第95話

文字数 1,628文字

人の海で生きる事には、多大なるストレスを伴う。

弱さ。己の弱さと、人の弱さとを、共に許容できる精神力が、培われねばならないのかもしれない。

言いたいことが何もない。統合失調症と、社会との関わりについて、言いたいことが何もない、わけではない、けれど、何をどう言ってよいものか、そして言葉が人に届くのかが、わからない。

ぼくは、中、高、大学と、勉強をさぼった。そして、私立の医学部にいたのだが、そこを中退したため、学歴としては大学中退なのだ。

結局この社会の中では、そこから這い上がることが出来ずに終わった。責任ある地位に就くことは、もうないかもしれない。

そのことについて後悔しているわけではない。ぼくは作家になりたかったのだ。そして、きっとなにがしかのクリエイティビティーは手にしたと思う。

そして、介護福祉士と漢検二級という二つの資格の勉強をやり、今も続けようとしている。福祉については引き続き勉強をしようと思い、漢字も、準一級に進むことは断念したが、二級までの漢字はおさらいしてちゃんと書けるようになっておこうと思う。

45歳を過ぎてから、また勉強をするようになったのだ。介護福祉士と漢検二級、これがぼくの『社会的な地位』である。すごい難関を突破するだけの実力はないが、平均よりは少し上のところにいるのではないか?あるいは、努力すればだれでも手が届くところにいる、というべきか。

努力。わずかな知的な努力を、払うことが出来た。これはぼく自身の力というよりも、再婚した、二人目の妻が人徳優れていたためだと想う。

まったく、この妻のポテンシャルには驚かされる。

人は、付き合う人間から、多大な影響を受ける生き物である。今の職場には、嫌な人がいっぱいいる。今の仕事は、辛いことがたくさんある。そしてお給料も安い。それでも、片道一時間かけて通っている。障碍者を支援するということは、そういう事なのかもしれない。やりがいがあるのだ。

それでも、ぼくには倉庫の仕事が向いていたような気もする。倉庫の仕事を任されるという事は、興味深い、立体パズルの仕事をもらうということだ。そういう仕事には、若干の知恵も必要とするものである。深呼吸するように、置き場所を考えるのだ。この仕事にはぼく自身の優越性が感じられた。

障害者と接することは、嫌いではない。にくったらしいようでいて、決してにくみ切れない面々。愛情深い人たち。

同僚が、掃除もちゃんとできないという事が、嫌だったりするのだ。

人の海の中で生活することは、厳しく、辛い営みだ。時にはそれが楽しみだったりもするけれど。

これからも、人と共に生きていきたい。明後日、精神科の主治医に、なんて言おう。人の海を生きる辛さを、先生にも訴えてみようか?ちゃんと薬もくださっている。そのうえ、心のケアまでしてくれる。そして、『自立支援制度』のおかげで、診察代も薬代も一割負担なのだ。

ありがたい。

親が、行きたくもない私立の医大に多額の金をかけて八年通わせ続けたことよりも、世間のその支援のほうが、ずっとありがたい。

世間から、多大なる支援を受けて、ぼくたち夫婦は生活をしている。ぼく自身は、生活保護を受けていたこともある。そもそも生活保護のお金で、根室の江村病院に入院させたいただいたのだ。

七年前の冬のことだったと思う。

江村のレク室の、大きな窓の外では、雪嵐が吹いていた。ここにいると安全だという事は、まるで不沈艦に乗っているようだと思えた。それでも、いつかそこを出ていくのだと思った。わずか一か月でそこを出ることが出来た。きっかけは、父が死んだ事だ。

父が死んで、良かったと思う。そのおかげでぼくは世間に出ることが出来たのだ。父は、ぼくが世間に出るうえで、邪魔な存在だった。いまぼくは、父方の縁者とは、まったく交流がない。

自分で、これからの人脈を築いていかねばならない。それはおそらくとても大変なことなんだろうと思う。

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