第55話

文字数 4,175文字

 家に帰ると、実にホッとした…

 なんだか、気疲れした…

 それが、正直な感想だった…

 偽らざる気持ちだった…

 米倉の豪邸や、水野の大豪邸を訪れたときにも、感じたことのない、疲労感だった…

 もちろん、原因は、わかっている…

 あの諏訪野和子という女傑と、寿さんのせいだ…

 二人のせいに、するわけではないが、明らかに、自分以上の器の人間を、相手にするのは、疲れる…

 しかも、同性…

 異性ではない…

 だから、余計に疲れるというか…

 例えて、みれば、見合いに行って、相手の母親や、姉に会うのと、同じ…

 下手をすれば、見合い相手より、緊張する…

 同性だから、余計に相手を評価する目が厳しいというか…

 自分でも、同じ立場なら、自分の息子や弟の見合い相手が、どんな女かと、厳しく観察する…

 それと、似ている…

 一方、それとは、真逆に、あの諏訪野伸明という男の印象は、良かった…

 背が高く、ルックスもいい…

 いかにも、お坊ちゃまという感じ…

 育ちの良さが、滲み出ている…

 私も、もしかしたら、将来、あんな男性と結婚したい…

 思わず、そんな思いがした…

 同時に、バカバカしいと、思った…

 実に、バカバカしい…

 私が、あんなお金持ちと結婚できるわけがない…

 今さらながら、思った…

 そして、いかに、自分が、バカかと、思った…

 もはや、子供ではない…

 幼稚園児ではない…

 まもなく34歳になる、女だ…

 それが、どうして、あんなイケメンの大金持ちが、自分を相手にしてくれると、いうんだ?

 バカも休み休み言え!…

 自分自身に腹が立った…

 お金持ちが結婚する相手は、お金持ちと、昔から、決まっている…

 そうでなければ、つり合いが取れないからだ…

 仮に、私が、あの諏訪野伸明と男女の関係になったとしても、それは、遊び…

 伸明の遊びに過ぎない…

 本気ではない…

 だから、結婚に結びつくことは、ありえない…

 そう、思った…

 なにより、あの伸明の隣には、寿さんが、いるではないか?

 あの美人の寿さんが、いるではないか?

 そう、思った…

 寿さんは、誰が見ても、私以上の美人…

 身長も、私より、5㎝は高い…

 160㎝はあるだろう…

 おまけに、肉体もあったといえば、言い過ぎかもしれないが、明らかに、胸も、人並み以上には、あった…

 女というものは、どうしても、自分が、気になった女を丸裸にするものだ(爆笑)…

 おそらく、男以上に、全身を見るものだ…

 変な話、服の上からも、この女は、裸になったときは、どうなんだ? とか…

 自分と、相手を比べる…

 ハッキリ言えば、男の前で、二人が、裸になったら、男は、どっちを選ぶか?

 妄想するものだ…

 だから、余計に、おおげさに、いえば、寿さんの、全身を舐め回すように、見た…

 その結果、私の勝機は、ゼロと悟った(涙)…

 ルックスも、カラダも勝てない…

 仮に、あの諏訪野伸明が、寿さんを抱いた後に、私を抱けば、伸明さんは、げんなりする…

 そう、思った…

 出るとこは、出ている寿さんに対して、私、高見ちづると言えば、155㎝と小柄なカラダ…

 胸も、小さい…

 取り柄と言えば、ルックスがいいだけ…

 だが、そのルックスも寿さんには勝てない…

 だから、余計に落ち込んだ…

 だから、普段より、余計に、凹んだ…

 普段なら、正直、あの諏訪野伸明を、前にしても、もっと、夢を見ることが、できるというか…

 妄想することが、できる…

 が、

 今回は、無理…

 あの寿さんが、隣にいた…

 あの美人の寿綾乃さんが、隣にいた…

 だから、できなかった…

 寿さんは、病み上がりというか…

 正直、元気がなかった…

 が、

 病み上がりだからだろうか…

 かえって、その美貌に拍車がかかったというか…

 その美しさに凄みすら、感じることが、あった…

 だから、寿さんのおかげで、夢を見ることが、できなかった…

 寿さんのおかげで、妄想することが、できなかった…

 すべては、あの寿綾乃のせいだ…

 心の中で、八つ当たりをした…

 自分でも、バカげているが、八つ当たりをした…

 もちろん、寿さんがいても、いなくても、私が、あの諏訪野伸明をどうこうできるわけではない…

 正直、それは、わかっているが、なんとなく、怒りが、寿さんに向かったというか…

 これは、嫉妬?

 やはり、嫉妬?

 あらためて、気付いた…

 あの寿さんに、どうあがいても、勝てないと、わかった、私、高見ちづるの嫉妬…

 そう、思った…

 どうあがいても、自分が、勝てない相手と対峙した場合、どうするか?

