魅了する甘い香り(6)
文字数 1,501文字
向かい合った湯本隊員の両手首を、敵はそれぞれ両の手で抑えていた。これでお互いに両手が使えない。
ここで湯本隊員は顎を引いて顔面への頭突きを警戒した。相手も自分も、この体勢では相手の顔面に頭突きをぶち込むしか、攻撃の方法が無い筈なのだ。
だが、湯本隊員の見ていなかった角度から、左脇腹に強烈なボディブローが襲いかかってきた。これには若い湯本隊員も、思わず苦痛に顔を歪めてしまう。
何が起こったのか?
彼が敵の身体を確認してみると、敵の脇の下辺りから、もう1対の腕が生えていた。彼は新たに生えた敵の右腕から、フック気味のボディブローを喰らっていたのだ。
湯本隊員は、自分が圧倒的に不利な状況にあるのを理解した。両手は封じられている。蹴りを入れるには間合いが近すぎる。恐らく頭突きは、相手も充分に警戒しているに違いない。
湯本隊員は進退窮まった。
そんな彼のピンチを救ったのは小田原隊長であった。小田原隊長は、自分に襲いかかった敵に対し、発砲することなく、拳で相手を倒している。そして、板橋隊員に襲いかかっていた敵には、跳び蹴りを喰らわし、返す形で湯本隊員を制していた敵の脇腹に強烈な正拳の一撃を見舞っていたのだ。
残りの一人は風祭隊員が射殺しており、板橋隊員から隊長によって引き離された敵も、彼が冷静に射殺していた。
異星人討伐隊には、異星人テロリストをその場で殺害する権限が与えられている。だが、その権限があるにも関わらず、抵抗しない異星人を殺すことを決して彼らはしなかった。それは、彼らのポリシーでもあった。だが、抵抗してくる異星人には、そのような甘いことを言ってはいられない。彼らは、想定外の方法で反撃をしてくる可能性があるからだ。
それは湯本隊員も充分に知っている。だが、若い彼は、襲ってくる敵に発砲することが出来なかった。異星人と言えども、人を殺すと云うことに躊躇が出てしまったのだ。
彼は背中に担いでいた剣を抜いた。
もう、躊躇しない……。
こいつは凶悪犯だ。こいつを逃したら、罪の無い人が被害に遭う。湯本隊員はそう思った。そして、小田原隊長の一撃で怯んだ敵の腰車を、一気に薙ぎ払っていた。
「相手を殺してしまった……。もう僕は、全うな人生など、送れないのだろうな……」
彼はそう思う。しかし、それが彼の選んだ道であったのだ。
「終った……」
異星人討伐隊全員がそう思った……その瞬間、異変は始まった。
湯本隊員の一撃で虫の息となった男が、苦しい息づかいで、「ヒッコリーホーンド」と呟いたのである。すると、湯本隊員が何事なのかと見回すと同時に、地震かと思われる揺れと、地鳴りの様な轟音が、彼らの足元から響いて来たのだ。
「おい、全員退避するんだ!」
塔野氏の肩を支えながら、小田原隊長は倉庫の外へと急いで歩き出した。それに続く様に風祭、板橋、湯本隊員も外へと飛び出していく。倒した異星人はもう放っておくしかない。それ程の異常な振動であった。
この振動の原因が分かったのは、全員が倉庫から百メートル程離れた時だ。今いた倉庫の内部で閃光が煌めき、次の瞬間に通常のビルの五階程の高さの天井が跳ね上げられる様に吹き飛んでいた。
出てきたのは巨大な芋虫。
だが、背中には凶悪な意志を秘めたと思われる極彩色の突起が、山羊角の様に湾曲しながら何本も背から生えている。
「ヒッコリーホーンド……、頼んだぞ。こいつらを恐怖に堕としてやってくれ……」
死にかけた異星人の声は、誰にも届くことはなかった。そして、彼の頭部が白い毛に覆われ、巨大な複眼と葉状の触覚を持ったものに変わったことを、誰1人見てはいなかったのである。
ここで湯本隊員は顎を引いて顔面への頭突きを警戒した。相手も自分も、この体勢では相手の顔面に頭突きをぶち込むしか、攻撃の方法が無い筈なのだ。
だが、湯本隊員の見ていなかった角度から、左脇腹に強烈なボディブローが襲いかかってきた。これには若い湯本隊員も、思わず苦痛に顔を歪めてしまう。
何が起こったのか?
