第75話
文字数 4,434文字
…知っていた!…
…やはり、知っていた!…
これは、以前、半年ちょっと前に、新造さんから、聞かされた言葉…
この好子さんの弟の新造さんから、聞いた真実だった…
私の、祖父の祖父だか、忘れたが、とにかく、会ったことのない、遠いご先祖様が、米倉の一族だったと、いう話だった…
ハッキリ言って、その言葉を聞いたときは、驚いたが、それだけだった…
なぜなら、そんな遠いご先祖様が、米倉一族であろうとなかろうと、現在の私になんの関係もないからだ…
が、
その言葉で、なぜ、私と好子さんのルックスが似ているかは、わかった…
他人の空似だと、ばかり思っていたが、遠くても、血の繋がりがあることが、わかった…
だから、納得したというか…
そう考えれば、澄子さんも、平造の娘…
好子さんとは、血の繋がった姉妹ではないけれども、米倉一族であることは、間違いない…
だから、澄子の娘のあの秋穂が、私や、好子さんに似た美人であっても、おかしくはない…
そう、言いたいのだろう…
私は、思った…
私は、考えた…
「…高見さんも、米倉の一族…だから、私に似ている…そして、それは、あの秋穂も同じ…」
好子さんが、繰り返す…
「…でも、大丈夫…」
好子さんが、明るく、言った…
「…大丈夫? …どうして、大丈夫なんですか?…」
「…バカね…高見さん…」
好子さんが、笑った…
「…もう私と透(とおる)は、離婚したのよ…」
そうだった…
あの秋穂と、透(とおる)が、泥酔して、腕を組んでいる姿をフライデーに写真に撮られて、この好子さんと、透(とおる)は、離婚したのだ…
だから、今さらだった…
あの秋穂の行動も、今さらというか…
あの一件で、秋穂の母親である、澄子の狙いもわかったが、もはや、どうでもいいというか…
すでに、あの一件を契機に、米倉と水野の提携が解消した…
だから、今さら、秋穂が、どう動こうが、関係なかった…
好子さんは、そう言いたいのかも、しれなかった…
それに、仮に、そんなことは、ありえないと思うが、あの秋穂という娘が、透(とおる)と、結婚しても、米倉と水野の提携が、元に戻るということは、ありえなかった…
透(とおる)と、結婚したのが、この好子さんだから、米倉と、水野は提携したのだ…
仮に、澄子の娘の秋穂が、あの透(とおる)と、結婚したとしても、秋穂は、米倉を代表する人間ではない…
だから、米倉=大日グループは、動かない…
そういうことだ…
仮に、秋穂の母親の澄子さんが、前面に出ても、同じこと…
あくまで、好子さんが、米倉の正統後継者だからだ…
他の兄弟姉妹では、ダメということだ…
そんなことを、考えていると、
「…でも、あの秋穂という娘もバカね…」
と、好子さんが、笑った…
「…バカ? …どうして、バカなんですか?…」
「…だって、高見さん…水野の御曹司に手を出したのよ…ただですむわけないじゃない?…」
「…どういう意味ですか?…」
「…あの秋穂という娘が、それまで、どこで、どんな生活をしていたのかは、知らないけれども、世間で知れた、大企業の御曹司に手を出した報いは、受けるはずよ…」
好子さんが、不気味な予告をした…
私は、驚いた…
が、
事実かも、しれないと、思った…
この好子さんが、言う、
…ただですむわけないじゃない?…
ということが、どういうことかは、具体的には、わからない…
が、
殺されるとか、直接、危害を加えられることは、なくとも、例えば、私のように、突然、会社をリストラされるのは、十分、ありえると、いうことだ…
あの秋穂は、会社ではなく、以前、銀座のクラブにいたというが、それでも、同じ…
突然、店=職場をクビになる危険もある…
そういうことだろう…
私は、思った…
「…まあ、本人もそれがわかっていて、透(とおる)に手を出したのか、どうかは、わからないけれども、ただではすまないでしょう…」
好子さんが、断言した…
私は、なんと言っていいか、わからなかった…
ただ、その言い方に、初めて、この好子さんの闇を感じたというか…
別の言い方をすれば、米倉の正統後継者の迫力を感じた…
迫力は、おおげさだけれども、権力者というか…
大企業のオーナー一族の凄みを感じたということだ…
本当に、透(とおる)に手を出したことで、あの秋穂と言う娘が、どうにか、なるかは、わからない…
ただ、私のような一般人からすれば、好子さんの言葉は、十分、不気味だった…
十分、脅威だった…
そして、そんなことを、思っていると、
「…高見さん…会社に戻れたんですって…」
