第42話

文字数 5,126文字

 …まったくバカバカしい…

 …実に、バカバカしい…

 私は、米倉正造と、別れて、再び、銀座の街をひとりで、歩き出した…

 今さらというか…

 ひとりで、銀座にウィンドウショッピングを、しにきた目的を果たしたというか…

 元々、そのために、やって来たのだ…

 だから、当初の目的を果たすことにした…

 しかし、

 しかし、だ…

 あの秋穂という娘と、米倉正造と、出会ったことで、当初の目的は、ご破算…

 消滅した…

 が、

 それも束の間、今、再び、私は、自由になった…

 だから、この自由を満喫することにした…

 と、言いたいところだが、違った…

 なぜかと、言えば、すでに、私の頭の中は、あの秋穂という娘と、米倉正造のことで、いっぱいになっていたからだ…

 だから、正直、ムシャクシャした…

 せっかく、正造と、別れたにも、かかわらず、いつまでも、頭の中では、あの秋穂と言う娘と、正造のことを、考え続けていた…

 だから、我ながら、

 …バカバカしい…

 と、思ったのだ…

 そもそも、一体全体、どうして、米倉でも、水野でもない私が、米倉や水野の争いに、巻き込まれなければ、いけないのか?

 謎だった…

 だから、余計に、頭に来た…

 それゆえ、せっかく、久しぶりに、銀座にやって来たにも、かかわらず、ウィンドウショッピングが、楽しめなかった…

 たくさんの商品が、目に映るが、私の頭の中に、なにひとつ、入ってこなかったからだ…

 そして、そんなことを、思いながら、心は、むしろ、あの秋穂という娘のことを、考えた…

 それは、やはり、外見が、私に似ているからだろう…

 あの秋穂の外見は、十年前の私に近い…

 十年前…

 たしかに、私は、若かった(笑)…

 もっとも、これは、誰でも、同じ…

 十年経って、歳を取らない人間は、いない…

 が、

 それを、自分に当てはめて、当時の写真を見ると、自分で、自分のことを、言うのも、おかしいが、たしかに、美人で、かわいらしい…

 客観的に見ても、美人…

 自分で言うのも、おかしいが、美人だ(爆笑)…

 そして、それに比べると、今の私は、正直、歳を取った…

 むろん、初めて会うひとは、おそらくお世辞抜きで、私のことを、

 「…きれいです…」

 とか、

 「…かわいいです…」

 とか、言ってくれるが、昔から、私を知っているひとたちは、

 「…美人だけれども、やっぱり老けたな…」

 とか、

 「…昔のかわいさは、ないな…」

 とか、いうだろう…

 いや、

 さすがに、そこまで、口にしなくても、心の中では、そう思っているに違いない…

 当たり前だ…

 自分自身、自分を客観的に見て、そう思うからだ…

 そして、なにより、十年前は、こうして、一人で、銀座をブラブラすることは、なかった…

 必ず、近くには、友人がいた…

 それが、今との最大の違い…

 誰もが、歳を取ると、友人、知人と疎遠になる…

 あの頃は、まだ大学を出たての頃だったから、まだ学生時代の友人たちと、付き合いがあった…

 が、

 月日が経つごとに、年々、疎遠になった…

 学生時代と違い、どうしても、時間がない…

 だから、会うには、お互いに、時間を作る必要がある…

 そして、誰もが、そんなことが、年々億劫になる…

 無理して、時間を作って会うぐらいなら、会わない方が、いい…

 または、男女ともに、その相手に会うぐらいなら、別の誰かに、会いたいとも、考える…

 具体的には、恋人とか…

 それゆえ、しまいには、会わなくなる…

 そういうことだ…

 そして、そんなことを、考えると、再び、自分のことを、思った…

 あの頃…

 十年前は、すべてが、輝いていたとは、言えないが、今、思えば、若かった(笑)…

 考え方も、そうだが、今、見ると、今の自分より、もっと、キレイだし、カワイイ…

 当たり前だが、ひとは、歳を取るものだと、身に染みて、実感する…

 そして、あの頃は、漠然と、十年後は、結婚しているものだと、思っていた(笑)…

 なんの確信も、自信もないが、なんとなく、そう思っていた…

 少なくとも、この歳で、自分が、結婚していないとは、夢にも、思わなかった(苦笑)…

 そして、そんなことを、考えれば、自分で、自分が、驚きだったというか…

 おおげさに、言えば、自分が、こんな人生を歩むとは、夢にも、思わなかった…

 その言葉が、すべてだった(笑)…

 そして、そんなことは、すべて、後になってから、考えるものだ…

