魅了する甘い香り(9)

文字数 1,528文字

「どう致しましょう、寧樹……」
 萌香が心配そうに寧樹に訊ねた。だが、寧樹はと云うと、左程慌てた素振りもない。
「大丈夫よ、萌香。先ず、私たちには瞬間移動がある。逃げようと思ったら、何時でも逃げられるわ」
「でも、それじゃ、塔野さんや宮ノ下さんが取り残されてしまいますわ。それに……、彼らも可哀想……」
 萌香がそう言うのを聞いて、寧樹は思わず笑いを零していた。それには萌香も少しムッとする。
「何が可笑しいのですの?!」
「あ、ご免、ご免。なんか、萌香らしいなって思ってね……。そうね。少し可哀想かな」
 寧樹はそう心の中で萌香に言うと、火取黒筋の方へと歩いて行った。そして、どこから取り出したのが、金色の丸薬を彼に差し出したのである。
「さ、これを飲みなさい。パパの友だちが造った金丹って言う治療薬よ。これなら死んでない限りは、殆どの病気や怪我を治療できる。あなたの切り傷も治る筈だわ」
 黒筋はそれを聞いて迷わず丸薬を飲んだ。それ程、股間の痛みが激しかったのと、仮に毒薬だったとしても、もうどうでも良いと自暴自棄な気持ちになっていたからである。
 勿論、金丹は毒薬ではない。彼はその薬の作用で信じられない回復力を得、切りとられたコレマタは傷口から再生し、元の形へと伸びていったのである。
「ど、どうして俺に……?」
「さあね」
 寧樹は「萌香が、あなたたちのことを可哀想だと言ったからだ」と言おうとしたが、止めておいた。別に態々言うこともない……。
「それより、早く逃げないと! 『ヒッコリーホーンド』と言うのは、我々の開発した幼虫型巨大生物なんだ! こんな場所など簡単に潰されてしまう!」
 今度は火取志郎が慌ててネイジュに助言を伝える。だが、それもネイジュは余り気にしていない様であった。
「大丈夫よ。あなたたち、人間を何だと思っているの? 人間ってのは、矢鱈好戦的で、破壊兵器や殺戮兵器を造らせたら、宇宙でも1、2を争う強者なのよ。怪獣が生きてここまで来れる訳ないじゃない! 勿論、そんな怪獣、私に掛かれば1分も要らないしね」
 それには3人の異星人も、唖然として言葉が無い。逆に萌香は、そんな人類と云うものの野蛮さを考え、情けなさに溜息が出そうになる。
「それから、コメット小隊長以下、外にいた、あなたたちの仲間は、異星人討伐隊と早雲山さんに依って大半が逮捕されたみたいよ。射殺された人も、少なくなかったみたいだけどね……」
 そう言ってから、ネイジュはシャッターの方に歩いて行って、左手の拳をその鉄の扉の脇の壁に向け、右手をその手首に添える。
 1分後、ネイジュの光線砲により、壁は簡単に吹き飛び、全員が脱出できる新たな通路が創出された。
「さ、みんな出ましょうか……」
 寧樹はそう言って、穴から部屋の外に出ようとした。だが、言い忘れたことがあるらしく、彼女は振り返り、3人の異星人にそれを伝えた。
「あなたたち、この地球に巨大なシダ植物の生えた熱帯雨林なんか、もう、どこにも存在しないわよ。だから、侵略したところで何の得にもならないからね」
 寧樹は先程、コメットに侵略目的を問い質している。彼女は目の前にいなかったので、彼女自身の心を読むことは出来なかったのだが、その質問に反応した3人からは、しっかり彼らの侵略目的を聞くことが出来ていたのである。
「そんなことはない! 我々は超高感度望遠鏡を使って、この星の状況をこの目で確認したのだ!」
「あなたたちの星、2億光年以上離れているでしょう? そんな植物が生えていたのは、2億年くらい昔の話よ。あなたたちが見たのは、昔の地球の姿じゃないの?!」
 ネイジュはそう言ってから壁を抜け、彼らの視線が切れた所で、そっと瞬間移動を行ったのである。
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登場人物紹介

入生田萌香


この物語の主人公。ゴーラ女学院付属女子高の二年生。祖父は、異星人排斥論者で知られる政界の大立者、入生田重国。気位の高いお嬢様と思われているが、実は気が弱く自分に自身を持てない少女。寧樹という謎の女性に助けられ、彼女が憑依することを許可する。そして、寧樹から入生田家の未来を見せられ、それを阻止すべく異星人討伐隊の一員(非常勤隊員)となる。

寧樹


萌香に憑依した謎の女性。腕輪を外すことで、全ての悪魔能力を解放でき、その擬態能力で「サント・ネイジュ」に変身する。従姉妹のサーラに頼まれ、この時空を救う為にやって来た。

小田原平蔵


異星人討伐隊隊長。人間ながら超人的な筋力と体力を持っている。

風祭隼


異星人討伐隊隊員。射撃を得意としている。

板橋羽根子


異星人討伐隊隊員。データや暗号解析のスペシャリスト。実戦はあまり得意ではない。

湯本譲治


異星人討伐隊隊員(非常勤隊員)。専門は作戦の立案。戦闘では日本刀を使う。

大悪魔女帝


剛霊武獣を操り、社会を混乱に陥れようとしている大悪魔軍団のリーダー。マスクとキャットスーツに身を包んだお喋りで小物感あふれる女性。寧樹と同様に大悪魔能力と魔法を自在に操ることが出来る。

ブラウ


大悪魔女帝に仕える大悪魔。『三つの質問』なる大悪魔能力を持ち、サント・ネイジュの謎に迫る。

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