わたくし、やります(4)
文字数 1,836文字
ゴーラ女学院付属女子高では、秋になると文化祭と云うイベントが毎年開かれている。
当然、文化祭に関しては全員参加が前提で、お嬢様萌香と云えども、その例外とはならない。
出し物はクラスごとに決められる。勿論、希望通りになるとは限らない。予めクラスごとに希望を纏めておいて、文化祭委員会で出し物が重複しない様に調整を図るのだ。
この日、萌香のクラスでは、ホームルームで、クラスの出し物の候補を決めることになっていた……。
萌香のクラスの文化祭実行委員の声が、教室に大きく響く。
「私たちのクラスの出し物候補は、甘味処とダンスと云うことに決定致しました」
最初、塔野佐和子だかが、萌香を主役にしようと舞台劇を提案したのだが、当の萌香が「わたくし、草の役をやらして頂きますわ」などと言い出したものだから、敢えなく立ち消えになってしまい、結局、皆がやりたがる模擬店系の出し物と、先生の指導で全員が平等に演技できるダンスと云うものが候補になってしまったのである。
萌香が、舞台劇で草の役をやりたがったのは、決して皆に遠慮したと云う訳ではない。
実は台詞を覚えたり、舞台の練習をしている余裕など無いと云うのが、今の彼女の本音であった。彼女は今、サント・”アルウェン”・ネイジュの動きを覚えるだけで、もう手一杯だったのだ。
そう云う訳で、萌香はダンスよりは甘味処の方が正直有難い。甘味処なら、菓子は前もって作っておけば良いし、抹茶に関しては、長年習って来たこともあり、盆略手前であっても、充分にお客様を満足させるだけのお茶が、特別な練習なしに点てられる筈だ。
だが、模擬店系の出し物は、それなりに人気が高く、それが希望通りに出来るとは限らない。寧ろ、第二希望のダンスになる可能性の方が、遥かに高いのである。
「入生田さん、どうして、あんなこと仰ったの? ジュリエットでも為されば、きっとお似合いだったと思いますわ」
ホームルームが終った後、宮ノ下が近づいてきて、そんなおべっか紛いのことを萌香に言ってくる。
昔はそれが、何か自分が偉くなった気になれたせいなのか酷く心地よかった。だが、寧樹と会ってからは、寧ろそんな歯の浮く台詞を聞くと虫酢が走った。で、今の萌香はと言うと、特にどうと言うこともなく、只、そんな宮ノ下に憐みの様なものを感じている。
「あら、可笑しくて? わたくし、舞台演技など出来ませんし、草と云う役も、大切だと思っていましたのよ。宮ノ下さん、わたくし、今日も急いで帰ってお勉強しなければ為りませんの。済みませんけど、失礼させて頂きますわ」
萌香はそう笑って答え、小走りぎみに教室を後にし、宮城野の運転するセンチュリーの待つ駐車場の方へと駆けて行った。
数日後、文化祭実行委員の発表により、今年の萌香のクラスの出し物は、残念ながら甘味処ではなく、舞台でのダンスになったと云うことが告げられた。
そして、先生の持参した集団ダンス映像を参考に、クラス投票した結果、萌香のクラスは、多くの生徒から「あの衣装、綺麗」との声が多かった、中国舞踊を元にしたダンスを披露することに決まったのである。
そのチュチュと云うよりは、ロマンチックドレスを思わせる様な舞台衣装は、先生が予算で素材を購入し、新体操のリボンの様な青い帯はそのままに、白のドレス部は、クラス全員で型紙から縫製することとなった……。
その夜、萌香は寝る前、ベッドで横になったまま、金の腕輪を出して寧樹を呼び出している。
「寧樹、なにか、大変な事になってしまいましたわね。わたくし、全部できるのか、心配になっていますのよ……」
「萌香、あなたが言いたいのは、そう言う事じゃないでしょう? 正直に言いなさいよ。『自分でやってみたい』って……。『衣装もみんなと同じように自分で縫いたい。練習もみんなと一緒にやってみたい。だから、サント・ネイジュは少し休みたい』って!」
「子ども見たいですわね、あたくし……。自分で出来るって思ったものですから……、何でも自分でやりたがったりして……。上手くないのも、失敗するだろうってことも、分かっているのに……」
「じゃ、失敗しなさいよ!」
「え?」
「今なら、私が萌香のフォローするから、大丈夫よ。何でも分かった顔してるより、やってみて失敗した方が、ずっと楽しいぞ!」
「そうですよね……。寧樹には悪いけど、そうさせて頂くことにしますわ……」
