入隊選抜試験(7)
文字数 1,205文字
墓は古いお寺の裏山の斜面にあった。
そこへは本堂の脇を通り抜け、裏山の階段を随分と登らなければならない。
萌香は、階段の手前にある井戸においてある水桶を持ち、運転手 に連れられて裏山を登っていった。
裏山もある程度登ると、潮風の当たる高さになり、遠くには夕陽に眩しい海と逆光で黒く見える島影が見えている。
「風が少し強いですね」
「ええ。でも涼しくて心地良いですわ」
風は涼気と共に、他の墓から流れて来る線香の煙の匂いも齎していた。
「お線香とお花を忘れてしまいましたわ。今度、案内して下さる時には、お線香を買って、お花屋さんに寄ってからにしましょうね」
景色に見とれ、離されてしまった萌香は、そう言うと、運転手 の近くへと階段を駆け上がっていった。
運転手は、その列のかなり立派なお墓を指さして萌香に説明する。
「あれが彼の墓です。立派でしょう? 重国氏が感謝の気持ちを込めて建てられたそうですよ。でも最初は酷い扱いだった。お嬢様が行方不明で、『何であんな場所で車を止めたんだ』ってんでね」
「ご免なさい……」
「お嬢様のせいではありませんよ」
「でも、わたくしが乗っていなければ、あんなことになりはしなかった……」
運転手は、突然大笑いを始めた。これには萌香も驚いて、思わず彼の表情をじっと窺ってしまう。
「私はお嬢様、あなたを恨んでいたんですよ。あの運転手は私と仲の良かった先輩で、私はずっと会社で世話になっていたんです。あなたならご存知でしょう? 温厚で誠実な人でした。いつも言っていましたよ。『お嬢様は優しいお方だ』って。私には、とても信じられませんでしたけどね……」
「仙石さん……」
萌香は、彼女がまだ小学校の低学年だった頃を思い出していた。萌香は花を摘んでは、それをよく運転手の仙石に渡していたものだった。道端の花穂しかない花であっても、臭いのきつい花であっても……。
何故なら、他の人はゴミを渡された様な顔しかしないのに、仙石運転手は何時もにこやかに、萌香の摘んだ花を喜んでくれたからだった。
「仙石さんの名字もご存知なのですね」
「当然でしょう? わたくしの命を預けている方なのですから。勿論、宮城野さんと云うお名前も知っていますよ」
「これは驚いた。私はあなたのことを『何も出来ない我儘な小娘』って思っていましたよ。これは謝らないといけないなぁ」
「それも知っていました。でも、謝る必要なんてありませんわ。事実ですもの。さ、仙石さんのお墓参りをして帰りましょう。遅くなると、皆が心配するでしょうから」
今、萌香は朝の陰鬱さが嘘のように晴々とした気分に変わっている。
「確かに、寧樹は誰からも好かれる女性かも知れない。でも、それと比べる必要なんて何も無い。私にだって、私を好きなってくれた人がいた。一人でも構わない。少なくとも仙石さんは私を愛してくれていた」
そう思うと、萌香の心の蟠りは一気に消え失せていくのであった。
そこへは本堂の脇を通り抜け、裏山の階段を随分と登らなければならない。
萌香は、階段の手前にある井戸においてある水桶を持ち、
裏山もある程度登ると、潮風の当たる高さになり、遠くには夕陽に眩しい海と逆光で黒く見える島影が見えている。
「風が少し強いですね」
「ええ。でも涼しくて心地良いですわ」
風は涼気と共に、他の墓から流れて来る線香の煙の匂いも齎していた。
「お線香とお花を忘れてしまいましたわ。今度、案内して下さる時には、お線香を買って、お花屋さんに寄ってからにしましょうね」
景色に見とれ、離されてしまった萌香は、そう言うと、
運転手は、その列のかなり立派なお墓を指さして萌香に説明する。
「あれが彼の墓です。立派でしょう? 重国氏が感謝の気持ちを込めて建てられたそうですよ。でも最初は酷い扱いだった。お嬢様が行方不明で、『何であんな場所で車を止めたんだ』ってんでね」
「ご免なさい……」
「お嬢様のせいではありませんよ」
「でも、わたくしが乗っていなければ、あんなことになりはしなかった……」
運転手は、突然大笑いを始めた。これには萌香も驚いて、思わず彼の表情をじっと窺ってしまう。
「私はお嬢様、あなたを恨んでいたんですよ。あの運転手は私と仲の良かった先輩で、私はずっと会社で世話になっていたんです。あなたならご存知でしょう? 温厚で誠実な人でした。いつも言っていましたよ。『お嬢様は優しいお方だ』って。私には、とても信じられませんでしたけどね……」
「仙石さん……」
萌香は、彼女がまだ小学校の低学年だった頃を思い出していた。萌香は花を摘んでは、それをよく運転手の仙石に渡していたものだった。道端の花穂しかない花であっても、臭いのきつい花であっても……。
何故なら、他の人はゴミを渡された様な顔しかしないのに、仙石運転手は何時もにこやかに、萌香の摘んだ花を喜んでくれたからだった。
「仙石さんの名字もご存知なのですね」
「当然でしょう? わたくしの命を預けている方なのですから。勿論、宮城野さんと云うお名前も知っていますよ」
「これは驚いた。私はあなたのことを『何も出来ない我儘な小娘』って思っていましたよ。これは謝らないといけないなぁ」
「それも知っていました。でも、謝る必要なんてありませんわ。事実ですもの。さ、仙石さんのお墓参りをして帰りましょう。遅くなると、皆が心配するでしょうから」
今、萌香は朝の陰鬱さが嘘のように晴々とした気分に変わっている。
「確かに、寧樹は誰からも好かれる女性かも知れない。でも、それと比べる必要なんて何も無い。私にだって、私を好きなってくれた人がいた。一人でも構わない。少なくとも仙石さんは私を愛してくれていた」
そう思うと、萌香の心の蟠りは一気に消え失せていくのであった。