と、好子さんが、いきなり言った…
私は、驚いた…
文字通り、驚愕した…
「…一体、どうして?…どうして、そんなことを…誰から、お聞きしたんですか?…」
「…蛇の道は蛇ということよ…」
好子さんが、意味深に答える…
私は、どう言っていいか、わからなかった…
これが、昔からの友人ならば、
「…そんな気取った言い方をしないで、教えてよ…」
とか、気安く聞くことができるが、好子さん相手では、それが、できなかったからだ…
なにしろ、身分が違いすぎる…
「…もう、大丈夫とは、思うけれど、油断は、しないで…」
「…油断ですか?…」
「…そう、油断…もっとも、これは、私にも、言えるけれども…」
「…好子さんにも?…」
「…米倉は、水野と提携を解消した…そして、借金は、ちゃらになった…今は、五井の庇護を受けている…」
「…」
「…人間で、いえば、とりあえずは、安全圏に移ったという感じかな…だから、ホッとした…」
「…」
「…でも、そこが、ホントに安全圏なのか、どうかは、わからない…」
「…どういう意味ですか?…」
「…ホッとしていたら、いきなり、銃弾が飛んで来た…なんてことも、あるかも、しれない…」
「…」
「…だから、最後まで、気を抜けない…」
「…」
私は、この好子さんが、言いたいことは、わかったが、それに対して、どう答えていいかは、わからなかった…
すると、
「…ああ、松嶋さんは、処分されたそうね…」
と、さりげなく、好子さんが、告げた…
私は、文字通り、
「…」
と、絶句した…
言葉もなかった…
まさか、好子さんが、松嶋を知っているとは、思わなかったからだ…
「…ご存知なんですか?…」
「…知らないわ…」
あっさりと、答える…
「…じゃ、どうして?…」
「…高見さんが、その松嶋という人に、嫌がらせをされて、金崎実業をリストラされそうになったことを、兄から聞いたから…」
「…」
「…でも、その松嶋ってひとも、良平さんの逆鱗に触れて、金崎実業をクビになったでしょ?…」
「…良平さんって? 水野社長ですか?…」
「…そうよ…」
「…」
「…その松嶋ってひとが、誰からの指示で、高見さんをクビにしようとしたのかは、わかっているけれども、それでも、良平さんは、それが、許せなかったってこと…」
「…」
「…つまり、良平さんは、それほど、高見さんを気に入っているということ…」
好子さんが、断言した…
「…気に入っている? …私を?…」
「…たぶん、高見さんが、思っている以上にね…」
あっさりと、好子さんが、告げた…
「…そして、それは、私も同じ…」
「…同じ?…」
「…正直、高見さんが、透(とおる)と、結婚するのなら、私は、透(とおる)と、結婚しようが、しまいが、どうでも、よかった…」
仰天の言葉だった…
あまりにも、意外な言葉だった…
「…でも、私が、透(とおる)さんとなんて…」
「…身分が違うと言うんでしょ?…」
「…ハイ…」
「…そんなことは、百も承知…仮の話よ…」
「…仮の話…」
「…あくまで、夢物語…だから、私と高見さんが、対等の立場なら、透(とおる)が、高見さんと、結婚しても、よかったと、思えた…」
「…」
「…でも、そんなことは、ありえない…だから、仮の話…」
「…」
「…でも、良平さんにとっては、たぶん、仮の話じゃない…」
「…どういう意味ですか?…」
「…たぶん、本気で、高見さんに、透(とおる)と結婚してもらいたかったと思う…」
「…ウソォ!…」
「…ウソじゃないわ…」
「…どうして、好子さんに、そんなことが、わかるんですか?…」
「…良平さんが、高見さんをリストラしようとした松嶋ってひとを、クビにしたからよ…」
「…それが、一体?…」
「…その松嶋って、ひとが、誰の指示で、高見さんをクビにしようとしたのか、良平さんは、わかっている…だから、普通なら、良平さんは、そんなことは、絶対しない…なぜなら、そんなことをすれば、指示を出した人間の逆鱗に触れるから…」
「…」
「…それでも、その松嶋ってひとを、クビにしたのは、それほど、良平さんが、怒っているということ…」
「…」
「…つまり、高見さんを、それほど、気に入っているということよ…」
好子さんが、断言した…
私は、どう返答していいか、わからなかった…
たしかに、あの水野良平に気に入られているというのは、嬉しい事実だ…
この話が、事実ならば、好子さんの言う通りなのだろう…
が、
それにしても、実感がなかった…
仮に、私が、水野良平のお気に入りだとしても、それがなんだと言うのか?
