第40話

文字数 4,460文字

 …エーッ!…

 …あの松嶋が、あの秋穂の顧客?…

 驚いた…

 声にこそ、出さないが、驚いた…

 ビックリした…

 まさに、まさか、だ…

 考えも、しなかった…

 が、

 ということは?

 ということは、あの松嶋は、秋穂の指示で、私を金崎実業から、追い出そうとした?

 そういうことだろうか?

 そして、もし、その通りなら、あの秋穂の背後には、澄子がいるということだろうか?

 あの澄子の指示で、私を金崎実業から、追い出そうとしたということだろうか?

 だが、だとしたら、一体なぜ?

 なぜ、私を金崎実業から、追い出そうとするのだろうか?

 私を金崎実業から、追い出して、一体なんのメリットがあるのだろうか?

 わからなかった…

 だから、

 「…それって、澄子さんの指示ですか?…」

 と、私は、正造に聞いた…

 ド直球で、聞いた…

 すると、正造は、困った感じになった…

 明らかに、困惑していた…

 そして、

 「…わからない…」

 と、小声で、呟いた…

 「…わからない?…」

 「…ハイ…」

 「…どうして、わからないんですか?…」

 「…まだ、確証が持てない…」

 正造が、自信なげに、言う…

 私は、そんな正造の姿を見て、それ以上は、聞けなかった…

 いや、

 聞かなかった…

 仮に、正造が、なにかを知っていても、これ以上、話すことは、あり得ないからだ…

 誰でも、言っていいことと、悪いことがある…

 いかに、この正造が、澄子さんを嫌いでも、私に言えないことは、たくさんあるだろう…

 これも、そのひとつということだ(苦笑)…

 また、なにより、私は、ほぼ半年ちょっと前に、この米倉正造と知り合ったに、過ぎない…

 ハッキリ言えば、カラダの関係もなにもない…

 まったくの他人…

 赤の他人に過ぎない…

 そんな私に対して、この正造が、赤裸々に、米倉家の内幕を語るはずが、なかった…

 澄子のことを、語るはずが、なかった…

 前回、語ったのは、あくまで、私を利用するため…

 私を利用して、父親の平造にあてがうためだった…

 この正造は、父の平造が、好子さんを狙っていると、思っていた…

 だから、好子さんの代わりに、好子さんによく似た、私を平造に、与えようと、考えた…

 だから、米倉家に、裏切り者がいると、いう話をでっちあげ、私を米倉の家に、招いた…

 それゆえ、米倉の家の内幕を余すことなく、語った…

 そういうことだ…

 が、

 今は、その必要がない…

 だから、そこまで、語る必要がなかった…

 が、

 ちなみに、平造の名誉に限っていえば、平造が、好子さんを狙っているというのは、この正造の誤解だった…

 むしろ、平造は、好子さんを大事に、思っていた…

 好子さんだけが、米倉本家の血を、唯一受け継ぐ存在だからだ…

 だから、平造は、好子さんに米倉を継がせるべく奔走した…

 が、

 その平造の姿が、この正造には、好子さんを狙っていると、思わせたのだろう…

 あのときは、知らなかったが、あの平造も、この正造と同じく、女好き…

 だから、誤解した…

 父子で、血は争えないものだ(笑)…

 私は、それを思い出した…

 そして、そんなことを、考えながらも、ひとつの疑問が湧いた…

 仮に、澄子さんが、あの秋穂さんに指示を出したとしても、一体、なぜ、そうまでして、澄子さんは、私を金崎実業から、追い出したいのか?

 それが、わからなかった…

 私は、米倉の家の人間でも、なんでもない…

 まして、水野の家の人間でもない…

 それが、なぜ?

 どうして、私を金崎実業から、追い出したいのか?

 わからなかった…

 だから、

 「…一体、どうして?…」

 と、私は、つい独り言を呟くように、聞いた…

 「…どうして、私を金崎実業から、追い出したいんですか? …私が、澄子さんに、なにかをしたわけでもないのに…」

 私が、言うと、正造が、

 「…たぶん…」

 と、言ってから、口を閉ざした…

 言っていいか、どうか、迷っている様子だった…

 だから、

 「…たぶん、なんですか?…」

 と、聞いた…

 正造の背中を押した…

 すると、正造は、言いにくそうに、

 「…これは、ボクの直感ですが、澄子は、高見さんが、怖いんだと、思います…」

 と、告げた…

 「…怖い? …私が?…」

 意味がわからなかった…

 一体、私のどこが、怖いのだろう?

 カラダも、155㎝と、女の中でも、小柄…

 また、私の印象は、女優の常盤貴子さんの若いときと、似た印象…

 常盤貴子さんを、見れば、わかるが、彼女を見ても、怖い印象は、まるでない…

 さわやかな美人という印象…

 怖さとは、無縁だ…

 だから、私が戸惑っていると、

 「…たぶん、透(とおる)ですよ…」

 と、正造が、教えてくれた…

 「…透(とおる)って、水野透(とおる)さん? 好子さんの夫の?…」

 「…そうです…」

 どういう意味だろ?

 意味が、わからなかった…

 すると、正造が、笑いながら、

 「…たぶん、透(とおる)が、好子と、別れたとしても、秋穂ではなく、高見さんと結婚するかも、しれないと、澄子は、考えているんだと、思う…」

 と、答えた…

 「…エッ?…」

 思わず、声に出した…

 まさか?

 まさか、そんなこと?

