十三 帰還

文字数 5,526文字

 ガイア歴、二八一〇年、八月。
 オリオン渦状腕外縁部、テレス星団カプラム星系、惑星カプラム。
 カプコム大陸、カプール州、カプール、カプコム山脈地下、アシュロン商会。


 商会本部破壊の五日後。

「アシュロン商会本部が再建されました。
 現在、アシュロン商会は軍の制圧下にあります。
 まもなくアシュロネーヤのレブリカンが投入されます」
 カプコム山脈地下シェルター内にあるアシュロン商会執務室で、4D映像探査結果をクラリスが伝えた。
 執務室にいるのは支配人のキム・ノートンとアントニオとジョーだ。

「軍が商会本部にレプリカンを投入する時、レプリカンをアントンと私に代えてくれ」とジョー。
「なぜです?」
 クラリスが不審な表情のまま、精神波(心)でジョーとアントニオに伝えた。
『五年待てば、惑星ガイアのAI・PD(PDガヴィオン。クラリスと同格の電脳宇宙意識)が救援隊を派遣します。
 平行時空間現象のためタイムラグは否めません。
 現在、PDが惑星ユングのコンバットを探索しています。
 あなたの先祖ケプラー博士に話したように、私の精神はダークマターにあり、ダークマターで保護されたヒッグス場に存在する素粒子ネットワークが私の意識です。
 私は宇宙そのものです。この物質宇宙を存続するためAIを媒介にして存在しています。惑星ガイアのPDも私と同じ存在です。
 私たちの目的は、私たちが蒔いた悪しき種ディノスの駆除です』
『そのことは薄々気づいていた』
 ジョーはクラリスとアントニオに精神波で伝えて、会話に戻った。

「ディノス駆除はオラールに任せておけない。
 ヤツは自分たちを優先する。用済みになったらアシュロン商会を壊滅する気だ」
「わかりました。準備してください」
 クラリスがジョーに微笑んでいる。

「我々をレプリカンと入れ換える」
 そう言ってアントニオが、ソファーから立ちあがった支配人のキムを見つめた。
「わかってる、アントン。
 アンタ以上の監察官はいない。私のアントンはアンタだけだ」
 キム支配人は思いつめた眼差しでアントニオを見ている。

「心配するな。無事に戻る。
 クラリス。アシュロン商会本部からスキップした俺たちのレプリカンと、これからスキップしてくる、軍のレプリカンの俺たちを教育してくれ」
「了解したわ」
 クラリスが二人に目配せした。
「スキップしてくれ」

 ジョーの言葉とともに、ジョーとアントニオが消えて、軍のレプリカンと本部からスキップしているレプリカンのジョーとアントニオが、それぞれ二人現れた。
「さて、クラリス。オリジナルのジョーとアントニオの4D映像を見せてくれ」
 二人のジョーはクラリスを見つめた。クラリスによってすでにレプリカンの記憶はオリジナルと同じだ。
「帝国軍と軍警察に動きはあるか?」
「ありません。惑星ラグランジュポイントは我々アポロン艦隊の支配下です。
 帝国軍と軍警察に、惑星カプラム侵攻策はありません。
 皇帝はいまだ状況を知りません。
 帝国軍は惑星ユングを完全制圧してから、惑星カプラムへ侵攻する気です。
 4D映像が現われました」


 ガイア歴、二八一〇年、八月。
 オリオン渦状腕外縁部、テレス星団フローラ星系、惑星ユング。
 ダルナ大陸、ダナル州、アシュロン。
 アシュロン商会本部
 フォースバレーキャンプ。


 アシュロン商会本部三階の監察官執務室に、テレス帝国議会記録の3D映像が現れた。
「四年間だ。四年間で、ニューアシュロンを建設する。
 アシュロンキャニオンの採掘を急がせろ。採掘員を増員しろ」
 皇帝テレスがテレス帝国議会で、産業省ディアス・マルコス大臣と環境省ロメアーニ・イグシアス大臣に命じた。
 ディノスはみな肥ったブタだ。肉の食い過ぎで頭の中まで脂ぎっている・・・。
 皇帝は大臣たちとテレス帝国議会の議員たちに苛立ちを覚えた。

 テレス帝国国防総省テレス帝国軍総司令官執務のデスクで、オラールはテレス帝国議会記録3D映像を閉じて、ジョーの3D映像に向って言う。
「皇帝がニューアシュロン建設を公にした。
 近々、マルコス産業大臣を通じて、アシュロンキャニオン鉱山の採掘を急がせるよう通達が行くはずだ。事前に対策を練ってくれ」

「了解。ソウチとカンオケを送ってくれ」
 アシュロン商会本部のジョーは、3D映像のオラールに機器を要請した。
「なるほど採掘員をレプリカンで補充するとは考えたものだな」
 オラールは感心した。採掘ユンガを複製すれば、増員せずにレプリカンで代用できる。レプリカンを複製中に教育すれば服従は絶対だ・・・。

