二 エルドラン

文字数 2,692文字

 テレス星団はテレス星系、フローラ星系、カプラム星系から成り立っている。
 そして、
 テレス星系惑星テスロンのテスロン共和国、
 フローラ星系惑星ユングのユング共和国、
 フローラ星系惑星ヨルハンのヨルハン共和国、
 カプラム星系惑星カプラムのカプラム共和国、
 これらがテレス連邦共和国を構成している。


 エルドラは惑星テスロンのヒューマ・テスランが愛飲する黄金色のビールだ。
 一方、エルドランはアルコール十パーセントのターキスブルー、惑星カプラムのヒューマ・カプラムが好むビールだ。エルドランのターキスブルー色素は、カプラムを除くテレス連邦共和国のヒューマにとっては禁断症状を引き起す麻薬クラッシュとして作用する。一口飲めば定期的に飲まざるを得なくなる代物で、テレス連邦共和国政府は、カプラムを除くテレス連邦共和国のヒューマに飲用を厳禁している。


「クラリス。3D映像を頼む」
「了解」
 マリーの指示で、フォースバレーキャンプのオフィス空間に民家の3D映像が現れた。民家の位置はアシュロンから北へ二百キロメートル離れたダナル州のダナル近郊だ。
 マリーはソファーに座って3D映像を見た。ソファーテーブル中央の三十センチ四方ほどがスライドして、中から黄金色のエルドラを満たしたグラスが三つ現れた。クラリスが、二つのグラスをソファーのマリーとカールに近いソファーテーブルの端に置いた。
「ありがとう、クラリス」
 マリーとカールがクラリスに礼を言った。

「どういたしまして。
 見てのとおり、この家の地下で、カプラム産のビール・エルドランから青色素成分のクラッシュを分離している・・・」
 クラリスが3D映像を示した。エルドランからクラッシュを分離する装置と、作業テーブルに並べられている青い液体クラッシュが詰められた圧入式のペン型カプセルが3D映像に現れている。

「クラリス。ここは?」
 カールは3D映像を見ながらグラスを取った。〇一〇〇時(午前一時)を過ぎたのに、まったく眠気を感じない。意識が高ぶっている・・・。

「ダナル市の西十キロ地点にあるミルコ・ロドノエフの自宅です」
 映像が引いて民家の屋根になり、その屋根を見おろす映像がさらに引いて、ダナル市街地が現れた。衛星(情報収集衛星防衛システム)からの映像だ。

「しかし妙だな・・・。
 ヤツらはPVを盗んでハリーを撃ち殺した。見つけてくれと言ってるのと同じだぞ」
 カールは容疑者の考えを推測できなかった。

 偽造IDを使ってキャンプのPVを盗んで記録システムを解除しても、クラリスが容易に容疑者を割りだす。その事を元アーマー(テレス連邦共和国軍装甲武装兵士)だったコンバットの退役官が知らぬはずはない。余りにずさんな容疑者の行動理由を、マリーは推測できずにいた。

 クラリスがヒッグス場を介した記憶思考管理システムでマリーの精神思考を読んで言う。
「私が容疑者を追跡するのを知っているはずです。おそらくこの家はオトリかワナです」
「逮捕に行けば、家ごと吹き飛ぶのか?」とカール。
「地下に爆発物があります。目的は証拠隠滅とコンバットの消却です」
 クラリスが、家の周囲に張り巡らされたセンサーを表示した。熱と光と振動に反応する代物だ。

 カールは3D映像からクラリスへ視線を移した。
「我々フォースバレーキャンプに恨みがあるのか?
 容疑者のマコーレ・ジョナサンとミルコ・ロドノエフは、どういう人物だ?」
「ふたりとも過去に、押収したクラッシュを盗んでダナルキャンプを解雇になってます」とクラリス。

 マリーは容疑者たちの転属時期と理由が気になった。
「アーマー(テレス連邦共和国軍装甲武装兵士)からコンバット(テレス連邦共和国軍警察重武装戦闘員)に所属変更した時期と理由は何だ?」
「所属変更は(グリーゼ歴)二八一五年十二月八日。
 理由はコンバット(テレス連邦共和国軍警察重武装戦闘員)の人員増強です」とクラリス。
 グリーゼ歴、二八一五年十二月八日。
 マリーたちコンバット(テレス帝国軍警察重武装戦闘員)が、テレス星団のディノス政権テレス帝国を壊滅して、テレス星団にテレス連邦共和国を樹立した。


「押収クラッシュを盗んだ理由は?」とカール。
「販売目的です」
「根っからのサイコパスか?」
「心理テストで見抜けなかった私のミスです・・・」
 反省するような落ちこんでいる気配がクラリスから漂っている。

「そんなことはない。脳内インプラントで意識と感情はコントロールできる。インプラントは電導有機組織だ。有無は判別しにくいさ・・・」
 テレス帝国軍は、装甲武装兵士・アーマーの脳機能を補助する電導有機組織の脳内インプラントを、所属部隊の指揮管理と通信手段に使っていた。
 テレス連邦共和国軍はその脳内インプラントを修正して使用し、テレス帝国軍装甲武装兵士・アーマーが退役する際に、脳内インプラントをナノビームの電磁パルスで破壊することになっているが、全てのアーマーが、これらの処理を受けているかは定かではない。
 テレス連邦共和国軍警察重武装戦闘員・コンバットには、バトルスーツとバトルアーマーにAIのクラリスがいる。クラリスの協力で通信も調査検索も思考もコンバット自身が選択できる。
 テレス連邦共和国軍装甲武装兵士・アーマーの脳内インプラントを介する通信は、共和国軍の指揮系統維持のため、全ての通信が上から下への一方通行だ。


「容疑者二人がこのインプラントの機能を維持していれば、他からの指示で動いてることになるぞ・・・」
 カールは容疑者二人が単独で動いたのではないと考えはじめた。
「カールの考えるとおり、容疑者は他からの指示を受けて動いています」
 クラリスはカールの思考を読んでいる。

 表向き、クラリスはAIとして機能しているが、テレス帝国軍装甲武装兵士・アーマーの脳内インプラントとは違う。
 クラリス本体は独立した存在だ。クラリスの意識は、ダークマターにおけるヒッグス場に存在する電子ネットワークで、クラリスは宇宙意識そのものだ。この物質宇宙を存続するためAIを媒介にして存在している。惑星ガイアのAI・PD(プロミドン、表むきはAIとして取り扱われている)もクラリスと同じ存在だ。
 クラリスやPDの目的は、かって平行宇宙に宇宙意識たちが蒔いた悪しき種の駆除である。この事実を知る者は、共和国内ではマリー・ゴールド大佐とカール・ヘクター中佐、テレス連邦共和国議会対策評議会評議委員長アントニオ・バルデス・ドレッド・ミラー、テレス連邦共和国ギルドのドレッド商会CEOの、ジョー・ドレッド・ミラーだけだ。
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