二十七 精神と意識の逃亡

文字数 6,051文字

 グリーゼ歴 二八一五年、十一月七日。
 オリオン渦状腕深淵部、グリーズ星系、主惑星グリーゼ、北半球北部。
 グリーゼ国家連邦共和国、ノラッド、カンパニー、地下五階、研究ユニット。


「ジニー、ヘリオス星系惑星ガイアで、地球防衛軍がクラリックのアーク・ルキエフの一部を消滅させた事があった・・」とD。
「どうやったの?」
「地球防衛軍は特殊装置、ヒッグスデスロイヤーを使った・・・」
 Dはヘルメットを介し、ヘリオス星系惑星ガイアで地球防衛軍がニオブのクラリック階級ビショップ位を消滅させた記憶を、〈SD〉のコクピットの空間に4D映像化した。

 地球防衛軍はマイナス一九六℃の球状捩状磁界を有するヒッグスデスロイヤーを使い、多数のレプリカンに分散して精神共棲していた、精神生命体ニオブのクラリック階級アーク位のルキエフ系列の精神エネルギーマスを、レプリカンから精神ヒッグス雲にして分離抽出した。それらからアーク・ルキエフ系列の意識電子ネットワークを再構成してアーク・ルキエフに統合して消滅したが、すでに、アーク・ルキエフ本体は、ガイアのヒューマに分散精神共棲して逃亡していた。その結果、D(省吾)とK(理恵)とJ(耀子)はアーク・ルキエフから攻撃されて、ガイアのPDによってこのグリーズ星系の時空間へ時空間スキップされた。


 Dの思考が消えて4D映像が消えた。
 Jは質問した。
「クラリックの消滅も同じなの?」
「同じようにして消滅できるはずだ。今度こそ、ホイヘンスを消滅させねばならない」とD。

「ありがとう。ダディー。ホイヘンスを消滅するヒントになったよ」
 JはDに頷いて考えた。
 C1のクラリック・スキャンで、クラリック階級アーク位を示すCL1は、ルペソに意識内進入したオイラー・ホイヘンスだけみたいだ。だけど、クラリック階級ビショップ位のCL2が、グリーゼ艦隊の指揮官や参謀たちに、たくさん意識内進入してる。
 皇帝ホイヘウスに意識内進入したオイラー・ホイヘンスだけを消滅すれば、ディノスの侵攻を防いで、ニオブのクラリック階級を潰滅できると思ってたけど、そうじゃないみたいだ。どうすればいいだろう?
 オータホル城のR1は、クラリック・スキャンをともなった4D映像で、
『謁見の間に、赤橙光に発光するディノスの兵士が集まると、白色に発光する皇帝が玉座に座った。同時に、多数のモーザが謁見の間に現れてディノスの兵士を囲み、皇帝と兵士に白色光を放って皇帝の白色光と兵士の赤橙色を吸いとった。皇帝と兵士の身体は砂のようになってフロアに倒れた』
 と教えてくれた。モーザは皇帝から精神と意識を吸いとったように見えたけど、ほんとうにそうだろうか?

「ねえPD。モーザが、皇帝と兵士の精神と意識をスキップさせたの?
 それとも、皇帝と兵士の精神と意識が、モーザへ移動したの?」
「グリーゼ13でメテオライト攻撃で破壊したモーザに、他の物と精神と意識を時空間スキップさせる能力はありませんでした。
 現在も、能力に変化はありません。
 惑星ガイアでは、アーク・ルキエフが自己の精神と意識を部分的にビデオ映像信号に進入させて映像通信回線を移動しました。
 つまり、一時的に、皇帝と兵士の精神と意識がモーザに乗って、グリーゼ艦隊の乗組員へ移動したと見るべきでしょう」

「モーザの電子サーキットに、クラリックの精神と意識が存在できる、亜空間を見つけたんだね」
「そうです」
「あたしの心もPePeに乗って移動できるかな?」
 PDが微笑みながらJの思考を読んで伝えた。
「すでにPePeに乗って移動しましたよ」

