第27話

文字数 4,471文字

 ただ、好きだから、結婚したわけではない…

 水野透(とおる)は、ただ、幼馴染(おさななじみ)の米倉好子さんが、好きだから、結婚したわけではない…

 あらためて、そう思った…

 透(とおる)には、透(とおる)の打算がある…

 計算がある…

 あらためて、気付いた…

 私は、これまで、ただ透(とおる)は、好子さんが、好きだから、結婚したと、ばかり、思っていた…

 いや、

 そう、信じ切っていた…

 我ながら、おバカさんというか…

 これでは、イマドキ、小学生にも、勝てないかも、しれない…

 人間は、年齢ではない…

 学力でもない…

 おおげさに、いえば、洞察力だ…

 これが、一番大切…

 水野透(とおる)が、米倉好子と結婚する…

 水野財閥の後継者が、困窮した米倉財閥の後継者と、結婚する…

 当然、なにか、理由があると、考えなければ、ならない…

 当たり前のことだ…

 が、

 私には、わからなかった…

 高見ちづるには、わからなかった…

 これは、やはり近過ぎたのが、原因というか…

言い訳になるが、あまりにも、身近に見知って、透(とおる)が、好子さんを、子供の頃から、好きだったと聞くと…それを、安易に、信じ込むというか…

疑いを持たなくなる…

そういうことだ…

が、

これでは、大人ではない…

子供と同じだ…

私は、思った…

私が、黙り込むと、

「…どうしたの? …高見さん?…」

と、好子さんが、心配そうに、聞いて来た…

これでは、逆だ…

真逆だ…

攻守逆転というか…

私の方が、好子さんを心配していたのに、いつのまにか、好子さんに、私が、心配されている(苦笑)…

まるで、お笑いだ…

私は、とりあえず、

「…いえ、なんでも、ありません…」

と、答えた…

「…そう…」

好子さんが、単調に、返答する…

「…私は、てっきり…」

「…てっきり、なんですか?…」

「…高見さんが、透(とおる)の真の姿というか…私と結婚した、打算が、わかって、透(とおる)に失望したと思った…」

たしかに、その通りだった…

が、

さすがに、それを、言うことは、できない…

言葉にすることは、できなかった…

すると、どうだ?

「…私、ずっと、思ってたの?…」

と、まるで、からかうような声音で、好子さんが、言った…

「…高見さんって、見た目と中身が、違うって…」

意外な言葉だった…

「…どう、違うんですか?…」

聞いて、みたくなった…

「…高見さんは、誰が見ても、しっかり者…学校でいえば、クラスの委員長とか、生徒会長とか、やっていたように、見える…」

「…」

「…でも、案外、抜けているというか、思い込みが激しい…」

「…思い込みが、激しい?…」

「…ほら、透(とおる)が、私を子供の頃から、好きだと聞くと、それを、成就するために、私と結婚したと、思っていたでしょ?…」

「…」

「…でも、現実は、違う…」

「…」

「…高見さんは、しっかりして、見えるから、もしかしたら、周囲の人間も、失礼だけれども、高見さんを、実力以上に、評価しているのかも、しれない…なんてね…」

好子さんが、笑った…

私は、文字通り、言葉を失った…

事実だったからだ…

その通りだったからだ…

好子さんは、最後に、笑いに包んで、言った…

笑い=オブラートに包んで、言った…

さすがに、笑いに包まなければ、言える言葉では、ないからだ…

が、

その通りと、思った…

同時に、もしかしたら、その言葉に好子さんの嫉妬が、含まれているのかも?

と、気付いた…

もしかしたら、好子さんが、私に嫉妬しているから、あえて、そんなことを、言うのかも?

