五 地震 パソコンの特殊機能

文字数 3,280文字

 二〇二五年、三月十四日、金曜、十一時二十四分。
 N市W区の自宅で省吾がデスクトップパソコンの日記を書いていると、短時間の微振動の後に家が大きく揺れた。耐震設計された家が揺れるのだから、大きな地震だ。
「ケイコ!大丈夫か?」
 第一波の中、省吾は仕事場から居間へ出た。
「大丈夫!、何も被害ないよ!」
 妻のケイコは自室にいる。
 揺れが減少した瞬間、第二波が来た。BGM代りのテレビは緊急放送に変わり、東海沖で発生した地震と、東海沖の鉛色の空と波を映し、これから来る津波を報じている。

 数分後。
 テレビに白波が映った。波は急激に高さを増している。
「子供は無事か?」
 省吾はケイコの娘夫婦の安否が気になった。
「二人とも無事と連絡が来た!自宅はわからないって!」
 妻の娘夫婦は都内から北関東の大手企業へ新幹線通勤している。この時間は会社だ。都内北部の自宅は硬い岩盤の高台にあり、地震に強い。
「わかった!」

 省吾は揺れが鎮まるのを待って机に戻り、
『東海地震だ。大地震だ。東海・東南海・南海連動型地震へ進むかも知れない。これで、嫌でも政治に関する批判が増える』
 とデスクトップパソコンの日記を書いた。
 マリオンが話したとおり、政治について書く時が来たのか?それとも俺が、マリオンは存在する、と思ってるだけか?
『省吾が現実を認めないだけだぞ』
 外を見ると電柱の上に烏がいる。民家の先のW神社上空に烏が群がっている。
 そんな馬鹿な。地震なら動物は逃げるだろう・・・。
 省吾はそう思いながらテレビに釘づけになった。

《東海沖で発生した地震と大津波で、東海、関東の太平洋岸に大被害が発生しました。
 都心の震度は七。首都高速は寸断され、一般家屋と耐震補強されていない建物が倒壊し、火災が発生しています。高層建築物は倒れていません。

 地震から三十分後、東海地方を十数メートルを超える津波が襲いました。
 都心の低地域、地下鉄、地下道が水没し、一般道と鉄道が水没しています。
 津波は海から内陸へ数キロに及び、甚大な被害が発生しています。
 首都直下型地震を想定して訓練していたため、人的被害は想定より少ない見込みです。

 政府機関は自家発電と衛星回線で政府機能を維持しています。

 速報です!浜岡原発施設が地震と津波で破壊されました。
 一号機と二号機が水素爆発を起こし、建屋上部が吹き飛んだと連絡が入っています。
 地震と大津波で、浜岡原発の原子炉は冷却機能を失い、メルトダウンして臨界反応が起りました。核分裂反応による高熱で水が分解して水素爆発しました。地震と津波で破壊した原発施設はさらに破壊し、放射性物質が飛散しました。

 幸運なことに、使用済み核燃料プールは破壊せず、大規模な臨界反応へは進みませんでした。水素爆発時は北西の季節風が強く、この季節風は数日続く見こみです。吹き飛ばされた放射性物質は全て太平洋上へ飛散しています・・・》

 省吾は思った。
「原発廃止・自然エネルギー発電法」に基づいて浜岡原発は停止していたはずなのに、浜岡原発が水素爆発した。原子炉が稼動していた証拠だ。
 放射性物質が周囲に飛散したはずだが、政府は事実を隠蔽して公表しない。
 原子炉建屋内に大量の核燃料があれば、核分裂反応を止めなければならない。
 東南海沖と南海沖、中部地方に群発地震が発生している。富士山の下に活断層がある。噴火の可能性は充分にある・・・。

《富士山が噴煙を上げました。これについて気象庁は・・・》
 テレビから緊急速報が聞える。

『省吾!噴火を止めろっ。大規模な臨界反応にはならない、余震はない、と書け!』
 電柱の烏から強い思いが伝わってきた。
 省吾は慌てて日記に、
『余震は起こらず、富士山の火山活動は止まる。
 浜岡原発の冷却作業が始まり、原発の臨界反応は止まる。
 政府は全自衛隊を出動させて、迅速に災害復興を進める』
 と書いた。

