五 マリー

文字数 5,447文字

 午後。
 バスコは目覚めた。マリーはまだ眠っている。寝室からキッチンへゆき、自動調理器にバロムの肉をいれ、リビングで報道専用モニターをオンにした。皮剥事件の他にこれといった事件はない。
 ダイニングのテーブルに着いて、モニターを室内3D探査に切り換え、朝、メサイア・ゴメス監督官が設置していった監視装置の位置を確認した。
 バーチャルコンソールを操作して、盗聴盗撮波防止のために岩窟住居の壁面にそって位相反転シールドし、この岩窟住居全てを管理している電脳意識・クピが非常用に用意した合成3D映像に手を加え、各監視装置が捕捉している室内の監視映像と交換して発信した。
 モニターで確認すると五個の監視装置があった位置からの捕捉3D映像の代りに、クピが合成した3D映像がリビングに現れた。ダイニングキッチンの映像に、会話しながら食事するバスコとマリーがいる。合成監視映像が安定したのを確認し、バスコはしかけられた五個の監視装置を見つけ、機能を停止して分解した。
「これでよし・・・」
 バスコは報道専用モニターを本来の機能にもどし、報道配信を検索して新たな報道を探した。

 新情報があった。今日未明、コンラッドシティに未確認のエネルギーマスが出現して消え、今朝、ドラゴ渓谷のネイティブ居留区下流に巨大なエネルギーが現れて消えたと報道している。内容は文字だけで3D映像もデータもない。発信元は政府機関の宇宙物理学探査研究所の報道部だった。
 巨大エネルギーの出現と消滅は、スキップによる四人の出現と死体の消去だ。スキップ技術はこの惑星イオスにはない。
 あの四人は異星体だ。他惑星からこの惑星イオスにスキップした・・・。
 バスコの脳裡に、ここ惑星イオスがあるリオネル星系が浮んだ。
 リオネル星系にいるヒューマノイドはヒューマの我々だけだ。
 あの四人の異星体は我々のリナル銀河内にいるのか?それともリナル銀河外にいるのか?

 ここコンラッドシティは、リナル銀河・カオス星雲・リオネル星系(恒星リオネル)・惑星イオス・コンブロ大陸・コンラッド州のドラゴ渓谷沿いの大きな市だ。

「バスコ!」
 報道専用ディスプレイが岩窟住居のドアハッチモニター映像に変った。ネイティブ居留区の遠縁にあたるローズがドアの外にいる。
 こんなときに、よけいな女が来た・・・。
「バスコ!あけてくれ。祖父ちゃんから聞いたぞ。あけないとドアハッチをぶちぬくぞ!」
 家のドアハッチの前でバトルスーツのローズが腰の粒子銃をホルダーから抜いた。
 ただちに室内に警報が鳴り、岩窟住居の壁面に張られている位相反転シールドが外部へ拡大した。ローズはシールドが発生する斥力で数レルグ弾き飛ばされた。

「何の用だ?」
 バスコの3D映像がローズの目の前の位相反転シールド内に現れた。
 ローズが怒ったように言う。
「祖父ちゃんから聞いたぞ。女房をもらったんか?」
「そんな事で来たんか?」
「ああ、そうだ。何であたしに一言も話さないんだ?」
「何を?」
「女房のことだ。もらうなら、あたしに一言あいさつするのが道理だろう?」
「何でだ?お前、俺の家族じゃないぞ。たまたま、祖父ちゃんの家の隣がお前の家で、お前の先祖が俺の先祖と家族だっただけだろう?」
「あたしとの約束はどうした?」
「何を言ってる。お前が勝手に決めたことだ。俺がお前の提案を承諾したか?」
「それは・・・してない・・・」
「それに、お前はいくつだ?」
「十五・・・。だけど、身体は大人だぞ。ここもここも・・・」
 ローズは胸と下腹部に手を触れている。
「いくらネイティブ居留区に治外法権があっても、今のお前は、あと三年は誰の女房にもなれない。誰とも寝れない。もし発覚すれば、地下へ永久追放だ」
 バスコは地面を指さした。地中にはロドニュウム鉱石の地下鉱山がある。ここで最下級市民と罪人が強制労働させられている。
「・・・」
 ローズは閉口した。

「バスコ!どうしたの?」
 バスコの背後から、マリーがバスコに抱きついた。
「あら、かわいい人ね。バスコの知りあい?こんにちは。どんな御用かしら?」
 マリーはバスコの背中に抱きついたままローズを見つめている。マリーの柔らかな薄茶の長い巻き毛がマリーの顔とバスコの首筋をおおっている。その中から、少し垂れ目の長いまつげに縁取られた大きな碧眼がローズにほほえんだ。ローズは思わずマリーにウットリしてほほえみ返していた。
「あたしはローズ。バスコの嫁さんになると約束した。バスコの承諾は得てない。あたしが勝手に決めた。だから、バスコが女房をもらったというから、文句をいいに来た」
 ローズは粒子銃を振りまわし、3D映像のマリーとバスコにそう言った。

