第38話

文字数 4,836文字

 結局、私と米倉正造は、近くのカフェに入った…

 近くのスタバに入った…

 そして、互いに向かい合って、座った…

 正直、あまり気分がよくなかった…

 やはりというか…

 正造に、負けたのが、気に入らなかった…

 「…どうしました? …あまり、機嫌が、よくない様子ですね…」

米倉正造が、わざと言う…

 私の心の中を、見透かして、言う…

 だから、思わず、

 「…正造さん…」

 と、言った…

 少し、怒って言った…

 少し、ドスの利かせた声で言った…

 「…なんですか?…」

 「…女に恥をかかすものじゃ、ありませんよ…」

 「…恥? …ボクが、高見さんに恥を?…」

 「…そうです…」

 「…ボクが一体なにを?…」

 「…わかっているはずです…」

 私は、言葉に力を、込めた…

 それから、目の前の正造を、睨んだ…

 すると、正造が、

 「…美人は、怖い顔で、睨んでも、美人ですね…」

 と、話をはぐらかせた…

 私は、頭に来た…

 が、

 なにも、言わなかった…

 まともな話をしても、この正造が、うまく話をはぐらかせることは、わかっていたからだ…

 「…高見さんは、美人で、優しい…」

 いきなり、言った…

 「…優しい? …どうして?…そんな?…」

 「…さっき、ティファニーの銀座本店で、店の前に立つだけで、店の中には、入らなかった…」

 「…それが、どうして、優しいんですか?…」

 「…さっきの娘…あの澄子の娘なら、きっと、ボクといっしょに、店の中に入って、ジュエリーを買わせようとしましたよ…」

 「…エッ?…」

 「…澄子の娘です…そのぐらいは、やりますよ…」

 当然というように、正造が、言った…

 私は、あらためて、この米倉正造が、好子さんを好きだったことを、思い出した…

 血の繋がってない、妹の好子さんを好きだったことを、思い出した…

 なぜなら、澄子さんは、いつも、好子をイジメていたからだ…

 そんな澄子さんを、この正造が、好きなわけは、なかったからだ…

 いかに、自分の血が繋がった実の姉とはいえ、好きなはずが、なかったに違いない…

 そして、あの娘は、その澄子さんの娘…

 この正造が、よく言うわけがなかった…

 「…あの娘…秋穂は、澄子の娘です…性格が、ねじ曲がっている…」

 正造が、あっさりと、言った…

 「…性格が、ねじ曲がっている…」

 随分な言い草だった…

 まさか、この正造が、自分の娘ぐらいの年齢の女のコに、そんな言葉を言うとは、思えなかった…

 「…ボクも、散々、貢がされた…」

 意外なことを、言った…

 「…貢がされた? …正造さんが?…」

 が、

 目の前の正造は、その質問には、答えず、苦笑するのみだった…

 私は、呆れた…

 同時に、この米倉正造という男は、そういう男だと、あらためて、思った…

 爽やかな感じのイケメンだが、普通に、女好き…

 そういえば、半年前に、この銀座で、偶然、会ったときも、銀座のホステスと同伴出勤の最中だった…

 それを、思い出した…

 だから、それを、指摘した…

 「…そういえば、以前…半年前ですか? …偶然、正造さんが、この銀座で、若い女のコと、腕を組んで歩く姿を拝見しました…」

 「…」

 「…付き合うには、少し年齢が違っていたし、場所柄…この銀座のホステスか、なにかと、思ったので、私も見て見ぬフリをしたんですが…」

 わざと、言った…

 すると、だ…

 正造が、意外な反応を見せた…

 「…秋穂ですよ…」

 あっさりと、言った…

 「…エッ?…」

 「…あのとき、腕を組んで歩いていたのは、秋穂です…」

 「…ウソォ!…」

 思わず、叫んだ…

 自分でも、驚いた…

 自分でも、ビックリした…

 が、

 それ以上に、正造の告白は、衝撃的だった…

 まさに…

 まさか?