 誰もが、諦めるものだが、なかには、嫉妬のあまり、根も葉もない噂を、周囲に流す輩(やから)もいる…

 例えば、職場で、知り合った男が、告白して、相手にフラれた場合だ…

 なかには、

 …あの女はヤリマンだ…

 …誰とでも、寝る女だ…

 とか、事実無根の噂を流す男がいる…

 自分が、フラれたのが、悔しくて、仕方がないのだ…

 だから、可愛さ余って、憎さ百倍というか…

 余計に、悔しくなる…

 だから、徹底的に、相手を悪く言いたくなる…

 私の場合も、それと、似ているかも、しれない…

 ふと、気付いた…

 そして、自分で、自分の感情に、驚いたというか…

 自分が、こんなにも、嫉妬深い人間だとは、思わなかった…

 あの寿さんが、自分に、なにか、したわけでも、ない…

 それが、まるで、生涯の宿敵のように、恨んでいる…

 それが、驚きだった…

 そして、その原因は、やはり、嫉妬だろう…

 そう、思った…

 思えば、この高見ちづるの33年の人生において、寿さんのように、美しく、しっかりした女性を見たことがなかった…

 それが、原因だった…

 すでに、何度か、説明したように、街中で、偶然、キレイな女性を見たことは、数えきれないほど、ある…

 誰でも、そうだろう…

 街中を歩けば、稀に、

 …このコ、キレイ…

 という女性に、会うことはある…

 が、

 それが、寿さんのように、中身もしっかりしていることは、稀…

 さらに、寿さんは、色っぽかった…

 大人の色気があった…

 それが、この高見ちづるとは、雲泥の違いだった…

 私、高見ちづるに、色気は、皆無…

 皆無だった(涙)…

 それが、寿さんとの違い…

 もはや、私と寿さんの二人を前に、して、男に

 …どっちを選ぶ?…

 と、聞けば、誰もが、寿さんを選ぶ…
 
 結果は、火を見るよりも明らかだった(涙)…

 だから、余計に、落ち込んだ…

 だから、余計に、凹んだ…


 その夜、米倉正造から、電話があった…

 「…ハイ…高見です…」

 私が、落ち込んだ声で、電話に出ると、

 「…高見さん? …米倉です…米倉正造です…」

 と、いう声が聞こえてきた…

 「…正造さん?…」

 「…ハイ…元気そうですね?…」

 電話の向こう側から、正造が、言う…

 が、

 その言葉は、今の私にとって、皮肉以外の何物でもなかった…

 だから、

 「…正造さん…」

 と、私は、強く言った…

 「…なんですか?…」

 「…女に恥をかかすものじゃ、ありませんよ…」

 「…恥? …どういうことですか?…」

 「…ご自分の胸に手を当てて、よく考えて下さい…」

 「…思い当たるフシは、ありませんが…」

 正造が、すっとぼける…

 私は、余計に、頭に来た…

 「…寿さんです…」

 力を込めて、言った…

 「…寿さん?…」

 「…そうです…諏訪野伸明さんの秘書の…」

 「…彼女が、どうかしましたか?…」

 「…まだ、わからないんですか?…」

 私は、思わず、怒鳴った…

 「…あんな美人を私と比べさせないで…」

 大声で、怒鳴った…

 「…勝てるわけないじゃない!…恥ずかしい!…」

 力を込めて、言った…

 私が、あまりにも、大声で言ったからだろう…

 電話の向こう側の米倉正造が、

 「…」

 と、沈黙した…

 どう、答えて、いいか、わからなかったのかも、しれない…

 また、怒鳴った私も、恥ずかしかった…

 ふと、我に返ると、恥ずかしくて、仕方が、なかった…

 だって、そうだろう…

 こんな感情は、自分の中だけに、押しとどめておくものだ…

 他者に言うべきことではない…

 自分の中だけに、隠して、おくものだ…

 これでは、コンプレックス丸出し…

 劣等感、丸出しだ…

 まるで、初めて、都会に出てきた田舎娘が、東京のキレイな女のコを見て、落ち込んだ…

 そんな感情に、似ていた…

 だから、それを、他人に、言った自分が、恥ずかしくて、仕方がなかった…

 恥ずかしくて、顔から、火が出そうだった…

 すると、だ…

 「…申し訳ありません…」

 と、正造が、言ってきた…

 「…まさか、高見さんが、そんなふうに、思うとは…」

 正造が、恐縮した…

 「…ボクは、ただ…」

 「…ただ、なんですか?…」

 「…高見さんに、諏訪野さんと、会ってもらいたかった…」

 「…どうして、ですか?…」

 「…今、米倉は、五井のサポートを受けています…」

 「…それが、私と、どういう関係が…」

 「…おおありです…」

 「…おおあり?…」

 「…高見さんは…」

 と、そこで、米倉正造は、話を止めた…

 だから、私は、気になった…

 「…高見さんは、なんですか?…」

 「…美人です…」

 米倉正造が、言った…

 私は、頭に来た…

 「…正造さん、からかわないで、下さい…」

 と、怒鳴った…

 普段なら、冗談を言っていると、軽く流すところだが、今回は違った…

 どうしても、あの寿さんの姿が、脳裏に蘇ったからだ…

 私など、足元にも、及ばない美人…

 美人の寿さんの姿が、頭から、離れることは、なかった…

 すると、

 「…おやおや、ご機嫌斜めですね…」

 と、またも、からかうように、米倉正造が、言った…

 私は、烈火の如く、怒った…

 「…当たり前です…」

 と、怒鳴った…

 「…いい加減にして下さい!…」

 と、さらに、大きな声で、怒鳴った…

 すると、正造が、突然、

 「…ハッハッハッ…」

 と、笑った…

 「…さすがは、高見さん…あれほどの美人を前にしても、全然、落ち込んでない…」

 「…なんですって?…」

 頭に来た…

 もはや、自分で、自分を制御できなかった…

 自分を抑えることが、できなかった…

 「…でも、その元気があれば、大丈夫…」

 突然、米倉正造が、言った…

 「…この先、どんなことに、巻き込まれても、大丈夫…」

 意味深に、言った…

               
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