第14話

文字数 4,386文字

そして、そんな思いが、表情に出たのだろう…

 「…高見さん、どうしました?…」

 水野良平が、心配そうに、聞いた…

 「…やはり、妻の春子に会うのは、気が進みませんか?…」

 「…いえ…」

 私は、遠慮がちに言った…

 「…では、一体?…」

 「…以前の透(とおる)さんの行動を考えていたんです…」

 「…透(とおる)の行動?…」

 「…ハイ…」

 「…それは、一体?…」

 「…米倉の赤字が、世間に知られ、大騒ぎになった後、私が、米倉の家に伺いました…」

 「…」

 「…そのときに、透(とおる)さんが、私か、好子さんのどちらかが、ボクと結婚すれば、水野は、米倉に融資をする…米倉を救済する…と、断言しました…」

 「…」

 「…あのとき、私は、自分の結婚は、自分で、決めます…と、言い、対照的に、好子さんは、透(とおる)さんと、結婚する…だから、米倉を救ってと、言いました…」

 「…」

 「…ですが、アレは、お芝居というと、言い過ぎですが、事前に、決まっていたんじゃないか? と、今になっては、思います…」

 「…どういうことですか?…」

 「…まず、あの宣言をするにあたって、事前に、会長の了承を得ていたということです…」

 「…」

 「…そして、好子さん…」

 「…好子さんが、どうかしましたか?…」

 「…あのとき、透(とおる)さんの真意と言うか…私でも、好子さんでも、どちらかが、ボクと結婚すれば、水野は、米倉に融資すると、言いました…本来、米倉となんの関係もない私と結婚しても、水野は、米倉を救済すると、言いました…つまり、透(とおる)さんの真意は、なにがあっても、米倉を救済する…好子さんを、守るということでは、なかったのでは、ないでしょうか? …そして、それに、気付いた好子さんが、透(とおる)さんとの結婚を了承した…それが、真相だったのでは、ないでしょうか?…」

 私が、言うと、水野良平は、考え込んだ…

 考え込んで、

 「…」

 と、黙り込んだ…

 私は、ジッと待った…

 水野良平を見守った…

 それから、ゆっくりと、

 「…よく、気付きましたね…」

 と、良平が、口を開いた…

 「…いえ、私も気付いたのは、今です…」

 「…今?…」

 「…そうです…会長のお話を聞き、今、気付きました…要するに、私は、当て馬というか…本当は、透(とおる)さんは、ただ好子さんを守りたい…だけど、それをストレートに言っても、好子さんには、届かない…だから、私を結婚しても、米倉を救う…つまり、選択肢を広げたわけです…」

 「…」

 「…そして、好子さんは、そんな透(とおる)さんの意図に、気付いた…だから、結婚を受け入れた…」

 私が、言った…

 それを、聞くと、隣の水野良平は、

 「…」

 と、黙り込んだ…

 
 それから、しばらく、してから、

「…たしかに、透(とおる)は、なんとしても、米倉を救いたかった…」

 と、振り絞るように、言った…

 「…」

 「…そして、その根底には、透(とおる)の好子さんに対する思いがある…だから、私も受け入れたというか…」

 水野良平の歯切れが、悪くなった…

 「…ですが…」

 と、言ってから、言い淀んだ…

 言葉が、出て来なかった…

 私は、

 「…ですが…なんでしょうか?…」

 と、言おうとしたが、言えなかった…

 水野良平の顔を見ると、苦悶していたというか…

 なんと表現していいいか、わからないが、実に、苦しそうな表情をしていたからだ…

 だから、止めた…

 あえて、なにも、言わなかった…

 いや、

 言えなかった…

 すると、

 「…ひとは、変わります…」

 と、短く、呟いた…

 「…変わる?…」

 「…そうです…良い方にも、悪い方にも…」

 「…」

 「…そして、そんな変化は、事前には、誰も予想できないということです…」

 水野良平が、ため息をついて、言った…

 それを、見て、私は、驚いたというか…

 あらためて、この水野良平が、いかに、悩んでいるか、わかった…

 そして、それっきり、後は、なにも、言わなかった…

 互いに、黙ったままだった…

 そして、互いに、無言のまま、私と水野良平を乗せた黒いベンツは、走った…

 そして、いつしか、目的地である、水野良平の屋敷に、入った…


 そこは、昔ながらの日本庭園だった…

 まるで、江戸時代にタイムスリップしたかのようだった…

 よく、中学生や高校生が、修学旅行で、訪れる京都の古いお寺ではないが、そんな感じだった…

 昔ながらの日本庭園があり、そばには、やはり、昔ながらの日本式家屋があった…

 家屋は、一階建て…

 二階はない…

 そして、それゆえ、余計に、豪華に見えた…

 本来、ありあまるぐらい広い土地があれば、家屋を二階建てにする必要は、ないからだ…

 土地が狭いから、家屋を二階建てにして、居住空間を、広くする…

 本来は、そんな目的で、家屋を二階建てにするからだ…

 が、

 この水野のお屋敷は、広く、そんな必要は、まるでなかった…

 だから、建物が、一階建てなのだ…

 建物が、平屋なのだ…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 だから、私と水野良平が乗るベンツが、このお屋敷について、ベンツから降りたとき、

