第95話

文字数 5,392文字

 結局、その日は、途中から、春子を交えて、お茶会…あるいは、女子会を、しただけだった…

 好子さんは、春子さんに対しては、

 「…オバサマ…オバサマ…」

 と、連呼し、それを、聞いている、春子さんも、また、まんざらではない様子だった…

 つまりは、少しも、気分を害してない様子だった…

 私は、それを、見て、つくづく、二人の関係を思った…

 本当ならば、この好子さんと、春子さんは、犬猿の仲になっているに、違いない…

 なにしろ、血が繋がっていないとはいえ、自分の息子と結婚して、わずか半年で、離婚…

 おまけに、好子さんの実家の米倉は、水野から、離脱…

 しかも、

 しかも、だ…

 その米倉は、水野から、離脱した後に、借金が、ちゃらになったことが、わかった…

 つまりは、あのまま、水野と提携していれば、明らかに、水野の役に立ったわけだ…

 だから、本当のことを、言えば、この好子さんは、春子さんに、とって、憎んでも、憎みきれない相手…

 にもかかわらず、優しく接している…

 それは、やはり、この好子さんを、この春子さんが、子供の頃から、知っているからだろうと、思った…

 そして、この好子さんは、誰が見ても、春子さんになついているというか…

 この春子さんを慕っている…

 「…オバサマ…オバサマ…」

 と、連呼して、慕っている…

 これは、好子さんを、子供の頃から、知って、いなければ、こうは、いかない…

 例えば、これが、好子さんが、二十歳で、知り合ったならば、こうは、いかない…

 好子さんが、幼い頃から、知っているから、こういう関係を築けるのだろう…

 つくづく、考えた…

 そして、それから、私を含めた三人は、たわいもない話を、して、別れた…

 たわいもない話というのは、好きな男のタイプだったり、…

 っていうか、女が集まれば、大抵が、この手の話だ…

 そして、これは、矛盾するが、私も、この手の話が、決して、嫌いなわけではない…

 そして、それは、好子さんも、同じだった…

 二人とも、三十歳を過ぎているにも、かかわらず、まともな恋愛経験が、一つもない…

 にもかかわらず、この手の話が、好きだった…

 実に、矛盾しているが、世の中、そういうものかも、しれない(笑)…

 「…それは、男は、見た目で、選ぶのが、一番よ…」

 と、春子が言った…

 「…友達にも、自慢できるし、イケメンを連れて歩けば、周囲の人間が、振り返って、見るでしょ? 自尊心が、満たされる…」

 春子が、笑いながら、言う…

 「…でも、いっしょに、暮らすのは、ダメ…」

 「…どうして、ダメなんですか?…」

 と、好子さん…

 「…そういう男は、モテるから、結婚しても、あっちの女…こっちの女と、遊びまくる…だから、年がら年中、旦那が不倫してないか、どうか、チェックしなければ、ならない…」

