第25話

文字数 4,538文字

 「…うまく、いかなかった?…」

 思わず、そんな言葉が、口から出た…

 やはりというか…

 原因は、それか?…

 当たり前のことだった…

 あの水野透(とおる)は、一方的に、好子さんに、憧れていた…

 好子さんが、女優の常盤貴子さんを、小柄にした美人だったからだろう…

 が、

 それと、結婚とは、違う…

 現実とは、違う…

 どんな美人やイケメンと、結婚しても、その後、結婚生活が、うまくいくとは、限らない…

 例えば、この好子さんの場合は、態度が、女王様であったとか?

 透(とおる)が、一方的に、好子さんに、憧れていたものだから、結婚しても、いつも、透(とおる)に、対して、横柄な態度を取っていたとか…

 そういう可能性は、ある…

 そうすれば、透(とおる)としても、最初は、我慢するだろう…

 なにしろ、憧れていた、好子さんと、結婚できたのだ…

 が、

 いつまでも、そんな態度で、いれば、いい加減、透(とおる)も、うんざりするだろう…

 透(とおる)は、好子さんの部下や、奴隷ではない…

 そういうことだ(笑)…

 また、なにより、本当は、透(とおる)の方が、立場が上…

 水野透(とおる)が、米倉好子と、結婚することで、水野が、破綻しかけた、米倉を助けたのだ…

 だから、本当は、透(とおる)の方が、立場が上なのだ…

 が、

 今も、この好子さんは、

 「…透(とおる)…」

 と、呼び捨てにしている…

 その言葉を、聞く限り、とてもではないが、好子さんが、透(とおる)の下にいるとは、考えにくい(笑)…

 だから、当然、透(とおる)も、うんざりした可能性が、高い…

 また、なにより、世間では、

 …美人は、三日で、飽きる…

 と、いわれているではないか?