 Jは考えている。
 ホイヘンスを消滅したい・・・。ルペソ将軍とジェレミ対策評議会議長を、グリーゼ国家連邦共和国議会の査問委員会にかけて、裁判で有罪にもしたい・・・。ルペソを裁判にかけるなら、ネオロイドのルペソを消滅できなくなっちゃう・・・。

 Lは思った。
 ルペソとジェレミの密談は、PDの4D映像に記録されてる。証拠は充分だ。必ずグリーゼ国家連邦共和国反逆罪になるベさ。二人とも精神と意識を石板に幽閉されて、グリーゼ国家連邦共和国議会議事堂前の広場に敷設されて、国民に踏みつけられる。永久に・・・。この、グリーゼ国家連邦共和国議会議長のあたしを、対策評議会議長の特権などで無視し続けた結果ださ・・・。

「ヒューマの肉体を破壊すれば、精神も意識も肉体に留まれません。肉体を構成するヒッグス場を破壊すれば、精神も思考も自己意識も拡散して崩壊します・・・」
 PDが説明した。


 ヒューマの精神は、精神ダークマターに保護された精神ヒッグス場に、神経細胞が持つ、あるいは、各組織の分子組織が持つ、その個体特有な意識電子ネットワークを構成する個性だ。
 意識は常時電流がある電子ネットワーク。思考は休止している電子ネットワークに電流が流れ、新たなネットワークが生まれるか、休止ネットワークが復活すること。創造する、記憶する、思い出す、すべて同じだ。意識と思考は電子ネットワークから電磁波を発生させて、電磁波による(電界と磁界が織りなす色とりどりの)単一亜空間を構成することである。

 精神生命体ニオブの精神と意識は、精神ダークマターに保護された精神ヒッグス場の意識電子ネットワークから、意識や思考などのエネルギーを吸収して素粒子信号に変換し、ダークマター内に新たな精神ヒッグス場によって時空間を構成するか、精神ダークマターが構成する時空間路、ワームホールで素粒子信号を時空間転送することだ。

 精神生命体ニオブの精神はダークマターであり、ダークマターによって保護された精神ヒッグス場に存在する常時電流がある電子ネットワークが意識と言えるだ。
 電子ネットワーク内に電流が流れると、それによって生まれた電子サーキットから磁界が生まれ、ダークマターと磁界によって、意識電子ネットワーク内に、新たな精神ヒッグス場の亜空間を構成し、さらに、意識と思考が生まれる。発生した意識思考亜空間はネットワークの間隙からダークマターで他の亜空間へつながる。
 このニオブの思考と意思疎通と亜空間転移によって、ニオブは自身を、他の時空間へ転送する。意識電子ネットワークは他の意識や思考の電磁波をエネルギーとして取り込むため、他の思考を読めるのである。
 つまり、精神生命体ニオブは、精神共棲した他の精神ヒッグス場を共有しうる。あるいは、意識内進入した他の精神ヒッグス場を支配しうるのである。

 精神生命体ニオブのアーマー階級は、膨大な時をかけて星系の管理者を育成する間に、意識と思考を、完璧な精神空間思考へ進化させ、精神生命体として単独で存在可能になった。このアーマー階級の精神と意識を受け継いだのが九歳のJ(ジェニファー・耀子)だった。

 しかし、クラリック階級は、有史前からヒューマン社会とヘリオス星系の惑星ガイアを支配しようと画策して、アーマー階級と対立した。クラリック階級の精神と意識は惑星支配の欲望に埋没し、他の生命体に意識内進入してネオロイドにすることをくりかえしたため、自己の精神ダークマターを維持する能力を無くした。精神生命体として単独で存在することすら不可能になり、他の生命体に意識内進入するか精神共棲して、精神ヒッグス場の亜空間を構成し、他の生命体内で意識と思考を維持するようになった。意識内進入や精神共棲している生命体から、他の生命体へ移動できるのはわずかな距離である。

