二 惑星ロシモント

文字数 4,932文字

 新ロシモント暦〇年、ガイア暦〇年。
 かつて、我々ニオブが生息したアマラス星系惑星ロシモントは、我々の時間にして、約一万年前(ガイア時間約十万年前)までは、植物が繁茂し、多くの生物が生息する豊かな惑星だった。当時のアマラス星系は、渦巻銀河メシウスの銀河中心から、我々の時間で二万五千光年の距離に位置していた。

 現在、アマラス星系の位置は、渦巻銀河メシウスの銀河中心から、約二万光年の距離に変化している。そのため、現存する惑星ロシモントに昔の面影はない。あるのは砂漠化した赤茶けた大地と、その大地に点在して輝くいくつもの巨大なプロミドンだけである。

 アマラス星系が属する渦巻銀河メシウスは、誕生から二十億年(ガイア時間二百億年)がすぎ、膨張から縮小へ転じていた。銀河中心に近い星系はつぎつぎに銀河中心のブラックホールへ引きこまれ、中心はその膨大な質量のため、急速に重力場を増していた。

 銀河中心の変化は周辺の星系にも現れ、アマラス星系に属する惑星ロシモントもその影響をうけた。増大する銀河中心の重力場により、ロシモントの公転軌道半径は徐々に縮小して恒星アマラスに引きよせられ、アマラスからの光エネルギーが増大し、動植物が絶滅しつつあった。

 我々は、我々自身と他の生命を守るため、地下都市を建設して多くの生命を育て、過去の地上と変らぬ生活をつづけた。


 生命が存在する他の惑星同様に、惑星ロシモントの生命も恒星の光エネルギーを基礎に、ロシモントの物質から他の物質を合成した。これらは地表に堆積し、時の流れとともに地表から地中深くに埋没して変質した。我々はこれらを化石エネルギーとして採掘し使用した。あるいは惑星ロシモントとして存在する物質や、他の時空間から飛来する小天体を、他の物質に作り変えてエネルギーの源泉にした。
 我々は、単に、母なる恒星アマラスが与える光エネルギーと、ロシモントに存在するエネルギー、飛来する小天体を、間接的に得ているにすぎなかった。

 恒星アマラスと惑星ロシモントの活動自体から直接的にエネルギーを取りだす試みも行われたが、手段の簡素化と副産物の皆無が主張され、エネルギーに対する我々の考えはしだいに簡略化されていった。

 今思えば、恒星アマラスが与えるエネルギーと惑星ロシモントが持つエネルギーを基盤に、ロシモントの地表で成される生命エネルギー連鎖にともなうエネルギー循環を活用することが、副産物を排出しない転換可能なエネルギーであり、我々の生活を維持するために最良の方法だったと思う。当時の我々は、惑星ロシモントの地表レベルに留まらず、エネルギー連鎖をエネルギー循環として時空間レベルで考える必要があった。
 にもかかわらず、我々は、さらに簡素化された手段を選んだ。


 銀河中心の変化と同時に、我々ニオブの精神進化は進み、物質のエネルギー転換と物質の転送を可能にするプロミドンの開発に成功した。これは精神エネルギーも含め、画期的なエネルギー入手法だった。
 我々は、惑星ロシモントの生命体が生命エネルギー連鎖によってエネルギー循環を行ったように、生態系で行われるエネルギー連鎖を単なるエネルギー循環と考え、生命体も含めたすべての物質に宿るエネルギーの、ある限られた一部を我々のために使った。
 このようなエネルギーが何か、何処にどれだけ存在するか、当時の我々はすでに考えていた。プロミドンの開発と成功は、我々の歴史に新展開を与え、我々は時空間と物質の新たな概念を持つようになった。

 だが、物質のエネルギー転換と転送を可能にするプロミドンの完成は、無尽蔵なエネルギー供給を意味しなかった。
 プロミドンを持つ我々は、時空間の創造主のごとく、物質の消滅も、エネルギー転換した物質の再現も可能だった。我々が消費するエネルギーのために、惑星ロシモントにある物質、あるいはロシモントその物をエネルギー転換する事自体、我々も含め、形ある存在の消滅とエネルギーの散逸を意味し、我々自身の存在を脅かすものでしかなかった。プロミドンを使って物質からエネルギーの一部を奪う我々は、時空間の創造主を愚弄するバンパイアだった。
 この時を境にして、我々の時空間と物質の概念は大きく変った。