 この言葉が、すべてだろう…

 例えて、言うなら、料理と同じ…

 どんなに、高価で、おいしい料理でも、毎日食べ続ければ、いずれ、飽きてしまう…

 それと、同じだ…

 私は、考えた…

 そして、そんなことを、考えていると、

 「…高見さん…」

 と、好子さんが、言った…

 私は、反射的に、

 「…ハイ…」

 と、返事した…

 「…ねえ…知ってた?…」

 「…知ってた? …なにをですか?…」

 「…透(とおる)が、高見さんを、好きだったってこと…」

 …エッ?…

 …まさか?…

 たとえ、本当だとしても、こんな質問に答えられるわけがなかった…

 まして、好子さんは、透(とおる)の妻…

 すでに、透(とおる)と、結婚している…

 そんな、好子さんに対して、答えられるわけがなかった…

 だから、

 「…」

 と、答えなかった…

 返事をしなかった…

 すると、好子さんが、電話の向こう側で、

 「…フッ…フッ…フッ…」

と、笑いながら、

 「…ちょっと、意地悪な質問だったかな?…高見さんが、私の前で、答えられる質問じゃないわね…」

 と、言った…

 当然、私も、また、

 「…」

 と、答えなかった…

 返事をしなかった…

 「…高見さん…覚えてる?…」

 「…なにを、ですか?…」

 「…透(とおる)が、私か、高見さん、どっちと、結婚しても、水野は、米倉を救うと、言ったこと…」

 忘れるはずが、なかった…

 いや、

 忘れられるはずが、なかった…

 あのときは、気付かなかったが、アレは、
私に対するプロポーズでも、あった…

 もちろん、本命は、好子さんだが、私でもいい…

 高見ちづるでもいい…

 おそらく、そんな感じだった…

 が、

 あのときは、気付かなかった…

 あまりにも、突然の出来事だったからだ…

 まさか、あの場で、自分が、透(とおる)から、プロポーズされているとは、夢にも、思わなかった…

 が、

 今、考えてみれば、アレは、紛れもなく、プロポーズだった…

 要するに、透(とおる)は、あの場で、私と、好子さんの二人に、同時に、プロポーズをしたのだ…

 そして、どっちでも、プロポーズを受け入れてくれれば、水野は、米倉を救うと、言った…

 が、

 考えてみれば、これは、おかしい…

 なぜなら、好子さんは、米倉の人間だから、好子さんと、結婚することで、水野が、米倉を救うことは、当たり前だ…

 結婚すれば、米倉は、妻の実家ということになる…

 だから、金銭的に、水野が、米倉を援助することは、わかる…

 が、

 私は、関係ない…

 私、高見ちづるは、関係ない…

 私、高見ちづるは、あの後、実は、5代か、6代前のご先祖様が、米倉の一族だと、好子さんの弟の新造さんから、聞かされたが、それだけ…

 すでに、血縁的には、他人に近い…

 もっとも、他人に近いほど、血が薄れたとはいえ、同じ米倉の血を引くからこそ、私と好子さんは、似ているのかも、しれないと、そのとき、思った…

 だが、もしかしたら?

 突然、気付いた…

 だが、もしかしたら、透(とおる)の本命は、好子さんではなく、私なのでは、なかったのか?

 私、高見ちづるではなかったのか?

 ふと、気付いた…

 だって、そうだろう…

 普通に、考えれば、あの場で、私の名前が出るはずが、なかった…

 私と結婚しても、水野は、米倉を、救うというのは、おかし過ぎるだろう?…

 私は、米倉とは、なんの関係もない…

 私は、あのとき、透(とおる)が、私の名前を出したのは、透(とおる)が、誰と、結婚しても、断固として、米倉を救うと言いたいのだと、思った…

 だから、それに、気付いた好子さんが、透(とおる)の気持ちを受け入れたと、思った…

 が、

違ったかも、しれない…

 むしろ、本当は、米倉にかこつけて、私にプロポーズをしたのが、事実だったのかも、しれない…

 そして、その事実に、遅まきながら、好子さんは、気付いたのかもしれない…

 もちろん、いつ、気付いたのかは、わからない…

 ただ、もしかしたら、あのときの、透(とおる)の本命は、好子さんでなく、私…

 私、高見ちづるだったということに、気付いたのかも、しれない…

 私は、思った…

 そして、そんなことを、考えていると、

 「…透(とおる)の本命は、私でなく、高見さんだった…」

 好子さんが、ずばりと、言った…

 「…透(とおる)は、本当は、私でなく、高見さんと、結婚したかった…」

 好子さんが、続けた…

 「…そして、そんなことに、最近、気付いた…我ながら、遅過ぎね…」

 好子さんが、一方的に、続ける…

 「…透(とおる)は、子供の頃から、私が好き…一歩的に、私に憧れていた…だから、あの場で、私が、透(とおる)と、結婚すれば、米倉を救う…そう言ったから、その話に乗った…」