 「…凄いお屋敷ですね…」

 と、つい、言ってしまった…

 言わずには、いられなかった…

 文字通り、驚嘆した…

 あの米倉のお屋敷も、凄かったが、この、水野のお屋敷と比べると、やはりというか…

 正直、格が、違うというか…

 ハッキリ言って、レベルが、違う…

 米倉は、格下…

 水野の足元にも及ばない…

 それが、わかった…

 そして、それは、企業グループの差というか…

 米倉と水野の企業の大きさの差とリンクして、見えた…

 そして、そんなことを、考えていると、

 「…たしかに、凄いお屋敷です…」

 と、まるで、他人事のように、水野良平が、言った…

 私は、驚いた…

 自分の家なのに、まるで、他人の家のように、言う…

 だから、

 「…会長…ご自分の家なのに…そんな…」

 と、言った…

 すると、

 「…たしかに、今は…」

 と、水野良平が、言った…

 「…今は…」

 「…この家は、妻の春子の実家…代々、水野本家の持つお屋敷です…」

 と、水野良平が、言った…

 そして、その言い方は、他人というか…

 この水野良平が、水野一族の末端の人間であることを、あらためて、教えてくれた…

 なぜなら、この水野良平の発言は、この水野本家に対する敬意に溢れていた…

 水野本家に対する尊敬に溢れていた…

 私は、そう、見た…

 私は、そう、睨んだ…

 「…たしかに、凄いお屋敷です…」

 しみじみと、水野良平が、言った…

 「…私も、若い時分には、このお屋敷に住み、お嬢様と結婚することなど、想像もできなかった…」

 「…」

 「…すべては、天のいたずらというと、言い過ぎかも、しれませんが…ときに、神様は、とんでないことを、するものです…」

 そう言って、水野良平は、苦笑した…

 そして、その笑いは、自嘲と言うか…

 決して、このお屋敷に住む自分を自慢しているわけでは、なかった…

 むしろ、末端の分家の出身の自分が、このお屋敷に住むようになった、運命の皮肉というか…

 その運命の皮肉を、からかっているというか…

 そんな感じだった…

 なにより、この水野良平は、他人事というか…

 自分が、今、このお屋敷の主であるにも、かかわらず、他人事のようだった…

 そして、そんな水野良平を不思議に感じた私だったが、それも、その妻、春子に会って、その謎が解けた気がした…

 なぜなら、春子は、お嬢様…

 生粋のお嬢様だった…

 六十歳は、優に超えているにも、かかわらず、どこか、少女っぽさの残る女性だった…

 言葉は悪いが、オバサン少女とでも、言えば、いいのだろうか?

 少女が、そのまま、歳を取った…

 そんな感じがした…

 芸能人でいえば、吉永小百合に近いと言えば、いいのだろうか?

 さすがに、あれほどの美貌の持ち主ではないが、同じ雰囲気の持ち主というか…

 どこか、神秘めいているといえば、言い過ぎだが、まさに、深窓のご令嬢が、歳を重ねれば、こうなるであろうという見本だった…

 そして、この歳を取ったお嬢様の春子を見れば、この水野良平が、何度も、妻の名を呼ぶことなく、

 「…お嬢様…お嬢様…」

 と、連呼する理由が、わかった気がする…

 結婚しても、良平の中で、ずっと、本家のお嬢様なのだろう…

 事実、その雰囲気をまとっていた…

 「…ずっと、お会いしたかった…」

 開口一番、私の姿を見るなり、彼女は、言った…

 「…高見ちづるさんね…私が、水野春子です…」

 そう言って、私に呼びかけた…

 私は、なんと言っていいか、わからなかった…

 正直、これまで、こんなご婦人に会ったことが、なかった…

 米倉の家に招かれたときは、驚いたが、この水野のお屋敷に訪れたときと、比べれば、驚きが、少なかったというか…

 衝撃が、少なかった…

 なにより、目の前のご婦人…

 水野春子の存在が、大きかった…

 まるで、この場にいるのが、場違いというか…

 なんだか、現実離れしているというか…

 浮世離れしているというか…

 つまりは、現実離れしている、お嬢様の雰囲気なのだ…

 皇室の方々を直接拝見しても、おそらく、これほど、浮世離れしている感じは、しないかもしれない…

 なんだか、この令和の時代ではなく、明治時代か、なにかの、お金持ちのご婦人が、目の前に現れた感じだった…

 私は、そんなことを、考えながら、

 「…高見ちづるです…本日は、お招き頂き、ありがとうございます…」

 と、急いで、言った…

 我ながら、舌を噛むかと思うほど、緊張した…

 そして、そんな私を見て、一言、

 「…おきれいね…」

 と、春子が言った…

 「…ありがとうございます…」

 と、これも、機械的に、言った…

 「…好子さんに、そっくり…」

 と、春子が、続けた…

 私は、この言葉に、文字通り、どう言っていいか、わからなかった…

 どう、返答していいか、わからなかった…

 だから、とっさに、水野良平を見た…

 助け舟を求めたと言うか…

 水野良平にアドバイスを求める気はないが、つい、見た…

 すると、水野良平もまた、戸惑っているというか、困惑しているのが、わかった…

 だから、

 「…」

 と、黙った…

 なんと、返答していいか、わからなかったからだ…

 「…でも、似ているのは、他人の空似なんか、じゃない…高見さんと、好子さんは、ひいおじい様か、なにかが、ご兄弟ですってね…」

 春子が、突然、言った…

 私は、固まった…

 文字通り、カラダが、固まった…

 …知っていた…

 …そんなことまで、知っていた…

 驚きだった…

 それから、

 「…透(とおる)さんが、結婚するのは、好子さんでなく、高見さんでも、良かった…そうでなくて?…」

 と、私に語り掛けた…

 私は、仰天した…

               
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