第59話

文字数 5,006文字

 だから、私は、考えた…

 考え続けた…

 そして、ふと、気付いた…

 もしかしたら?

 もしかしたら、好子さんと、米倉は、別なのかも、しれないと、いうことを、だ…

 どういうことかと、言えば、これまでは、好子さんは、米倉の正統後継者だから、その好子さんが、水野透(とおる)と、結婚することは、透(とおる)の実家である、水野グループと、米倉の経営する大日グループの統合の象徴だと、思っていた…

 つまりは、水野は、米倉を救済合併する…

 米倉を、吸収合併する…

 水野は、米倉の三倍は、大きな企業グループ…

 だから、いかに、米倉が、負債を抱えても、大丈夫とまでは、いえないが、経営には、問題ないだろう…

 それが、平造の狙いだったはずだ…

 それゆえ、平造は、盟友の水野良平を騙して、米倉と水野の合併を推進した…

 米倉の莫大な負債を隠したまま、水野と合併しようとした…

 それは、夫婦ではないが、実は、妻には、結婚前から、夫には、内緒のかなりの借金があったとする…

 が、

 結婚さえしてしまえば、それを、夫の財産から、返せばいい、と、妻は、考える…

 それと、似ている(笑)…

 要するに、米倉は、水野と、合併さえしてしまえば、後は、水野の財力で、借金を返す…

 平造は、その腹積もりだったはずだ…

 が、

 その目論見は、呆気なく崩れた…

 合併前に、米倉の莫大な借金が、明らかになったからだ…

 が、

 何度も、言うように、それでも、良平の一人息子の透(とおる)が、好子さんとの結婚を、強行に、望んだというか…

 とにかく、好子さんと結婚したがった…

 透(とおる)が、幼い頃から、好子さんを好きだったからだ…

 そして、それを、知っている良平は、透(とおる)の結婚を、反対することが、できなかった…

 また、良平が、透(とおる)に、負い目があるのも、その一因だった…

 透(とおる)は、良平が、外に作った息子…

 良平の愛人が産んだ子供だった…

 良平の正妻であり、水野財閥の正統後継者である春子との間に、出来た子供ではない…

 良平は、春子との間に子供はなく、それゆえ、透(とおる)を、養子として、水野本家に迎え入れた…

 そして、それゆえ、透(とおる)は、水野家内で、苦労した…

 外からやって来た透(とおる)が、水野本家に養子に入る…

 子供とはいえ、大変な心労の連続だったはずだ…

 そして、それゆえ、透(とおる)は、いつしか、周囲の顔色を窺う人間に成長した…

 周囲の顔色を窺い、行動する…

 それが、当たり前になった…

 が、

 実父の良平は、それが、嫌だった…

 なんといっても、透(とおる)は、次期水野家当主…

 そんな性格では、水野家を率いることは、できないと、憂慮した…

 透(とおる)が、そんな性格に、なったのは、自分のせいだと、思いながらも、一方では、このままでは、水野家を率いることが、できないと、思っていた…

 が、

 好子との結婚に際しての、透(とおる)は、違った…

 透(とおる)は、初めて、自分の我を通した…

 自分の意思を貫いた…

 誰が、なんと言おうと、好子さんと結婚したいと、良平に訴えた…

 良平は、なにより、それが嬉しかった…

 周囲の顔色を窺うことなく、自分の意思を通す…

 そんな透(とおる)の姿が、嬉しかった…

