第15話

文字数 4,617文字

私は、文字通り、仰天した…

 どう返答していいか、わからなかった…

 そして、次に、思ったのは、見た目と違う…

 見た目と中身が、違う…

 その事実だった…

 「…春子…そんなこと…」

 と、水野良平が、躊躇しながら、私と、春子の会話に割り込んだ…

 すると、

 「…アナタは、黙っていなさい…」

 と、春子が、良平を叱った…

 すると、良平は、

 「…」

 と、なにも、言えなかった…

 反論できなかった…

 「…透(とおる)さんが、結婚するのは、好子さんでなく、高見さんでも、よかったんじゃなくて…そうは、思いません?…」

 と、春子が、繰り返した…

 私は、どう言おうか、悩んだが、答えざるを得ないと、気付いた…

 なにしろ、二度、同じ質問をしている…

 私に、なにがなんでも、答えさすつもりだと、気付いた…

 だから、

 「…思いません…」

 と、返した…

 「…どうして、思わないの…透(とおる)さんは、お金持ちよ…」

 「…だからです…」
 
 「…だから?…」

 「…私は、平凡です…平凡な家庭の出身です…お金持ちは、お金持ちと結婚するのが、一番です…」

 「…どうして、一番なの?…」

 「…価値観が、同じ…金銭感覚が同じ…なにより、似たような環境で、育てば、考え方も、似ていると思います…だから、結婚しても、争わない…」

 私の返答に、春子は、少し、考え込んだ…

 それから、

 「…アナタ、賢いわね…」

 と、言った…

 「…自分を知っている…そして、好子さんのことも…」

 「…」

 「…でも、そんなことを、言われると、余計に、好子さんではなく、高見さん…アナタに、透(とおる)さんと、結婚してもらいたく、なっちゃう…」

 と、春子が、笑った…

 「…だから、アナタは、それほど、賢くない…どうしてか、わかる?…」

 「…いえ…」

 「…真逆に、高見さんのように、賢い答えを言われると、高見さんを、透(とおる)さんのお嫁さんに欲しくなっちゃう…だから、透(とおる)さんと、結婚したかったです、と、高見さんが、言えば、高見さんと、透(とおる)さんが、結婚しなくて、良かったと、思う…でしょ?…」