私が、透(とおる)と、結婚できるわけではない…
そんな夢のようなことが、あるはずがないからだ…
「…でも、その代償は、高くつくかもしれない…」
好子さんが、意外なことを、言った…
「…代償?…」
「…良平さんが、奥様の春子さんに逆らったこと…」
好子さんは、春子さんと、ハッキリと、名前を出した…
「…良平さんは、春子さんに、滅多に逆らったことはない…それが、逆らった…」
「…逆らった?…」
「…たぶん、その松嶋さんが、高見さんを、クビにまでしなかったのは、春子さんが、そこまで、求めてなかったから…」
「…求めてなかった?… どういう意味ですか?…」
「…たぶん、嫌がらせ…」
「…嫌がらせ? …どうして、私にそんなことを?…」
「…それは、簡単なことよ…」
「…簡単って?…」
「…きっと、春子さんは、私と透(とおる)の結婚が、うまくいかなかった原因の一つは、高見さんにあると、思っているからよ…」
「…私にある? …どうして、ですか?…」
「…透(とおる)が、高見さんの存在を知って、私とどっちにするか、気持ちが揺れ動いた…それが、離婚の原因の一つと、思っているからよ…」
「…そんな…」
「…そんなもこんなもない…だから、高見さんは、良平さんに連れられて、水野のお屋敷に行って、春子さんに会ったでしょ? …アレは、春子さんが、透(とおる)が、気持ちが揺れ動いた高見ちづるという女が、どんな女か、自分の目で、見ておきたかった…そういうことよ…」
予想外の言葉だった…
…やはり、知っていた!…
これは、以前、半年ちょっと前に、新造さんから、聞かされた言葉…
この好子さんの弟の新造さんから、聞いた真実だった…
私の、祖父の祖父だか、忘れたが、とにかく、会ったことのない、遠いご先祖様が、米倉の一族だったと、いう話だった…
ハッキリ言って、その言葉を聞いたときは、驚いたが、それだけだった…
なぜなら、そんな遠いご先祖様が、米倉一族であろうとなかろうと、現在の私になんの関係もないからだ…
が、
その言葉で、なぜ、私と好子さんのルックスが似ているかは、わかった…
他人の空似だと、ばかり思っていたが、遠くても、血の繋がりがあることが、わかった…
だから、納得したというか…
そう考えれば、澄子さんも、平造の娘…
好子さんとは、血の繋がった姉妹ではないけれども、米倉一族であることは、間違いない…
だから、澄子の娘のあの秋穂が、私や、好子さんに似た美人であっても、おかしくはない…
そう、言いたいのだろう…
私は、思った…
私は、考えた…
「…高見さんも、米倉の一族…だから、私に似ている…そして、それは、あの秋穂も同じ…」
好子さんが、繰り返す…
「…でも、大丈夫…」
好子さんが、明るく、言った…
「…大丈夫? …どうして、大丈夫なんですか?…」
「…バカね…高見さん…」
好子さんが、笑った…
「…もう私と透(とおる)は、離婚したのよ…」
そうだった…
あの秋穂と、透(とおる)が、泥酔して、腕を組んでいる姿をフライデーに写真に撮られて、この好子さんと、透(とおる)は、離婚したのだ…
だから、今さらだった…
あの秋穂の行動も、今さらというか…
あの一件で、秋穂の母親である、澄子の狙いもわかったが、もはや、どうでもいいというか…
すでに、あの一件を契機に、米倉と水野の提携が解消した…
だから、今さら、秋穂が、どう動こうが、関係なかった…
好子さんは、そう言いたいのかも、しれなかった…
それに、仮に、そんなことは、ありえないと思うが、あの秋穂という娘が、透(とおる)と、結婚しても、米倉と水野の提携が、元に戻るということは、ありえなかった…
透(とおる)と、結婚したのが、この好子さんだから、米倉と、水野は提携したのだ…
仮に、澄子の娘の秋穂が、あの透(とおる)と、結婚したとしても、秋穂は、米倉を代表する人間ではない…
だから、米倉=大日グループは、動かない…
そういうことだ…
仮に、秋穂の母親の澄子さんが、前面に出ても、同じこと…
