とある地方都市にて(3)

文字数 1,515文字

 人気のない場所に着地すると、ネイジュは腕輪を嵌めて入生田萌香の姿に戻った。
「さ、萌香。新田有希って名前の子に急いで会いにいきましょう」
「寧樹、少しお願いがあるのですけど……」
「何?」
「折角、ここまで来たのですから、焼きそばを食べて行きませんこと? わたくし、ここの焼きそばの話を、皆様から幾度もお聞きしているのですが、まだ、わたくし、頂いたことがなくて……」
「そりゃ、お嬢様はB級グルメの焼きそばは食べた事ないわよね。で、要するに、萌香は名物の焼きそばが、是非食べたてみたいってことね!」
「ええ、よろしければ……」
「いいけど……、萌香、お金持ってる? いい、小切手じゃないわよ。出来ればクレカじゃなくて、現金の方がいいけど」
「ええ、少しだけなら……」
 そう言って、萌香はポシェットから財布を取り出して中を開く。そこには壱万円札が何枚も入っており、何社かのプラチナクレジットカードが並んで納まっていた。
「充分でしょうか?」
「へえ~、萌香はお金なんか使ったことないかと思ってたのに」
「わたくしだって、その位の常識ならありますのよ。ちゃんと電車にも乗れますし、ハンバーガーショップにだって何度か入ったことがありますわ。でも……」
「でも?」
「焼きそばレストランは、まだ入ったことがありませんの。チップはどうしたら宜しいのかしら?」
「聞いた私が馬鹿だったわ……」

 彼女の叔母に言わせると、有希は危機感が足りないとのことだが、人間の新田有希を直ぐにでも守らなければいけない筈なのに、2人で焼きそばを食べに行ってしまう様では確かにそう言われても仕方ないだろう。
 事実、彼女らがそのようなことをしている間に、事件は始まっていた。それは、人間の新田有希が自宅に帰ろうと駅を降り、目の前の公園を通った時の出来事である。
「新田有希さんですね?」
 男に声を掛けられた彼女は、その男が場所と時刻に不似合いな、夜の正装である燕尾服を着ていることに先ず驚いた。
「あ、あなた、何者なのですか? へ、変質者ね!」
「ふざけたことを! お前の正体はもう分かっている。さあ行け、剛霊武(ゴレム)獣。サント・ネイジュを倒すのだ!」
 彼女に声を掛けたのは悪魔執事ブラウ。彼はそう言って右手を挙げた。それに呼応するように空から翼竜が舞い降りてくる。だが、その翼竜は、地上から跳ねた何者かに弾き落とされた。そして、その跳ねた何者かが、ブラウと有希の前に跳び降りてくる。
「フフフフフ……」
 ブラウは、その不気味な笑い声を上げる少女に指をさした。
「き、貴様、サント・ネイジュ?! そ、そんな馬鹿な……。それでは、この有希は別人だと言うのか?」
 そう、その少女とは、サント・ネイジュその人の姿であった。
「見て分からないの? ここに新田有希がいて、私がここにいるのよ。別人に決まってるじゃない?」
「だが、お前は……、お前自身が、正体を新田有希だと言ったのだ。それとも、どこか他に、新田有希がいると言うのか?」
「本当、馬鹿ね! 私があなたに言ったのは全部出鱈目! 私の正体は……、内緒よ」
「そんな馬鹿な……。私の術は相手が誰であろうと完璧の筈だ。その術に掛かったお前が、新田有希だと答えたのだ。お前は新田有希に、間違いないのだ!」
抑々(そもそも)、これだけ力のある私が、悪魔じゃない訳ないでしょう? その私が人間だって答えてるのよ。あなた、私の言ったことを、何の疑いもなく信じられるの?」
「それは……」
「でしょう? それでも未だ、自分の術は完璧だと言いたいのかしら? さ、目障りだから、そろそろ死んで貰うわね、雑魚悪魔のブラウさん!」
 ネイジュは会話をそこで切り上げ、呆然と立ち竦むブラウに突進していった。
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登場人物紹介

入生田萌香


この物語の主人公。ゴーラ女学院付属女子高の二年生。祖父は、異星人排斥論者で知られる政界の大立者、入生田重国。気位の高いお嬢様と思われているが、実は気が弱く自分に自身を持てない少女。寧樹という謎の女性に助けられ、彼女が憑依することを許可する。そして、寧樹から入生田家の未来を見せられ、それを阻止すべく異星人討伐隊の一員(非常勤隊員)となる。

寧樹


萌香に憑依した謎の女性。腕輪を外すことで、全ての悪魔能力を解放でき、その擬態能力で「サント・ネイジュ」に変身する。従姉妹のサーラに頼まれ、この時空を救う為にやって来た。

小田原平蔵


異星人討伐隊隊長。人間ながら超人的な筋力と体力を持っている。

風祭隼


異星人討伐隊隊員。射撃を得意としている。

板橋羽根子


異星人討伐隊隊員。データや暗号解析のスペシャリスト。実戦はあまり得意ではない。

湯本譲治


異星人討伐隊隊員(非常勤隊員)。専門は作戦の立案。戦闘では日本刀を使う。

大悪魔女帝


剛霊武獣を操り、社会を混乱に陥れようとしている大悪魔軍団のリーダー。マスクとキャットスーツに身を包んだお喋りで小物感あふれる女性。寧樹と同様に大悪魔能力と魔法を自在に操ることが出来る。

ブラウ


大悪魔女帝に仕える大悪魔。『三つの質問』なる大悪魔能力を持ち、サント・ネイジュの謎に迫る。

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