 プロミドンが開発された当初、数々の批判があった。批判者の多くが惑星ロシモントの社会を支配する、世襲化されたクラリック階級だった。彼らは、時空間の創造主を愚弄する行為だと主張し、プロミドンの使用を快く思わなかった。当時の批判者全てが時空間概念について、なぜ、
『質量とエネルギーの等価性は、それ自体が時空間の存在と存続を意味し、単純にエネルギー転換してはならないものである』
 と説明できなかったか疑問が残る。

 現在に至れば、
「プロミドンに頼った我々が、一つの時空の終焉を早めた」
 と判断できるが、
「時空間の創造主は、プロミドンの開発を待っていた」
 とも判断できた。
 つまり、プロミドンの出現自体が待ち望まれた事であり、プロミドンを用いて我々が成すべき事は、時空間の創造主の代行、と考えられた。というのも、過去の我々は、この時空間に物質と生命を存在させて強固に保護している力を、知る由もなかったからだ。

 プロミドンの出現後、我々は、全てが我々の気づかぬ力により、強固に保護されている事実を認識した。これは重要な認識だった。我々がこの力に気づかぬまま種の誕生と消滅をくりかえすか、あるいは気づいて、この時空間に我々の痕跡を残し、この時空間の存続と維持に役立てるかには、大きな相違があった。


 プロミドンが開発される以前から、我々ニオブは肉体を離れ、精神エネルギーの生命体になる可能性を持っていた。それは時空間の創造主が我々に与えた能力であり、同時に我々の試練でもあった。
 過去の我々が理解していた精神エネルギーの概念は、
「精神エネルギーは、我々と我々に近い生命体に存在し、他には存在しない」
 だった。
 これについて、世襲化されたクラリック階級の間で、過去数万年間議論研究されたにもかかわらず、最終結論はプリースト位からも、上位のビショップ位からも、さらに最上位のアーク位からも下されず、最下位のディーコン位に至っては、口を閉ざしたまま、森羅万象に宿る精神エネルギーの存在を自己概念に留めるにすぎなかった。
 だが、他の生命体と物質に精神エネルーが宿るのは明らかだった。

 世代交代をくりかえす間に、我々アーマー階級のジェネラル位は、クラリック階級と異なる判断と認識を持った。
「すべての物質は精神エネルギーを宿している。我々は精神エネルギーだけの生命体になる能力を持ち、我々の精神エネルギーは他の精神エネルギーを吸収できる。また、我々の精神エネルギーを与えることもできる」
 とである。その結果我々は、我々を支えるエネルギー源に、我々とは異なる他の存在を考えるようになった。

 プロミドンの開発によって、我々はすべての物質と生命体から、純粋な精神エネルギーを得た。そして、物質を何度もエネルギー転換するうちに、生命体のみならず、あらゆる物質に存在する精神エネルギーには序列があり、我々に合う精神エネルギーが限定されるのを知った。我々は、他の生命体と物質をエネルギー化する事を極力避けた。
 しかし誤算はあった。


 時空間の秩序は一つの現象で大きく変化する。
 アマラス星系が属する銀河が、膨張から収縮に転じた今、銀河中心の影響がアマラス星系にもたらす変化も例外ではなかった。
 みずからの水素核融合反応による膨張力で自己の重力収縮を抑え、安定的にエネルギーを放射していた恒星アマラスは、銀河中心の増大する重力場のため、核融合反応が生む膨張と収縮の均衡に変化を生じた。
 惑星ロシモントを含む十二個の惑星は、エネルギー放射を変化させる恒星アマラスから大きな影響を受けた。同時に、ロシモントのみならず、十二個の惑星は、銀河中心の重力場の影響を受け、しだいに公転半径を減少させた。