 速報が流れた。
《余震が少なくなりました。富士山の噴煙が止まりました。

 浜岡原発の速報です。
 原発の冷却作業が始まりました。大規模な臨界反応は回避されると情報が入りました。
 浜岡原発原子炉の核燃料は抜きとられていませんでした。自然エネルギー発電は行われておらず、原子炉が稼動していた事実が判明しました。
 また、使用済み核燃料が原発建屋内部の使用済み核燃料プールに保管してありました。
 福島原発と同様な状況にあったため、制御棒と冷却装置と原子炉の破壊から、原子炉で燃料棒がメルトダウンし、水素爆発に至った事実が判明しました。
 今後「原発廃止・自然エネルギー発電法」による、原発廃止の政府命令を無視していた電力会社の犯罪が追求されます。

 政府が「自衛隊緊急出動復興法」により、自衛隊に災害救援復興出動命令を下しました。これにより、救援と復興が迅速に進められます・・・》

 なぜ、いっきに鎮まる?特に変ったデスクトップパソコンじゃないぞ・・・。
 省吾はディスプレイの日記を見た。
 マリオンが言ったように、日記に書いた事が現実になるなら、試す価値はある・・・。
 省吾は、昨年、省吾の歯科治療を担当した、Y歯科クリニックの歯科衛生士と親密になる旨を日記に書いた。
『やっと気づいたか・・・』
 外を見ると、電柱にいた烏が民家の屋根へ飛び移った。その先は、森に囲まれた神社だ。

 省吾は日記を書いた。
『「原発廃止・自然エネルギー発電法」を無視して原発を稼動したのは原発による発電と自然エネルギーによる発電との比較稼動実験だった、と電力会社は言い訳した。
 またも、震災による原発事故を「想定外」と言っている。福島原発事故処理を成し遂げていない今、放射性物質を扱う事業に想定外などとの言い訳は通用しない。

 原発は放射性廃棄物の処理方法を考えずにスタートした事業だ。未だ放射性廃棄物を完全無害にできないのだから、あらゆる事故を想定して対処せねばならない。
 これまで、研究者や技術者など学識者は政府から研究資金を貰っている手前、他のエネルギーを考えず、「原子力発電は安価で安全だ。他に代替エネルギーは無い」と言って、原発の危険性を訴える技術者や研究者を、国家権力下の学術会議から退けてきた。

 チェルノブイリを調査した科学者はマスコミを通じ、「放射性セシュウムの場合、その半減期の十倍、つまり、三十年の十倍、三百年を経ねば、元のような土地利用をできない」と言っていた。福島原発の震災後の日本に、このような事実を説明する学識者も政府の人間もいなかった。そして、浜岡原発事故後も、この事は報道されていない。

 今回の東海地震で、またも、電力会社は放射能汚染で日本から国土を奪った。
 福島原発から放射性物質が飛散し、国民から国土が奪われたのに、政府は福島原発の収束などと希望をほのめかし、飛散した放射性物質を除去すると言って「原発廃止・自然エネルギー発電法」を制定した。

 しかし、政府と電力会社は放射性物質を除去できなかった。放射性物質で汚染された土地は住宅地だけではない。耕作地も森林地帯もある。雨が降れば雨水は低い地域へ流れる。森林地帯の放射性物質除去など不可能なのは、誰の目にも明らかだった。

 配管破損による原子炉からの放射能に汚染された蒸気漏れなど、小規模な原発事故は過去に何度もあったが、政府も電力会社も電力不足を口実に、「原発は安全だ」と豪語し、政府も経済界も学識者も、放射性廃棄物の処理方法を解決しないまま、原子力開発を進めてきた。
 国民は、水を交換しない、金魚鉢の中の金魚と同じに扱われ、毒のある糞にまみれた水中で暮すのを強いられている。
 全てがクラリックのまちがった経済理論から始まった・・・。
 今後、世界経済の破綻から、新たな秩序下で、世界規模の国家連邦が編成される・・・』

 もしかして、これはマリオンの考えか?

『そうだぞ。気づいたな・・・。
 そのような批判を日記に書くな。お前は評論家ではない。
 最後のクラリックに関する文章のように、政治的方針を書くのだぞ』
 烏は飛びたたず、民家の屋根にいる。
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