「あらそうなの?バスコも罪な人ね。
 こんなかわいい娘なら、一度くらい、寝てあげればいいのに。
 あら、あたしはいいのよ。気にしないわ」
 バスコの背に抱きついたままマリーはローズを見つめた。ローズの顔が真っ赤になった。
「そんなに顔を赤くしなくていいわ。まだ未経験なのね。
 バスコは上手よ。安心していいわ。あたしがしてもらったように、うまくしてもらえるわ。ねっ、バ ス コ・・・」
 マリーがバスコの耳に息を吹きかけた。
「知ってる。経験がなくても、いっしょに寝て、なにをするかくらいは知ってる。
 レビンやバロムが発情したときにすることだろう?」
 黒髪に包まれたローズの白い顔が真っ赤になった。
「アーラ、何も知らないのね。動物は年に二度しか発情しないの。
 ヒューマは相手次第でいつでもその気になるわ。
 それに、何度も寝たくなるのよ。どうしてかわかる?」
 マリーはほほえみながらローズを見ている。
「そんなのは知ってる・・・」
「どうして知ってるの?まだ、経験がないのにどうしてわかるの?
 ああ、そうなのね・・・。一人でしてるのね。
 それでどうなるの?よかったら、バスコに代ってあたしが教えるわ・・・」
 完全に、マリーはローズをからかっている。

「マリー。やめておけ。からかうんじゃない」
「この子、ずいぶん背伸びして無理を言ってるわ。
 もっと、現実をはっきり見なきゃいけないわ・・・」
 マリーはバスコの耳に唇をつけて話している。
「ローズ!家へ帰れ!」
「あら、いけないわ。中にいれて、抱いてあげなさいよ・・・」
 マリーの言葉に、ローズはギョッとして言葉をなくした。マリーはバスコから顔を離し、ローズをどうするか、バスコの目を見つめている。

 ローズを追い返すしか他に方法はない。祖父ちゃんがマリーを俺の妻として認めた証がローズのこの行動だ。事実を知っているのは俺とマリーと祖父ちゃんだけだ。これ以上、事実を知る者が増えれば、マリーの身どころかローズの身も危うくなる。
「ローズ。家へ帰れ。夜は出歩くな!皮を剥がれるぞ!」
「言われなくても帰る!あたしは変態趣味はない!
 バスコが変態女好きとは知らなかった。とんだ変態なんだ!」
 ローズが、背後に停止しているホバーヴィークルに跳び乗った。すぐさまドライブ装置を起動し、その場を去った。岩窟住居の周囲に拡がっている位相反転シールドが、元の岩窟住居の壁面に縮小した。

「あのままでいいの?」
 マリーはバスコの背から離れた。バスコの背と首からマリーの温もりが消えた。
「ローズは口が軽い。事実を話せばマリーをかくまっているのがむだになる。監視隊の監視装置は破壊した。今ここの電脳意識・クピが、合成した偽の3D映像を監視装置の捕捉3D映像として発信してる。ローズがここに来たことは監視隊に気づかれていない・・・」
 話しながらバスコはマリーをダイニングテーブルに着かせ、キッチンへ移動した。

 皿とナイフとフォークをダイニングのテーブルに置き、自動調理器からローストしたバロムを取りだして大皿にのせ、ダイニングのテーブルに置いた。自動栽培装置からサラダ菜をつんで大皿のローストしたバロムに添えた。
「簡単な夕飯だが、食ってくれ・・・」
 ダイニングテーブルに着いたバスコは、ローストバロムをナイフで切り分け、マリーと自分の皿にのせた。
「あんたをマリーと呼ぶのは、昨夜あんたが寝言で、マリー・ゴールド、と言ってたからだ。まあ、好きなだけここにいればいい。話したくなったら、あんたの状況がどうなってるか話してくれ。俺は無理に訊く気はない。
 話はこれくらいにして飯にしよう」
「いろいろすまない。感謝してる・・・。いただきます・・・」
 マリーはローストバロムを食べた。
「うまい!こんなのは食べたことがない!」
「ローストバロムだ。バロムを知ってるだろう?」
「バロムは知ってるが、食べたことはない」
「何を食ってた?」
「合成食だった気がする・・・」
「気がするって・・・」
 バスコはマリーを見つめた。
「記憶がないんだ。何でアイツラに追われてたのか、まったくわからない・・・」
 マリーはそう言いながらローストバロムを食べている。