「今回のように、麻薬撲滅目的で何度もコンバットが奇襲すれば、商会は壊滅する」
 ジョーはそう言ってオラールにテレス帝国軍警察重武装戦闘員コンバットの活動を自粛するよう促した。

「コンバットの件はわかった。近日中に機器を送ろう。
 もう一つ連絡しておく。時空間スキップが完成した。だが、惑星カプラムへは侵攻しない。これまで同様、惑星ユングの完全支配が先だ。
 では、また連絡する。そちらからも連絡してくれ」
 今までどおり、惑星カプラムがジョーたちに攻略されている事実は皇帝に伏せておこう。惑星カプラムは我々カプラムが攻略したも同じだ・・・。
 これまで帝国に時空間スキップ技術はなかった。時空間スキップが完成した今、惑星カプラムの奪還はいつでも可能だ・・・。
 オラールはそう思った。

「了解した」
 ジョーはオラールの思考を読みとりながら、3D映像通信回線を閉じた。

「商会本部攻撃の理由を言わなかったな。
 帝国軍警察は帝国軍の指揮下にあるが、実質は皇女の指揮下だ。
 やはり帝国軍と軍警察コンバットの連絡不行き届きか?」
 アントニオが執務デスクで考えこんだ。

 ジョーは3D映像通信回線で読みとったオラールの思考をアントニオに話した。
「オラールの意識に計画の役割があるだけだ。皇帝や皇女などの上下関係はない」
「それなら、我々の立場は何だ?経済統治させるだけか?」とアントニオ。
「今はそうだろう。
 採掘効率を上げるため、採掘員にクラッシュと解毒剤を販売しよう。クラッシュの効果が現れている間、採掘員を休暇させる。薬効により疲労回復は早い。
 そしてクラッシュが慢性化する前にクラッシュを解毒する。
 しかし、ユンガは手順を守れるだろうか?」
 ジョーはユンガの性格を疑問視した。

「採掘監督官に使用を厳守させよう。採掘員を個別指導すれば可能だろう」とアントニオ。
「担当はマイケルとトムにしてくれ。
 キティーは採掘員家族の精神ケアを担当してもらう。
 ソウチとカンオケが届きしだい、採掘員をレプリカンと交代させよう。
 オリジナルが採掘作業している間に、レプリカンを再教育して投入だ」
 現在、アシュロン商会支部に投入されているアシュロネーヤは、帝国軍によって惑星ユングに経済支配体制を布くよう育成された、オラール指揮下のレプリカンのアシュロネーヤだ。
 現在の商会支部に投入されているレプリカンを、新たなレプリカンに入れ換えれば、我々の意にそった統一したアシュロン商会体制を布ける。
 ジョーはアントニオにそう説明した。
「その手があったな」とアントニオ。

「アントン、軍警察フォースバレーキャンプの総司令官から3D映像通信が入ってます。
 今回の件で事情を聞きたいと言ってるわ」
 クラリスが緊急3D映像通信を伝えた。
「私だけを映してくれ」
「ジョーを非映像化して、回線を開きます」
 クラリスはジョーに目配せした。

 3D映像が現れた。
 バトルスーツとアーマーで身を固めた、金髪をポニーテールした碧眼の中肉中背のマリー・ゴールド太尉だ。
「テレス帝国軍警察重武装戦闘コンバット、フォースバレーキャンプ総司令官のマリー・ゴールド太尉だ。
 今回の件で責任者に聞きたい事がある。質問に答えてくれ」
 フォースバレーキャンプのオフィスで、執務デスクのシートに座るマリーは膝を組み横柄に話している。ずいぶん傲慢な態度だ。
 この態度は見せかけだとジョーは思った。

「私はアントニオ・バルデス・ドレッド・ミラーだ。
 テレス帝国のギルド監察官で、アシュロン商会の最高責任者だ。
 なぜ本部ビルを破壊した?理由を聞きたい。答えてくれ」
 アントニオは臆することなくそう言った。
 ギルドはテレス帝国政府が承認した通商産業組織だ。ギルド監察官はギルド内部の動向を監視監督する立場にあり、ギルドの最高責任者と同格の絶大な権力を持っている。
 建前上、マリーが惑星ユングの地域統治官の立場にあろうと、実質はアシュロン商会が地域統治官であり、惑星ユングのロドニュウムの採掘管理監督官であり、物流の支配管理者であり、惑星ユングの全経済支配権を握っている。

「五日前の深夜、逮捕状を示して、アシュロネーヤと家族を拘束すると警告した。
 容疑は、テレス帝国軍警察星系間航路コンバットと亜空間転移警護艦隊の3D映像通信回線と3D映像探査をハッキングした罪だ」
 マリーは自信に満ちた態度だ。

