第77話

文字数 5,068文字

 米倉正造…

 好子さんの兄…

 米倉家先代当主、平造の血が繋がった、実の息子…

 かつて、私が、憧れた男…

 その男の影が、あった…

 いや、

 すでに、その前兆はあったというか…

 その松嶋の告白を読んで、知ったのは、松嶋は、米倉正造と面識があるという事実だった…

 私は、それが、なにより、驚いた…

 が、

 予兆と言ったのは、以前、正造から、私に電話があったときに、

 「…松嶋…」

 と、正造が、実に、親しげに呼んでいたのを、思い出したからだ…

 だから、あのときは、気付かなかったが、正造と、松嶋は、すでに面識があった…

 いや、

 そうではない…

 面識があるのは、知っていた…

 それよりも、こっちが、思っていた以上に、親しい間柄だったのが、驚きだったということだ…

 それを、松嶋は、週刊誌で、告白した…

 さすがに、正造の名前は、出さなかったが、水野透(とおる)と、米倉好子の離婚で、好子の兄の○○というように名前を出した…

 実際、二人は、学生時代の友人だった…

 あの松嶋と、正造は、同じ大学の友人同士だった…

 あの松嶋の告白に、よると、決して、親しい間柄ではないが、顔見知り程度…

 互いに、顔は、知っているが、どれほど、親しい間柄ではない…

 その正造から、ある日、松嶋に連絡があった…

 「…今度、いっしょに、飲まないか?…」

 と、いう話だった…

 松嶋は、最初、驚いた…

 顔は、知っているが、どれほど、親しい間柄ではないからだ…

 が、

 同時に、松嶋は、正造が、米倉家の人間であることを、知っていた…

 金持ちの息子であることを知っていた…

 なにより、松嶋のいる、金崎実業は、水野グループ…

 そして、水野の御曹司である、あの透(とおる)は、米倉好子と結婚している…

 正造は、その好子の兄…

 会って、損は、なかった…

 自分での金崎実業の立場を考えれば、正造と会って、損なことは、なにも、なかった…

 だから、正造に会うことにした…

 そして、正造と会った場所が、あの秋穂がいる店だった…

 銀座のクラブだった…

 その席で、正造は、昔話に花を咲かせた…

 が、

 松嶋は、わけがわからなかった…

 たいして、親しくもない、正造に呼ばれたことが、謎だったからだ…

 が、

 やがて、正造が、私の話を持ち出した…

 私、高見ちづるの話を持ち出した…

 そして、私のリストラを、松嶋に持ち掛けた…

 あの水野春子の名前を出して、私をリストラに追い込むことを、持ちかけた…

 最初、松嶋は、わけが、わからなかったそうだ…

 なぜ、金崎実業の一社員を、クビにしたいのか?