と、訝った…

好子さんも、人間…

自分と結婚した男が、自分以上に、好きだった女が、いると、知って、動揺しないわけがないからだ…

嫉妬しないわけが、ないからだ…

が、

同時に、やはり、それは、ないとも、思った…

たしかに、好子さんが、私に嫉妬して、暴言を吐いたかも、しれない…

が、

内容は、暴言では、ない…

内容は、的を得ている…

正鵠を得ている…

ただ、好子さんは、頭に来て、つい、普段は、思っていても、口にしては、いけない言葉を言ってしまったに、過ぎない…

そう、思った…

そして、そんなことを、考えて、沈黙していると、

「…ゴメン…言い過ぎた…」

と、好子さんが、電話口で、詫びた…

「…高見さん…ゴメンナサイ…そんなに、親しい間柄でもないのに…」

好子さんが、詫びる…

が、

私は、親しい間柄ではないから、余計に、言ったのだと、思った…

なぜなら、親しき仲にも、礼儀ありというわけではないが、親しければ、親しいほど、言えない言葉も、あるからだ…

さすがに、これを言っては、相手が、傷付くかも、しれないと、慮(おもんぱか)るからだ…

が、

それほど、親しくない人間には、案外、遠慮しない部分もある…

なぜなら、たいして、親しくもないから、その人間と、いつ、どうなっても、構わないからだ…

最悪、ケンカ別れでも、いい…

だから、遠慮なく、モノを言える…

とりわけ、私や好子さんのような、関係なら、なおさらだ…

学校や会社のように、毎日、顔を会わすわけでもない…

まして、会社のように、半ば、永続的に、いっしょにいるわけでもない…

だから、遠慮なく、モノを言える…

だから、遠慮なく、本音を言える…

そう、思った…

そして、私にとっては、それが、有益というか…

遠慮なく、モノを言ってくれる方が、ありがたかった…

なにより、私が、案外、自分の実力以上に、評価されているのは、事実…

紛れもない、事実だった…

真面目で、堂々と、落ち着いて見える…

それが、いつの時代も、周囲の私に対する評価だったが、内心は、違うと、思った…

ただ、周囲の人間が、そう見ているだけだと、思っていた…

が、

評価とは、いつも、そういうものだ(笑)…

堂々としていれば、頼りがいがあり、周囲をまとめられる指導力があると、誤解される…

そんな例は、枚挙にいとまがない…

事実は、真逆…

ただ、堂々としているだけ…

が、

それも、もしかしたら、才能かもしれない…

会社でも、学校でも、中途や転校生で、やって来ても、周囲のものを、まとめられる人間は、まとめられる…

真逆に、どんなに、頭が良くても、周囲の人間をまとめられない人間は、まとめられない…

それは、結局のところ、才能が、違うからだ…

頭の良さと、ひとをまとめる才能は、一見、似ているが、実は、まるで、関係がない…

それは、ちょうど、英語ができるから、数学もできるのでは?

と、思うのと、同じくらい関係がない(笑)…

そういうことだ…

が、

当然、まったくのバカでは、ひとをまとめることは、できない…

が、

通常、そこまでの頭の良さは、必要ない…

だから、おおげさに言えば、

「…あのひとは、高卒だけれども、早稲田や、慶応のバイトを、まとめているから、凄い…」

と、飲食業などの職場で、自分以上の学歴の人間をまとめていれば、驚嘆する人間が、出る…

単純に、その人間に生まれつき、リーダーシップが、あるだけなのに、それが、わからない…

そして、ただリーダーシップがあっても、学歴が高くなければ、大きな会社では、出世できない…

当たり前のことだ…

学歴=頭がいいが、なければ、出世は、無理…

できない…

さらに、言えば、頭がいい=仕事ができる…

でなければ、出世はできない…

が、

それすら、理解できない人間が、案外、多いものだ…

私は、バイトを含めると、いくつかの会社を経験したが、案外、それが、理解できない人間も、多かった…

単純に、周囲のものを、まとめられるから、凄いと、驚嘆する人間も、多かった…

が、

それが、まだ、若ければ、いい…

高校や大学を出たばかりならば、まだいい…

が、

稀に、40歳を過ぎても、わからない人間も、いた…

それが、私には、驚きだった…

が、

わからない人間は、何歳になっても、わからない…

中には、

…オレは仕事ができたのに、学歴がないから、出世できなかった…

と、嘆く輩(やから)も、いた…

私は、それを、見て、その仕事とは、なんだ?

と、当時、思ったものだ…

例えば、高卒でも、単純に、手が速く、パソコンの入力作業が速いものが、大卒の社員が、トロトロと、入力が、遅ければ、アイツは、使えない! と、嘆く…

が、

その高卒の人間には、それ以上の仕事は、与えられないから、入社して、十年経っても、ずっと、そのパソコンの入力作業をやらされることになる…

つまり、入社以来ずっと、同じ立ち位置で、仕事を続けることになる…

そして、頭のいい人間は、皆、その人間を追い抜く…

だから、追い抜かれた人間の不満が、溜まる…

そういうことだ…

そして、そういう人間を見て、気付いたことは、すべからく、そういう人間は、相手の能力を探る力が、ないことだった…

例えば、大卒なら、どこの大学を出ているから、あそこは、偏差値が高いから、頭が、いいとか?

あるいは、

英検の一級の資格を持っているらしいと、聞けば、それが、どれほど、難しい試験か否か?

普通は、考えるものだ…

が、

それができない…

いわゆる、与えられた仕事を、自分は、完璧にこなすから、優れていると、自負する…

要するに、評価の基準が、それ以外に、なにもない(笑)…

なにより、他人の頭が、わからない…

誰もが、いっしょの職場にいたりすれば、自分が直接話したことのない相手でも、その相手が、どんな話をしているか、聞いていれば、その人間の学歴などは、なんとなく、わかるものだが、それが、できない…

私にとって、それは、驚き以外のなにものでもなかった…

そして、その経験が、後年、役に立った…

金崎実業に、入社しても、おおげさに言えば、大抵のことに驚かなくなったというか(笑)…

ちょっと、変わったひとを見ても、

…ああ、こういうひと、いた! いた!…

と、納得した…

人間は、類型化というと、おおげさだ、例えば、10通りとか、20通りとかに、分けられる…

だから、ある人間を見れば、大抵は、同じようなタイプの人間にあったことがあった…

だから、そういう人間は、どういう人間か、すぐに、わかった…

それが、役に立った…

そして、それを、考えれば、私…

私、高見ちづるも、同じ…

例外ではない…

私を見て、

…ああ、こういうタイプの女、いた! いた!…

と、内心、思っている人間も、多いはずだ…

そして、その人間は、私をどう評価したのだろう…

しっかり者のお姉さん…

小柄だけれど、美人…

そんなあたりだろうか?

厳密には、他人がどう考えているか、わからないが、おおむね、そんなところだろう…

が、

ひとつだけ、わかることがある…

誰もが、自分以上に、自分を評価する人間は、いないということだ…

自己評価は、常に、他人の評価を上回る…

そういうことだ(爆笑)…

だから、そんなことを、考えれば、今、例に挙げた、学歴は、低いから、出世できなかったと、嘆く人間を、私も笑うことは、できないのかもしれない…

自己評価が高いのは、同じだからだ…

そして、私が、そんなことを、考えていると、好子さんが、

「…高見さん…」

と、言ってきた…

「…ハイ…」

「…透(とおる)が、やっぱり、高見さんと、結婚したいと、言ったら、どうする?…」

と、聞いてきた…

              

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