あくまで、好子さんが、米倉の正統後継者だからだ…
他の兄弟姉妹では、ダメということだ…
そんなことを、考えていると、
「…でも、あの秋穂という娘もバカね…」
と、好子さんが、笑った…
「…バカ? …どうして、バカなんですか?…」
「…だって、高見さん…水野の御曹司に手を出したのよ…ただですむわけないじゃない?…」
「…どういう意味ですか?…」
「…あの秋穂という娘が、それまで、どこで、どんな生活をしていたのかは、知らないけれども、世間で知れた、大企業の御曹司に手を出した報いは、受けるはずよ…」
好子さんが、不気味な予告をした…
私は、驚いた…
が、
事実かも、しれないと、思った…
この好子さんが、言う、
…ただですむわけないじゃない?…
ということが、どういうことかは、具体的には、わからない…
が、
殺されるとか、直接、危害を加えられることは、なくとも、例えば、私のように、突然、会社をリストラされるのは、十分、ありえると、いうことだ…
あの秋穂は、会社ではなく、以前、銀座のクラブにいたというが、それでも、同じ…
突然、店=職場をクビになる危険もある…
そういうことだろう…
私は、思った…
「…まあ、本人もそれがわかっていて、透(とおる)に手を出したのか、どうかは、わからないけれども、ただではすまないでしょう…」
好子さんが、断言した…
私は、なんと言っていいか、わからなかった…
ただ、その言い方に、初めて、この好子さんの闇を感じたというか…
別の言い方をすれば、米倉の正統後継者の迫力を感じた…
迫力は、おおげさだけれども、権力者というか…
大企業のオーナー一族の凄みを感じたということだ…
本当に、透(とおる)に手を出したことで、あの秋穂と言う娘が、どうにか、なるかは、わからない…
ただ、私のような一般人からすれば、好子さんの言葉は、十分、不気味だった…
十分、脅威だった…
そして、そんなことを、思っていると、
「…高見さん…会社に戻れたんですって…」
と、好子さんが、いきなり言った…
私は、驚いた…
文字通り、驚愕した…
「…一体、どうして?…どうして、そんなことを…誰から、お聞きしたんですか?…」
「…蛇の道は蛇ということよ…」
好子さんが、意味深に答える…
私は、どう言っていいか、わからなかった…
これが、昔からの友人ならば、
「…そんな気取った言い方をしないで、教えてよ…」
とか、気安く聞くことができるが、好子さん相手では、それが、できなかったからだ…
なにしろ、身分が違いすぎる…
「…もう、大丈夫とは、思うけれど、油断は、しないで…」
「…油断ですか?…」
「…そう、油断…もっとも、これは、私にも、言えるけれども…」
「…好子さんにも?…」
「…米倉は、水野と提携を解消した…そして、借金は、ちゃらになった…今は、五井の庇護を受けている…」
「…」
「…人間で、いえば、とりあえずは、安全圏に移ったという感じかな…だから、ホッとした…」
「…」
「…でも、そこが、ホントに安全圏なのか、どうかは、わからない…」
「…どういう意味ですか?…」
「…ホッとしていたら、いきなり、銃弾が飛んで来た…なんてことも、あるかも、しれない…」
「…」
「…だから、最後まで、気を抜けない…」
「…」
私は、この好子さんが、言いたいことは、わかったが、それに対して、どう答えていいかは、わからなかった…
すると、
「…ああ、松嶋さんは、処分されたそうね…」
と、さりげなく、好子さんが、告げた…
私は、文字通り、
「…」
と、絶句した…
言葉もなかった…
まさか、好子さんが、松嶋を知っているとは、思わなかったからだ…
「…ご存知なんですか?…」
「…知らないわ…」
あっさりと、答える…
「…じゃ、どうして?…」
「…高見さんが、その松嶋という人に、嫌がらせをされて、金崎実業をリストラされそうになったことを、兄から聞いたから…」
「…」
「…でも、その松嶋ってひとも、良平さんの逆鱗に触れて、金崎実業をクビになったでしょ?…」