 が、

 正造が、私の写真を見せ、次いで、好子さんの写真を見せたことで、納得したそうだ…

 私と、好子さんは、瓜二つとまではいかないが、姉妹と呼んでよいほど、よく似ている…

 実は、以前、透(とおる)が、私と好子さんの両方を好きで、両天秤にかけて、結局、透(とおる)が、好子さんを選んだことを、正造は、松嶋に明かした…

 そして、その私が、金崎実業にいることを、あの春子が知って、激怒したと、言ったそうだ…

 だから、できることなら、私をクビにしたい…

 なにしろ、金崎実業は、水野グループ…

 自分のグループ会社の人間をクビにすることなど、春子にとっては、造作もないことだった…

 だから、春子の命を受けて、正造は、松嶋に私をクビにすることを、了承させた…

 つまりは、最初から、あの米倉正造は、私を金崎実業から、リストラする話に、一枚噛んでいたということだ…

 私は、松嶋のその告白記事を読んで、怒りに震えた…

 文字通り、怒髪天を衝く状態だった…

 私が、金崎実業を、リストラにあって、なんとか、休職に留まって、ホッとしていたときに、正造が、私を心配するように、私に電話をくれたことがあった…

 が、

 なんのことはない…

 正造自身が、私のリストラに関わっていたということだ…

 それを、知ったとき、文字通り、はらわたが煮えくり返った…

 怒りで、私のカラダが、燃え上がりそうだった…

 当たり前だ…

 私が、リストラされて、心配しているフリをして、その実、そのリストラに、自分が関わっていたなんて…

 考えも、しないことだった…

 が、

 冷静に考えれば、それも、ありえた…

 あの米倉正造は、食わせ者…

 策士だったからだ…

 文字通り、なにを考えているか、周囲の人間に、読ませない策士…

 その策士が、ただ一つだけ、大事にしているのは、好子さんだけ…

 血の繋がりのない妹の米倉好子さんだけだった…

 だから、もしかしたら、正造は、好子さんの件もあるから、私のリストラに加担したのかも、しれなかった…

 ハッキリ言えば、好子さんのことを、思えば、正造は、私にいい感情があるわけがなかった…

 なにしろ、透(とおる)は、私か、好子さんのどっちを選んでも、構わないと、宣言したほどだ…

 どっちと結婚しても、構わないと、宣言したほどだ…

 どっちと結婚しても、水野は、米倉を支援すると、宣言したほどだ…

 好子さんにとっては、いたくプライドを傷つけられたに違いない…

 たしかに、私と好子さんは、外見は、似ているが、生まれが違う…

 好子さんは、大金持ちのお嬢様…

 片や、私は、一般人に過ぎないからだ…

 だから、好子さんの件もあって、春子に肩入れしたのかも、しれなかった…

 それより、なにより、松嶋の手記を読んで、気付いたのは、正造と春子の繋がりだった…

 すでに何度も言ったように、正造の父親の平造と、良平は、盟友…

 互いの家を行き来するほど、仲がいい…

 だから、互いの家族は、顔見知り…

 ゆえに、正造が春子と面識があっても、不思議ではなかった…

 だから、松嶋の手記を読んで、納得した…

 が、

 それ以上に悔しかった…

 なにに悔しいかといえば、自分自身に悔しかった…

 あの米倉正造を信じた自分自身に旗が立った…

 あの米倉正造は、食わせもの…

 決して、心の底から、信じては、いけない人物…

 にもかかわらず、そんな男に、気を許した自分が、情けなかった…

 自分自身の甘さに腹が立って仕方がなかった…

 つまりは、あの米倉正造を、使って、春子は、私、高見ちづるを、金崎実業から追い出そうとしたわけだ…

 私は、すべての全貌を知ると、拍子抜けしたというか…

 手品の種を見せられた感じだった…

 安っぽい手品の種を見せられた感じだった…

 そして、それゆえ、頭に来た…

 自分自身の甘さに、頭に来た…

 自分自身の愚かさに、頭に来た…

 と、同時に、考えた…

 正造の狙いを、だ…

 なぜ、正造が、そんなことを、したのか?

 それが、謎だった…

 だから、正造が、一体、なにを考えているのか?

 考えた…

 すると、思いつくのは、好子さんのことだった…

 正造の血の繋がってない、妹の好子さんのことだった…

 正造は、好子さんを守ろうとしているのでは?

 と、気付いた…

 なぜなら、今回、透(とおる)と、好子さんが、離婚した…

 だから、結果的に、米倉は、水野に借りを作ったということだ…

 本来、水野は、経営危機に陥った米倉の経営する大日グループを救済するために、力を貸してくれた…

 倒産寸前の大日グループと、提携することで、助けようとしてくれた…

 が、

 結果的に、透(とおる)と、好子さんが、離婚したことで、その提携も、解消した…

 つまりは、恩を仇で返したわけだ…

 だから、少しでも、春子の命に従って動くことで、好子さんに対する春子の怒りを和らげようとしたのではないか?

 私は、そう、思った…

 私は、そう、睨んだ…

 いや、

 違う…

 そうではない…

 私が、松嶋から、リストラを宣告されたときには、まだ透(とおる)と、好子さんは、結婚していた…

 泥酔した透(とおる)が、あの秋穂と、腕を組んでいるところを、フライデーに撮られたのは、それより、後のことだ…

 ということは、どうだ?

 それよりも、ずっと早く、あの正造は、動いていたということだ…

 もしかしたら?

 もしかしたら、この松嶋の告白が、ウソの可能性もある…

 いや、

 仮に、ウソでは、ないとしたら、正造が、ウソをついた可能性が高い…

 どういうことか?

