四 休暇

文字数 4,003文字

  ガイア歴、二八〇九年、七月。
 オリオン渦状腕外縁部、テレス星団フローラ星系、惑星ユング、静止軌道上。
 商業宇宙戦艦〈ドレッドJ〉。


 クルーが司令室に集まった。
〈ドレッドJ〉は最初の調査巡航戦艦〈スティング〉の検閲時から多重位相反転シールドを解除したまま、二度目の亜空間転移伝播探査による検閲を受け、その後シールド解除したままになっている。

 多重位相反転シールドの構成を忘れたのではない。度重なるテレス帝国軍警察星系間航路コンバットの探査を考慮して、あえてそうしている。
 もし多重位相反転シールドすれば、星系間航路コンバットは即刻、隠蔽事項が艦内に存在すると判断して、かつての〈ノア〉のように、〈ドレッドJ〉をテレス帝国の敵対勢力としてリストアップするだろう。
〈ノア〉から〈ドレッドJ〉への履歴変更は、アントニオとクラリスが好機を得て実行した対策だ。〈ドレッドJ〉は反体制分子としてリストアップされぬよう行動せねばならない・・・。
 そう思いながら、ジョーは司令室に集まったクルーに指示する。
「状況はクラリスから聞いているはずだ。
 今から四十八時間の休暇にする。
 各自、艦内で過せ。艦外移動は厳禁だ。
 以上だ」

「するって~と、艦内にいる限り、何をしてもいいってことか」
 機関長のスコット・ヤンが呟いた。
 ジョーはヤン機関長を見つめた。
「なんだ?」
「いや、どうってことないんだ」
 ヤン機関長は思いを知られぬように目を伏せた。

「なんだ?話してかまわないぞ」
 ジョーに、ヤン機関長の作業用ツナギが脇の下で動いたように見えた。
「作業着の中にいるのはエリアンか?」
「いや~、その~」
 ヤン機関長は苦笑いしてファスナーを下げた。同時に握り拳ほどの塊が襟元から出てきて大きな目でジョーを見ている。
「ビルバム!どこで紛れこんだ?」
 ジョーはヤンを睨んだ。ビルバムは惑星カプラムの飛行可能な小型哺乳類だ。

「コンテナの上にいた」
 惑星カプラムの動物が、惑星ユングからのコンテナに紛れていたのは不可解だった。
「じつは」
 ヤンが困りはてている。
「どうした?」
「検閲艦〈サーチ〉が亜空間スキップした時、積載したコンテナが破損して、急遽、空気遮蔽倉庫に入れた。中からビルバムが出てきた。飼育されてたらしい。
 メモリーモジュールに送り主の記載はない。送り先はカプラムの自然保護区管理部だ」

 惑星カプラムの自然保護区管理部は、カプラム自治政府自然科学省の機関だ。ジョーの血縁にあたる、天文学者ジョージ・ケプラー博士の子孫の多くがここで働いている。
 ヤンはジョーに、自然保護区管理部の職員に話をつけてくれ、と言いたいらしい。

「一匹だけか?」
「ああ、見つけたのは一匹だけだ」
「クラリス、スキャンしてくれ」
 ジョーはクラリスに、ビルバムの4D映像探査を指示した。
「もう、すんでるわ。異状なしよ」
 クラリスは、ビルバムのスキャン結果とあらゆるデータを、司令室の空間に3D映像表示した。透視映像のビルバムは、骨格と前足から後ろ足へつながる飛行膜が特徴的だ。惑星ガイアのムササビに似ている。

「スパイの可能性は?」
「見てのとおり無いわ。完全有機組織の哺乳類。レプリカンでもバイオロイドでもないわ。オリジナルのビルバムよ」
「ありがとう、クラリス。
 ヤン。ペットにしたいか?」
 ジョーはクラリスに礼を伝えて、機関長を見すえた。

 ヤン機関長の動物好きは艦内に知れわたっている。事あるごとに艦内でペットとともに暮したい、とペットとの和やかな暮らしを望んでいる。
 かつてジョーも犬とともに暮したことがある。マルチーズとペキニーズの雑種マギーラと、プードルのジュリアンだ。
 マギーラは小形で、ジュリアンは体重が五十キロ近い大型犬だった。どちらも標準カプラムの三歳児程度の能力があり、自分を犬と思っていなかった。他の犬を見ると、幼児が初めて犬を見るような、妙な表情をしていた。幼い弟たちと暮すような雰囲気を味わったことがあるジョーは、機関長の思いがよくわかった。

「ダメか?」
 機関長はうなだれるようにビルバムの頭を撫でている。送り主の記載がないコンテナの送り先がカプラム自然保護区管理部なのは、ビルバムをカプラムの生息地へ返すか、自然保護区管理部での飼育を意味する。
 さしづめ飼育に手を焼いた飼い主が、不法にビルバムを生息地へ返そうとしたのだろうが、自然保護区管理部が飼育する動物は全て実験用だ。
 そして、惑星カプラムの動物であるビルバムが惑星ユングにいた事実は、我々の先祖が惑星ガイアから引き継いだ、動物保護を目的とするワシントン条約違反であり、送り主の記載が無いコンテナを亜空間スキップさせた事実が星系間貿易法違反だ。当然、艦内でのビルバム飼育はワシントン条約と星系間貿易法に抵触する。