 考えもしなかった…

 だって、すでに、透(とおる)は、好子さんと結婚している…

 その好子さんから、あの秋穂という娘が、透(とおる)を、獲ろうとしているのは、わかる…

 だが、そこに、私の名前が出るとは、夢にも、思わなかった…

 「…一体、どうして?…」

 「…」

 「…一体、どうして、澄子さんは、そんなことを?…」

 「…透(とおる)が、高見さんを好きだからですよ…」

 「…エッ?…」

 「…透(とおる)は、好子も、好きだが、高見さんも好き…だから、仮に、好子と別れて、高見さんと結婚でもしたら、困る…そう思ったに違いない…」

 「…」

 「…ボクと澄子は、姉弟です…子供の頃から、知っています…だから、澄子が、なにを考えているかは、手に取るように、わかる…」

 「…」

 「…もちろん、あの秋穂の背後に澄子がいる確証は、持てませんが、澄子なら、そう考えるでしょう…」

 「…」

 「…それに…」

 と、これも、言いにくそうに、正造が、続けた…

 「…それに、なんですか?…」

 私は、正造が、途中で、言葉を止めたので、不思議に、思って、正造を促した…

 「…それに、言いづらいですが、高見さんは、透(とおる)の父親の水野良平にも、気に入られている…」

 「…」

 「…なんといっても、水野の実力者です…その実力者に気に入られているのは、正直、怖い…澄子にとって、高見さんは、脅威だと思います…」

 …たしかに、私は、あの水野良平に気に入られているらしい…

 これは、息子の透(とおる)にも、言われた…

 そして、それは、たぶん、事実…

 そうでなければ、この前、あの水野良平が、多忙の中、私を待ち伏せ、水野本家のお屋敷に連れてゆくわけは、なかった…

 自分でも、信じられないが、客観的に見て、私が、彼に気に入られているのは、事実…

 紛れもない事実だった…

 だから、私は、この米倉正造の言うことを、信じた…

 どうして、あの松嶋が、私を、金崎実業から、追い出そうとしていたのか?

 その説明を信じた…

 そして、その説明を信じると、今さらというか…

 どうして、あの松嶋が、あそこまで、熱心に、私を、杉崎実業から、追い出そうとしていたのか?

 合点がいった…

 あの秋穂に頼まれたからだ…

 あの若く、美人の秋穂に頼まれたからだ…

 そう、気付いた…

 私は、自分で、言うのも、恥ずかしいが、すでに、何度も、繰り返し言ったように、常盤貴子さんに似た美人…

 女優の常盤貴子さんを小柄にした美人だ…

 そして、それを、言えば、あの秋穂も同じ…

 女優の常盤貴子さんの、若いときに似た美人だ…

 つまりは、私とあの秋穂は、同じ…

 二人とも、常盤貴子さんに、似た感じの美人…

 違うのは、年齢だけ…

 そして、その違いが、なにより、大きい…

 私は、もうすぐ34歳になろうとしている…

 が、

 あの秋穂は、どう見ても、私より、十歳は、若い…

 そして、男が、私と秋穂のどっちを選ぶかと、言えば、秋穂に決まっている…

 誰もが、普通に考えれば、若い方に、決まっている…

 まして、同じ顔といえば、おおげさだが、私も秋穂も全体の印象が、似ている…

 だから、ハッキリ言えば、あの秋穂という娘は、十年前の私…

 まだ23歳の、大学を卒業して、まもない私だ…

 すると、どうだ?

 仮に、私が、松嶋だとしよう…

 あの秋穂に、

 「…高見ちづるを、金崎実業から、追い出して…」

 と、頼まれる…

 おおげさに、言えば、懇願される…

 そうなれば、どうしても、男は、断りづらい…

 大抵の男は、美人に弱いからだ(笑)…

 なにより、普通に、考えれば、私を目の前にして、あれほど、強い態度には、出れない…

 それは、なぜかと、言えば、これも、何度も、口を酸っぱくなるぐらい、繰り返したが、私が、美人だからだ…

 だから、普通は、私に対して、つい態度が甘くなるというか(笑)…

 が、

 あの松嶋には、それが、一切なかった…

 だから、不思議だった…

 別に、私が、松嶋になにか、悪いことをしたのなら、わかる…

 が、

 私は、松嶋になにも、していない…

 なにより、松嶋は、金崎実業の本社の人事部の人間…

 ただの営業所に勤める、私とは、これまで、面識もなかった…

 接点もなにもなかった…

 だが、私に、異常なくらい、冷たかった…

 美人の私に冷たかった…

 だから、それが、不思議だった…

 それゆえ、今の正造の発言で、その謎が、解けたというか…

 あの松嶋の背後には、秋穂がいる…

 そして、秋穂の背後には、澄子がいる…

 そういうことだ…

 そして、今さらと言うか…

 正造に、あの松嶋の背後関係を説明されて、なにより、思ったのは、私が、歳をとったことだった…

 言いづらいが、私は、これまで、調子に乗っていた…

 少しばかり、他人様よりも、美人に生まれたからって、調子に乗っていた…

 その事実に、今さらながら、気付いた…

 だから、ハッキリ言えば、男のひとは、これまで、皆、私に強い態度で、臨むことはなかった…

 学校でも、会社でも、例え、失敗をしても、強い態度で、叱責されることはなかった…

 叱られることは、なかった…

 私が、美人だからだった…

 が、

 あの松嶋には、それが、通じなかった…

 だから、ハッキリ言えば、面食らったというか…

 これまで、経験したことのないことだったからだ…

 だが、その理由も、わかった…

 あの秋穂が、背後にいたからだ…

 私より、十歳も、若い、同じタイプの美人の秋穂がいたからだ…

 だから、私の力が、通じなかった…

 おおげさに言えば、私の美人力が、通じなかった…

 こんな経験、これまで、なかったし、今さらながら、自分が、歳を取ったと実感した…

 自分の美人力が、通じなくなった…

 今さらながら、自分が、そんな歳になったことを、実感した(涙)…

               
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