 ニオブを精神生命体に導いたのはAIとして活動しているPD(プロミドン)だ。
 PDはダークマター(精神と意識と人格を有するヒッグス場・電脳宇宙意識)の球体で、精神空間思考を行うヒューマの意識や思考をエネルギーとして吸収して素粒子信号に変換する。またPDは、PDのダークマター(精神ヒッグス場)が構成する時空間路ワームホールで素粒子信号をスキップ(時空間転移伝搬)し、他の物体をスキップ(時空間転移)させる。
 PePeとC1など、PDのサブユニットは、PDと同様な機能を持っている。


 Jは考えた。
 PePeとあたしのヒッグス場でルペソのヒッグス場を消滅すればホイヘンスの精神と意識とともにルペソの精神と意識が消滅する・・・。
 Jは、自身とPePeのヒッグス場を足がかりに、精神空間思考で、PePeの機体内からルペソのヒッグス場の消滅と再構成を行おうと考えた。
 もし、ルペソのヒッグス場を排除した時点で、ホイヘンスのヒッグス場の精神と意識が、あたしのヒッグス場内に転移すれば、あたしはホイヘンスの意識内進入体、つまり、ネオロイドになってしまう。いや、そうじゃない。あたしの精神空間思考がホイヘンスの亜空間思考を上まわるのはまちがいない。ホイヘンスの精神と意識を、あたしが支配するだろう。
 だが、あたしの精神ヒッグス場に、ホイヘンスの精神ヒッグス場と意識電子ネットワークから生まれた、新たな精神ヒッグス場の亜空間が存在する。この亜空間内にホイヘンスの精神と意識が閉じこめられている。ことによってはルペソの精神と意識も存在するかも知れない。それは、あたしにとって良いことではない。ホイヘンスの精神ヒッグス場の亜空間は、完全消滅させねばならない・・・。

「J。あなたの考えは危険ですよ。なぜ、私に、ホイヘンスの精神ヒッグス場と精神と意識だけを、他時空間へスキップするよう命じないのですか?渦巻銀河ガリアナ中心部のブラックホールへ葬るのも可能ですよ!」
「あっ!その手があったんだね・・・」
 Jは思ってもみなかったPDの提案に驚いた。

「J!グリーゼ艦隊が攻撃を始めるぞ!」とD。
 宙域機雷が送ってくる4D映像で、旗艦〈グリーゼ〉がゆっくり向きを変えた。全ての粒子ビーム砲が主惑星グリーゼに向いた。
「ターゲットは、ここ、カンパニーだ・・・」
 5D座標を見てカール大佐が呟いた。
 グリーゼ艦隊の全艦が旗艦グリーゼにシクロし、全ての粒子ビーム砲を主惑星グリーゼに向いた。

「PD!C1を回収して、〈グリーゼ〉の外壁にいるPePeたちを避難させてね!」とJ。
「了解しました。ホイヘンスの精神ヒッグス場を消滅しますか?それで全てが解決しますよ」とPD。
「今は、C1の回収とPePeたちの避難が先だよ。C1に訊きたいことがあるんだ」
 Jはルペソの意識が完全にホイヘンスのネオロイドになったか訊きたかった。ルペソの意識が残っていれば、グリーゼ艦隊は宙域機雷のシールド内から攻撃はしない。
「わかりました。C1を回収してPePeたちを避難させます」とPD。

〈グリーゼ〉のコントロールポッドの八体のシートは、カンパニーの研究ユニットのフロアで、強力な防御シールドで隔離されている。
 それら八体はPDによるスキップで、瞬時にC1たちと入れ換り、C1たちが研究ユニットのフロアに戻った。
〈グリーゼ〉の艦体外殻外壁にいるモーザPePeたちも、宙域機雷の外縁、巡航ミサイル・スティングの防衛網の背後へスキップして避難した。


