第13話

文字数 4,475文字

 「…頭痛の種?…」

 思わず、言った…

 水野良平の言葉を繰り返した…

 自分でも、まずいと思ったが、後の祭りだった…

 が、

 隣の水野良平は、私の言葉を気にしていない様子だった…

 「…ハイ…」

 と、力なく、言った…

 それから、黙った…

 一言も、口を利かなかった…

 よほど、嫌だったのだろう…

 なにも、言わなくなった…

 それまでの饒舌(じょうぜつ)が、ウソのようだった…

 それまで、私と普通に、会話していたのが、ウソのように、押し黙ったままだった…

 車内には、不気味な沈黙が続いた…

 いや、

 不気味とまでは、言えないが、正直、気まずかった…

 例えて、言えば、それは、見知らぬ者同士が、エレベーターで、二人きりで、乗り合わせるようなものだった…

 二人きりで、エレベーターの狭い密室で、短い時間だが、過ごす…

 見知らぬ者同士だから、ハッキリ言って、息が詰まる…

 それと、似ている…

 その間に、ただ、クルマが、走った…

 走り続けた…

 だから、私は、

 「…会長…これから、どこへ?…」

 と、聞いた…

 不安になったからだ…

 まさか、この水野良平が、私になにかするとは、到底思えないが、やはり、不安になった…

 いかに、父子ほど、歳の離れた年齢とは、いえ、男と、女…

 不安にならない方が、おかしかった…

 「…実は、私の家に、向かってます…」

 水野良平が、遠慮がちに言った…

 「…会長の家に?…」

 「…ハイ…」

 と、言ってから、少し時間を置いて、

 「…さきほどのまでの高見さんとの会話から、私の家に招いて、大丈夫だと、確信しました…」

 「…確信した? …どういうことでしょうか?…」

 「…高見さんは、こちらの事情を呑み込んでいます…だから…」

 「…だから…」

 「…一度、妻に会ってもらえないでしょうか?…」

 「…奥様に? …ですか?…」

 「…ハイ…」

 「…なぜ、私が、会長の奥様に?…」

 「…実は、妻が…春子が、高見さんに、興味を持って…」

 「…私に興味を?…」

 「…ハイ…」

 たしかに、そう言われれば、わかる…

 この水野良平は、息子の透(とおる)が、私を好きだと、思ったから、私に興味を持った…

 おそらく、それと同じだろう…

 血が繋がってないとは、いえ、透(とおる)は、この水野良平の妻の息子…

 その息子が、好きだった女が、どういう女だったのか、興味を持っても、おかしくはない…

 いや、

 興味を持つのが、当たり前だ…

 …でも、どうして?…

 …どうして、今なんだろ?…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 私に興味があるのならば、前回というか…

 水野透(とおる)が、米倉好子と結婚する前に、私に会えば、よかったはずだ…

 だが、

 あのときは、姿を現さなかった…

 それが、今に、なってなぜ?

 疑問だった…

 だから、その疑問を、直接、水野良平に、聞いた…

 「…会長…奥様は、どうして、私に会いたいと…」

 「…それは…」

 水野良平は、言い淀んだ…

 「…それは…」

 「…それは、やはり、透(とおる)の一件です…」

 「…透(とおる)さんの?…」

 「…ハイ…透(とおる)が、私に牙を剥いた…きっと、そのことで、妻の春子の心にも、心境の変化があったというか…」

 「…心境の変化…ですか?…」

 「…透(とおる)が、私に牙を剥いた…いや、牙を剥くとまでは、言えないが、私の言うことを利かなくなった…すると、女は、どうしても、透(とおる)が、結婚した好子さんのせいでは? と、考えるものです…」

 「…好子さんの?…」

 「…ハイ…結婚して、男が、変わる…例えば、野球選手を例に取れば、それまで、お金にこだわらなかった選手が、結婚して、いきなり年俸交渉で、ねばる姿勢を見せれば、誰もが、奥さんの影響を考える…」

 「…」

 「…それと同じです…」

 たしかに、それは、わかる…

 独身時代に、金にうるさくなかった男が、

 「…金…金…」

 と、言い出せば、誰もが、奥さんの影響を考える…

 奥さんに尻を叩かれている?と、想像する…

 が、

 どうして、今なのだろうか?

 私は、思った…

 私に会いたければ、この水野良平同様、透(とおる)が、好子さんと、結婚する前に、私に会えば、良かったのではないか?

 この水野良平といっしょに、私に会いに来れば、良かったのではない?

 私は、考えた…

 だから、

 「…でも、どうして?…」

 私は、聞いた…

 「…どうして、今なんですか?…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…私に会いたければ、透(とおる)さんが、結婚する前に…会長といっしょに、私に会いに来れば…」

 「…たしかに、おっしゃるとおりですが、あのときは、透(とおる)の結婚は、私が、押し切りました…」

 「…会長が?…」

 「…ハイ…さっきも、言ったように、私は、幼い透(とおる)を、無理やり、水野本家に連れてきて、養子にした…その負い目があった…だから、透(とおる)が、好子さんと、結婚したいと、言うと、強引に妻を押し切ったというか…頼み込んだ…」

 「…」

 「…だから、妻は、なにも、言わなかった…」

 「…」

 「…ですが、今回、私が、高見さんと会うと言うと、妻も思うところがあったのでしょう…」

 「…思うところ?…」

 「…こう言っては、語弊があるかもしれないが、もし透(とおる)が、好子さんでなく、高見さんと結婚すれば、違ったかも、しれないと言うことです…」

 「…私と結婚すれば、違った?…」

 「…男も女も、どんな異性と、いっしょになるかで、変わります…ハッキリ言えば、影響を受ける…」

 「…影響を受ける…」

 「…人間は、環境に左右されます…まして、結婚すれば、恋人ではなく、家族になります…つまり、おおざっぱに言えば、仕事を除く時間は、いっしょにいることになる…だから、互いに影響を受ける…」

