二十一　全人代潰滅

　二〇二六年、三月十一日、水曜。
　産婦人科の女医が話したように、理恵は妊娠しているように見えない。スリムなジーンズが、ウエストフリーのゆったりしたパンツやロングスカートに変っただけで、説明されなければ、誰も妊娠に気づかない。

　十二時。
　Ｎ市Ｗ区の自宅オープンキッチンでテレビの自動スイッチが入った。

《緊急速報です。本日十一時、朝鮮がミサイルを発射しました。
　ミサイルは、北京市天安門広場西側の人民大会堂に落下し、人民大会堂は壊滅しました。
　朝鮮が、中国全国人民代表大会を記念し、ミサイルを打ちあげたようですが、誤射とは考えられない結果です。生存者はいないとのことです。
　なお、ミサイル発射と爆発の情報は、東南アジア・オセアニア国家連邦（ＦＲＳＥＡＯＮ）地球防衛軍、情報収集衛星からの情報です。
　なぜ、朝鮮のミサイルが中国本土に落下したかは不明です。現在、朝鮮と中国両政府から、ミサイル落下に関する報道はありません・・・。

　国際合同通信社の北京特派員からライブ映像が入っています。独自に撮影している映像を衛星回線でお伝えしています。
　政府による報道規制はないとのことです。すべての規制が解かれている様子です。防衛のために政府機関と報道機関に人民軍が介入した様子です。

　中国国営テレビからの速報です。
　中国全国人民代表大会が壊滅しました。
　中国政府から、朝鮮のミサイル発射基地と平壌の政府機関を破壊せよと人民軍に指令がでました。
　中国政府は中国全土に戒厳令を布きました。
　中国共産党と政府に対する国民の不満が暴動に発展する可能性があるためです。

　国際合同通信のライブ映像でお伝えします・・・。
　各自治区がいっせい蜂起しました。中国政府は鎮圧に各地の人民軍を出動させていますが、人民軍兵士が政府職員を拘束しはじめています。中国共産党幹部、および、党員と党職員、政府官僚、政府職員の多くが漢族の上層階級です。
　これに対し、人民軍兵士は漢族の低層階級と他民族です。中国全国人民代表大会が壊滅し、兵士たちの日頃の鬱積した思いが現在の行動になったと思われます。

　中国国営テレビから新たな映像が入りました。
　人民軍が政府機関を制圧した模様です。中国国営テレビは、人民軍から民主的な報道するよう指示された、と伝えています。
　人民軍の声明によれば、暫定民主政府を樹立した模様です。
　暫定政府は、民主選挙による民主政府をめざし、これまで中国共産党政府が支配してきた各民族の独立を認めるとのことです。そして、圧政を強いてきた共産党員全てを処刑するとのことです。
　全国人民代表大会に、朝鮮のキム第一書記が出席していた模様です。朝鮮と中国は国連の継続を主張し、二国間で同盟を結ぶ予定だったようです。
　新疆ウィグル自治区やチベット自治区をはじめとする、漢民族に支配されきた民族自治区がいっせいに蜂起しました。
　人民軍は、
「これまで漢民族に支配されてきた漢民族敵対勢力と民族自治区側に加勢し、いっきに、共産党勢力を制圧する。
　人民軍内の共産党勢力も含めた全共産党員との紛争はつづくが、民主勢力が必ず勝利する」
　と伝えています・・・・。

　速報です！人民軍のミサイル攻撃により、平壌の朝鮮政府とミサイル発射基地が壊滅しました。
　中国暫定政府は、朝鮮のミサイル攻撃は、朝鮮のキム政権と中国共産党政権の潰滅をねらう、民主勢力の攻撃である、と判断しました。
　暫定政府は、人民軍民主勢力に呼応し、キム政権と中国共産党政権の残留勢力を一掃する、と発表しました。
　
　北コロンビア国家連邦、南コロンビア国家連邦、東南アジア・オセアニア国家連邦、ＥＵをはじめ、国家統合会議に加盟する各国は、朝鮮と中国からの攻撃に対し、厳重な防衛体制を布きました。しばらく二国の様子を見るとコメントを発表しています。

　国家統合会議は、民族自治区側を支持する声明を発表しました・・・。中国暫定政府に関するコメントはありません・・・》


　オープンキッチンで食事しながら理恵がいう。
「これで民主化が進む。支配されてる民族が独立する・・・。この子たちが安心して暮らせる日が、また近づいた・・・。でも、まだクラリックがいる・・・」
　警護員たちも食事中で今は近くにいない。
「うん・・・」
　わかってる・・・。

　食後。
　省吾は、省吾たちの精神空間思考が、直接プロミドンを稼働するよう、モーザでプロミドンのプログラムを変えた。もちろん、プロミドンが読みとる思考は正義に基づくものだけだ。だが、クラリックを一掃する策が浮かばない。そのことは理恵もわかっている。