「…良平さんって? 水野社長ですか?…」
「…そうよ…」
「…」
「…その松嶋ってひとが、誰からの指示で、高見さんをクビにしようとしたのかは、わかっているけれども、それでも、良平さんは、それが、許せなかったってこと…」
「…」
「…つまり、良平さんは、それほど、高見さんを気に入っているということ…」
好子さんが、断言した…
「…気に入っている? …私を?…」
「…たぶん、高見さんが、思っている以上にね…」
あっさりと、好子さんが、告げた…
「…そして、それは、私も同じ…」
「…同じ?…」
「…正直、高見さんが、透(とおる)と、結婚するのなら、私は、透(とおる)と、結婚しようが、しまいが、どうでも、よかった…」
仰天の言葉だった…
あまりにも、意外な言葉だった…
「…でも、私が、透(とおる)さんとなんて…」
「…身分が違うと言うんでしょ?…」
「…ハイ…」
「…そんなことは、百も承知…仮の話よ…」
「…仮の話…」
「…あくまで、夢物語…だから、私と高見さんが、対等の立場なら、透(とおる)が、高見さんと、結婚しても、よかったと、思えた…」
「…」
「…でも、そんなことは、ありえない…だから、仮の話…」
「…」
「…でも、良平さんにとっては、たぶん、仮の話じゃない…」
「…どういう意味ですか?…」
「…たぶん、本気で、高見さんに、透(とおる)と結婚してもらいたかったと思う…」
「…ウソォ!…」
「…ウソじゃないわ…」
「…どうして、好子さんに、そんなことが、わかるんですか?…」
「…良平さんが、高見さんをリストラしようとした松嶋ってひとを、クビにしたからよ…」
「…それが、一体?…」
「…その松嶋って、ひとが、誰の指示で、高見さんをクビにしようとしたのか、良平さんは、わかっている…だから、普通なら、良平さんは、そんなことは、絶対しない…なぜなら、そんなことをすれば、指示を出した人間の逆鱗に触れるから…」
「…」
「…それでも、その松嶋ってひとを、クビにしたのは、それほど、良平さんが、怒っているということ…」
「…」
「…つまり、高見さんを、それほど、気に入っているということよ…」
好子さんが、断言した…
私は、どう返答していいか、わからなかった…
たしかに、あの水野良平に気に入られているというのは、嬉しい事実だ…
この話が、事実ならば、好子さんの言う通りなのだろう…
が、
それにしても、実感がなかった…
仮に、私が、水野良平のお気に入りだとしても、それがなんだと言うのか?
私が、透(とおる)と、結婚できるわけではない…
そんな夢のようなことが、あるはずがないからだ…
「…でも、その代償は、高くつくかもしれない…」
好子さんが、意外なことを、言った…
「…代償?…」
「…良平さんが、奥様の春子さんに逆らったこと…」
好子さんは、春子さんと、ハッキリと、名前を出した…
「…良平さんは、春子さんに、滅多に逆らったことはない…それが、逆らった…」
「…逆らった?…」
「…たぶん、その松嶋さんが、高見さんを、クビにまでしなかったのは、春子さんが、そこまで、求めてなかったから…」
「…求めてなかった?… どういう意味ですか?…」
「…たぶん、嫌がらせ…」
「…嫌がらせ? …どうして、私にそんなことを?…」
「…それは、簡単なことよ…」
「…簡単って?…」
「…きっと、春子さんは、私と透(とおる)の結婚が、うまくいかなかった原因の一つは、高見さんにあると、思っているからよ…」
「…私にある? …どうして、ですか?…」
「…透(とおる)が、高見さんの存在を知って、私とどっちにするか、気持ちが揺れ動いた…それが、離婚の原因の一つと、思っているからよ…」
「…そんな…」
「…そんなもこんなもない…だから、高見さんは、良平さんに連れられて、水野のお屋敷に行って、春子さんに会ったでしょ? …アレは、春子さんが、透(とおる)が、気持ちが揺れ動いた高見ちづるという女が、どんな女か、自分の目で、見ておきたかった…そういうことよ…」
予想外の言葉だった…