 「…」

 「…けれども、今、考えてみれば、あの場で、高見さんの名前が出たのは、おかしい…」

 「…」

 「…それで、後日、問い詰めると…」

 後は、言わないでも、わかった…

 透(とおる)が、本命は、私と、言ったに、違いない…

 本当は、米倉好子ではなく、私、高見ちづると、結婚したかったと、言ったに違いない…

 あのとき、あの言葉は、透(とおる)本人ではなく、新造さんが、言った…

 好子さんの弟の新造さんが、言った…

 「…私か、好子さんのどっちが、透(とおる)と、結婚しても、水野は、米倉を救う…」

 と、新造さんが、言った…

 透(とおる)が、そう言ったと、告げた…

 だから、余計に、現実感が、なかったというか…

 そして、その言葉を聞いて、すぐに、私は、

 「…お断りします…自分の結婚相手は、自分で決めます…」

 と、おおげさに、言えば、啖呵を切った…

 自分の結婚相手を、突然、誰かに、決められるのは、嫌だった…

 たとえ、相手が、水野のような大金持ちの息子でも、嫌だった…

 水野透(とおる)は、嫌いではない…

 むしろ、最初は、好きだった…

 周囲を気遣う姿勢に、好感を、持った…

 後に、それが、演技であることを、知り、幻滅したが、それでも、嫌いになったわけでは、なかった…

 それでも、結婚はいやだった…

 まるで、突然、おおげさにいえば、天から降って来たような話だった…

 突然、神様が、私に、何十億円、いや、何百億円の財産を持つ、大金持ちの子息との結婚を、提示した…

 そんな感じだった…

 が、

 それでも、いやだった…

 話が、あまりにも、突然だったということもある…

 が、

 それ以上に、なにかの交換条件で、私の結婚が、決まるのは、嫌だった…

 これは、誰だって、そうだろう…

 米倉には、悪いが、私が、水野透(とおる)と、結婚することで、どうして、米倉を救わなければ、ならないのか?

 ぶっちゃけて、言えば、そういうことだ…

 私は、部外者…

 米倉とは、なんの関係もない…

 だから、断った…

 反射的に、断った…

 いや、

 丸一日…

 あるいは、

 一週間、経っても、きっと、答えは、同じだったろう…

 なにかの交換条件で、私の結婚が、決まる…

 それが、いやだった…

 どうしても、いやだった…

 でも、本当は、逃した魚は、大きかった…

 いや、大き過ぎた…

 が、

 それでも、あのときは、どうしても、いやだった…

 いやだったのだ…

 私が、そんなことを、半ば、パニクって、考えていると、

 「…高見さん…聞いてる?…」

 と、電話の向こう側から、好子さんが、聞いてきた…

 だから、慌てて、

 「…ハイ…聞いてます…」

 と、答えた…

 「…つまり、そういうことよ…」

 「…そういうことって? …どういうことですか?…」

 「…透(とおる)は、ホントは、私ではなく、高見さんが、好きだった…高見さんと、結婚したかった…」

 「…」

 「…でも、笑っちゃうわね…子供の頃から、透(とおる)は、私に夢中だった…だから、あのとき、私が結婚することで、米倉が救えるのなら、と、透(とおる)の提案に、一も二もなく乗った…」

 「…」

 「…でも、いざ、透(とおる)と、結婚してみたら、なんか、違うというか…透(とおる)は…心、ここにあらずという感じだった…」

 「…」

 「…だから、これは、おかしいと、気付いた…あんなに、私に憧れた透(とおる)と、結婚してやったのに、透(とおる)は、それほど、嬉しそうじゃない…だから、問い詰めたら…」

 「…」

 「…そして、私と透(とおる)の関係も、どんどんギクシャクして、いった…」

 好子さんが、続ける…

 私は、唖然としたが、同時に、どこか、納得するというか…

 もしかしたら、本当は、透(とおる)が、好子さんではなく、私を好きだったんじゃないか?

 と、気付いたことで、好子さんの告白も、納得できた…

 が、

 同時に、大変なことになる、と、予感した…

 なぜなら、米倉好子と、水野透(とおる)の結婚は、ただの結婚では、ない…

 米倉財閥と、水野財閥の提携…

 そして、その内実は、水野による、米倉の救済がある…

 二人の結婚がうまくいかなくなったときは、米倉と、水野の関係は、どうなるのか?

 水野は、引き続き、米倉を助けるのか?

 そんな根本的な疑問がある…

 そして、そんなことを、考えたときに、あの透(とおる)が、泥酔して、二十代の派手な水商売風の女の子とコンビニに入ってゆく姿を写した、フライデーの写真を思い出した…

 あの泥酔した透(とおる)の姿…

 あれこそが、今の透(とおる)の心象風景というか…

 心の内を現わしているのではないか?

 そう、気付いた…

               
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