入生田萌香(9)

文字数 1,137文字

 萌香は三日後の水曜日、夕食後に祖父の重国に書斎に来るよう求められた。
 彼女の家では食事中に会話をすることなど下品なことであり、その場で話をしなかったのは別段珍しいことではない。だが、夕食のテーブルでの不愛想な重国の表情や、両親の雰囲気、重国からの伝言を伝えに来た使用人のおどおどした態度から、これが、あまり楽しい話ではなかろうことは明白であった。

 萌香は重国の書斎のドアをノックし、入室の許可を求める。それには、彼自身の声で「入りなさい」との応えが返ってきた。
 部屋に入ると、物々しい机に重国が不機嫌そうに座っている。
 彼のその雰囲気は、この部屋そのもの。壁の四面に設えられた天井まで届く書棚に、隙間なく詰め込まれた分厚い難解な書名の古い本たちが醸す、無学な人を軽蔑する様な、高みから見下す威圧感というもの……。
「そこに座りなさい」
 重国は何も示さなかったが、本棚の前の椅子に座れと云うことだろう。ここで床に胡坐(あぐら)を掻いたりする様な冗談は、間違っても萌香にすることは出来ない。
 萌香が椅子に腰掛けると、重国は如何にも話したくないと云った風情で重い口を開く。但し、話をする為に呼んでおいて、話したくない訳は無いので、当然、これは彼のポーズに他ならない。
「何で呼ばれたか、分かって居るか?」
「何のことかしら?」
 萌香は寧樹の指示に従って、軽く嘯く。萌香には、尊敬する祖父の前では緊張して上手に話す自信が無かったのだ。
「お前、異星人討伐隊に志願したそうじゃないか?」
 萌香は予想された事態ではあったのだが、「もうバレた」とも思う。
「はい。お祖父様の(おっしゃ)る、異星人排斥論にわたくし(いた)く感銘を受けて居りますの。ですから、わたくしもお祖父様のお力になりたくて、異星人討伐の手助けをしようと思って居りますのよ」
 一瞬、重国の顔に照れの様な表情が浮かびそうになったが、彼は表情を荒々しいものに戻し、自分の手は大丈夫なのかとばかり、強く机の厚い表板を叩いた。
「お前などに、異星人討伐隊が務まる訳がない。直ちにその様な考えは捨てなさい!」
 萌香には、これも予想された祖父の反応であった。生意気な彼女ではあったが、祖父が彼女のことを思ってのことであり、本気で萌香をただの無能と決めつけている訳ではないことも、当然の様に分かっていた。
「お祖父様、お話はそれだけかしら? わたくしが異星人討伐隊の隊員に相応しくないのであれば、入隊選抜試験がありますので、それで不合格になる筈ですわ。でも、わたくし、合格できる自信がありますの」
「な、何!」
「だって、わたくし、入生田重国の血を引く、孫なのですもの」
 萌香は、彼女の台詞に返す言葉を失くした祖父を尻目に、ニッコリと笑い、軽く一礼をして重国の書斎を後にした。
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登場人物紹介

入生田萌香


この物語の主人公。ゴーラ女学院付属女子高の二年生。祖父は、異星人排斥論者で知られる政界の大立者、入生田重国。気位の高いお嬢様と思われているが、実は気が弱く自分に自身を持てない少女。寧樹という謎の女性に助けられ、彼女が憑依することを許可する。そして、寧樹から入生田家の未来を見せられ、それを阻止すべく異星人討伐隊の一員(非常勤隊員)となる。

寧樹


萌香に憑依した謎の女性。腕輪を外すことで、全ての悪魔能力を解放でき、その擬態能力で「サント・ネイジュ」に変身する。従姉妹のサーラに頼まれ、この時空を救う為にやって来た。

小田原平蔵


異星人討伐隊隊長。人間ながら超人的な筋力と体力を持っている。

風祭隼


異星人討伐隊隊員。射撃を得意としている。

板橋羽根子


異星人討伐隊隊員。データや暗号解析のスペシャリスト。実戦はあまり得意ではない。

湯本譲治


異星人討伐隊隊員(非常勤隊員)。専門は作戦の立案。戦闘では日本刀を使う。

大悪魔女帝


剛霊武獣を操り、社会を混乱に陥れようとしている大悪魔軍団のリーダー。マスクとキャットスーツに身を包んだお喋りで小物感あふれる女性。寧樹と同様に大悪魔能力と魔法を自在に操ることが出来る。

ブラウ


大悪魔女帝に仕える大悪魔。『三つの質問』なる大悪魔能力を持ち、サント・ネイジュの謎に迫る。

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