「何も憶えてないのか?」
 いったいどういうことだ?バスコはマリーを見つめた。
「ヤツラに追われてたのは憶えてる。ヤツラはあたしを消そうとした。戦わなくっちゃいけない・・・」
「じゃあ、記憶がもどるまで、俺の妻としてここにいろ」
「いいのか?」
「ああいいさ。掃除、洗濯、炊事、夜の相手、することはたくさんあるさ・・・」
 バスコはそう言ってマリーの反応を見た。
「ああいいよ。もう、いっしょに寝た仲だ・・・」
 マリーはバスコの話を聞きながら、ローストバロムを食べている。
「適当に返事してるだろう?」
「掃除、洗濯、炊事は自動でできる。バスコはわかってて、そう話してるだろう?あたしの記憶を確認してるんだろう?」
「まあ食いながら聞け。記憶がもどるまでここにいてのんびりしろ。
 マリーが倒した四人をドラゴ渓谷に捨ててきたが、四人がドラゴ渓谷の一部とともに消滅した。俺とマリーが祖父ちゃんに会った後にここで寝ているときだ。
 さっき、この家を管理してる電脳意識のクピが知らせた・・・」

「ヤツラに気づかれた!」
 マリーがフォークを置いた。寝室へ行こうとしている。バトルスーツに着換えて、ここから他所へ移動する気だ。バスコはマリーの腕をつかんだ。
「まて、おちついて考えろ。マリーを消そうとするヤツラが、ここにいるマリーに気づかずに、死んだ四人だけを消滅させた。これが意味するのは何だ?」
「あたしに気づかなかった・・・」
 マリーが椅子に座った。
「おそらく、マリーには追尾装置のような物がついていない。あるいは、ついていても稼動していない・・・。
 ここに来てから、通信機を使ったか?」
 バスコは自分の耳の周辺を示した。
「何も使ってない。それより通信機って何だ?」
「記憶してないのか。説明してやる・・・」
 バスコは通信機を説明した。バスコは他人が作った通信機を使っていない。自分で作ったスカウターを装着するか、携帯している。

 説明を終えるとマリーはおちついてローストバロムを食べた。
「飯を食ったら、マリーに通信機があるか調べる。それまで通信機のことは考えるな。おそらく、ヤツラは通信機の位置情報で、マリーの居所を感知してたんだろう」
「わかった。これを食べたら寝ていいか?眠くてどうしようもない。疲れが・・・」
 マリーがフォークを皿に置いた。うとうとしている。取りわけたローストバロムを全て食べおえている。
「よほど、激しい戦闘だったんだな・・・」
 バスコはあの四人の死体を思いだした。女一人であの重武装した四人を倒したのだ。並大抵の体力ではあのようなことはできなかったはずだ。そう思いながらバスコはマリーを抱きあげて寝室へ運んだ。

 マリーをベッドに寝かせた。
「ここにいてくれ・・・」
 マリーがバスコの手を握ってベッドにひきとめた。
「心配するな。ここは要塞と同じだ。見た目は岩窟住居だが兵器を備え、強固にシールドしてある。ゆっくり休め」
「そういうことじゃない。ここにいてほしい・・・」
「わかった。時刻は早いが、寝るか・・・」
 バスコはベッドのマリーの隣に入った。
「何か、話してくれ・・・。バスコのことを・・・」
 マリーはバスコの手を握った。震えている。よほど恐ろしい体験をしたのだろう・・・。

「俺はここで装置を作っている。電子機器などだ」
「で、本当は何を作ってるの?」
「なぜ、そんな事を訊く?」
「あたしの武器を見破っただろう」
 マリーの武装はバトルスーツと剣のグリップ二つとナイフのグリップ二つだ。バスコはこれを光学武器と見破っている。
「そうだな。兵器と武器を作ってる」
「認可を受けてか?それとも・・・」
「非公式だ」
「闇の武器製造人か」
「まあ、そういうことだ。ところで、何も思いだせないのか?」
「・・・」
「マリー・・・。寝たのか・・・」
 マリーは眠った。
 マリーの持ち物は下着とバトルスーツ、剣のグリップ二つとナイフのグリップ二つだけだ。昨夜マリーが眠っている間に、バスコはそれらを調べたが、バトルスーツも武器も、どこで作られたか不明だ。
 あの四人の者たちの身体構造を考えると、この惑星イオス外で製造されたサイボーグの可能性がある。もしそうならマリーは他惑星のヒューマかも知れない。あの四人を抹殺したマリーだ。いったいどういう女なのだろう。それと、四人と皮剥事件は関係があるのだろうか・・・。そう思いながらいろいろ考えようとしたが、バスコは気持ちが穏やかになり、いつのまにか眠っていた。 
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