 過ぎ去ってから、考えるものだ…

 物事は、とかく、あのとき、こうすれば、良かった…

 とか…

 あのとき、ああすれば、良かったと、思いがちだ…

 そして、それは、すべて、後だから、わかることだ…

 とりわけ、好きだった異性がいて、

 「…あのとき、コクっていれば、良かった…」

 とか、

 「…あのとき、コクられたんだから、付き合っておけば、良かった…」

 とか、悩むのは、その好例だろう…

 その相手と、別れて、5年、10年経っても、その相手以上に、好きな相手が現れない…

 あるいは、

 その相手以上に、自分を好きになってくれる相手が、見つからない…

 などと、言うのは、誰もが、ありふれている…

 だから、悩む…

 悩むのだ(笑)…

 私は、思った…

 そして、思いながら、あの秋穂という娘のことを、思った…

 あの秋穂という娘の狙いを、思った…

 やはり、あの秋穂の狙いは、透(とおる)だろうか?

 水野透(とおる)だろうか?

 今さらながら、考えた…

 水野透(とおる)…

 水野財閥後継者…

 米倉・水野グループ総帥、水野良平の息子…

 一人息子だ…

 だから、あの透(とおる)と、結婚すれば、一生安泰…

 それが、わかっているから、透(とおる)を、狙ったのだろうか?

 わからない…

 なぜ、わからないかと、言えば、物証が、ない…

 なにより、あの秋穂という娘が、よくわからない…

 本当に、澄子さんの娘か、どうかも、わからない…

 これまで、どんなところで、育って、どんな人生を歩んだのかも、わからない…

 だから、これ以上、考えようがなかった…

 考えても、仕方がないからだ…


 そして、数日後、あろうことか、米倉と、水野の提携の解消のニュースが、私の目に飛び込んで来た…

 それは、ちょうど、自宅の、パソコンで、ネットサーフィンをしている最中だった…

 そのパソコンのニュースに載っていた…

 だから、わかった…

 新聞や、テレビで、知ったのでは、なかった…

 また、ご多分に洩れず、我が家も、新聞は、先月、契約を終了した…

 だから、新聞ではない…

 今どき、毎月、4千円以上、支払って、新聞を、購読する愚かさに、ようやく、気付いた…

 だから、契約の終了と同時に、次の契約をしなかった…

 それゆえ、今の我が家では、ネットと、テレビしか、情報源がない…

 が、

 それでも、まったく、困らなかった…

 そして、今さらながら、自分は、遅れている…

 世間に、後れを取っていると、あらためて、気付いた…
 
 なぜなら、世間では、大半が、もう何年も前から、新聞の購読の無意味さに、気付いて、購読をやめているからだ…

 だから、毎月、毎年と、新聞の発行部数が、下がっている…

 それに、気付くのが、遅すぎた…

 だから、我が家の人間は、とろいとなる…

 高見ちづるは、とろいとなる…

 米倉と、水野の提携のご破算のニュース…

 その可能性に、気付かなかったのは、とろいとなる…

 それは、十分、あり得た話だったからだった…

 それに、気付くのが、遅かったということだ…

 だから、とろい…

 あの米倉好子と、水野透(とおる)の結婚…

 それは、米倉と水野の提携の象徴…

 米倉の大日グループと、水野グループの提携の象徴だった…

 だから、その象徴たる、米倉好子と水野透(とおる)の結婚生活が、怪しくなれば、当然、企業同士の提携も、怪しくなる…

 当たり前だった…

 そして、それが、わからないのが、私のとろさというか…

 頭の悪さだと、思った…

 好子さんと、透(とおる)の仲が、悪くなれば、当然、米倉と水野の提携に影響する…

 その点に、いち早く、気付かないのが、自分の愚かさだと、気付いた…

 相変わらず、とろい…

 いや、

 とろいのではでは、ない…

問題は、こうも簡単に、米倉と水野の提携が、解消されたことだ…

 それは、もしかしたら、十分、あり得ることだと、私にも、わかっていた…

 が、

 さすがに、こんなにも、呆気なく、提携を解消するとは、思わなかった…

 だから、今さらながら、自分の頭の悪さを、嘆いた…

 そして、これは、余談になるが、今回のように、好子さんと、透(とおる)の仲が、悪くなれば、おそらく、米倉と、水野の提携に影響する…

 そう、すぐに、気付くか、気付かないかに、学歴は、あまり関係がない…

 いわゆる、勉強ができる頭の良さとは、関係がない…

 こう言えば、言い訳になるだろうか?