彼が敵の身体を確認してみると、敵の脇の下辺りから、もう1対の腕が生えていた。彼は新たに生えた敵の右腕から、フック気味のボディブローを喰らっていたのだ。
湯本隊員は、自分が圧倒的に不利な状況にあるのを理解した。両手は封じられている。蹴りを入れるには間合いが近すぎる。恐らく頭突きは、相手も充分に警戒しているに違いない。
湯本隊員は進退窮まった。
そんな彼のピンチを救ったのは小田原隊長であった。小田原隊長は、自分に襲いかかった敵に対し、発砲することなく、拳で相手を倒している。そして、板橋隊員に襲いかかっていた敵には、跳び蹴りを喰らわし、返す形で湯本隊員を制していた敵の脇腹に強烈な正拳の一撃を見舞っていたのだ。
残りの一人は風祭隊員が射殺しており、板橋隊員から隊長によって引き離された敵も、彼が冷静に射殺していた。
異星人討伐隊には、異星人テロリストをその場で殺害する権限が与えられている。だが、その権限があるにも関わらず、抵抗しない異星人を殺すことを決して彼らはしなかった。それは、彼らのポリシーでもあった。だが、抵抗してくる異星人には、そのような甘いことを言ってはいられない。彼らは、想定外の方法で反撃をしてくる可能性があるからだ。
それは湯本隊員も充分に知っている。だが、若い彼は、襲ってくる敵に発砲することが出来なかった。異星人と言えども、人を殺すと云うことに躊躇が出てしまったのだ。
彼は背中に担いでいた剣を抜いた。
もう、躊躇しない……。
こいつは凶悪犯だ。こいつを逃したら、罪の無い人が被害に遭う。湯本隊員はそう思った。そして、小田原隊長の一撃で怯んだ敵の腰車を、一気に薙ぎ払っていた。
「相手を殺してしまった……。もう僕は、全うな人生など、送れないのだろうな……」
彼はそう思う。しかし、それが彼の選んだ道であったのだ。
「終った……」
異星人討伐隊全員がそう思った……その瞬間、異変は始まった。
湯本隊員の一撃で虫の息となった男が、苦しい息づかいで、「ヒッコリーホーンド」と呟いたのである。すると、湯本隊員が何事なのかと見回すと同時に、地震かと思われる揺れと、地鳴りの様な轟音が、彼らの足元から響いて来たのだ。
「おい、全員退避するんだ!」
塔野氏の肩を支えながら、小田原隊長は倉庫の外へと急いで歩き出した。それに続く様に風祭、板橋、湯本隊員も外へと飛び出していく。倒した異星人はもう放っておくしかない。それ程の異常な振動であった。
この振動の原因が分かったのは、全員が倉庫から百メートル程離れた時だ。今いた倉庫の内部で閃光が煌めき、次の瞬間に通常のビルの五階程の高さの天井が跳ね上げられる様に吹き飛んでいた。
出てきたのは巨大な芋虫。
だが、背中には凶悪な意志を秘めたと思われる極彩色の突起が、山羊角の様に湾曲しながら何本も背から生えている。
「ヒッコリーホーンド……、頼んだぞ。こいつらを恐怖に堕としてやってくれ……」
死にかけた異星人の声は、誰にも届くことはなかった。そして、彼の頭部が白い毛に覆われ、巨大な複眼と葉状の触覚を持ったものに変わったことを、誰1人見てはいなかったのである。