十五 卵鞘

文字数 2,007文字

 夕刻。
 寝室でバトルアーマーをはずしながらバスコが言う。
「一階も多重位相反転シールドして、住居全体を二重に多重位相反転シールドしてくれ」
「了解!」と岩窟住居のクピ。
 ボーマン艦長が逃げているかぎり、多重位相反転シールドを解除はできない。
 クピは岩窟住居全体と、さらに地階、一階、二階、寝室、兵器工場、格納庫を個別に多重位相反転シールドした。
 監視隊へ流している偽の3D映像について、コンラッドシティ監視監督本部と管轄はちがうが、レッドバルシティ監視監督本部のトニオ・バルデス監視隊長は今さら何も言わないだろう・・・。

「マリー。クピといっしょにシャワーするといい。そのあいだにレビンのステーキを焼いておく。クピ、濡れてもエネルギーフィールドは問題ないよ」
「バスコもいっしょにシャワーしよう。自動調理なんだから・・・」
 マリーがそう言いながらバトルアーマーをはずしスーツを脱いでいる。
「そうしようね。バスコ」
「わかった・・・」
 バスコはキッチンで自動調理器にレビンの肉をセットしてもどり、バトルスーツを脱いでマリーとクピとともにバスルームに入り、ホットタブに浸かった。

 マリーはバスコが話したアイネクの産卵が気になった。
「バスコ。アイネクが産卵したらどうなるの?」
「わからない。クピ、情報は無いか?」
「アイネクの情報は無いけど、ゴキブリの情報はあるよ。
 チャバネゴキブリのメスは一回の産卵サイクルで八個の卵鞘を産むよ。
 卵鞘一個につき四〇匹ゴキブリが生まれるから、一年で三百二十匹のゴキブリが産まれるよ」
「大変だぞ!バルデス監視隊長に知らせる!クピ。監視隊長に連絡してくれ!」
 バスコはホットタブから出てスカウターを装着した。クピは監視隊の通信回線に割りこんでトニオ・バルデス監視隊長に連絡した。
「バスコ!監視隊長が通信に出たよ!
「ありがとう、クピ。
 隊長!バスコだ。アイネクの情報は無いが、電脳意識のクピが言うには・・・」
 バルデス監視隊長にチャバネゴキブリの産卵を説明した。

「了解した!逃亡したケルタ・ボーマン艦長の飛行艇を探し、すみやかに殲滅する!
 こちらの状況は・・・」
 監視監督省の監視隊は政府内の管理官を壊滅し、残るのは特殊通信機器メーカー・Aliceの支社と通信機関だ。それら施設も管理官も処理官もアイネクも、明日には完全に壊滅するはずだ。
「バスコ。ゆっくり休んでくれ。
 では、明日また連絡してくれ。今後のことを話しあいたい」
「わかった。では、また」
 バルデス監視隊長との通信が切れた。
 何かしっくりしない。かんたんに事が進みすぎている。何か変だ・・・。
 バスコはそう思いながらスカウターをはずしホットタブに浸かった。


 その頃。
 レッドバルシティ監視監督本部の地上階はアイネクの攻撃で破壊し、監視隊員たちはアイネクと管理官と処理官の戦闘でみな疲れ果てていた。
「アイネクのボーマン艦長は飛行艇で夜の地域へ逃げた。
 広域追尾システムで飛行艇を追っている。もうすぐ壊滅する。
 皆はこの防空サイトでゆっくり休め」
 バルデス監視隊長はコンラッドシティ監視監督本部の地階にある、防空サイト区画を示した。防空サイトは大きな球体型コントロールポッドを連結した施設だ。非常時はコントロールポッドが個別に稼動して地階から脱出飛行し、他所へ移動可能だ。定員は十名。コントロールポッドは核攻撃にも対処できる居住型低温核融合ドライブの飛行艇だ。レーザー砲と粒子ビーム砲をそれぞれ二門ずつ備えている。

 アイネクの飛行艇から散乱したヒューマの遺体と処理された部分、処理官とアイネク、多数の長さ二十フィゲルほどの太い腸詰めのような固まり数十個、そして、監視隊が消去した処理官と管理官は、コンラッドシティ監視監督本部の地階にある解剖室で冷蔵保管されていた。

 監視隊員たちが防空サイトで休んだ頃。
 地階にある解剖室の遺体保管庫で、長さ二十フィゲルほどの太い腸詰めのような固まり数十個の表面が蠢いた。
 太い腸詰めのような固まりは個別に回収された物の他に、冷蔵保管されているヒューマの遺体に二個から三個入っていた。ヒューマの遺体だけではない。処理官と管理官とそしてアイネクの死体にも、太い腸詰めのような固まりが入っていた。
しばらくすると、全ての太い腸詰めのような固まりの、湾曲した内側に端から端まで一本の筋が現れ、筋にそって数十本ほど細い突起が突きでて、固まり表面の蠢きがとまった。数十本の突起が膨らみ、固まりの内側がパックリを口を開いた。腸詰めのような固まり一個から、数十の何かが出てきた。
 数十個の固まりと、遺体と死体の全てから出てきたそれらは、遺体保管庫の死肉をむさぼり、あっという間に巨大化して保管庫の扉を押し開いて解剖室に拡がり、解剖室からコンラッドシティ監視監督本部の地階へ拡がった。
 この異変に気づいた者は誰もいなかった。 
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