十六 第二プログラム

文字数 3,276文字

 二〇八〇年、九月十八日、水曜、バグダッド十八時。
(上海二十三時。バンコク二十二時。ローマ十七時。ティカル九時)

 バンコク郊外、コンドミニアム。

 ローマから戻ったホイヘンスとコーリーは、バンコク郊外の自宅からほど近い、白亜のコンドミニアム、八角形の筒状建造物に居た。ここは優性保護財団警備部職員の住居に当てられたコーリー・ホイヘンス所有のビルだ。筒状建造物に囲まれた内部空間はドームに覆われて、ニオブの円盤型小型偵察艦が浮かんでいる。

 ホイヘンスはゲストルームの防弾ガラス越しに、ニオブの偵察艦を見ていたが、コーリーが子供部屋から出てくると、ホイヘンスは振り返った。
「二人とも眠ったか?」
 コーリーはホイヘンスに寄り添って腕を取った。
「ええ、ぐっすりよ。二人とも久しぶりによく遊んだわ・・・」
「いろいろ、ありがとうございます」
 子供部屋から出てきたアンナが礼を述べた。
「そんなに畏まらなくていいよ。皆に確認したい事があるんだ」

「わかりました。すぐに召集します」
 アンナのコンドミニアムは警備部長専用で、広いゲストグルームがある。アンナはゲストルームのセキュリティモニター端末で、このビルに居住する警備部職員の中心となる十名の幹部職員を招集した。
 優性保護財団職員は公務員に準ずる職責にある。警備部職員は昼夜を問わずにホイヘンスを警護している。唯一ホイヘンスと関係が深い職員である。

 優性保護財団総裁に就任した当初、ホイヘンスは社会のアンダーグランドで動きまわる、とりわけ、何らかの意欲に優れた者たちを優遇して訓練教育し、現在の部署に所属させた。ホイヘンスは彼らの主導的地位にあり、また、彼らもホイヘンスをボスとして崇拝している。ホイヘンスがアンナ・バルマーを家族と呼んだ意味がここにある。


 ゲストルームに優性保護財団警備部が集った。
「皆に伝えておく。
 戦艦〈ホイヘンス〉の件で、統合評議会は私に反逆罪を科すため評議を始める。
 統合議会が承認すれば、私はただちに解任されて、永久禁錮刑が科せられる。
 統合委員長は、そうなる前に辞職しろ、と言ってる。
 辞職するか、反逆罪を受け入れるか、二ヶ月後に表明しなければならない。辞職して戦艦〈ホイヘンス〉を政府に渡しても、トムソの件を問われる・・・」
 ホイヘンスは一呼吸してソファーの十名を見た。幹部職員は皆、ホイヘンスが何を話すか見つめている。

「私の行動は偵察衛星で統合議会と地球防衛軍に筒抜けだ。私が安全な場所へ逃げようとすれば、パラボーラの攻撃を受けて、私も戦艦〈ホイヘンス〉も壊滅する。
 皆は優性保護財団職員だ。私に何があろうと、警備部員を続けられる。現状維持を望む者はここで思考記憶管理を受けて、家族と共にこれからの人生を生きてくれ」

「・・・」
 十名の職員は、しばらく茫然としたが、おもむろに口を開いた。 
「あんたが永久禁錮刑になるのに、なぜ俺たちが財団に留まらなくちゃいけない?」
「そうだぜっ。トムソとの戦いがこれからだってのに、警備する相手が居ねえんじゃ話にならねえっ。そんな財団の警備部に留まれるかっ!」
「俺たちを教育して訓練したのは、あんたの望みを叶えるためじゃなかったのか?」
「俺たちはあんたの考えに賛同した。だから、あんたの警備員や戦闘員になる覚悟を決めたんだ。未来の俺たちの家族のために、あんたに我々の希望を託したんだぞ!」
「なんで俺たちを財団に残してゆく?以前、あんたを守る警備員になれ、と言った時のように、今後もあんたの警備をしろ、となぜ命令しないんだ?」
「俺たちに夢を見させただけで、実現させない気か?ふざけるなっ。なぜついて来い、と言わないんだ?」
「アンナ、お前もお前だ!俺たちは最初に、総裁と生死をともにすると覚悟を決めたじゃないか!どうして総裁を説得しないんだ?」
「これじゃ、俺たちの社会どころか、俺たちの居住区すら築けないぞ!」