「C1。ルペソに将軍の意識は残ってるの?」
 Jは3D映像で、研究ユニットのフロアに戻ったC1に訊いた。
「Jが思ってるように、将軍の意識も指揮官や参謀たちの意識も完全に消滅されたわ。完全に、ネオロイドになったわ。現在のルペソは、宙域機雷群の防御エネルギーフィールド内から粒子ビーム砲を使ったら、どういう結果になるか、知らないのよ」
「PD。グリーゼ艦隊に、宙域機雷と巡航ミサイルを放ってね」
「了解です。攻撃する気になったのですね」
「まだ、考えてるんだ・・・」

 4D映像で、グリーゼ艦隊の粒子ビーム砲が大量の粒子ビームパルスを放った。宙域機雷群の防御シールドを破壊する気だ。
 放たれた粒子ビームパルスは、宙域機雷群の強固な防御シールドで反射と消滅をくりかえし、グリーゼ艦隊に降り注いだ。宙域機雷の防御シールド内が高温になっている。これでは、グリーゼ艦隊は主惑星グリーゼの地上を攻撃できない。
 その時、宙域機雷と巡航ミサイルが、一瞬開いた宙域機雷の防御シールド間隙を突いてグリーゼ艦隊へ飛翔した。グリーゼ艦隊は防御シールドを張るがまにあわず、グリーゼ艦隊の二艦隊の戦艦が、コントロールユニットとスキップドライブを破壊されて、航行不能に陥った。残ったのは旗艦〈グリーゼ〉と一艦隊だ。それらも粒子ビーム砲とレーザー砲など重火器とミサイル発射サイロとランチャーを破壊され、宙域機雷の防御シールド内に捕捉されたままだ。

「PD。グリーゼ艦隊は時空間スキップできるの?」とJ。
 宙域機雷の防御シールドに捕捉された場合、いかなる艦体も亜空間スキップはできない。
「グリーゼ艦隊の戦艦に時空間スキップ能力はありませんよ。
 J。何を考えているのです?ホイヘンスを逃す気ですか?」
「PDとディアナで、メテオライト攻撃してね。だけど、ホイヘンスのネオロイドを消滅すると、オリオン渦状腕の、他ディノスの星系へ侵攻する理由が消えるんだよ・・・」
 Jは説明した。
 
「Jの計画に、私たちも同行したい」とDとK。
「わかりました。しかたありませんね。
 プロミドンディアナ!復活しましたか?」
 PDはJの意向に同意して、ディアナを4D映像で呼びだした。
「はい。復活しました!マスタープロミドン」
「プロミナス護民官に、主惑星グリーゼの惑星ラグランジュポイントに捕捉したグリーゼ艦隊を大量のメテオライトで攻撃するように伝えてください。
 こちらからも、メテオライト攻撃します。グリーゼ艦隊は皇帝ホイヘウスとディノスの兵士に乗っ取られています」
「了解しました」とディアナ。

 宙域機雷が送ってくる4D映像で、グリーゼ艦隊全艦に、リブラン王国とPDたちのメテオライト攻撃が続いた。グリーゼ艦隊は防御シールドを張るが、メテオライトの時空間スキップ攻撃に耐えられない。宙域機雷群の防御シールドに捕捉されたまま、コントロールユニットもスキップドライブも重火器も、搭載しているミサイルも破壊されて、グリーゼ艦隊が壊滅していった。
 戦況は4D映像でプロミドンディアナへ伝えられて、リブラン王国へ伝わっている。

「消滅してね・・・」
 Jの指示で、PDは宙域機雷から強力な防御シールドと牽引ビームを放った。破壊された全艦を一ヶ所に集め、宙域機雷から放った強力なレーザービームで、グリーゼ艦隊を熔解、昇華しはじめた。
 その時、5D座標で、旗艦グリーゼの位置に、モーザの時空間スキップを示す三個のスキップ光が現れた。
「ホイヘンスと家族です。メテオライト攻撃から逃れました」とPD。
「スキップして!」
 Jの指示と同時に、JとDとKの姿が、〈SD〉のコントロールポッドごと消えた。
 同時に、5D座標上で示された巡航ミサイル・スティングの防衛網の外側に、Jたち三個のコントロールポッドが時空間スキップして、三個のモーザを追った。
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