 だが、事実…

 事実だ…

 例えば、東大を出ていれば、なんでも、できると、考えるのと、同じ…

 東大を出ていれば、頭は良いが、その頭の良さは、勉強ができる頭の良さ…

 それが、今回のケースのように、

 …ああなれば、こうなるのでは?…

 と、気付く頭の良さとは、違う…

 そういうことだ…

 そして、それを、もっと身近な例で言えば、会社や学校で、ある男女が、皆に内緒で、付き合っていたとする…

 それに、気付くか、否かだ…

 周囲に内緒で、男女が、付き合っていれば、それが、会社や、学校では、バレないように、気をつけていても、どこかで、親密な態度をとるものだ…

 そして、それを見て、

 「…あの二人、もしかして、付き合っているんじゃ…」

 と、思うものだ…

 が、

 いくら、頭が良くても、気付かない人間は、気付かない…

 そういうことだ…

 言い訳になるが、それと、同じ…

 好子さんと透(とおる)の仲が、おかしくなれば、米倉と水野の提携が、おかしくなる…

 そう気付く人間は、気付くし、気付かない人間は、気付かない…

 そういうことだ…

 私は、今さらながら、思った…

 そして、なにより、そのことを、あの好子さんと透(とおる)は、どう思っているのだろうか?

 そう、思った…

 透(とおる)は、ともかく、好子さんは、どう思っているのだろうか?

 倒産寸前だった大日グループを率いる米倉家…

 その米倉は、水野の援助が、なければ、立ち行かなくなるのは、明らかだった…

 だから、先代当主の平造は、親友の水野良平を騙して、米倉と、水野を合併させようとした…

 内実は、経営が火の車だった大日グループを、水野グループと、いっしょにすることで、倒産を回避しようとした…

 そうしなければ、倒産するのは、火を見るより明らかだからだ…

 そのための布石が、米倉好子と、水野透(とおる)との結婚だった…

 いわば、米倉と水野の跡取り同士が、結婚することで、米倉と水野は、ひとつであることを、内外に象徴したわけだ…

 が、

 それが、ご破算になる…

 それは、すなわち米倉の倒産に直結する…

 大日グループの倒産に直結する…

 そんなことが、わからない好子さんでは、あるまい…

 それとも?

 それとも、そんなことは、すべて、承知の上でも、あの透(とおる)が、嫌になったのか?

 考えた…

 理屈では、そんなことは、わかっているが、嫌なものは、嫌だ…

 そういうことだろうか?

 感情は、理屈ではない…

 感情は、理屈を超える…

 そういうことだ…

 が、

 そうはいっても、以前、好子さんから、私に電話があったとき、好子さんは、

 「…透(とおる)に、あれほど、気をつけなさいと、言ったのに…」

 と、嘆いていた…

 ちょうど、透(とおる)が、あの秋穂という娘とフライデーに写った雑誌が、発売された直後のことだ…

 あのときの好子さんの言葉では、あのフライデーの記事の裏に誰かいる?

 誰かの意図で、ああいう記事が、世間に出た…

 明らかに、そう言っていた…

 だから、それを、考えれば、米倉と水野の提携に反対する連中の仕業だろうか?

 そういえば…

 ふと、気付いた…

 水野内部にも、米倉との提携に反対するものが、いると、あの水野良平が、私に言っていた…

 米倉の負債が、おおすぎると…

 当初、考えていた負債よりは、はるかに少ないと、聞いていたが、それでも、莫大な金額であることは、たしか…

 だから、提携に反対するのが、いても、おかしくはない…

 あまりにも、米倉の負債が莫大ならば、下手をすれば、米倉と提携した水野も、共倒れになるからだ…

 いっしょに、倒産するからだ…

 私は、あらためて、そう思った…

 そして、それが、今回の米倉と水野の提携の解消に繋がるのだろうか?

 私は、考えた…

               
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