第47話

文字数 4,482文字

 …叔母様?…

 驚いた…

 当然、この諏訪野伸明が、連れて行く先には、この伸明の父親がいると、思った…

 いや、

 父親でなければ、母親…

 そう、思った…

 が、

 それが、叔母様とは?

 正直、意味が、わからなかった…

 一体、なぜ、叔母なのだろうと、思った…

 そう、思いながら、諏訪野伸明に、導かれながら、部屋に入った…

 と、そこには、女傑がいた…

 いや、

 その時点では、わからなかった…

 ただ、高齢の女性がいるという認識だった…

 私の母親以上の年齢の女性がいる認識だった…

 これは、当たり前…

 この諏訪野伸明という五井家当主も、また、あの米倉正造と同じく、四十代前半…

 だから、普通に考えれば、母親の年齢は、70歳前後ぐらいだろう…

 そして、その母親の妹だとすれば、それより数歳年下…

 だから、おそらく65歳にも、ならないだろう…

 いや、

 違った…

 ここは、五井本家…
 
 諏訪野という名前だが、五井家…

 だから、当然、叔母というのは、この諏訪野伸明の父親の姉か、妹…

 その可能性が、高い…

 が、

 いずれにしても、70歳前後…

 まもなく、34歳になろうとしている、私、高見ちづるの母親よりも、10歳は、年上…

 そう、思った…

 そして、私が、そう思いながら、このご婦人を見ていると、

 「…高見さん…ですか? 諏訪野和子です…今日は、わざわざ、お呼びだてして、申し訳ありません…」

 と、丁寧に腰を折って、私に挨拶した…

 私は、慌てた…

 まさか、五井家の女性に、こんなにも、丁寧に、挨拶されるとは、思っても、みなかったからだ…

 だから、私は、慌てて、

 「…高見ちづると、申します…今日は、お招き頂き、ありがとうございます…」

 と、腰を折って、自己紹介した…

 あまりの緊張に、危うく舌を噛む寸前だった(苦笑)…

 それほど、緊張した…

 それほど、慌てた…

 すると、だ…

 この眼前の諏訪野和子と名乗った女性が、

 「…おキレイね…」

 と、言った…

 だから、私は、慌てて、

 「…いえ…」

 と、言った…

 「…そんなことは…」

 と、言いかけて、つい、隣の寿さんを、見た…

 いや、

 見ざるを得なかったというか…

 隣に、明らかに、私以上の美人の寿さんがいて、冗談でも、

 「…おキレイね…」

 と、言われて、

 「…とんでも、ありません…」

 と、いつものように、軽く流すわけには、いかなかった(苦笑)…

 なにしろ、隣に、本物の美人がいる…

 本物の美人の寿さんがいる…

 決して、私が、偽物の美人というわけではないが、さすがに、本物の美人の寿さんの前で、可愛いが入っている、私が、

「…自分が、美人…」

と、冗談でも、認めるわけには、いかなかった…

 そして、私が、つい、寿さんを見た視線に、この諏訪野和子と言うご婦人は、気付いた様子だった…

 「…いえ、高見さん…アナタも、寿さんとは、違うタイプの美人よ…」

 と、私を励ますように、続けた…
 
 あるいは、

 私を慰めるように、続けた(苦笑)…

 「…ただ、タイプが違うだけ…」

 諏訪野和子さんが、言う…

 「…男のひとから、見れば、寿さんの方が、いいと思う方も、いれば、高見さんの方が、いいと思い方も、いる…そうでしょ? 伸明さん?…」

 と、この場で、ただ一人の男の諏訪野伸明に、言った…

 すると、伸明は、躊躇ったというか…

 明らかに、当惑した…

 明らかに、どう答えていいか、わからない様子だった…

 だから、

 「…叔母様、いきなり、そんなことを、ボクに振られても…」

 と、苦笑いを浮かべながら、叔母に抗議した…

 それを見て、

 「…伸明さんも、女のひとの前では、どっちが、好みか、言わない…女あしらいが、うまくなったものね…」

 と、諏訪野和子が、さらに、続けた…

 そして、その言葉に、伸明は、

 「…」

 と、絶句した…

 どう、答えて、いいか、わからない様子だった…

 すると、それを見て、

 「…プッ…」

 と、誰かが、吹き出した…

 私は、誰が、吹き出したのか、慌てて見た…

 寿さんだった…

 「…和子さんも、伸明さんを、おもちゃにして、イジメて…」

 と、笑った…

 その言葉で、一気に、その場の空気が、和んだ…

 軽い冗談を言うことで、この場の空気が、一気に和んだ…

 私は、それを、見て、さすがだと、思った…

 この寿綾乃という女性は、さすがだと、思った…

 そして、だから、この寿さんを、この諏訪野伸明は、手元に置くのか? と、思った…

 単なる恋人ではない…

 頭の切れる恋人だから、手元に、置くのか? 

 と、思った…

 いくら、キレイでも、頭のない…ハッキリ言えば、中身のない女性は、ダメだ…

 そういう女性は、例えば、パーティー用とか?

 とにかく、他人に、見せびらかすためには、いい…

 ちょうど、男のひとが、連れて歩けば、ポルシェや、フェラーリに乗っているが、如く、周囲に見せびらかすことが、できる…

 だから、いい…

 が、

 それだけ…

 それだけだ…

 だから、ハッキリ言って、普段は、なんの役に立たない(笑)…

 ちょうど、ポルシェやフェラーリが、いつも、自宅の車庫にあるとの、同じ…

 いつも、車庫に置きっぱなしで、滅多に使うことがない…

 それと、似ている…

 例えは、悪いが、そういうものだ…

 だから、この諏訪野伸明という男は、この寿さんが、美人で、使えるから、手元に置くのだろうと、あらためて、そう思った…

 そして、それを、叔母である、彼女も、また、了承しているのだろうと、思った…

 なんというか…

 すごいところに、やって来た…

 そう、思わざるを得なかった…

 この諏訪野和子という夫人も、優れていれば、寿さんも、優れている…

 そして、当然、この伸明さんも、優れているに違いない…

 だって、そうだろう…

 五井家当主だ…

 優れているに、決まっている…

 優れていなければ、当主になれないからだ…

 また、この諏訪野和子さんは、この若き当主の叔母だと、言った…

 そして、当主自らが、この叔母に会わせるために、この部屋に私を連れてきた…

 ということは、どうだ?