 私は、春子の言い分に、どう答えていいか、わからなかった…

 だから、思わず、近くの良平を見た…

 春子の夫の良平を見た…

 良平は、苦笑するだけで、なにも、言わなかった…

 いや、

 言えなかったのかも、しれない…

 と、同時に、これは、手ごわいと、思った…
 そして、そんなことを、考えていると、

 「…要するに、バカを演じたければ、最後まで、バカを演じればいい…」

 と、春子が、ダメ出しをした…

 私は、すぐに、あの透(とおる)のことだと、思った…

 あの透(とおる)は、この春子と、いっしょに、これまで、暮らしてきたに違いないからだ…

 透(とおる)は、いつもピエロを演じていた…

 いつも、おちゃらけた道化師を演じていた…

 その方が、容易に、周囲に馴染めるからだ…

 そして、それを、身近な春子は、容易に見抜いていたに違いない…

 そう思った…

 だから、

 「…透(とおる)さんのことでしょうか?…」

 と、聞いた…

 聞かずには、いられなかった…

 が、

 その質問に、

 「…まあ、色々よ…」

 と、春子は、笑って、答えなかった…

 「…色々ですか?…」

 「…そうよ…そのほうが、当たり障りがなくて、いいでしょ?…」

 春子が、笑った…

 私は、どう答えていいか、わからなかった…

 私は、どう返答していいか、わからなかった…

 その結果、苦笑いを浮かべた…

 そして、この目の前の春子は、

 …ああ、言えば、こう言う…

 人間だと、気付いた…

 そういう種類の人間だと、認識した…

 おそらく、生粋のお嬢様だからかも、しれない…

 例えば、生粋のお嬢様だと、言葉は、悪いが、軽く見られるというか…

 世間知らずに、思われる…

 この水野のお屋敷のように、誰もが、驚く、大きな家に住み、高い、クルマに乗る…

 だから、世間の苦労など、知らずに、生きてきたと、思われる…

 要するに、一般人から見れば、羨ましいが、真逆に、世間の苦労など、知るまい、と、思われる…

 ハッキリ言えば、皇族と同じだ…

 羨ましいが、内心、所詮は、世間知らずと、思われている…

 それと、同じだ…

 だから、真逆に、

 …私は、世間を知っている!…

 と、アピールしたいのかも、しれない…

 私は、そう、思った…

 私は、そう、睨んだ…

 要するに、私も、世間を知っている!

 と、思われたいのだ…

 私が、この初対面の水野春子の第一印象をそう判断すると、真逆に、春子もまた、

 「…お歳のわりに、随分、落ち着いて見えるわ…」

 と、私を評した…

 私は、どう、答えて、いいか、わからなかった…

 春子の意図が、読めなかったからだ…

 この歳のわりに、という言葉は、私が、外見よりも、歳を取って見えるのか、あるいは、外見よりも、幼く見えるのか、わからなかった…

 だから、

 「…もうすぐ、34歳になります…」

 と、言った…

 すると、

 「…あら、お若いわね…私は、てっきり中身は、50歳を超えていると思った…」

 と、笑った…

 「…ご、五十歳? …ですか?…」

 「…いえ、もしかしたら、それ以上…私よりも、中身は、年上に見える…」

 春子が、言う…

 私は、呆気に取られた…

 中身とは、いえ、目の前の私の両親と、同年代の女性に、

 「…中身は、私よりも、年上に見える…」

 なんて、言われるとは、思わなかった…

 だから、対応に、困った…

 普通なら、

 「…ふざけないで、下さい…」

 と、怒るところだが、それも、できない…

 だから、困った…

 すると、

 「…春子、いい加減にしないか!…」

 と、良平が、口を挟んだ…

 「…いくらなんでも、高見さんに、失礼だ…」

 良平が、顔を真っ赤にして、怒った…

 すると、一転、

 「…ハイハイ、わかりました…」

 と、笑った…

 「…スイマセン…高見さん…」

 と、良平が、言った…

 「…妻の癖なんです?…」

 「…癖?…」

 「…初対面で、自分が、興味のある人間には、わざと、怒らせることを言う…」

 「…わざと、怒らせる? …どうして、そんな真似を?…」

 「…その人間が、どういう人間か、わかるからよ…」

 春子が、答えた…

 「…その人間が、どういう人間か、知りたければ、怒らせれば、いい…どういうことで、怒るかで、その人間が、どういう人間か、わかる…」

 「…そんな…」

 「…そんなも、こんなも、それが、真実よ…」

 春子が、自信を持って、言った…

 「…でも、高見さん…アナタには、通じないようね…よほど、普段から、感情を抑える術を心得ているか…それとも、生まれつきのものか…」

 「…」

 「…いずれにしろ、合格よ…」

 「…合格?…」

 「…透(とおる)さんと、結婚しても、いいわ…好子さんの代わりに…」

 春子が、仰天の言葉を言った…

 思わず、耳を疑う言葉だった…

 「…無論、冗談じゃないわ…」

 「…」

 「…透(とおる)さんが、これ以上、良平さんに、歯向かっては、困る…だから、透(とおる)さんに、重石(おもし)をつけるというか…透(とおる)さんの行動を束縛する奥さんが、必要…その点で、高見さんは、打ってつけ…」

 「…私が、打ってつけ?…」

 「…高見さん、アナタは、自分を知っている…自分の置かれた立場が、わかっている…だから、仮に透(とおる)さんと、結婚しても、この良平さんに、逆らうようなことは、絶対しない…」