 「…」

 「…そして、自分も、そんな男と暮らしていれば、いずれ、疲れて、嫌になる…」

 しみじみと、春子が、漏らした…

 私は、それを、聞いて、もしかしたら、この春子さんは、若い頃に、そんな経験があるのかも、と、訝った…

 そして、それは、好子さんも、同じだったようだ…

 私を見て、好子さんが、意味深に、笑いかけたからだ…

 が、

 当然、そのことで、春子に、私も好子さんも、なにか、突っ込むこともなかった…

 ただ、春子さんが、別れ際に、

 「…正造さん…あのひとは、結婚しないの?…」

 と、好子さんに、聞いた…

 「…さあ、わかりません…」

 「…そう…」

 春子が、答える…

 そして、なぜか、

 「…この高見さんは、正造さんと、お似合いだと思うけど…」

 と、いきなり、私に話を振った…

 私は、唖然とした…

 まさか、このタイミングで、私の名前が出るとは、思わなかったからだ…

 「…高見さんは、正造さんのことを、どう思っているの?…」

 春子の問いかけに、

 「…身分が違います…」

 と、私は、即答した…

 「…だから、無理です…」

 という、私の返答に、

 「…それは、高見さんの立場から、見た場合…」

 と、春子が、返した…

 だから、とっさに、

 「…どういう意味ですか?…」

 と、春子に聞いた…

 「…正造さんの立場からは、違う…」

 「…どう、違うんですか?…」

 「…きっと、お金持ちうんぬんは、あまり関係がないと、思う…」

 「…どうして、ですか?…」

 「…自分は、お金がある…だから、いまさら、相手に、お金は、求めない…」

 「…」

 「…つまり、すでに自分は、持っているから、いまさら、それは、必要ないと、言うわけ…」

 「…」

 「…ほら、世間には、案外、美男美女のカップルって、いないでしょ? 大抵は、男が、良ければ、女は、普通…真逆に、女が良ければ、男は、普通…」
 
 「…」

 「…それと、同じ…自分が、持っているものを、いまさら、相手に求めない…」

 春子さんが、断言した…

 実に、説得力がある話だった(爆笑)…

 この春子さんは、吉永小百合のような、おっとりとした美人…

 おまけに、お金持ち…

 その美貌のお金持ちの夫人が、言うことだから、実に、説得力があった…

 そういうことだ…

 そして、なにより、この春子の夫の良平は、背が高いが、決して、イケメンではなかった…

 平凡なルックスだった…

 だから、余計に説得力があった…

 そういうことだ(苦笑)…

 「…高見さん…」

 「…ハイ…」

 「…自分を偽っては、ダメ…」

 「…」

 「…自分を信じなければ、ダメ…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…自分が、これが、好きだと、思えば、好き…嫌いだと、思えば、嫌い…そういうこと…」

 「…」

 「…人間、誰でも、最初に会ったとき、なんとなく虫が好かないと、思った人間とは、大抵、折り合いが、悪いものよ…つまり、最初から、その人を好きになれないのが、わかっている…そういうこと…」

 「…」

 「…要するに、自分の直感を信じなさいと、いうことよ…高見さんは、正造さんと、会って、嫌いにならなかったでしょ?…」

 「…ハイ…」

 「…つまり、それは、正造さんを、高見さんが、受け入れたということ…」

 「…受け入れた?…」

 「…嫌だったら、拒絶するでしょ?…」

 「…それは…」

 「…つまり、最低限、正造さんを、嫌いじゃない…それは、たぶん、正造さんも、同じ…」

 「…どうして、わかるんですか?…」

 「…あの和子が、高見さんに、嫌がらせをしたからよ…さっきも、言ったように、秋穂の監視を解くために、高見さんに、嫌がらせをした…秋穂を使って、高見さんを、リストラさせて、正造さんの関心を、秋穂から、高見さんに、向かわせた…」

 「…」

 「…要するに、あの和子は、正造さんは、高見さんを、好きだと、見た…だから、高見さんに、嫌がらせをした…自分が、好きな女が、どうにか、なれば、正造さんは、いてもたっても、いられない…だから…」

 「…正造さんが、私を好き? ウソッ!…」

 「…ホント…」

 春子が、言った…

 「…自分では、気付いていないことも、第三者が、見れば、わかることって、案外、あるものよ…そして、たぶん、それは、正造さんも、同じ…」

 「…同じ…」

 「…たぶん、高見さん、同様、自分の気持ちに気付いていない…」

 「…」

 「…でも、それも、いい…」

 「…どうして、いいんですか?…」

 と、好子さんが、聞いた…

 「…第三者が、無理やり、それを相手に伝えても、どうこうなるわけじゃない…好きになるのは、自分…」

 「…自分…」

 「…そして、嫌いになるのも、自分…」

 「…」

 「…要するに、自分の気持ち次第…他人が、どうこう言うべき話じゃない…」

 「…」

 「…高見さんも、正造さんも、互いに、好きならば、結婚すれば、いい…」

 「…私が、正造さんと、結婚?…」

 「…そして、嫌いになれば、離婚すれば、いい…好子さんのように…」

 「…オバサマ…私は、決して、透(とおる)さんを、嫌いになったわけじゃ…」

 と、好子さん…

 「…たとえよ、たとえ…」

 春子さんが、笑った…

 「…あくまで、たとえ…」

 「…たとえ…」

 「…そう、たとえ…好子さんが、透(とおる)と、ケンカして、離婚したわけじゃないことは、わかっている…」

 「…」

 「…でもね、好子さんも、高見さんも、これだけは、覚えておいて、欲しい…互いに、好きでも、結婚できるわけじゃないし、それほど、好きじゃなくても、結婚する場合もある…」