 「…」

 「…そして、互いに少しずつ変わる場合が、多い…」

 「…つまり、会長は、透(とおる)さんが、変わったのは、好子さんのせいと…」

 「…そこまでは、言いません…ですが…」

 曖昧に、言い淀んだ…

 が、

 それは、ウソ…

 明らかに、ウソだった…

 この水野良平は、明らかに、透(とおる)の変貌を、米倉好子のせいと、疑っている…

 が、

 それを、あからさまに言うことは、できない…

 だから、曖昧に、口ごもる…

 そういうことだ…

 が、

 それは、それ…

 これは、これとして、どうして、今、この水野良平の妻が、私に会いたいか?

 謎だった…

 なぜなら、今さら、私の出番は、ないはずだった…

 まさか?

 まさか?

 今さら、透(とおる)が、米倉好子と、別れ、私と結婚するとでも、言いだしたわけでは、あるまい…

 あのとき、米倉が、経営危機に陥ったときに、水野は、米倉を助ける条件として、

 …私か、好子さんのどちらかが、透(とおる)と、結婚することを、望んだ…

 つまりは、水野は、米倉を助けるのに、透(とおる)が、私と、好子さんと、どちらかが、透(とおる)と、結婚すれば、米倉に融資すると、約束した…

 好子さんは、米倉の人間なのだから、言葉は、悪いが、水野透(とおる)と、結婚することで、米倉から、融資を受けるのは、わかる…

 が、

 なぜ、好子さんでなく、私が、透(とおる)と、結婚しても、米倉は、水野を助けると言ったのかは、正直、謎だった…

 なぜなら、私と、米倉は、無関係…

 なにも、関係がなかったからだ…

 ただ、ルックスが、似ているだけ…

 同じように、身長が、155㎝程度と、小柄で、同じように、女優の常盤貴子に似ている…

 それだけだった…

 が、

 実は、それだけでは、なかった…

 好子さんの弟の新造さんが、後に、言ったが、実は、私も、米倉一族だった…

 四代か、五代前の先祖が、米倉一族だった…

 米倉家で、兄弟だった…

 だから、私と、好子さんは、似ていたのだ…

 そう、言われると、わかった…

 そう、言われると、納得した…

 そんな四代か、五代前の、見たことも、会ったこともない先祖でも、血の繋がりがあった…

 そう、言われれば、誰もが、納得する…

 他人の空似よりも、遥かに、納得するものだ…

 が、

 だからと言って、私が、透(とおる)と、結婚することで、水野が、米倉を融資する理由には、ならない…

 現時点で、私は、米倉とは、なんの関係もないからだ…

 あのとき、私が、

 「…私の結婚相手は、私が、決めます…」

 と、啖呵を切ったことで、透(とおる)は、私との結婚を諦めた…

 そして、その直後、好子さんが、

 「…透(とおる)と、結婚する…」

 と、断言したことで、治まった…

 米倉好子が、水野透(とおる)と、結婚することで、米倉は、水野の融資を受ける…

 つまりは、好子は、人身御供というか…

 おおげさに言えば、金を貸してもらう代わりに、自分の身を提供したわけだ…

 が、

 今、考えてみれば、違うのではないか?

 ふと、気付いた…

 あのとき、水野透(とおる)は、米倉好子でも、この高見ちづるでも、どっちかと、結婚できれば、水野は、米倉を融資すると、言った…

 そして、それは、今考えてみれば、融資の条件を拡大したのでは、ないだろうか?

 つまりは、あらかじめ、好子が、透(とおる)との結婚を、拒否しても、この高見ちづると、結婚すると、すれば、水野は、米倉に融資する…

 そして、後から、わかったが、私もまた米倉一族だった…

 だから、水野が、米倉に融資するにあたり、どうしても、周囲の人間を、説得する必要がある…

 なんの見返りもなく、金を貸すのは、周囲の人間が、納得しないからだ…

 水野の関係者が、納得しないからだ…

 だから、あのとき、透(とおる)は、好子さんや、私との結婚を熱望したのではないか?

 つまりは、透(とおる)の本音は、米倉を救いたかった…

 だから、わざと、自分と結婚するという条件をつけたのではないか?

 そして、それを、あの米倉好子は、気付いたのではないか?

 好子と透(とおる)は、幼馴染(おさななじみ)…

 子供の頃から、互いを見知っている…

 だから、互いの考え方というか、行動パターンも、わかっているはずだ…

 つまりは、あのとき、透(とおる)が、なんとかして、米倉を救おうとしていることに、好子は、気付いたから、透(とおる)と、結婚しようとしたのでは、ないか?

 それが、真相ではないか?

 私は、思った…

 思ったのだ…

 そして、当然、透(とおる)が、あのとき、なにを考えていたのか、この水野良平は、知っていたに違いない…

 なぜなら、透(とおる)は、実父である、この良平に事前に、米倉を救済する考えを明かしていたに違いないからだ…

 そうでなければ、あのとき、あんなに堂々と、

「…高見さんか、好子が、どっちかが、ボクと結婚すれば、水野は、米倉を救済する…」

なんて、言葉は、言えない…

すでに、父親の言質を得ていたからに、違いなかった…

そして、あのときまでは、この水野良平と、透(とおる)は、仲が、良かった…

が、

現在は…

それを思えば、暗澹たる気持ちになった…

              

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