十一 第五階梯㈡

文字数 5,654文字

「ヨーナ、精神エネルギー反応の出所の映像だ・・・」
 キーヨが伝えた。
 ブリッジに現れた4D映像は、北の大陸の森林地帯にある、南に面した岩肌だった。岩の至る所に裂け目と洞窟があり、数家族がうごめいている。進化は第一階梯の初期にあり、やっと言葉らしきものを身につけた段階である。
 しかし、火と道具の使用はサキの一族を抜いた状態にあり、石を砕いて石器を作る姿は第三階梯に近かった。身体的進化と精神的進化のアンバランスがはっきり現れていた。

「大人は第一階梯だ。
 なのに、子どもの一人が第四階梯だ。
 他の子は第三階梯だ・・・」
 ガイア時間の五年間、キーヨは、サキの一族の他に、優れた類人猿の精神エネルギー反応を探査できずにいた。そして、いきなり、第一階梯からいっきに第四階梯へ進んだネオテニーが現れたのである。

「どの子だ?」
「この岩の奥だ。
 一人じゃない。五歳までの子供のほとんどが第三階梯に近い。
 一人だけ第四階梯以上のがいる・・・ほら、あの十五歳くらいの娘だ」

「進化にクラリックの介入は?」
「遺伝子操作はない。
 明らかに突然変異だ。
 彼女がいろいろ皆に教えてる。
 死者の埋葬も、彼女が皆に教えた。
 体形はサキの一族に近い。
 ガイアが認めたサキの相手だろうか?」
「精神的進化の原因がどうあれ、おそらくそうだろう」

 クラリックは、他のネオテニー一族を彼女の支配下に置くため、突然変異体の彼女の精神進化を進めて知識を与え、階梯を上げたのは明らかだった。。

「年齢はサキに合う。サキはここに来れるのか?」とキーヨ。
「カミーオに任せてある。心配いらない。
 サキは並のネオテニーじゃない。剣歯獣もいる。
 言葉がわからなくても、意識を読みとる。生き物すべての意識を理解できる」

 復活したサキは剣歯獣の意を解し、他の生物の意識を読む。その能力は、すでに我々と同レベルにあり、サキより高い精神エネルギーレベルを持つ生物はガイアにいなかった。
 北の大陸に住む彼女も、精神エネルギーレベルの序列はサキの次に位置し、他の意識を読む能力はサキが最も優れていた。
 だが、意識識別能力の不足と知識不足から、サキは読み取った意識全てを理解するには至っていなかった。今のところ、彼が識別できる意識は、彼より低い精神エネルギーレベルのネオテニーや類人猿や動物だけで、我々やマオトの意識を、自分の意識を区別できず、マオトの与える意識を自分の意識と思っていた。彼にはそれで充分だった。

「キーヨ、ナムシ、彼女へ間接的に意識同調してくれ。
 クラリックも同調してる。気づかれるな」
「了解。
 クラリックは、まだ我々に気づいてない・・・。
 同調するぞ・・・」

〈ガヴィオン〉のプロミドンが捕捉した波動残渣による4D映像が、ネオテニーの集団を真上から見おろす状態から、ネオテニー一人一人を見る低い位置に変った。同時に、彼女の意識下に隠れる精神エネルギーが我々に流れてきた。

 サキの一族が、類人猿からいっきに第二階梯へ進化した突然変異のネオテニーであるのにくらべ、彼女の一族は、二段階に分かれて進化しつつあるネオテニーだった。
 彼女は一族のなかで真っ先に進化の階梯を進み、第四階梯に達していた。彼女より幼い子供たちは第一階梯から第三階梯へ進化の途上にあり、彼女ほど急激な進化は現れていなかった。

 アーズのクラリックは彼女の存在を知り、我々が気づかぬように、発散する彼女の精神エネルギーをアーズのプロミドンの防御エネルギービームでシールドしていた。そして、彼女が十歳の時から、我々に気づかれぬように頻繁に意識投射して夢を見せ、精神に少しずつ手を加えていた。もちろん、彼女はそんな事に気づかなかった。

 彼女は夢で得た知識を興味のままに実行した。ネオテニーたちの前で火を起こし石器を作る彼女は、従来の年功序列と異なる意味で、ネオテニーたちの支配的立場になっていった。次々と夢から物事を判断する彼女の意識はアニミズムからシャーマニズムへ変化しつつあり、一族の中で彼女の存在はシャーマンに近づいていた。

 クラリックは彼女が支配者になるのを望んでいたが、第五惑星ヤプトゥールの調査に力を注いでいため、彼女の監視が手薄になっていた。我々にとって彼女を知る絶好のチャンスだった。