 まさか、だ!…

 あのとき、会った正造と、腕を組んで歩いていた娘が、澄子さんの娘とは、夢にも、思わなかったからだ…

 だから、思わず、

 「…ホントですか?…」

 と、聞いた…

 「…ホントです…」

 正造が、真顔で、答えた…

 そして、

 「…したたかな女です…」

 と、付け加えた…

 「…したたかな女?…」

 「…姉の澄子に、好子や高見さんのルックスを加えた女…最強です…」

 「…最強…」

 言いながら、自分でも、そのわけは、わかった…

 あの澄子さんは、頭の回転は、速いのだが、正直、ルックスが、イマイチだった…

 ルックスが、平凡過ぎた…

 だから、ダメだった…

 ハッキリ言って、男も女も、ルックスの持つ意味は、大きい…

 いかに、頭が良く、仕事が出来ても、その人間が、美男美女かどうかで、周囲に与える影響が違う…

 そういうことだ…

 だから、ハッキリ言って、澄子さんは、ダメだった…

 頭の回転は速いが、ルックスが、平凡過ぎたからだ…

 が、

 あの娘は、違う…

 秋穂は、違う…

 ルックスの良さと、頭の良さを、合わせ持っている…

 だから、有利…

 生きてゆくのに、有利だ…

 「…あの娘は、十分、自分の力が、わかってます…」

 「…力?…」

 「…自分のルックス…それに頭…」

 「…頭?…」

 「…自分になにができ、自分になにが、できないか、わかっている…だから、最強です…」

 正造が、力説する…

 私は、正造の言う意味が、よくわかった…

 痛いほど、わかった…

 世の中には、老若男女を問わず、自分の実力が、わからない人間が多い…

 誰もが、一番わかりやすい例で言えば、自分のモテ具合…

 女の少ない学校や職場で、男にモテまくったことで、勘違いする女は、世の中に、多い(笑)…

 誰もが、その学校や職場は、男に比べて、若い女が、極端に少ないから、女は、モテるんだよ、と、言われると、わかるが、当の本人は、そうは、思わない…

 自分だけは、例外だと思う(笑)…

 そんな実例は、世の中にありふれている…

 そして、会社を退職して、普通に、女の多い職場に転職でも、すれば、現実が、わかるというか…

 途端に、モテなくなる…

 そういうことだ(笑)…

 そして、これは、誰にも、起こり得ることというか…

 どんなに、頭の良い人間でも、自分の実力を勘違いしてしまう場面は、多々ある…

 それも、これも、すべて、環境が原因だ…

 今、例に挙げたモテ具合もそうだが、仕事も、そう…

 同じだ…

 例えば、同じ仕事をして、高卒のひとや、無名の大学のひとが、東大卒や、早稲田卒の人間に勝ったとする…

 すると、自分の方が、仕事ができると、豪語して、天狗になる人間が、少なからずいるものだ…

 単純に、自分の方が、手が速かったり、その仕事があっているだけなのに、それが、わからない…

 ハッキリ言えば、それがわからないから、学歴が、低いと、周囲から、陰口を叩かれているが、本人は、その現実が、わからない(爆笑)…

 そして、この場合は、時間が経てば、大方は、会社での昇進での昇進具合で、わかるというか(爆笑)…

 それでも、稀に、

 「…オレは、大学を出てないから、出世できなかった…」

 という輩(やから)がいるから、開いた口が塞がらない場合も、ある(爆笑)…

 本当は、誰が見ても、大学に行く学力がないから、大学にいけなかったのが、現実だが、いつのまにか、自分の意思で、大学に行かなかったことになっている(爆笑)…

 いかに、自分に都合よく解釈するのか?

