差だ…

 なにより、金持ちの家に生まれた者は、性格が良く、貧乏の家に、生まれた者は、性格が、悪い…

 この事実が、こたえたというか…

 ドラマや漫画の世界では、金持ちが、性格が悪く、貧乏人が、性格が、良く、描かれるが、現実は、真逆…

 お金持ちの家に生まれた人間の方が、性格も良く、頭もいい…

 貧乏の家に、生まれた人間の方が、性格も悪く、頭も悪い…

 これが、大半というか…

 要するに、お金持ちは、最初から、自分が、頭がいいから、頭のいい子が生まれ、その頭の良さを生かして、社会で、成功する…

 そして、貧乏人は、真逆…

 頭が、悪いから、社会で、成功できず、それが、不満で、他人の悪口ばかり言って過ごす…

 それが、現実というか…

 私が、見た、現実だった…

 もちろん、例外は、ある…

 貧乏人が、皆、性格が、悪く、金持ちは、皆、性格が良い…

 そんなことは、ありえない(笑)…

 あくまで、大半というか…

 多くが、それに当てはまるというだけで、例外は、いっぱいある…

 それに、以前、誰か、著名人が、言っていた…

 例えば、父親がイケメンで、息子もイケメン…

 母親が、美人で、娘も美人…

 世間では、それは、誰もが、認めるが、こと頭に関しては、素直に受け入れられないというか…

 父親が、偏差値40の高校を出ていれば、息子も、偏差値40の高校を出ていて、当たり前だが、それを素直に受け入れることが、できない…

 要するに、ルックスは、遺伝だが、頭の良さや悪さもまた、遺伝だという、当たり前の現実を、素直に受け入れることができない…

 それは、そうだと、わかっているが、それを、素直に認めることができないというか…

 それを、思い出した…

 そして、そんなことを、考えながら、ふと、見ると、この諏訪野伸明と、寿さんが、互いに、じゃれ合っていたというか…

 寿さんが、諏訪野伸明に、突っ込みを入れ、諏訪野さんが、それに、不平をこぼしていた…

 そして、不平をこぼしながらも、この諏訪野さんは、どこか、嬉しそうだった…

 誰が、見ても、夫婦か、恋人…

 仲の良い、夫婦か、恋人だった…

 美男美女の恋人だった…

 …なんて、絵になる二人…

 私は、思った…

 そして、羨ましいとも、思った…

 これは、誰もが、同じだろう…

 芸能人ではないが、美男美女のカップルなど、そうそうお目にかかるものではない…

 大抵が、男が、良ければ、女は、それほど、美人ではない…

 真逆に、女が良ければ、男は、ルックスは、それほどでもない…

 それが、現実だ…

 男女のカップルがいて、二人も、美男美女など、滅多にいない…

 そういうものだ…

 が、

 今、それが、目の前にいる…

 おまけに、お金持ち…

 とんでもない、お金持ちだ…

 この現実を見て、私は少々複雑な気分になった…

 生まれながらの格差と言うか…

 正直、自分では、どうあがいても、手が届かない存在が、目の前にいる…

 これは、正直、怒っていいのか?

 笑っていいのか?

 わからない…

 ルックス、お金、頭の良さ…

 そのすべてを持って生まれた二人を前にして、私は、なんともいえない気分になった…

 残酷なまでの格差を見て、正直、自分との差を感じずには、いられなかった…

               
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