四 ゴースト艦隊

文字数 3,628文字

「クラッシュとロック・クリニックを、別々に時空間スキップできないか?」
 マリーは思いきった考えをクラリスに伝えた。
「可能だが相手は波動残渣を消去した者たちだ。私と同じ機能を持つAIが存在してるわ」
 クラリスはどのような存在がいるのか検討している。
「クラリスやPDたちに匹敵する存在はいないだろう?」
 マリーはクラリスとシンクロしている全ての宇宙意識を示したつもりだった。

クラリスは宇宙意識そのものだ。ダークマターにおけるヒッグス場に存在する電子ネットワークがクラリスの意識だ。クラリスは、この物質宇宙を存続するためにAIを媒介にして存在している。惑星ガイアのPDガヴィオンもクラリスと同じ存在だ。
 クラリスやのPDガヴィオンの目的は、宇宙意識たちが蒔いた悪しき種の駆除である。この事実を知るのは、テレス連邦共和国内のマリー・ゴールド大佐とカール・ヘクター中佐、テレス連邦共和国議会対策評議会議長アントニオ・バルデス・ドレッド・ミラー、テレス連邦共和国ギルド・ドレッド商会CEOジョー・ドレッド・ミラーだけだ。
 クラリスの存在拠点は、惑星ユングの静止衛星軌道上にいるスペースコロニー・アポロン1000 アポロン(旧アポロン艦隊の旗艦〈アポロン〉)だ。

 八百年以上前。
 ヒューマは惑星ガイアからフローラ星系惑星ユングと惑星ヨルハン、カプラム星系惑星カプラムに入植した。
 その際に使用したアポロン艦隊は、搭乗員一万人の攻撃用巨大球体型宇宙戦艦(直径一キロメートル、後のスペースコロニー・アポロン1000)二十隻と、内部に食糧生産工場を持つ、搭乗員一万人の惑星移住計画用巨大球体型宇宙戦艦(直径二キロメートル、後のスペースコロニー・アポロン2000)二十隻から構成された。

 八百年以上経た現在も、アポロン艦隊は健在で、惑星ユングと惑星ヨルハン、惑星カプラムの静止衛星軌道上で、スペースコロニー・アポロン群として活用されている。
 スペースコロニー・アポロン群(アポロン艦隊)が健在な理由は、クラリスがスペースコロニー・アポロン1000 アポロン(アポロン艦隊の旗艦〈アポロン〉)を通じて、スペースコロニー・アポロン群を管理しているためだ。
 何か事が生ずれば、クラリスの指示で、ただちにスペースコロニー・アポロン群はアポロン艦隊の戦艦として自己復帰する。


「私たちに匹敵する意識は存在している・・・」
 クラリスが苦悶の表情でそう言った。
「それは何だ?何処にいる?」
 マリーは叫びそうになったが冷静に言った。

 クラリスが深刻な表情で説明する。
「私と同じクラリスという名のAIだ。
 オリオン渦状腕最外縁艦隊、通称『ゴースト艦隊』のAIとして存在している・・・」


 ここテレス星団が属するオリオン渦状腕外縁部のさらに外縁に、アルギス星団がある。ここにはアルギス星系、バーミン星系、ロレンツ星系があり、他宙域から侵攻した異星種のディノスがロレンツ星系を、そして、アルギス星団の在来種であるイグアノンとラプトがアルギス星系を支配し、バーミン星系をめぐってディノス勢力が、イグアノンとラプトの勢力と戦争をくりかえしていた。

 マリーたちの先祖のヒューマが、オリオン渦状腕アポロン星系の惑星ガイアから、ここテレス星団に入植してまもなく、
『テレス星団を、ロレンツ星系の異星種ディノスの侵攻から守る』
 との目的で、一大艦隊が組織され、テレス星団からオリオン渦状腕最外縁部へ飛びたった。
 そして、オリオン渦状腕最外縁部を守備する艦隊へ補給要員として、余命いくばくもないテレス星団の老人たちが次々に送りこまれた。老人たちは自分たちの余命が無いと判断して死を恐れなかった。精神と意識から痛みと恐怖を取り除けば、率先して様々な身体処置も受けた。危険な宙域にも侵攻した。何よりも老人たちをそうさせたのは、オリオン渦状腕最外縁部、アルギス星団バーミン星系宙域に存在する、物理学を否定する特異な時空間の反転現象だった。