 それゆえ、良平は、透(とおる)と、好子さんの結婚を認めた…

 そして、その裏には、何度も言うように、米倉の負債が、当初思っていた以上に、少なかったというのがある…

 だから、水野と合併しても、大丈夫と、良平が判断したのも、大きかった…

 と、

 私は、これまで、考えていた…

 透(とおる)と、好子さんの結婚の過程をそう、見ていた…

 が、

 もしかしたら、そうではないのかも、しれない…

 それは、さっき、あの正造が、言ったことが、ヒントというか…

 正造は、さっき、

 「…透(とおる)は、きっと、好子と高見さんを、同じぐらい好きだった…」

 「…甲乙つけがたいほど、好きだったと思う…」

 と、言った…

 が、

 「…米倉は、没落寸前…あのままでは、好子は、路頭に迷う…だから、高見さんではなく、好子を選んだ…」

 正造は、そう説明した…

 そして、もし、それが、事実であれば、透(とおる)にとって、大切なのは、好子さん…

 米倉好子本人であって、決して、米倉家ではない…

 米倉の経営する大日産業でもない…

 透(とおる)にとって、大切なのは、あくまで、好子さんだけ…

 好子さんだけ、救えば、いい…

 それが、疑いなく、透(とおる)の本音だろう…

 そして、その透(とおる)にしても、経営的な視点でみれば、米倉は、不要に違いない…

 もしかしたら、水野の足を引っ張るかも、しれない…

 ハッキリ言えば、お荷物…

 水野にとっての厄介者だ…

 だから、米倉と提携を解消した現在の姿は、透(とおる)にとって、喜ばしいに違いない…

 いや、

 透(とおる)にとってだけではない…

 透(とおる)の実父である、良平にとっても、良平の妻、春子に、とっても、だ…

 つまり、水野家にとって、米倉は、不要…

 米倉の経営する大日産業グループは、不要…

 それが、本音だろう…

 つまりは、今度の騒動は、結果をみれば、水野に有利に運んだ…

 透(とおる)と、秋穂の密会のスクープは、水野の有利に運んだ…

 あれが、きっかけで、水野は、米倉を切り捨てることができた…

 あのスクープがなければ、今もまだ、米倉と水野は、提携を続けていた…

 そして、数年後には、合併していた…

 そして、これも、何度も言うように、水野の本意ではない…

 つまり、今回の水野透(とおる)と、あの秋穂の密会は、まさに、水野にとって、神風が吹いたようなものだ…

 すべてが、水野の有利になった…

 が、

 果たして、これは、結果なのか?

 偶然の結果なのか?

 それとも、たまたまか?

 たまたま、透(とおる)と、秋穂の密会を契機に、水野は、米倉を見捨てただけだろうか?

 謎が、残る…

 もしかしたら?

 もしかしたら、誰かが、この密会を仕掛けたのか?

 透(とおる)と、秋穂の密会を仕掛けたのか?

 そう、思った…

 そして、これは、結果から見れば、水野の側の仕掛け…

 断じて、米倉の側ではない…

 なぜなら、米倉は、水野に切り捨てられたからだ…

 米倉が、不利になったからだ…

 が、

 あの秋穂は、澄子さんの娘…

 あの正造が、そう、証言した…

 つまりは、米倉の側の人間…

 その米倉の側の人間が、透(とおる)と、密会して、結果的に、米倉は、水野から、見捨てられた…

 これは、一体、どういうことだろう?

 計算ミス…

 それとも?