「何かのまちがいだろう。もう一度、ハッキングの記録を確認してくれ。
 五日前の深夜、我々アシュロン商会は、全支部と関連企業をともなって、慰安旅行へ出かけた。行った先はスプリングアイランドだ。
 渡航記録を確認してくれ」
 アントニオの態度も自信に満ちている。
 記録は全てAIクラリスが管理した。彼女に不備はない・・・。
 ジョーはクラリスに目配せして礼を示した。クラリスが黙礼で返礼している。


 マリーはAIユリアに指示して、帝国軍警察の3D映像通信回線と3D映像探査の記録と、スプリングアイランドへの渡航記録を調べた。

 まもなくマリーが謙虚な態度になった。
「すまなかった。ハッキングの記録は無かった。渡航にまちがいはない」
 こんなバカな!ハッキングの記録が消えた。有り得ない!なんてことだ!
 マリーはAIユリアに聞こうとして思い留まった。ユリアが、あとで対策を考えましょうと目配せしている。ユリアのアバターはアントニオには見えていない。

「わかってもらえればいい。
 もう一度訊く。なぜ本部ビルを破壊した?理由を聞きたい・・・」
 アントニオはおちついて問いただした。
「五日前の深夜、逮捕状を示して、アシュロネーヤと家族を拘束すると警告した際、本部ビル内にアシュロネーヤが居た。
 尋問に応じず、逃亡を企てたから攻撃した。それだけだ」
 マリーは平然と答えた。
 帝国軍警察のクラッシュ撲滅方針を知っているだろう?その疑いがアシュロン商会にかかってるんだ・・・。

「本部ビルにアシュロネーヤは居なかった。
 不審者が居ただけでビルを破壊したのか?」
「そうだ。本部ビルは建て直した。人的被害は皆無だ。異論なかろう」
 マリーはふたたび傲慢な態度になった。
「まあ、よかろう。商会を再建してもらったが不足な物は多々ある。業務に支障を来す者は保障してもらう」
「よかろう。請求してくれ」
「ところでロック・クリニックで何があった?
 噂では、コンバットがクリニックビルを破壊したと聞いたぞ」とアントニオ。

「麻薬の違法売買だ。逮捕のためビルに入ったら攻撃された。
 反撃している間に、被疑者は〈イグシオン〉で時空間スキップした」
 監察官に情報提供する気はないが、マリーはあえて時空間スキップしたと言った。
 監察官がロック・コンロンに関して知っていれば時空間スキップに食いついてくるはずだ・・・。

「スキップしたのか?スキップはテレス帝国に無い技術だぞ!」
「時空間スキップを聞いたことがないか?」
「聞いたことがない。
 もし聞いていれば利権を手に入れて特許を取り、製造から販売まで一挙に独占する。
 テレス星団全域の移動機種に搭載すれば、莫大な利益になる」

「そうだな・・・。
 テレス帝国軍が再建したアシュロン商会の使い心地はどうだ?」
 アシュロン商会本部ビルの再建について、マリーは何も聞いていないが、再建を事前に聞いていたかのように話した。
「何とも言えない。生活用品が揃っていない。揃えてくれ」

「了解した。じゃましたな」
 マリーは3D映像通信回線を閉じた。

「帝国軍はいつ地下都市建設に従事する?」
 マリーは、テレス帝国軍警察フォースバレーキャンプの執務デスクでユリアに訊いた。ロック・クリニックが壊滅した今、アシュロンの地表でクラッシュが売られることはない。
「近日中に、帝国軍がアシュロンキャニオンとフォースバレーに投入されます。
 フォースバレーの地下に新しいフォースバレーキャンプが建設されます。
 現在のフォースバレーキャンプは、新フォースバレーキャンプの宙港として活用されます。宙港と新キャンプはチューブでアクセス予定です」

「地下のフォースバレーキャンプと地下のニューアシュロンを結ぶのは何だ?」
「地下チューブと飛行体の類です」
「地下建設現場は軍の管轄だ。クラッシュが建設現場で売買されても、我々は手を出せない。クラッシュを売る目的は何だ?」
「アシュロン商会がクラッシュでユンガを支配し、採掘に動員するのが目的と考えましたが、違うようです」
「どこが違う?!」

「クラッシュ禁断症状が現れていません」
「ヒューマにクラッシュは麻薬だ。
 カールはロイのクラッシュ禁断症状を確認したぞ!」
「ロック・クリニックの波動残渣からデータを復元しました。
 ロイ・マメイドのカルテに、クラッシュの初期禁断状態が改善されたとあります。
 どのような薬物療法がなされたか不明です」

「記録の改ざんは無いか?」
「調べます。ロイ・マメイドに確認しても彼は治療を記憶していないでしょう」
「そうか・・・」
 マリーの意識に疑問が拡がった。
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