 といえば、春子の名前を出して、私をリストラさせようとしたのかも、しれない…

 その可能性が、高い…

 なぜなら、何度も言うように、松嶋が、私をリストラしようとした時点では、透(とおる)と、好子さんは、結婚していたからだ…

 それとも…

 それとも、表には、出ていないだけで、すでに、もっと前から、透(とおる)と、好子さんは、仲がおかしくなっていた可能性もある…

 それを、知って、春子が、激怒して、私をリストラさせようと、正造に、頼んだ可能性もある…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 すでに、松嶋の手記にあるように、透(とおる)の離婚の遠因に、私の存在があることは、疑いようがないからだ…

 だから、それを知った春子が激怒したことは、事実に違いない…

 が、

 その一方で、また、好子さんの言葉を、思い出した…

 好子さんは、透(とおる)に、

 「…気を付けなさい…」

 と、警告していたと、言っていた…

 あの秋穂との写真をフライデーに撮られたとき、たしかに、私にそう言った…

 つまりは、好子さんは、なにか、あると、いうことが、わかっていたということだ…

 ハッキリ言えば、米倉と水野の提携を、快く思ってない人間が、数多くいて、その人間たちが、自分たちの足を引っ張ることが、わかっていたということだ…

 そして、結果的に、その勢力に足を引っ張られて、透(とおる)と、好子さんは、離婚したということだ…

 そして、二人の離婚が、契機となって、水野と、米倉の提携が、解消したということだ…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 別の言い方をすれば、水野と米倉の提携を解消するには、二人が、離婚する必要が、あったということだ…

 では、一体、誰が、二人の離婚を望んだか?

 その特定が、大切だ…

 二人が、離婚した方が、都合がいいのは、誰か?

 考えた…

 すると、とんでもないことが、わかった…

 おそらく、水野、米倉、双方の人間、すべてが、二人が、離婚した方がいいと、思っているのでは?

 と、気付いた…

 これは、どういうことかといえば、水野は、莫大な借金を抱える米倉と提携したことを、大半の人間が、不満に思っていた…

 それは、あの良平も、同じだ…

 米倉に莫大な負債があることを隠して、平造は、盟友の良平を騙して、米倉と水野を合併させようとした…

 そうしなければ、米倉は、生き残ることが、できなかったからだ…

 が、

 その負債は、当初から見れば、後に、思ったより、少ないことがわかったが、それでも、騙された良平は、いい気持ちがしないだろう…

 すべては、息子の透(とおる)が、好子さんと結婚したから、我慢している…

 そういうことだろう…

 息子の透(とおる)が、どうしても、好子さんと結婚すると、言い張るから、結果的に、水野は、米倉を見捨てることができなかった…

 そういうことだろう…

 本音では、今すぐにでも、提携を解消して、縁を切りたかったはずだ…

 そして、それは、米倉とて、同じはずだ…

 当初は、水野の支援なしでは、米倉は、生き残ることが、困難だった…

 が、

 ロシアとウクライナの戦争をきっかけに、エネルギー資源が、高騰…

 以前、米倉の経営する大日グループの子会社が、石油や天然ガスを、先物買いをしたことが、わかって、その利益が莫大なものになって、米倉の持つ負債は、帳消しになった…

 米倉の負債がなくなったわけだ…

 だから、もはや、水野の支援は、必要なくなった…

 真逆に、提携を続ければ、米倉の邪魔になる…

 このままでは、米倉は、水野に取り込まれるからだ…

 だから、困る…

 そういうことだ…

 だから、水野と一刻も早く別れたい…

 水野と縁を切りたい…

 そういうことだ…

 真逆に、水野の立場からすれば、米倉の借金がなくなったのは、千載一遇のチャンス…

 なんとしても、手放したくないと、考えるだろう…

 つまり、すべては、タイミング…

 米倉の…大日産業の負債が、いつ、なくなったか?

 それを、知るタイミングだった…

 大日産業の負債が、なくなったことを、知れば、米倉、水野、双方の思惑が変わる…

 米倉は、水野の支配下には、入りたくないし、水野は、米倉を手放したくなくなる…

 すべては、タイミング…

 いつ、米倉の負債がなくなったことを、知ったか?

 それが、大事だった…

               
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