 当たり前だが、当主よりも、偉いということになる…

 当主よりも、権力を持っているということになる…

 ただ、当主の叔母だから、偉いというわけではあるまい…

 そして、もしかしたら?

 もしかしたら、当主の誕生に、この叔母が、ひと役買ったのかも、しれない…

 当主の誕生に、一肌脱いだのかも、しれない…

 そう、思った…

 五井家の当主だ…

 当然、無能では、なれない…

 だから、ひょっとして、当主のライバルと言うか…

 この諏訪野伸明というひとも、誰かと争って、五井家当主の座に就いたのでは、ないか?

 ふと、思った…

 そして、そのときに、この和子という叔母が、助けたというか…

 この伸明の当主就任を後押ししたのではないか?

 そう、思った…

 それゆえ、この伸明よりも、偉いのではないか?

 そう、気付いた…

 この伸明にとって、ただの叔母だから、丁重に接している…

 そういうわけでも、あるまい…

 そう、思った…

 そして、そんなことを、考えていると、

 「…お座りください…高見さん…」

 と、和子が、席に着くことを、促した…

 「…ハイ…ありがとうございます…」

 私は、言って、席に着いた…

 私たちは、大きなテーブルを前に、皆、席に着いた…

 この部屋にいる、この4人、全員が、この大きなテーブルに座った…

 私は、緊張した…

 物凄く緊張した…

 こんなに緊張するのは、いつ以来だろう?

 ふと、考えた…

 あの半年ちょっと前だ…

 気付いた…

 あの米倉正造と、知り合い、あの米倉の豪邸に、伺った…

 あのとき、以来だ…

 ふと、気付いた…

 あのとき、初めて、米倉の家に伺い、生まれて、初めて、金持ちと接した…

 それ以来の衝撃だった…

 私は、何度も言うが、平凡…

 実に、平凡な女だった…

 平凡な家庭に生まれ、平凡な人生を歩んで来た…

 大学も、中堅で、平凡なら、就職した会社も、平凡…

 まさに、平凡極まりない人生を歩んで来た…

 そして、そんな平凡な人生に不満は、なかった…

 なにしろ、私自身が平凡だから、歩む人生は、平凡に決まっているからだ…

 妙に高望みをしたことも、なければ、それを変に、思うところもなかった…

 なぜなら、自分が、平凡な人間であることが、誰よりも、わかっているからだ…

 が、

 そんな私にも、おおげさに言えば、人生の転機が訪れた…

 それが、米倉正造との出会いだった…

 そして、米倉の家の人間との交流だった…

 それを、期に、おおげさにいえば、私の人生が、変わったというか…

 生まれて初めて、お金持ちと知り合って、おおげさに、いえば、人生が変わった…

 …人生観が、変わった…

 以前に比べ、少しは、視野が広くなったというか…

 それまで、私が、生涯知り合うことのない階級のひとたちと、接することで、世界が、広がった…

 そして、そんな大金持ちの階級のひとたちも、私と同じ人間だと、知った…

 私と同じように、悩み、

私と同じように怒り、

私と同じように泣く…

 私と、同じ人間だと思った…

 私となにひとつ変わらない人間だと、思った…

 これは、驚きだった…

 お金持ちのひとたちが、なにか、特別なひとだとは、思ったこともないが、実際に、接してみて、あまりにも、自分と変わらないので、驚いた…

 それが、なにより、率直な感想だった…

 これは、もしかしたら、もっと、一般のひとに、身近な例で、言えば、例えば、会社や学校で、異性からモテモテの男女と付き合ってみたら、あまりにも、自分と変わらな過ぎて、驚いたというのと、同じかもしれない…

 美人だったり、イケメンだったりする人間と付き合ってみたら、もっと、彼ら、あるいは、彼女らは、キラキラする日常を送っているかと、思ったら、違った…

 それと、似ているかも、しれない…

 自分とは、違う…

 あるいは、

 自分とは、違って、毎日が、楽しい生活を送っているのかと、思ったら、違った…

 そういうことかも、しれない…

 誰もが、憧れるイケメンや、美人に生まれたら、おおげさに言えば、人生が変わる…

 そう思って、身近に付き合ってみたら、なにも、変わらない…

 ただ、ルックスがいいから、周囲からチヤホヤされるだけ…

 その現実に気付いたというか…

 それと、同じかもしれない…

 そして、そんなことを、考えていると、

 「…高見さん…」

 と、いきなり、諏訪野和子が、私の名前を呼んだ…

 「…ハイ…なんでしょうか?…」

 「…歳を取るって、どういうことだか、わかった?…」

 と、和子が、言った…

 正直、意味が、わからなかった…

 もちろん、言葉の意味は、わかる…

 が、

 なぜ、いきなり、そんなことを、言われるのか、わからなかった…

 が、

 すぐに、わかった…

 和子が、

 「…自分に似た、自分より、若い女が、目の前に現れて…」

 と、続けたからだ…

 そして、それは、あの秋穂のことを、言っている…

 あの米倉正造の姉の澄子の娘のことを、言っている…

 そう、思った…

               
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