「キーヨ。彼女の名は?」
「マナ・・・、マナだ・・・」
「どうした?何かあるのか?」
 私はキーヨの考えが気になった。

「今はない。
 そのうちクラリックはマナに意識内侵入する。そしてマナの身体を乗っ取る気だ。
 奴らのやり方は精神共棲じゃない。ある程度まで精神進化させ、いっきに身体を手に入れる。マナだけじゃない。一族がクラリックの餌食だ!
 どうする、ヨーナ?何とかしないと、マナが奴らの手に落ちてしまう。
 我々が直接介入する時だぞ!」

 かつて、エネルギー確保にプロミドンを使うのはエネルギーバンパイアだと批判したクラリックだった。彼ら自身がバンパイア行為に出るとは、これも彼らの運命だろう。
「ああ、介入しよう」
 私はキーヨに賛同して指示を決意した。
「ヨンミン、クラリックの干渉は?」
「ありません」
「偵察艦が移動するまで、〈ガヴィオン〉のプロミドンでサキを保護しろ」
「了解」
 ヨンミンは、〈ガヴィオン〉のプロミドンから、サキの周囲に、防御エネルギーフィールドを放射した。

「ナムシ、偵察艦を三隻、サキがいる大陸の北へ移動させろ。
 サキを保護するんだ。
 他の三隻にマナを保護させろ」
「わかりました!」


 ガイアのプロミドンは、サキがいる大陸と北の大陸の間の、内海の南へ移動した。サキを包む防御エネルギーフィールドを張り、緑の草原を背景に、白く波打つ海岸の4D映像を送ってきた。この大陸北部は内陸から海岸線まで草原が拡がり、サキが育った草原に見られない、丈の長い植物が大量に結実して草食獣が大繁殖していた。

 サキの周辺へ移動した三隻の偵察艦は、プロミドンが張った防御エネルギーフィールドの外側に、さらなる防御エネルギーフィールドを張った。
 他の三隻も、マナの一族が住む岩屋を囲み、防御エネルギーフィールドを張った。
 サキもマナも、はるか上空に浮かぶ偵察艦と、張られた防御エネルギーフィールドに気づかなかった。二人の精神は進化していたが、まだ、我々の精神エネルギーを直接認識できる段階にはなかった。

 マナの存在が明らかになる前、カミーオは、精神エネルギーの直接媒体マオトと二頭の間接媒体ミューとフーを使ってサキに意識投射し、サキの一族と一族に付随した経験を基に自然界の精神を伝えていた。
 サキの未来の妻、マナの存在が明らかになった現在、これ以上、サキ個人の経験を基に意識投射を行えなかった。二人はまだ互いの存在を知らない。何らかの形で二人の共通意識を投射しておく必要があった。


「キーヨはマナに意識投射しろ。
 カミーオはサキにだ。
 二人を出会うようにしろ」
「投射内容を、二人の未来だけにするぞ」
 キーヨが伝えた。
「互いの姿をはっきり意識に植えつけておけ」
「わかった」
「カミーオ。マオトと話したか?」
「はい、我々のやり方に同意してます。
 子孫を守り育てるのが彼の役目だから、我々とともに、サキとサキの妻を守る、と主張してます。何も問題ありません」

「わかった。
 ヨンミン。地上のプロミドンで、偵察艦三隻の外部にさらにエネルギーフィールドを張って偵察艦同士のエネルギーフィールド間隙を封鎖しろ。
 カミーオ。マオトはサキの上空にいる。そのままそこにいるか、サキの中に入るよう伝えてくれ。マオトにはエネルギーフィールドが見えている。マオトの安全のためだ。
 ナムシ。偵察艦をさらに六隻、ガイアへ転送し、ガイアを偵察させろ。
 カッシムとミーシャはアーズの監視をつづけてくれ・・・」


 我々は、〈ガヴィオン〉のプロミドンとガイアのプロミドン、偵察艦のプロミドンを使い、二つの大陸にいるサキとマナの周囲に張った防御エネルギーフィールドを常時維持した。
 我々は二人に何度も意識投射を行い、二人は何度も同じ夢を見、そして、何度も夢を忘れた。二人に対する我々の期待は大きく、子孫に対するマオトの期待も同じだった。マオトはサキの周囲で、またある時は、サキの精神と無意識下に入りこみ、サキの精神と意識を励起した。

 二人の精神と意識に、意識投射の効果が現れはじめた時、サキは大陸の北まで移動していた。サキは大陸の北に位置する内海の海岸線にたたずみ、太陽光を反射して浮ぶプロミドンの立体構造をじっと見ていた。サキは、巨大なプロミドンが海に浮んでいるのを不思議に思わなかった。
 プロミドンから注がれる精神励起エネルギーが、サキの精神を安定させ、さらなる意識投射のエネルギーが注がれると、内海のはるか彼方に見える大陸から、サキの意識にむかって一人の女、マナが呼びかけ、サキは表現できない感情に満たされた。

