第92話

文字数 4,366文字

…エッ?…

 一体、なんで?…

 一体、どうして?…

 パニクった…

 一体、どうして、好子さんと透(とおる)の離婚が、私のせいなんだ?

 私は、思った…

 すると、

 「…高見さん…気付いていないみたいね…」

 と、好子さんが、いたずらっぽく笑った…

 「…なにに、気付いていないんですか?…」

 「…春子のオバサマ?…」

 「…春子さん? …透(とおる)さんの母親の?…」

 「…そう…」

 「…春子さんが、どうかしたんですか?…」

 「…高見さん…春子のオバサマに会ったでしょ?…」

 「…ハイ…お会いしました…」

 「…アレ、どうして、春子のオバサマが、高見さんに会いたかったか、わかる?…」

 「…いえ…」

 「…透(とおる)が、私と別れたら、次に透(とおる)と、結婚するかも、しれない女を、春子さんは、探していたの…」

 「…エッ?…」

 「…とにかく春子のオバサマは、せっかちで、気が短い…水野と米倉の提携が、ダメだとわかったら、すぐに、良平のオジサマから、聞いた、透(とおる)が、好きだった高見さんに興味を持ち、会った…」

 「…」

 「…それで、春子のオバサマは、高見さんを、気に入った…つまり、透(とおる)が、私と離婚しても、次の透(とおる)のお嫁さん候補を、見つけたと、思った…」

 「…」

 あまりの展開に、言葉も出なかった…

 あの春子が、私を透(とおる)のお嫁さん候補として、見たのは、先日、正造と会ったとき、正造の口から聞いた…

 しかし、

 しかし、だ…

 私を見て、透(とおる)が、好子さんと離婚しても、次のお嫁さん候補が見つかったと、喜び、透(とおる)と、好子さんの離婚に、ゴーサインを出したとは、思わなかった…

 それでは、あまりに、せっかち過ぎる…

 あまりに、性急過ぎる…

 なにより、まだ、透(とおる)と、好子さんは、離婚していない…

 にもかかわらず、私に一度会っただけで、離婚にゴーサインを出すとは?

 あまりに、性急過ぎて、笑ってしまう…

 これでは、まるで、お笑いだ…

 「…私も、それを透(とおる)から、聞いたときは、愕然としたわ…」

 好子さんが、屈託なく笑った…

 私は、それを見て、不思議だった…

 今の話では、要するに、透(とおる)が、好子さんの次に、結婚する相手を見つけたから、透(とおる)と、好子さんを、離婚させたということになる…

 だから、普通ならば、怒るところだ…

 が、

 目の前の好子さんには、そんな怒るそぶりも、なにもなかった…

 だから、

 「…どうして、ですか?…」

 と、聞いた…

 聞かずには、いられなかった…

 「…どうして、そんな真似をされて、怒らないんですか?…」

 私の剣幕に、好子さんは、驚いた様子だった…

 が、

 私に、言わせれば、その質問に、驚く好子さんの方が、驚きだった…

 すると、

 「…やっぱり、変かな…」

 と、好子さんが、苦笑した…

 「…変ですよ…」

 私は、即答した…

 「…高見さんが、そう思うのは、わかる…でも…」

 「…でも、なんですか?…」

 「…あの春子のオバサマ…子供の頃から、知っているのよね…」

 「…エッ?…」

 「…ほら、父の平造と、透(とおる)の父親の良平のオジサマとは、仲が良かったでしょ? …だから、互いに、子供を連れて、お互いの家を行き来していたから、春子のオバサマのことも、子供の頃から、知っているの…」

 「…」

 「…だから、かな…こんな真似をされても、憎むことは、できない…」

 「…」

 「…それと…」

 「…それと、なんですか?…」

 「…春子のオバサマは、やっぱり、水野の家のことを、一番に考えている…当たり前よね…オバサマは、水野の正統後継者…水野本家の跡取り娘…だから、なにをおいても、水野が生き残ることを、最優先に考えている…」

 「…」

 「…だから、水野の存続を一番に考えたとき、米倉と縁を切るのが、一番いいと考えたとしても、不思議はない…」

 「…」

 「…そして、私も、それを恨むことは、できない…なにより、オバサマには、子供の頃、さんざん、可愛がってもらったもの…」

 「…可愛がってもらった? 好子さんを、ですか?…」

 「…ええ…」

 「…だったら、こんな真似をされたら、余計に頭に来るんじゃ…」

 「…いいえ、来ない…」

 好子さんが、即答した…

 真剣な表情で、否定した…

 「…どうしてですか?…」

 「…私も、また、春子のオバサマと同じく、米倉の正統後継者だから…」

 「…エッ?…」

 「…私が、春子のオバサマの立場ならば、オバサマと同じ決断をする…借金まみれの米倉を切る決断をする…」

 「…」

 「…そして、もう一つ…」

 「…なんですか?…」

 「…水野の元では、米倉は、埋没する…米倉は、金輪際、陽の目は見ない…」

 「…」

 「…だから、米倉にとっては、水野の下に着くのは、賢明な判断ではない…」

 「…」

 「…もちろん、私個人としては、こんなに早く、透(とおる)と、離婚するのは、嫌よ…でも、米倉の跡取り娘としては、賢明な判断…いつまでも、水野といては、米倉は、水野に完全に取り込まれる…水野の配下になってしまう…」