 ということにもなるが、やはり、そういう人間も、一定数存在する…

 そして、問題は、あの澄子さんの娘と名乗る女のコは、そういう種類の人間では、ないということだ…

 いわば、自分を知っているというか…

 だから、困る…

 自分の実力を知らず、わけのわからないことを、言う人間は、まだいい…

 なにもできないからだ…

 お金も、地位も、ルックスもなにもない…

 だから、そんな人間が、なにを言おうと、なにひとつできないから、いい…

 が、

 さっきの澄子さんの娘のように、自分を知っている人間は、困る…

 扱いに困るし、対処にも、困る…

 自分を知っているがゆえに、最初から、自分ができないことを、しないからだ…

 だから、困る…

 私は、思った…

 そして、そんなことを、考えていると、

 「…あのコが、動き出したのは、かなり前…さっき、高見さんが言った、高見さんが、ボクに会った半年前からです…」

 「…半年前?…」

 「…あのコは、ボクのいきつけの店のホステスでした…」

 「…」

 「…正直、この歳です…ハッキリ言って、ボクも、若い女のコには、からきし弱い…」

 正造が、苦笑した…

 「…そして、あのコは、その弱みをすぐに突いて来た…」

 「…弱みを突いて来た? …どういうことですか?…」

 「…要するに、プレゼントです…」

 「…プレゼント?…」

 意味が、わからなかった…

 「…お客に、プレゼントをねだる…」

 「…プレゼントをねだる?…それが、一体?…」

 それが、一体、なんだというのだ?

 銀座のホステスが、客にプレゼントをねだる…

 それが、一体、なんの問題が、あるというのだ?

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…高見さん…鈍いですね?…」

 と、正造が、笑った…

 「…鈍い?…」

 「…ハイ…」

 「…」

 「…要するに、このお客は、自分にどれほど、貢いで、くれるのか、計算しているんです…」

 「…計算?…」

 「…自分になにを、貢いでくれるか? …どこまで、貢いでくれるか、計算する…計算して、相手の誠意や実力を見極める…」

 「…実力って?…」

 「…相手が、どれぐらいの金持ちか、どうかですよ…いかに、誠意があっても、金がなければ、高価なプレゼントは、できない…」

 「…」

 「…ああいう場所は、ハッキリ言えば、大人の社交場…本気で、好きになる女は、少ない…だから、疑似の恋愛ゲームになる…だから、互いに、本気と、遊びが、紙一重になってる…」

 「…本気と遊びが、紙一重って?…」

 「…だから、互いに、どこか冷静になっている…」

 正造が笑いながら、言う…

 「…その中でも、あの秋穂の冷静さは、抜きん出ていた…」

 「…抜きん出ていた…」

 「…ハイ…いわゆる男の視線です…」

 「…視線?…」

 「…どこか、店に入り、女が、席に着く…すると、男は、女を物色する…好みのタイプがいるか、物色する…」

 「…」

 「…そして、誰もが、自分の好みの女に視線を注ぐ…」

 「…」

 「…そして、あの秋穂は、自分に興味がない男の元には、寄り付かなかった…きっと、時間の無駄だと思ったんでしょう…」

 「…時間の無駄…」

 「…それも、あの若さでは、抜きん出ていた…」

 たしかに、言われてみれば、正造の言うことは、わかる…

 ホステスに限らす、一般の男でも、女でも、相手を試すものだ…

 自分が、好きだと、言われれば、どれぐらい自分を好きなのか、試すものだ…

 そして、わかりやすいのが、プレゼント…

 自分を好きならば、高価な品物でも、プレゼントしてくれるからだ…

 だから、どれぐらい自分に高価なプレゼントをしてくれるかで、相手の本気度を見極める…

 相手が、自分に対して、どれほど、真剣か、見極める…

 そういうことだ…

 が、

 誰でも、他人のことは、わかるが、自分のことは、イマイチわからないものだ…

 例えば、今の例で、言えば、高価なプレゼントをもらえば、必ずしも、相手が、本気か、どうかは、わからない…

 むしろ、相手がゲームのように、考えている可能性もある…

 ハッキリ言えば、自分以外の周囲の者は、皆、知っているが、自分だけは、わからない…

 そんな例は、ありふれている…

 そういうことだ…

 そして、おそらく、あの秋穂という女は、そんな環境でも、相手が、どれほど、自分に本気なのか、わかるのだろう…

 歳を取れば、若い時に比べれば、少しは、周囲のことが、わかるようになるが、それでも、大方は、自分のことは、わからない…

 冷静に、自分を評価できないからだ…

 自分を数段上に評価するからだ…

 だから、それが、できる人間は、強敵…

 紛うことなき、強敵だった…

               
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