 内海を渡れば大陸に住むマナを探せる・・・。
 海を渡らねばならぬが、海をはじめて見るサキは、なぜか、海を渡る術を知っていた。
 二頭の剣歯獣はサキの周囲をゆっくり歩きまわり、サキが何を考えているか、サキを見あげている。
 あそこに俺の家族になる女がいる。だけど、ここにいろといわれてる。女がここに来るんだ。もうじき・・・。
 歩きまわっていた二頭が立ち止まった。サキの両脇に座り、海のはるか彼方を見つめている。サキは二頭の剣歯獣からおちついた意識が伝わってくるのを感じた。

 二頭から伝わる意識は剣歯獣のものであり、マオトのものでもあった。今日までマオトは我々とともにサキを保護し、夢を与え、ここに移動する間も、様々な知識を与えてきた。
 サキは一つ一つを確実に吸収し、生活に役立てながらここに到着した。彼の精神的成長が彼自身をここに導いたのだった。


 サキがここに至るまで、クラリックの介入がなかったわけではない。それはマナも同じだった。特にクラリックの介入で精神的進化の階梯を進みはじめたマナに対し、クラリックの介入はサキ以上に激しく執拗だった。

 プロミドンと偵察艦が張った防御エネルギーフィールドは、保護対象の精神エネルギーとは異なる高レベルの精神エネルギーが、防御エネルギーフィールド内に進入するのを防いだ。しかし、精神エネルギーレベルが低く危険性が少ない生物や物質は、防御エネルギーフィールドを自由に通過できる。
 クラリックはこの盲点をつき、プロミドンの防御エネルギーフィールド外に生息する、精神エネルギーレベルの低い生物に意識内侵入して、シールド内に侵入し、マナに近づこうとした。
 彼らは、マナの精神に侵入できれば、自己の精神エネルギーレベルが高まる、と信じ、みずからを低めていた。いったん低めた精神エネルギーを単独で高めるのは非常に難しいとのリスクを犯して・・・。

 マナは異変に気づいていた。クラリックの精神エネルギーが意識内進入した、精神エネルギーレベルの低い生物は、ガイアの森羅万象に基づくエネルギーから成る本来の生物とは根本的に異なっていた。
 不自然なエネルギーが接近するのを感じ、マナは自然界に息づく本来のエネルギー場を必死に読もうと試み、自身の意識を自然界に同調させ、精神も意識も自然界とみごとに融合させた。
 その結果、マナは自身の力で第四階梯から第五階梯へ進んだ。マナの基本行動の発端はガイアだった。

 マナの精神と意識が自然界と融合すると、意識内侵入した生物の中にいるクラリックは、マナの精神と意識を見失い、同時にマナの精神と意識を認識する能力もなくした。
 クラリックは、生物の身体に閉じこめられたまま、精神エネルギーをクラリックレベルにもどせず、精神エネルギーのアンバランスによる生物の死とともに、空間へ拡散分離した。このような現象はサキにも起きていたが、結果はマナ同様、クラリックの敗北だった。
 二人は、独自に身につけたアニミズムで、クラリックの意識内侵入を防いだのである。

 アニミズムは、精神的進化を成す過程で、一度は通らねばならない過程だと信じられながら、クラリックは、アニミズムの概念が精神にもたらす影響は無いと考えていた。
 プリースト位のレクスターは我々同様、クラリックの考えを否定し、意識是正を望んだが、これまで、アニミズムの効果は実証されていなかった。サキとマナの実証がクラリックの固定概念を打ち砕いたのはいうまでもなかった。


 二人の精神が第五階梯へ進み、ガイアの自然と融合した今、二人に防御エネルギーフィールドは不用になった。
 この現象からも、我々がこの惑星ガイアに来て、ガイアのネオテニーを精神共棲の相手に選んだ価値はあった。明らかに、「存在」は我々に、進むべき時空間の流れを示していた。


 内海の北東の陸に森林が拡がり、至る所に風に倒された大木が散乱していた。海岸に現れたネオテニーの集団は、大木を何本も海に引き入れて筏を作り、海へ乗りだした。

 内海の先に陸が拡がり、海岸から、懐かしさが光とともにマナの意識に飛びこんで来た。
「みんな、あの光にむかって進むんだ」
「わかった。獣を操る若者がいるんだな?」
「そうだ。みんなを導いてくれる」
 あたしを真っ先にな・・・。
 内海に浮ぶプロミドンはサキを海岸に待機させ、マナを誘導した。


 新たな、ガイアの時間が始まろうとしていた。
 我々はふたりの未来と、我々がディアナからガイアの地上に降下する日に期待した。

 これまで、我々やクラリックはガイアの種を遺伝子操作しなかった。遺伝子操作は遺伝子の来るべき未来の先取りにすぎず、自然淘汰の結果、たどり着くべき遺伝子の未来ではないからだ。
 つまり、遺伝子が経験すべきだった、あらゆる自然条件の記憶が遺伝子に残っておらず、緊急の場合、遺伝子レベルの対応ができないからである。これは、保護され育成された種が、自然界で単独生息するのが難しいのに似ている。
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