 「…だったら、五井は? …米倉は、五井の下に…」

 「…五井は、一見、巨大に見えるけど、あそこは、連合体…」

 「…連合体?…」

 「…五井、十三家の寄り合い所帯…本家の力は、それほど、強くない…」

 「…」

 「…だから、うまくいけば、米倉は、五井の十四家目の立ち位置で、五井家内で、生き残ることができる…それなりに、五井家内で、権力を持つことができる…」

 好子さんが、豪語した…

 私は、驚いた…

 今まで、そんなことを言う好子さんを見たことがなかったからだ…

 「…もっとも、これは、兄の…正造の受け売りだけれど…」

 と、好子さんは、付け加えた…

 カミングアウトした…

 「…正造さんの…」

 「…兄もまた、米倉一族…できるならば、米倉の消滅は避けたい…」

 「…」

 「…今回の兄の行動も、それが、規範というか…兄の行動の根底に、米倉の生き残りがある…」

 「…」

 「…でも、まあ、運が良かった…ロシアとウクライナが戦争をして、エネルギー関連の価格が跳ね上がって、それが、偶然、大日産業の子会社が、先物取引で、大量に買い込んでいたのが、急上昇して、大日グループの借金が帳消しになるなんて…こんなことが、世の中にあるんだと、思わずには、いられなかった…」

 「…」

 「…だから、米倉は、水野とは縁切り…これで、よかった…」

 好子さんが、ホッとして言う…

 私は、今さらながら、この好子さんの中に、ただの米倉好子という女性と、米倉家を今後背負ってゆく覚悟の女性が、いると、思った…

 いわば、二人の女性が、いると、思った…

 一人は、ただの女…

もう一人は、由緒ある、お金持ちの跡取り娘…

家の存続を最優先する跡取り娘だ…

そして、おそらく、どちらの自分を優先するかといえば、家の存続を最優先する女…

だから、それを考えれば、米倉は、水野と別れて、正解だった…

半年前は、借金まみれだったから、水野の下に入るしかなかった…

が、

今は、違う…

借金はなくなった…

ならば、いち早く、水野の下から、逃げ出し、他のスポンサーを探す…

そういうことだろう…

変な話、今の若い娘のパパ活と同じだ…

要するに、自分一人では、生きて行けない…

だったら、少しでも、自分にとって、条件の良いパパを探す…

それと、同じだ…

きれいごとは、言うまい…

米倉にしても、パパ活をせざるを得ない、若い娘にしても、生きねば、ならない…

なんとかして、生き残らなければ、ならない…

そして、そのためには、少しでも、自分にとって、良い条件を提示してくれる相手を探すこと…

これが、必須…

米倉にとって、水野よりも、五井の方が、条件が、いい…

そういうことだ…

私は、思った…

そして、そんなことを、考えていると、あの秋穂を思った…

あの秋穂は、本当に、澄子さんの娘なのか?

考えた…

だから、そのことを、この好子さんに、聞こうと、思った…

が、

この好子さんが、果たして、あの秋穂さんを知っているのか?

ふと、気付いた…

あの秋穂さんと、この好子さんは、面識がないはずだ…

いや、

そうではない…

面識はないかも、しれないが、あの秋穂さんは、透(とおる)と、いっしょに、フライデーに、写った…

泥酔した、好子さんの元の夫の透(とおる)と、腕を組んでいるところを、写真に撮られた…

そして、それを、きっかけに、透(とおる)と、好子さんは、離婚した…

二人は、別れた…

だから、この好子さんが、あの秋穂さんを、直接、知らなくても、あの写真を通じて、知っているはずだ…

そう、思った…

だから、私は、

「…好子さん、一つ、お聞きして、いいですか?…」

と、慎重に、聞いた…

ゆっくりと、好子さんの反応を、窺いながら、聞いた…

「…なに…高見さん?…」

「…秋穂さん…泥酔した透(とおる)さんと、腕を組んでいるところを、フライデーに掲載された、お嬢さんですが、好子さんは、ご存知ですか?…」

 途端に、好子さんの顔色が、変わった…

明らかに、それまでとは、態度が、変わった…

表情が、途端に、ぎこちなくなった…

「…ええ、知っているわ…」

好子さんは、答えたが、その声が、わずかに、震えていた…

動揺しているのは、明らかだった…

「…私と、透(とおる)の結婚に、終止符を打ってくれた娘…」

「…」

「…いえ、私と透(とおる)の離婚の引き金を引いた娘と、言っても、いい…」

「…」

「…あの娘が、いなければ、こんなにあっけなく、私も、透(とおる)と、離婚することは、なかった…」

しみじみと、言った…

「…だから、本当のことを言えば、恩人かも、しれない…」

「…恩人?…」

つい、言ってしまった…

まさか、あの秋穂に、対して、好子さんが、恩人なんて、言うとは、考えも、しなかったからだ…

「…どうして、恩人なんですか?…」

私は、聞いた…

聞かずには、いられなかった…

「…だって、高見さん…よく考えて?…」

「…なにを、ですか?…」

「…あのとき、透(とおる)と、あの娘が、腕を組んで、写真を撮られたから、私は、透(とおる)と、離婚できた…米倉は、水野と別れることが、できた…」

「…」

「…だから、考えように、よっては、恩人でしょ?…」

「…」

…言葉もなかった…

言われてみれば、まさに、その通り…

その通りだったからだ…

「…もちろん、あの娘の背後に、誰か、いることは、わかっていた…」

意味深に、言う…

「…春子さんですか?…」

私は、言った…

先日、透(とおる)が、言ったからだ…

私は、それを、思い出して、言った…

私の言葉に、好子さんは、

「…ううん…」

と、首を横に振った…

「…では、どなたですか?…」

「…良平のオジサマも、いっしょ…」

笑みを浮かべながら、言った…

                
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