第93話

文字数 1,253文字

考える。言葉を使って考える。言葉を用いねば、大したことは考えられない。そうは言いつつも、生きる上で大切なことは、必ずしも言葉によって考えられたことではない。

愛は、言葉によって考えられたものではないが、にもかかわらず生きていくうえで一番重要なことだ。

とはいえ、考えることなしに生きていくことは、この文明開化の世の中で、何の方針も持たずに生きるのに等しい。言葉を持たずに考えることは、武器を持たずに戦うようなものだ。言葉は大事だ。一番大事なものではないとしても、言葉の精密さは大切なものだ。そして、言葉を使って考える習慣は、現代日本で方向を見失わずに生きていくためには、かなり重要なことと思う。

そう考え、こうして深夜に文章を草している。

束の間の人生を、謳歌する。夜も眠らぬ街が、電車で30分も行けばある。すぐ近くのコンビニは、この深夜も煌々と明るいだろう、そこで極上のスイーツを買うこともできる。

わたしは糖尿病である。

糖尿病と言えば、昔は自分でインシュリン注射したり、目が見えなくなったりと、かなり悲惨なイメージが付きまとっていたし、今でもぼくのように不摂生を続けていれば恐ろしいことになるだろうとは思う。けれど、いまでは介護医療院のような『終の棲みか』もあることだし、そもそも血糖値を具合よく下げてくれる薬も開発されているので、糖尿病でも、お先真っ暗ってなことはないと思う。

これらの『進歩』に、ボクはなにも寄与していない。この47年、世間の方々の邪魔ばかりして生きてきた気がする。優秀だったり努力を重ね、社会の進歩を信じる人々に、シニカルな目を注いでばかりいたように思う。

だが、どうだろうか。

時代の進歩とやらに付きまとう悪もまた、あるのかもしれないし、時代が置き去りにしてきたものの中に重要なものがあり、新時代が生み出すモノの大半が実にくだらなく思えることもある。

けれど、47年生きた感慨として、やはり進歩はあったのではないかという気もする。ぼくは、生きる事にあまり前向きになれないでいたから、世の中の進歩というものを否定的にとらえる傾向があったのかもしれない、などと今更考えたりもする。

日本は貧乏になった。同時に、安価で便利な商品が手に入るようになった。この進行が同時だったのは、偶然かもしれないが、良くできた偶然だ。不平不満はうまくかわされ、社会不安や暴動は起きず、改憲党である自民党は勢いを崩さない。

貧民や障害者はマイノリティとして、片隅の役割を与えられ、大阪にはカジノが出来るだろうし、そのカジノがバリアフリーのSGDSな建物になるとも思えない。

不平不満と、満足。忘れられゆく、窮民たち。改憲への意志を戦後ずっと持続してきたという、自民。なぜ改憲か?何が故の改憲か?人権か?それとも兵備か?

人権。人としての尊厳。それは、考えることに始まる。たとえ言葉を持たずとも、思考は可能だ。言葉を持たぬ思考を愛と呼ぶ。愛して、そして(もし言葉があれば言葉で)思考すれば、人生は割と楽しいものになるのかもしれない。
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