「いいか、よく聞け!
 過去の汚い言葉を使うな!我々は規律ある警備部職員だ!
 皆の気持ちはわかってる!皆からじかに総裁に話して欲しかったのさ!」
 アンナは十名に注意して、ホイヘンスに言う。
「総裁、我々の意思は最初から決まってます。何があっても総裁についてゆきます。
 皆、あなたに拾われなかったら野垂れ死んでた者ばかりです。あなたに指導され、国家機関に所属できて家族もできた。皆、あなたの考えに従って、あなたと未来の家族のためにトムソと戦う意志です」

「・・・」
 ホイヘンスは戸惑った。これほど信頼された経験が無い。それに加えて、アンナと十名の幹部職員から注がれるこの思いが、一つの純粋な精神エネルギー場を構成して、この上なく心地良く感じられる・・・。そのエネルギーがどのような思いから生み出されようと、純粋な精神エネルギーに変りはない・・・。
「わかった・・・。
 では、第二プログラムを開始する。何があっても、全員、私について来い!」

「わかりました!総裁!何から始めますか?」
「皆は今までどおりに勤務して、五十日後に警備部を辞職してくれ。それまではここでトムソの記憶を再解析してくれ。
 これまでに誕生させたトムソの記憶データは全て戦艦〈ホイヘンス〉に保管してある。新たにトムソを誕生させなくても、分子記憶は探れる・・・。
 私の留守中に何かあった時は、コーリーの指示に従え」

「わかりました。
 皆に説明するよ。よく聞いてくれ」
 アンナはソファーに座る全員に、優性保護財団メインコンピューターの特殊端末を渡して、トムソの記憶を再解析する方法を説明した。
 警備部職員の辞職は、携帯端末を通じてID情報と退職届けを提出するだけで済む。戦艦〈ホイヘンス〉のメインコンピューターに保管されたトムソの記憶データの解析は、携帯端末では操作しにくい。


 ホイヘンスはコーリーとともに、アンナと幹部職員たちから離れた。
 ホイヘンスはケープタウンのテーブルマウンテンから出土したニオブの偵察艦から、ヘリオス艦隊とプロミドンと六隻の偵察艦の存在を知ったが、ヘリオス艦体と五隻の偵察艦が何処にあるか不明だ。偵察艦のプロミドンシステムは、未だ全てが解明されてはいない。戦艦〈ホイヘンス〉と副艦のコントロールシステムに、プロミドのコントロールシステムの一部と推進システムを取り入れただけだ。おそらく、ヘリオス艦隊とプロミドンはパラボーラを超える超弩級兵器だ・・・。
 ホイヘンスはそう思いながら、コーリーを抱き寄せた。

 ホイヘンスはコーリーの頬に頬を触れて、頬に唇を触れた。
「コーリー。頼みがあるんだ」
「何?」
「順序が逆になってすまない。いつまでも私とともに来てくれないか」
「ええ、もちろんよ。コージイも行くわ。私は何をすればいい?」
「明日にも、シンデイーとリンレイと財団職員から、我々に関する記憶を消して欲しい。
 六十日後、機会を見て、シンデイーとリンレイを脱出ポッドで戦艦〈ホイヘンス〉から財団に移送してくれ」

「わかったわ。その後は?」
「我々と皆の家族は戦艦〈ホイヘンス〉に移住する・・・」
 ホイヘンスは説明する。

 情報収集衛星に気づかれぬように、戦艦〈ホイヘンス〉の周回軌道を徐々に変化させて、パラボーラの射程外の月の裏へ戦艦〈ホイヘンス〉を移動する。
 戦艦〈ホイヘンス〉と地球の往復はニオブの偵察艦とそのレプリカ艦を使い、情報収集衛星に探知されない場所と時を選んで発着させる。
 警備部職員は五十名ほどだ。家族を合わせると二百名ほどになる。偵察艦は三十名が搭乗可能だ。二隻で四往復もすれば、警備部員家族を戦艦〈ホイヘンス〉に移動できる。

「これは、私に何があっても実行して欲しい。戦艦〈ホイヘンス〉のメインコンピューターとモーザが全てを指示する。わからない事は訊けばいい」
 コーリーは顔を離して、ホイヘンスを見つめた。
「あなたに何かあるの?」
「何も無いさ。あっても必ずコーリーとコージイといっしょに戦艦〈ホイヘンス〉へ移住するよ」
「わかったわ・・・」
 コーリーはホイヘンスを抱きしめた。
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