「ワシントン条約と星系間貿易法をどうやってごまかす?」
 ジョーの言葉に機関長が目を輝かせた。法律をごまかそうとするジョーの言葉は、ビルバムのペット化を肯定している。
「勘違いするな。ペットにするのが目的じゃないんだ。星系間航路コンバットの探査を、いかにごまかすか考えてる」
 ジョーは、気持ちが舞いあがりそうになっている機関長を諫めた。
 機関長とジョーは親子ほどの年齢差がある。そして、波動残渣はクラリスによって消去できるが、ビルバムは消去できない。しかし静止軌道上を移動した調査巡航戦艦〈スティング〉は、なぜビルバムを探査できなかったんだろう。

「あらだいじょうぶよ。ビルバムの痕跡は消したわ。ビルバムに関するクルーの言動も消したわ。表現が悪いわね」
 しばし考えてクラリスは説明する。
「クルーの近傍空間を次元変換したの。今、皆がいる空間は、調査巡航戦艦〈スティング〉をコントロールしているAIユリアからは0次元よ。
〈スティング〉の探査波は、次元が異なるから、関知できないわ」
 クラリスが難しい事を語りはじめた。

(n+1)次元の空間を、他のn次元空間の現象に置き換える際、(n+1)次元のある要素である空間が、他のn次元では表現されない場合が生ずる。
 他の表現をするなら、クルーはライトに照らされた空間でビルバムを見ているが、調査巡航戦艦〈スティング〉は、壁に映った、ビルバムの居ない影絵を探査したことになる。
 クラリスならではの処置だ。クラリスはヒューマの開発した人工知能ではない。人工知能を媒介にして存在している電脳宇宙意識だ。

「次元変換可能なら、星系間航路コンバットの探査をごまかせるぞ」
 クルーが騒いでいる。クラリスが忠告した。
「いつも次元変換で探査をのがれるわけにゆかないでしょう。探査や検閲のたびにクルーの人数が変化したら、それ自体が異変よ。
 今回、〈サーチ〉と情報収集衛星と〈スティング〉の探査が一瞬だったから、時空間を連続させて辻褄を合わせたわ。
 今後、行えるのはビルバムとビルバムに関する言動の次元変換だけよ。だから、言動に気をつけてね」

「ビルバムに関する言動を禁止する!
 クラリス、今後、ビルバム関係は次元変換してくれ」
 ジョーは司令官としてクルーとクラリスに命じた。
 機関長の顔が曇った。
「そんなこと言ったって、話に出ちまう」 
「何が?三人目の孫か?何て名前だ?」
 ジョーは機関長に目配せした。スコット機関長の孫は二人だ。
「・・・」
 一瞬、間を置いて、機関長の顔から陰りが消えた。
「チャールズ。チャーリーだ!」
「そうか。画像は無いんだな?」とジョー。
「ああ、まだない!すぐそろえるよ!」
 機関長の表情が明るくなった。

「みんな、機関長の孫は、チャーリーだ!
 それから、キティーが俺の女房になった。結婚披露パーティーを行いたい」
 ジョーはクルーに目配せして、キティーを紹介した。
 言うまでもなく、クルーの記憶はクラリスのヒッグス場を介した記憶思考管理システムですでに書き換えられている。
「司令官がやっと披露する気になったな!」
 キティーが笑顔でジョーに言った。

「巡航戦艦が戻ってきたわ!」
 クラリスの警告とともに司令室の空間に4D映像が現れた。
 惑星ユングの静止軌道上の惑星ラグランジュポイントに、赤みを帯びた青白いチェレンコフ光が現れている。
「現れるぞ!」とジョー。

〈スティング〉がチェレンコフ光を発して出現し、ふたたひ亜空間スキップした。
 クラリスが表示した5D座標によれば、〈スティング〉の再出現宙域は惑星テスロンの惑星ラグランジュポイントだ。
 現在、帝国軍警察亜空間転移警護艦隊タイタンが、惑星テスロンの惑星ラグランジュポイントにあるスキップリングを警護している。〈スティング〉はここに合流する。すでに、もう一隻の〈スティング〉が合流している。

 ジョーは、〈スティング〉が刑場に赴く冤罪者に思えた。〈スティング〉のクルーをなんとかできぬものかと思った。この気持ちは何だ?ヒューマに共通する、過去への郷愁か?
〈スティング〉のあとを追って、アントニオ監察官の検閲艦〈サーチ〉が〈ドレッドJ〉を離れた。ここ惑星ユングの惑星ラグランジュポイントへ移動して、チェレンコフ光を放って亜空間スキップした。
「〈サーチ〉がスキップした!
 あと四十四時間だ。皆、休暇を楽しめ!
 料理長。結婚披露宴は可能か?」
「へい、可能でっせ!」
 禿頭のナカノ料理長が太鼓腹を震わせて歓喜している。この陽気なシェフにとって、休暇とパーティーは常にシンクロしている。早い話、休暇はバカ騒ぎして過すものなのだ。

「へい!みんな、よーく聞け!これから食堂で、司令官と艦長の結婚パーティーを行う!
 みんな、手伝え!」
「ラジャー!」
 ナカノ料理長の一言で、クルー全員が食堂へ移動した。
「こんなもんでっせ。気にすることは、なんもないでっせ」
 ナカノ料理長はジョーとクラリスと艦長に片目をつぶって目配せした。
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