萌香のいない日に(5)

文字数 1,384文字

 湯本隊員と彼の父は、組稽古を行った。
 組稽古は、打ち手のペースで打ち込みを行い、受け手がそれを受ける。打ち込みは自由に型を選べるが、受けては打ち込みに合わせた型を選ばなければならない。
 それは社交ダンスにも似た、一種剣舞の様に見えるものであった。
 湯本隊員の打ち込みは、ことごとく綺麗に受けられたのであるが、彼の父からの打ち込みは鋭く、受けても体勢が崩れたり、充分に受けきれていなかったりすることがあった。だが、勝負ではないので、彼の父は次の打ち込みに間を開けたりしてくれている。
 真剣勝負であれば、それだけの隙で間違いなく斬られていただろう。
「恥ずかしい……。湯本流の剣は実戦で人を助ける為のものだなどと、父に大見得を切ったのに、この為体(ていたらく)とは……」
 湯本隊員は父親が「終わり」と言うまで、稽古の間、ずっとそう考えていた。

 始まりは略式の礼で始まったが、終わりでは湯本隊員も師の前に正座し、深々と頭を下げて礼を示す。
「雑念があるからなのかなぁ?」
 湯本隊員は、絞り出す様にそれを言ったのであるが、彼の父は手拭いで顔の汗を拭きながら、何事も無いかの様に答える。
「それは分からん。だが、お前がそう思うなら、そうかも知れん。何か、心配事でもあるのかな?」
「それは……」
 湯本隊員は口を濁した。正直、父親が相手でも、こんなこと恥ずかしくて、口にするのも嫌である。だが、彼は心に決めていたのだ、情けない稽古をしたのであれば、正直に父に打ち明けてしまおうと……。
「あ、あの……」
「い、いや、言いたくなければ、別に言わなくても良い」
「いや。相談に乗ってくれよ!」
「うむ……。では、話してみろ」
「女の子の……、下着姿が、ずっと頭から離れないんだよ!!」
 それを、言うには言ったのだが、その直後、湯本隊員は真っ赤になってしまう。
「ほう……。もう、そんな歳にまで成長したのだな……。で、成人向け映画か、雑誌でも見たのかな?」
「そ、そんな物、見る訳ないじゃないか!! 偶然、見ちゃったんだよ。一緒に働いている女の子の……」
 すると、父親である須雲は、いかにも面白いとばかりに高笑いを始めた。これには比較的温厚な湯本隊員も苛立ちを露わにする。
「いや、すまん……。儂も若い頃、女子の姿に心乱されたものだったのでな……」
 須雲は済まなそうに頭を掻いて謝った。
「だが、おまえは剣を振っている時は忘れられるのだろう? ならば、それで良いではないか? 戦国の昔ならいざ知らず、現代であれば、試合の時に精神集中できれば、それで良いのだ。気に病む事など何もなかろう?」
「でも!」
「それに、思春期の男子であれば、仕方の無いことだ……。それは今に始まったことではない。戦国の世から、湯本流の剣士は、敵方の女忍者に寝首を掻かれまいと、女忍者に対する特別な訓練を積まされた程なのだ……」
「父さん、その修行ってやつを、僕にもつけてくれないか? 今、僕は異星人討伐隊として、戦場にいるんだ。いつ敵に襲われるかも知れないんだよ。こんな気持ちでいたら、仲間にまで迷惑を掛けてしまう!」
 須雲は息子の成長に目を細めながらも、人生の先輩として、この問題の手助けが出来るものか、正直自信はない。
「今でもその修行が出来るとは、流石に思えんのだが……。その修行と云うのは、母さんの実家、風間家のある里で行われていたものなのだ……」
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登場人物紹介

入生田萌香


この物語の主人公。ゴーラ女学院付属女子高の二年生。祖父は、異星人排斥論者で知られる政界の大立者、入生田重国。気位の高いお嬢様と思われているが、実は気が弱く自分に自身を持てない少女。寧樹という謎の女性に助けられ、彼女が憑依することを許可する。そして、寧樹から入生田家の未来を見せられ、それを阻止すべく異星人討伐隊の一員(非常勤隊員)となる。

寧樹


萌香に憑依した謎の女性。腕輪を外すことで、全ての悪魔能力を解放でき、その擬態能力で「サント・ネイジュ」に変身する。従姉妹のサーラに頼まれ、この時空を救う為にやって来た。

小田原平蔵


異星人討伐隊隊長。人間ながら超人的な筋力と体力を持っている。

風祭隼


異星人討伐隊隊員。射撃を得意としている。

板橋羽根子


異星人討伐隊隊員。データや暗号解析のスペシャリスト。実戦はあまり得意ではない。

湯本譲治


異星人討伐隊隊員(非常勤隊員)。専門は作戦の立案。戦闘では日本刀を使う。

大悪魔女帝


剛霊武獣を操り、社会を混乱に陥れようとしている大悪魔軍団のリーダー。マスクとキャットスーツに身を包んだお喋りで小物感あふれる女性。寧樹と同様に大悪魔能力と魔法を自在に操ることが出来る。

ブラウ


大悪魔女帝に仕える大悪魔。『三つの質問』なる大悪魔能力を持ち、サント・ネイジュの謎に迫る。

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