 惑星ロシモントは恒星アマラスの四番目の惑星だった。ロシモントの外軌道に、惑星に成りきらない小惑星帯が存在し、恒星アマラスをとり巻く輪のように公転をくりかえしていた。
 惑星ロシモントの気温が上昇し、砂漠化がはじまると、我々は、プロミドンを使い、外惑星軌道にある小惑星帯を惑星化し、さらにテラフォーミングして移住する計画を進めた。
 たとえこの試みが成されなくても、アマラスの寿命は残すところ数億年(ガイア時間数十億年)しかなかった。我々が手を下さなければ、二億年(ガイア時間二十億年)後、十二個の惑星は従来の公転軌道をそれて、恒星アマラスの重力圏に引きこまれるはずであり、それ以前の一億年内(ガイア時間十億年)に、アマラスの放射エネルギーのため、砂漠化し、生命は生息不可能になるはずだった。

 我々は他の惑星との公転均衡を考慮し、プロミドンを使って小惑星帯を三個の惑星に変えた。にもかかわらず、増大する銀河中心の質量により、アマラス星系の公転均衡は崩れ、恒星アマラスはこれまで放出していたエネルギーに加え、強烈な放射線を放出した。
 このような事態が起きないよう充分研究され、計算されたにもかかわらず、アマラス星系の公転均衡は崩れたまま、アマラス星系自体が銀河中心に引きこれる事態が危惧された。

 予想されうるすべての現象を判断すると、数万年以内に惑星ロシモントの温度が上昇し、小惑星帯に作られた新たな惑星をテラフォーミングして移住しても、地表が砂漠化するのは明らかだった。生命がこの過酷な環境に適応しても、生息は数億年以内(ガイア時間数十億年内)に限られていた。
 惑星ロシモントと新たな惑星の未来がここまで変化するのは、時空間の進むべき変化に抗して、プロミドンを使った我々の責任だった。
 しかし、我々が手を下さなくても、ロシモントで生命が生息できる期間は数億年(ガイア時間数十億年)だった事実に相違はなかった。

 説明するまでもなく、自己の種を存続させるために小惑星帯を消滅させた我々は、時空間の創造主が定めた時空間の秩序に逆らっていた。そして、プロミドンを開発した我々自身の存在を疑いはじめた。
 この惑星系の構成要素である我々が、プロミドンを用いて小惑星帯を惑星化し、さらにテラフォーミングして移住しようとしたように、我々は、他の力により、アマラス恒星系の破壊者として、時空間から追放される可能性もあった。


 プロミドンにより、我々はすでに、知的生命が存在する惑星と、これから生命が誕生する惑星をいくつも確認していた。そして、我々の種よりはるかに進化した、一つの時空間を維持する高度な能力を持つ、時空間の創造主である「存在」を認めていた。
 仮に、予想通りの結果を得ていれば、我々は、新惑星を誕生させるために小惑星帯を犠牲にした、と弁明も可能だったが、現状は批判の対象でしかなかった。我々はそれら「存在」から、何らかの干渉を覚悟していた。
 しかし、干渉はなかった。いや、我々が直接感じる干渉がなかっただけだった。

 我々は限られた時間を有効に使うために論じた。
 小惑星も我々と同じ時空間の構成要素である。これら時空間の構成要素を二度と消滅へ導かぬよう、我々は我々自身に誓い、今後、我々がアマラス星系のみに留まることなく、他の時空間で活動できるよう、我々自身の精神エネルギーをみずからの力で高め、かつ、プロミドンの力を借りて、みずからを精神エネルギー体としての精神生命体に変えた。

 この時、我々は、見えぬ「存在」の意思を明確に理解した。
「存在」は我々が精神生命体になることを望み、我々は「存在の意思」に従っていたにすぎなかった。精神生命体になった我々の目的は明らかだった。

 我々は、すべての生命体を精神生命体に転換し、艦艇に積みこんだ。
 プロミドンが開発されてから我々の時間で九千五百年がすぎ、我々ニオブは新たな出発の時を迎えた。
 我々はこの期を一つの区切りとし、この時を新たなロシモント暦の始まりとした。新たな出発には我々の種に近いトトの種もいっしょだった。
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