萌香はそう言うと、そのまま腕輪を消すことも忘れ、眠りに就いていた。
当然、文化祭に関しては全員参加が前提で、お嬢様萌香と云えども、その例外とはならない。
出し物はクラスごとに決められる。勿論、希望通りになるとは限らない。予めクラスごとに希望を纏めておいて、文化祭委員会で出し物が重複しない様に調整を図るのだ。
この日、萌香のクラスでは、ホームルームで、クラスの出し物の候補を決めることになっていた……。
萌香のクラスの文化祭実行委員の声が、教室に大きく響く。
「私たちのクラスの出し物候補は、甘味処とダンスと云うことに決定致しました」
最初、塔野佐和子だかが、萌香を主役にしようと舞台劇を提案したのだが、当の萌香が「わたくし、草の役をやらして頂きますわ」などと言い出したものだから、敢えなく立ち消えになってしまい、結局、皆がやりたがる模擬店系の出し物と、先生の指導で全員が平等に演技できるダンスと云うものが候補になってしまったのである。
萌香が、舞台劇で草の役をやりたがったのは、決して皆に遠慮したと云う訳ではない。
実は台詞を覚えたり、舞台の練習をしている余裕など無いと云うのが、今の彼女の本音であった。彼女は今、サント・”アルウェン”・ネイジュの動きを覚えるだけで、もう手一杯だったのだ。
そう云う訳で、萌香はダンスよりは甘味処の方が正直有難い。甘味処なら、菓子は前もって作っておけば良いし、抹茶に関しては、長年習って来たこともあり、盆略手前であっても、充分にお客様を満足させるだけのお茶が、特別な練習なしに点てられる筈だ。
だが、模擬店系の出し物は、それなりに人気が高く、それが希望通りに出来るとは限らない。寧ろ、第二希望のダンスになる可能性の方が、遥かに高いのである。
「入生田さん、どうして、あんなこと仰ったの? ジュリエットでも為されば、きっとお似合いだったと思いますわ」
ホームルームが終った後、宮ノ下が近づいてきて、そんなおべっか紛いのことを萌香に言ってくる。
昔はそれが、何か自分が偉くなった気になれたせいなのか酷く心地よかった。だが、寧樹と会ってからは、寧ろそんな歯の浮く台詞を聞くと虫酢が走った。で、今の萌香はと言うと、特にどうと言うこともなく、只、そんな宮ノ下に憐みの様なものを感じている。
「あら、可笑しくて? わたくし、舞台演技など出来ませんし、草と云う役も、大切だと思っていましたのよ。宮ノ下さん、わたくし、今日も急いで帰ってお勉強しなければ為りませんの。済みませんけど、失礼させて頂きますわ」
萌香はそう笑って答え、小走りぎみに教室を後にし、宮城野の運転するセンチュリーの待つ駐車場の方へと駆けて行った。
数日後、文化祭実行委員の発表により、今年の萌香のクラスの出し物は、残念ながら甘味処ではなく、舞台でのダンスになったと云うことが告げられた。
そして、先生の持参した集団ダンス映像を参考に、クラス投票した結果、萌香のクラスは、多くの生徒から「あの衣装、綺麗」との声が多かった、中国舞踊を元にしたダンスを披露することに決まったのである。
そのチュチュと云うよりは、ロマンチックドレスを思わせる様な舞台衣装は、先生が予算で素材を購入し、新体操のリボンの様な青い帯はそのままに、白のドレス部は、クラス全員で型紙から縫製することとなった……。
その夜、萌香は寝る前、ベッドで横になったまま、金の腕輪を出して寧樹を呼び出している。
「寧樹、なにか、大変な事になってしまいましたわね。わたくし、全部できるのか、心配になっていますのよ……」
「萌香、あなたが言いたいのは、そう言う事じゃないでしょう? 正直に言いなさいよ。『自分でやってみたい』って……。『衣装もみんなと同じように自分で縫いたい。練習もみんなと一緒にやってみたい。だから、サント・ネイジュは少し休みたい』って!」
「子ども見たいですわね、あたくし……。自分で出来るって思ったものですから……、何でも自分でやりたがったりして……。上手くないのも、失敗するだろうってことも、分かっているのに……」
「じゃ、失敗しなさいよ!」
「え?」
「今なら、私が萌香のフォローするから、大丈夫よ。何でも分かった顔してるより、やってみて失敗した方が、ずっと楽しいぞ!」
「そうですよね……。寧樹には悪いけど、そうさせて頂くことにしますわ……」
萌香はそう言うと、そのまま腕輪を消すことも忘れ、眠りに就いていた。