 「…」

 「…その点は、好子さんは、ダメだった…」

 「…どうして、ダメなんですか?…」

 「…透(とおる)さんを抑えられなかった…」

 「…抑えられなかった? …あの好子さんが?…」

 「…いえ、抑えるというより、危機感が少ないというか…なまじ、生粋のお嬢様ゆえに、物事を甘く見がち…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…透(とおる)さんが、良平さんと、対立すれば、米倉と、水野の提携にヒビが、入る…そして、ひいては、透(とおる)さん自身の評価…果たして、透(とおる)さんが、このまま、将来、水野を率いるに値する人間なのか? 水野家内でも、話題になる…」

 「…」

 「…でも、おそらく、好子さんに、そこまでの危機感はない…あれば、透(とおる)さんの言動をコントロールすると、思う…そして、それは、好子さんには、容易にできる…なぜって、透(とおる)さんは、好子さんに、憧れて、好子さんと、結婚したんだから…」

 春子が、一気呵成に言った…

 私は、なるほどと、思った…

 たしかに、春子の言うことは、わかる…

 しかしながら…

 しかしながら、あの米倉好子さん以上の生粋のお嬢様に違いない春子から、好子さんが、

 …生粋のお嬢様…

 と、言われたのは、笑えるというか…

 ある意味、これ以上ない皮肉だった…

 が、

 春子の言うことは、わかる…

 あるいは、私が、透(とおる)と、結婚すれば、透(とおる)の暴走を抑えたに違いない…

 どんなに強大な地位や権力を得ようと、崩れるときは、一気に崩れる…

 それは、歴史が、証明している…

 いわゆる、蟻の一穴ではないが、些細なことから、強固だと思われた、組織が、一瞬にして、瓦解することがある…

 だから、生粋のお嬢様の好子さんより、私の方が、危機意識が、強いというか…

 なまじ、水野透(とおる)と同じ、お金持ち出身の米倉好子より、平凡な庶民の出の私、高見ちづるの方が、危機意識が強いから、透(とおる)が、良平に歯向かうような真似は、絶対させないと、思ったのかも、しれなかった…

 私は、そう、考えた…

 そして、そんなことを、考えていると、

 「…でも、高見さん…今の言葉を額面通りに、受け取って、もらっては、困るわ…」

 と、春子が、言った…

 「…額面通り? …どういう意味ですか?…」

 「…私が、今、言ったのは、あくまで、たら、れば、のお話…」

 「…たら、れば、のお話?…」

 「…そうよ…もし、透(とおる)さんが、好子さんと、別れるなら、好子さんの代わりに、高見さんに、透(とおる)さんと、結婚して、もらいたい…あくまで、離婚したら、離婚すれば、の仮定のお話…」

 「…仮定のお話?…」

 「…今現在、透(とおる)さんと、好子さんが、仲が悪くなって、離婚するなんて、話は、全然、聞いてない…」

 「…」

 「…かといって、透(とおる)さんに、高見さんが、色仕掛けで、迫るなんて、できないでしょ?…」

 春子が、笑った…

 私は、なんと、答えて、いいか、わからなかった…

 ただ、苦笑するのみだった…

 「…それに、今は、そんな時代じゃない…きっと昔なら、それこそ、美人の方を雇って、透(とおる)さんに、色仕掛けで、迫って、透(とおる)さんと、好子さんの仲を引き裂いて、二人の関係を、終わりにさせる…そんなことも、あったのかもしれない…」

 「…」

 「…でも、今は、そんな時代じゃない…そして、透(とおる)さんが、良平さんに逆らったからと、いって、すぐに、クビにすることもできない…」

 「…」

 「…困ったものね…」

 春子が、言った…

 が、

 その言葉とは、裏腹に、全然、困った様子では、なかった…

 これは、一体、どういうことだろう?

 私は、思った…

 すると、だ…

 「…米倉…米倉正造さん…好子さんのお兄様…あの方は、好子さんと、血縁関係のない方なんですって?…」

 意外なことを、言った…

               

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