 「…どういう意味ですか?…」

 と、好子さん…

 「…要するに、縁…」

 「…縁?…」

 「…好子さんが、透(とおる)と、結婚したのも、縁…別れたのも、縁…」

 「…」

 「…それと、タイミング…米倉と、水野…互いの家の関係で、結婚して、離婚した…でも、これも、縁…」

 「…縁…」

 「…どんなことも、自分の思い通りには、ならない…世の中、自分の思い通りになることなんて、滅多にない…」

 「…」

 「…だから、これから、正造さんと、高見さんが、結婚したとしたら、それも、また縁…そして、結婚しなかったら、縁がなかった…こう考えれば、いい…」

 「…縁がなかった?…」

 「…そう…」

 春子が、もっともだというように、頷いた…

 
 私は、その日、家に帰ってから、今日、もっとも、印象に残ったのは、その春子の話だった…

 縁が、ある、なし、の話だった…

 その話が、一番、考えさせられた…

 そして、世の中を見渡して、見れば、それが、なんとなく、わかるというか…

 どんな美男美女でも、結婚していない、男女が、一定数いるものだ…

 ルックスや、性格が悪かったり、派遣社員等で、給与が低く、生活が安定しない等の理由でなく、結婚しない美男美女も一定数いるものだ…

 なまじ、ルックスが、他人様より、良いだけに、相手を選び過ぎているんじゃと、思われがちだが、大半は、そんなことはないだろう…

 自分のルックスを武器に、男女ともに、遊びまくっている人間は、ほとんど、いないからだ…

 大抵が、平凡…

 平凡だ…

 男女共に、体験人数を聞いても、たいしたことはない…

 片手で納まるのが、大半だろう…

 つまり、それほど、遊んでいるわけでもない…

 ルックスを武器にして、相手を探しているわけでもない…

 なにより、自分の行動範囲は、誰もが、限られている…

 職場や、学校時代の友人が、結婚相手の大半だ…

 今の時代、ネットで探すことができるが、歳を取れば、取るほど、それが、危険だということがわかる…

 見たことも、会ったこともない人間と付き合うのは、勇気がいることだからだ(爆笑)…

 下手をして、美人局(つつもたせ)のような人間が、現れでもしたら、目も当てらないからだ…

 それを、考えれば、見知った人間の中から、結婚相手を選ぶしかない…

 そして、その中で、ピンとくるものが、いたら、結婚するが、いなかったら?

 結婚は、ない…

 そういうことだ…

 実際、私に、結婚が、ないのは、ピンとくる男が、いなかったからだ…

 金でも、ルックスでもなく、一目見て、ピンとくる男がいなかった…

 だから、34歳に、まもなくなる、今の今まで、結婚をしなかった…

 そして、私自身、その選択に、悔いはない…

 たいして、好きでもない男と、結婚するつもりは、さらさらないし、仮に、したとしても、結婚生活は、長くは、続かないだろう…

 それは、なぜか?

 それは、さっき、あの春子が言ったように、私は、自分の欲望に忠実だからかも、しれない…

 欲望=気持ちに、忠実だったからかも、しれない…

 だから、好きでもない男と結婚することは、なかった…

 そういうことだろう…

 が、

 米倉正造は、違った…

 一目見て、ピンときたわけでは、なかったが、気になる存在だった…

 それは、正造が、イケメンで、お金持ちだったから…

 私は、当初、そう、思っていた…

 イケメンは、稀にだが、私の周りにもいたが、お金持ちは、いなかった…

 正造のようなお金持ちは、これまで、見たことも、聞いたことも、なかった…

 私は、平凡…

 実に、平凡な家庭に育ったからだ…

 だから、最初、私が、正造を気になったのは、正造が、これまで、私が会ったことのない、お金持ちだったからと、思っていたが、実は、違うかも、しれない…

 ルックスが、いいからも、違う…

 どこか、私にピンとくるものがあった…

 それが、答えかも、しれない…

 が、

 この恋が、成就することはないとも、私は、直観した…

 なにしろ、身分違い…

 お金持ちと、平凡な家庭の出身の私が、結婚して、うまく、いくはずがない…

 生活レベルが、違って、育った者同士が、結婚して、うまくいくはずがない…

 恋は、盲目というのは、一瞬…

 それは、夜空に花火が、舞うのと、似ている…

 それは、一瞬…
 
 ほんの一瞬だ…

 すぐに、平凡な日常に戻る…

 すると、二人の生活レベルが、違うから、生活が、ゴタゴタする…

 それまでの生活レベルが違いすぎて、噛み合わないからだ…

 そして、そんなことが、わからないほど、この私も、お子様ではない…

 もうすぐ、34歳になる、いっぱしの女だ…

 すでに、恋に恋している、女子中学生や女子高生ではない…

 私は、そんなことを、思った…

 私が、そんなことを、考えた…

 にもかかわらず、米倉正造のことが、どうしても、頭の隅から、離れなかった…

                
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