 私は、悩んだ…

 私は、考え込んだ…


 そして、それから、数日後…

 家に、こもっている私に、不意に、誘いの電話が、あった…

 その誘いの電話の相手は、透(とおる)…

 あの水野透(とおる)だった…

 私は、面食らった…

 文字通り、驚いた…

 たしかに、今、真っ先に、会いたい男だった…

 真っ先に、会いたい人物だった…

 が、

 まさか、その人物から、電話があるとは、思っても、みなかったというのが、正直な気持ちだった…

 今回の騒動の一件は、すべて、この透(とおる)が、あの秋穂という娘と、密会したのが、始まりというか…

 それが、きっかけで、水野と、米倉の提携は、解消した…

 つまりは、何度も言うように、この透(とおる)と、あの秋穂の密会がなければ、水野と、米倉の提携が破綻することは、なかったのだ…

 その当事者から、電話があった…

 待ちに待ったというか…

 本当は、水野や米倉の関係者でも、なんでもないのに、なぜか、騒動に首を突っ込んでいる…

 そんな私、高見ちづるにとって、待ちに待った電話だった…

 「…お久しぶり…」

 透(とおる)は、そんな一声で、私に電話をかけてきた…

 私は、

 「…どなたですか?…」

 と、言いながらも、すでに、わかっていたというか…

 聞き覚えのある声ゆえに、見当は、ついていた…

 「…なんだ? …ボクの声を忘れちゃったのか? …冷たいな?…」

 相手は、電話の向こう側で、文句を言ってきた…

 が、

 私は、なにも、言わなかった…

 すでに、誰だか、わかっていたが、あえて、こちらから、聞かなかった…

 すると、痺れを切らすように、

 「…透(とおる)…水野透(とおる)だよ…高見さん…」

 と、言った…

 が、

 その声は、苛立っていたというか…

 疲れている感じでも、あった…

 「…透(とおる)さん?…」

 「…そうだ…」

 「…どうしたんですか? …いきなり?…」

 私は、わざと言った…

 もちろん、どうして、電話をかけてきたのかは、わからない…

 ただ、米倉正造から、聞いた、透(とおる)の、気持ち…

 つまりは、

 「…透(とおる)は、好子と同じくらい高見さんが、好き…」

 「…米倉が、苦境に陥ったから、好子を救うために、好子と結婚した…」

 が、私の頭の中にあったからだ…

 だから、ハッキリ言えば、この水野透(とおる)は、もしかしたら、私と、結婚したかも、しれない…

 この高見ちづると、結婚したかも、しれない…

 そんな、つい半年前のことが、脳裏をよぎった…

 だから、わざと、冷たく、突き放した言い方で、言った…

 もしかしたら、この男は、米倉好子さんでなく、この高見ちづると、結婚したかも、しれない…

 そう思うと、どうしても、この透(とおる)が、許せなかったというか…

 ホントは、自分から、透(とおる)をフッたというか…

 この透(とおる)が、私と結婚しても、米倉を救済すると、言ったにも、かかわらず、私は、透(とおる)との結婚を拒否…

 その結果、透(とおる)は、好子さんと、結婚した…

 だから、ハッキリ言えば、私の逆恨みに、違いないのだが、それでも、この透(とおる)に、冷静に、接することが、できなかった…

 なにより、逃した魚が、大き過ぎた…

 この透(とおる)は、水野グループの御曹司…

 お金持ちのお坊ちゃまだ…

 あの米倉正造以上の金持ちのお坊ちゃまだ…

 この平凡な高見ちづるが、今後、二度と結婚できるような相手ではない…

 それを、考えると、逃した魚が、大き過ぎた…

 だから、ぶっちゃけ、ホントは、自分が全部、悪いにも、かかわらず、わざと、透(とおる)に、冷たく、当たった…

 これは、女心は、複雑…

 実に複雑ということが、わかる見本のような対応だと、私は、内心、思った(笑)…

 すると、透(とおる)が、

 「…冷たいんだな…」

 と、ポツリと、漏らした…

 「…冷たい? …なにが、ですか?…」

 「…高見さんの対応…」

 そう言われると、私も、なにも、言えなかった…

 事実、その通りだったからだ(苦笑)…

 だから、

 「…私に電話をかけてくるより、好子さんに、慰めてもらえば、どうですか?…」

 と、言った…

 が、

 その言葉は、この透(とおる)に、とって、禁句だったようだ…

 「…失敗だったよ…」

 「…なにが、失敗だったんですか?…」

 「…好子との結婚さ…同情詐欺に引っかかったようなものだった…」

 …同情詐欺?…

 …なんて、ことを!…

 が、

 この透(とおる)の言いたいことは、わかった…

 危機に陥った米倉を救済するために、好子さんと結婚した…

 好子さんの実家である米倉を救うために、好子さんと結婚した…

 だから、同情詐欺というのは、わかる…

 落ちぶれた好子さんを、見過ごすことが、できず、透(とおる)は、好子さんと、結婚したからだ…

 だから、その意味は、わかるが、まさか、同情詐欺なんて、言葉で、好子さんを、非難するとは、思わなかった…

 これは、いくらなんでも、言い過ぎ…

 言い過ぎではないのか?

 一瞬、注意してやろうと、思ったが、止めた…

 この透(とおる)と、好子さんは、夫婦…

 夫婦だ…

 夫婦のことに、他人が、口を挟むことでは、ないからだ…

 まして、もしかしたら、私が、好子さんの代わりに、今、この透(とおる)と、結婚していたかも、しれない…

 それを、考えると、余計に、不用意な言葉を発することが、できなかった…

 そして、そんなことを、内心、考えていると、

 「…嵌められたよ…」

 と、透(とおる)が、電話の向こう側から、力なく言ってきた…

 「…嵌められた? …なにが、ですか?…」

 「…米倉に…」

 意外なことを、この透(とおる)が、言った…

                 
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