一 危惧

文字数 2,565文字

 ガイア歴、二〇五六年、五月。
 オリオン渦状腕、ヘリオス星系、惑星ガイア、ハワイ、マウナケア天文台。

                                      
 マウナケア天文台で、電波望遠鏡がいつもと違う巧妙に操作された信号を受信した。日頃受信する電磁波やX線などの誤差程度の揺らぎで、そのもの自体が何か、AIクラリスさえ気づかなかった。クラリスは分散型集中管理システムを有する巨大量子コンピューターのAIだ。人格があり女性だ。

 オペレーションルームの天文学者ジョージ・ケプラー博士は異変に気づかぬまま、ふと、星空を眺めたい衝動に駆られ、電波望遠鏡から離れて反射望遠鏡の3D映像に現れている星空を眺めた。

 人類の出生率が増えている。それなのに太陽挙動の異変で異常気象が続いている。食糧は増加していない。このままでは、いずれ人類は他の惑星へ移住しなければならないだろう・・・。
「どこかに、人類が移住できる惑星はないかものかね?」
 こんなに多くの恒星があるのに、知的生命体は人類だけなのか?
 星空を眺めながらケプラーはそう思った。

「ジョージの考えはわかりますよ。人口増加と異常気象を考えているんでしょう。
 この宇宙のどこかに、我々人類とコンタクトできる知的生命体がいれば、解決の糸口くらいにはなるんでしょうね」
 天文学者で天文エンジニアのモリス・ミラー博士の声がする。ミラーは電波望遠鏡が受信する、あらゆる電磁波形をディスプレイで見ている。

「我々が、人類とコンタクトできる知的生命体を探さねば、いずれ人類は半減する・・・」
 ケプラーはそう言った後で、なぜ、唐突にそんなことを話したか考えたが、理由はわからなかった。
 確かに出生率は増加している。太陽挙動の異変による異常気象で、食糧生産が間に合わないのも事実だ。しかし、人類の半数が絶滅する根拠はどこにもない。我ながら妙なことを話してしまったとケプラーは思った。思いつくまま話したのは、直感的に何かを感じとった証だ。今夜の仕事が終ったら、人類の絶滅について調査しよう・・・。
「モリス。今夜はここまでにしよう。もうすぐ、交代要員が来る」
「了解です。もう、クラリスに記録を頼みました」
 クラリスのアバターが3D映像で現れてミラーに頷いている。

 設備は全て自動記録設定だ。宇宙の彼方に異変現象が出現すれば、ただちにAIクラリスが異変を通報し、記録して分析する。それは、オペレーターや観測者が居ても居なくても変らない。
 しかし、モリス・ミラーもケプラーも、電波望遠鏡が捕捉した3D映像と電磁波形をじかにディスプレイで確認しないと気がすまない。全て、学者としての資質がなせる性格、凝り性なのだ。

「僕らが休息しても、クラリスと設備は休まないですからね・・・」

「私も休息するのよ。だから分散型集中管理なの」
 クラリスが、モリス・ミラーの親しい友人・ミランダの姿でにこやかに伝えた。
 クラリスは会話する相手に合せてアバターの姿を変化させる。
 ケプラーの前に現れるクラリスは、ケプラーの今は亡き妻、クラウディアの若い時に似ている。ケプラーにとってクラリスは人工知能というより、自分の妻のような気がする。

「うまくできてるね。クラリス」とケプラー。
「はい、ジョージ」
「ところで、クラリスとモリスに頼みがあるんだ。部屋へ戻ったら、手伝ってくれるかね?」

「いいわよ」
 クラリスはケプラーに微笑んでいる。
「ええ、いいですよ。さっきの人類絶滅のことでしょう。僕も気になってたんです。
 太陽挙動の異変による異常気象で食糧難が予想されるのに、人口が増えつつある。これって、生物の根源的な現象でしょう?」
 モリス・ミラーはケプラーと同じに、
『生物の個体が危機に瀕すると、子孫を残そうとして繁殖行動をとる』
 という、生物の生殖機能を考えていた。この現象は動物に限らず、植物においても同じ現象だ。


 宿舎に帰ったケプラーは、モリス・ミラーとともにクラリスの端末から、国際学術会議のデーターベースに蓄積された資料を検索閲覧して、異常気象と人口増加の関連について調査した。

 数時間後。
「ジョージ。驚くべき結果が出たわ!」
 クラリスが集計分析した結果、太陽挙動の異変による異常気象のために、植物や動物を品種改良して食糧増産する速度より、そして、食糧増産する設備を作る速度より、人口増加速度がそれらを上まわるという結論に達した。

「なんてことだ!」
 ジミーは生きのびれるのか?
 ケプラーは生まれたばかりの孫を思って言葉を無くした。

「息子が大きくなる前に、食い物が無くなっちまう!」
 モリス・ミラーも落胆している。
「モリスに子どもがいたとは知らなかったわ」
 モリス・ミラーの言葉にクラリスは驚きを隠せない。

 確か、モリスは未婚のはずだ。親しい女性・ミランダがいるが恋人はいなかったように思う・・・。
 そう考えるながらモリス・ミラーを見つめるケプラーの視線に、
「まだいませんよ。これからミランダと結婚したらのことです。でも、この事を知れば、彼女、子どもを産まなくなりますね」
 モリス・ミラーはジョークのように話しているが、実際は深刻に考えている。
 これは人類に限ったことではない。ある高度に進化した種が、滅亡に瀕していると知った時、その種の個体は何を思うだろう?人も同じ行動をするのか?

「人間も動物のはしくれよ。何かの時は衝動的に繁殖行動をとるわ」
 クラリスはモリス・ミラーの意見に賛同している。ケプラーは、クラリスがモリスを慰めているような気がした。
「なんとか、対策を講じなければなりませんね」
 モリス・ミラーは気を取り直してそう言った。

「いっそのこと、論文化して発表し、惑星移住計画を提案した方がいいかも知れないね」
 ケプラーは思いついてままを言った。
「いい考えですね。僕も協力します。ぜひ、発表しましょう」
「私も、手伝うわ。ジョージ」
 クラリスが笑顔でケプラーの肩に手を触れた。

 不思議なことに、ケプラーは、エネルギーフィールドで構成されたクラリスの手を生きた人間の手のように感じた。
「よろしく頼むよ」
 ケプラーはクラリスの手を握りしめた。
 クラリスの手のエネルギーフィールドは、忘れていたクラウディアの指に似ていた。
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