萌香のいない日に(2)
文字数 1,364文字
異星人討伐隊作戦室には、今、小田原隊長と板橋隊員しか残っていない。風祭隊員は地下にある射撃練習場に行ったので、呼ばれでもしない限り、恐らく1時間は帰って来ないであろう。
討伐隊隊員以外が作戦室に入ってくることはない。認証装置がそれを阻んでいる。そして、入生田、湯本の非常勤隊員が、突然出隊して来たとしても、事前に東京湾基地入口を通った段階で作戦室に通知が来る。
つまり、ここは、ある種の密室になっているのだ。
板橋隊員はネイルの手入れを一旦止めて、席に座ったまま、少し離れた隊長席の小田原隊長に話し掛けた。
「隊長、前々から、お訊きしたかったのですけど……。隊長って、どう云う家族構成なんですか?」
「おいおい、プライベートに関しての話題は禁句の筈だぜ……」
異星人討伐隊では、本部に住所氏名とそれを証明する戸籍の写しを登録する以外、プライベートに関する詮索は、全てタブーとされていた。それは、情報を漏らすことも、それを話すことも含まれている。
これには、個人情報保護と云う観点も然 ることながら、隊員の家族に異星人からの報復が行われない様にとの配慮があったのである。勿論、萌香の様な有名人の場合は、既に公然の秘密となっており、それを話題にした所で、新たな問題となることはない。
「いいじゃないですか? 討伐隊内で隠し事なんかしなくても……。本部の登録から機密が漏れることだって無いとは言えないんですよ。それなら、隠してたって仕方無いでしょう? でも、本部への登録だって、元になる戸籍が、随分と異星人に因って改竄されているみたいだから、それからして信用無いかも知れませんけどね……」
「どうして、私の家族構成なんかを訊きたいんだ?」
すると、板橋隊員は立ち上がり、妖しい目をして隊長席の方へと歩み寄っていく。
「別に、特別な意味はありませんよ……。『隊長って、独身なのかな?』って、ちょっと、そう思っただけですわ……」
「いや、私は妻帯者だよ」
板橋隊員は、小田原隊長の机の端に足を組んで腰掛けた。
「あら、残念。でも、隊長は基地内で、住み込みの寮生活でしょう? 色々と、お寂しいんじゃありませんか?」
「どう云う意味だね?」
「あら、別に意味なんかありませんわ」
板橋隊員はそう言うと、踵を返す様に自席へと戻って行った。その際、後ろに束ねた長い髪から、甘い香りが隊長席の辺りに残されていく。
小田原隊長は、その残り香を何となく懐かしく感じていた。そう、彼の最愛の妻も、ポニーテールはしていなかったが、ずっと長い髪を伸ばしていたのだ。
「女性ってのは、同じ様な香りのシャンプーを使うものなのかな……」
彼には、板橋隊員の残した髪の匂いが、昔嗅いでいた彼女の髪の匂いと同じものに思えて仕方が無かった……。
板橋隊員は席に戻ると、ネイルの手入れを再開した。
「ふぅ……。流石にガードが固いわね。でも、いつか、小田原隊長の正体を突き止めて見せる! あんな超人的な行動が出来る隊長が、普通の人類であろう筈がないのよ。間違いなく、隊長は異星人……。それも、異星人解放戦線に属する、凶悪な異星人テロリストに違いないわ!!」
板橋隊員は、心の中で決意を強く固める。だが、力を込めた弾みで、ネイルの模様が大きく歪んでしまったことに、彼女は全く気付いていなかった……。
討伐隊隊員以外が作戦室に入ってくることはない。認証装置がそれを阻んでいる。そして、入生田、湯本の非常勤隊員が、突然出隊して来たとしても、事前に東京湾基地入口を通った段階で作戦室に通知が来る。
つまり、ここは、ある種の密室になっているのだ。
板橋隊員はネイルの手入れを一旦止めて、席に座ったまま、少し離れた隊長席の小田原隊長に話し掛けた。
「隊長、前々から、お訊きしたかったのですけど……。隊長って、どう云う家族構成なんですか?」
「おいおい、プライベートに関しての話題は禁句の筈だぜ……」
異星人討伐隊では、本部に住所氏名とそれを証明する戸籍の写しを登録する以外、プライベートに関する詮索は、全てタブーとされていた。それは、情報を漏らすことも、それを話すことも含まれている。
これには、個人情報保護と云う観点も
「いいじゃないですか? 討伐隊内で隠し事なんかしなくても……。本部の登録から機密が漏れることだって無いとは言えないんですよ。それなら、隠してたって仕方無いでしょう? でも、本部への登録だって、元になる戸籍が、随分と異星人に因って改竄されているみたいだから、それからして信用無いかも知れませんけどね……」
「どうして、私の家族構成なんかを訊きたいんだ?」
すると、板橋隊員は立ち上がり、妖しい目をして隊長席の方へと歩み寄っていく。
「別に、特別な意味はありませんよ……。『隊長って、独身なのかな?』って、ちょっと、そう思っただけですわ……」
「いや、私は妻帯者だよ」
板橋隊員は、小田原隊長の机の端に足を組んで腰掛けた。
「あら、残念。でも、隊長は基地内で、住み込みの寮生活でしょう? 色々と、お寂しいんじゃありませんか?」
「どう云う意味だね?」
「あら、別に意味なんかありませんわ」
板橋隊員はそう言うと、踵を返す様に自席へと戻って行った。その際、後ろに束ねた長い髪から、甘い香りが隊長席の辺りに残されていく。
小田原隊長は、その残り香を何となく懐かしく感じていた。そう、彼の最愛の妻も、ポニーテールはしていなかったが、ずっと長い髪を伸ばしていたのだ。
「女性ってのは、同じ様な香りのシャンプーを使うものなのかな……」
彼には、板橋隊員の残した髪の匂いが、昔嗅いでいた彼女の髪の匂いと同じものに思えて仕方が無かった……。
板橋隊員は席に戻ると、ネイルの手入れを再開した。
「ふぅ……。流石にガードが固いわね。でも、いつか、小田原隊長の正体を突き止めて見せる! あんな超人的な行動が出来る隊長が、普通の人類であろう筈がないのよ。間違いなく、隊長は異星人……。それも、異星人解放戦線に属する、凶悪な異星人テロリストに違いないわ!!」
板橋隊員は、心の中で決意を強く固める。だが、力を込めた弾みで、ネイルの模様が大きく歪んでしまったことに、彼女は全く気付いていなかった……。