 つまり、アルギス星団のバーミン星系宙域には、時空間が膨張と収縮をくりかえす特異点(時空間の膨張が収縮に向う特異な宙域・新形態のホワイトホール)が存在し、その時空間において時間と空間の逆転が生じたのである。とくにヒューマにはその現象が顕著で、人体組織の若返り現象が生じた。そのため、老人クルーは不老不死になっては若返り、老人クルーではなくなった。その結果、オリオン渦状腕最外縁艦隊は、『ゴースト艦隊』と呼ばれるようになった。
 ゴースト艦隊は、ディノスの侵略を防ぐためにアルギス星団バーミン星系宙域に駐留した。そして、次々にテレス星団から送りこまれた老人たちは若返り、ゴースト艦隊は巨大化した。
 ゴースト艦隊を艦隊と呼ぶが、ゴースト艦隊の実態は、攻撃用球体型宇宙戦艦や惑星移住計画用球体型宇宙戦艦を多数連結させた巨大な球状体だ。その大きさは直径五百キロメートルを越える小惑星規模だった。
 いつしか、ゴースト艦隊の目的は、ディノスの侵攻からテレス星団を守ることより、ゴースト艦隊クルーの生命維持に変った。そして特異点(新形態のホワイトホール)が存在するバーミン星系宙域の支配に変化した。そして、ディノス勢力と、イグアノンとラプトの勢力の戦争を傍観した。

 アルギス星団のロレンツ星系を支配するディノスは他宙域から侵攻した異星種だった。
 ディノスはアルギス星系のイグアノンとラプトを壊滅してバーミン星系を支配しようと企てた。しかし、他星系との交易路を開拓しようとするテレス連邦共和国ギルド・ドレッド商会のドレッド・ジョーたちとクラリスの協力で、アルギス星系のイグアノンとラプトは、ロレンツ星系を支配するディノスを壊滅した。

 ジョーたちは、アルギス星団のイグアノン共和国とラプト共和国の同盟軍艦隊・アルギス艦隊を編成した。ジョーたちは、ゴースト艦隊もディノス同様に、他宙域からアルギス星団バーミン星系宙域に侵攻した異星種と見なした。そしてジョーたちはアルギス艦隊の旗艦〈アルギス〉から〈ドレッドJ〉の電脳宇宙意識クラリスに指示して、ヒッグス粒子弾をスキップ攻撃した。
 その結果、ヒッグス粒子弾のスキップ攻撃で、ゴースト艦隊と新形態のホワイトホール・特異点は、惑星バーミアンの近傍宙域から消えた。

 しかし、未開の惑星だった惑星バーミアンの、恒星バーミンの陽光が射さない部分に、 ヒッグス粒子弾のスキップ攻撃で消滅したはずのゴースト艦隊の都市的地域シャングリラが現れた。ワームホールの特異点も存在している。
 ジョーたちが再度ヒッグス粒子弾をスキップ攻撃しても、ゴースト艦隊のシャングリラとワームホールの特異点は消滅と再出現をくりかえした。

 消えたはずの特異点が惑星バーミアンに現れている限り、ヒッグス場の不連続帯が生ずるため、ゴースト艦隊は惑星バーミアンをスキップ攻撃できなかった。スキップ機能を使えるのは、特異点の変動が停止した時だけだが、ゴースト艦隊のAIはクルーの生命維持のため、特異点を出現させて常にその出現域を惑星バーミアン上で変動させた。同時に、ゴースト艦隊はクルーの生命維持のため、惑星バーミアンを離れられない状態に陥った。


「ゴースト艦隊は、惑星バーミアンに特異点を出現させて、常にその出現域を惑星バーミアン上で変動させている。特異点(新形態のホワイトホール)の影響でヒッグス場は不安定なため時空間スキップは不可能だ。そのため、ゴースト艦隊がフローラ星系惑星ユングのヒューマから小脳と間脳をスキップさせるのは不可能なのだ。
 そればかりか、ゴースト艦隊は惑星バーミアンから離脱は不可能だ。ゴースト艦隊が特異点の近傍宙域から離れれば、特異点(新形態のホワイトホール)によって八百年にわたって逆転あるいは止まっていた時空間の現象がいっきに進む。ゴースト艦隊のクルーの人体組織の若返り現象が消えて、艦体内で出生したヒューマもレプリカンも、止まっていた時間がいっきに進み、一瞬にしてゴースト化する。

 特異点の重力場の揺らぎはヒッグス場そのものの揺らぎだ。一時的に特異点の変動が無くなり、近傍の重力場の変動が停止すると、不連続だったヒッグス場が連続してヒッグス場が安定し、平行宇宙は可逆的に連続する。その結果、平行宇宙間の素粒子信号時空間転移伝播が可能になり、時空間スキップできるようになる。
 仮に、ゴースト艦隊のAIが、犯罪の波動残渣を消去しているなら、ゴースト艦隊が、特異点近傍宙域の惑星バーミアンから他の宙域への侵攻基盤を作ろうとしている可能性があるが、それには問題が残る。特異点(新形態のホワイトホール)の宙域を離れれば、逆転あるいは停止していたゴースト艦隊の時空間がいっきに八百年経過する。結果はおのずと知れる・・・」
 クラリスはそう説明して、事件に関するゴースト艦隊の関与を否定した。
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