三 抹殺

文字数 3,992文字

 ガイア歴、二八〇九年、七月。
 オリオン渦状腕外縁部、テレス星団フローラ星、系惑星ユング、 静止軌道上。
 商業宇宙戦艦〈ドレッドJ〉。


『オラールは我々をはめる気だ』
 ジョーはクラリスに伝えた。
『艦長は、あなたたちが艦長の思考域を読めないと思ってるわ』
 そう答えてクラリスは何か考ている。

『オラールはレプリカンだな・・・』
 アントニオが激しい感情の精神思考で伝えた。レプリカンのオラールを抹殺する気だ。
『そうです』
 クラリスが平然と答えた。アントニオの感情を無視している。
『〈ソード〉のクルーは?』とアントニオ。
『クルーもレプリカンです。〈ソード〉もレプリカ艦です』
 クラリスは、〈ドレッドJ〉から離れてゆく〈ソード〉を4D映像表示した。
〈ソード〉は惑星ユングの惑星ラグランジュポイントから亜空間スキップするはずだ。

『〈ソード〉の出現域はどこだ?』
 アントニオが不審な表情で訊いた。
 クラリスの表情が強ばった。
『惑星カプラムです』

〈ソード〉が我々の先回りする理由は何だ?我々の計画は読まれたか?クラリスの提案どおり、スペースコロニーに紛れるしかなさそうだ・・・。
 ジョーはクラリスに伝えた。
『クラリス。亜空間内で〈ソード〉のレプリカを破戒したら、星系間航路コンバットはどう動く?』
『〈ソード〉が惑星カプラムの惑星ラグランジュポイントに現れなければ、軍警察本部はレプリカ艦の波動残渣を探るでしょう』
 帝国軍警察亜空間転移警護艦隊が惑星テスロンの惑星ラグランジュポイントにあるスキップリングを警護している。帝国警本部は艦隊の旗艦〈タイタン〉を通じてスキップリングから亜空間探査し、レプリカ艦が破壊した原因を波動残渣から探るだろう。

『破壊の痕跡を消せるか?』とジョー。
『可能よ』
『事故か?』とアントニオ。
『亜空間スキップの安全性は完璧ではありません。事故に遭遇すれば戦艦も破壊します』
『では実行してくれ』
『わかったわ、ジョー。司令官らしくなったわね』
 クラリスは司令室の空間へ手を伸ばして指を動かした。

 平行時空間4D映像と、平行時空間5D曲線座標が現れた。
 5D座標に、亜空間スキップを示す赤みを帯びた青白いチェレンコフ光が現れて黄色に瞬くと同時に、青白い時空間スキップ光が瞬き、黄色の瞬きが一瞬に薄れた。
 4D映像上では、惑星ユングの惑星ラグランジュポイントへ移動した〈ソード〉が亜空間へスキップすると同時に、高速度に加速された直径十数メートルのメテオライトが、〈ソード〉に食い込むように出現して、〈ソード〉は跡形もなく砕け散った。

『〈ソード〉の残骸と〈ソード〉に関する波動残渣を消去してくれ』
 波動残渣は、時空間構成粒子の経時変化だ。クラリスはそれら時空間構成粒子の変化と
痕跡を探って、過去に生じていた現象を再現できる。

『わかりました』
 クラリスは空間で指を動かし、亜空間内の破壊した〈ソード〉とその波動残渣を惑星ユングが属するフローラ星系の恒星フローラへ時空間スキップさせて消滅した。
『これでコンバットは亜空間内の波動残渣を探査できないわ』

 テレス帝国軍警察本部は亜空間探査で何も発見できなければ、調査した巡航戦艦の責任を問い処分する。我々が行なった〈ソード〉の破壊がさらなる破壊を呼ぶ・・・。
ジョーはそう考えていた。

 アントニオはジョーの思考を読んでいた。
『コンバットのレプリカンがレプリカンを処分するんだ。気にするな。
 コンバットの調査艦が亜空間へスキップするのはいつだ?』
 アントニオの質問に、クラリスは二つの4D映像を投影した。星系間航路コンバットは惑星テスロンと惑星カプラムのスキップリングから亜空間探査を開始している。そして、まもなく、テスロンのスキップリングから調査巡航戦艦が亜空間スキップする。


 5D座標上でテレス星系惑星テスロンのスキップリングに、亜空間スキップを示す赤みを帯びた青白いチェレンコフ光が現れた。それに続いてここフローラ星系惑星ユングのスキップリングにチェレンコフ光が現れた。
 4D映像の惑星ユングのスキップリングに二隻の巡航戦艦が現れている。
『調査巡航戦艦〈スティング〉二隻が、惑星ユングに亜空間スキップしたわ。
 一隻はここ惑星ユングの波動残渣を、もう一隻は亜空間内の波動残渣を追跡するわ』
 一隻がチェレンコフ光を発して亜空間スキップした。
 もう一隻は惑星ユングの静止軌道上を移動しながら、亜空間探査ビームを走査し、波動残渣を探査している。

『探査ビームは問題ないわ』
 5D座標上で、惑星ユングの静止軌道を移動する黄色の輝点から、5D座標原点の〈ドレッドJ〉に向って、探査ビームのエネルギー移動を示す薄緑輝帯が現れた。
 4D映像で、〈スティング〉は探査ビームで〈ドレッドJ〉を探査しながら〈ドレッドJ〉の一キロメートル近傍を通過した。

 亜空間探査で何も発見できなければ、これら〈スティング〉のクルーは調査結果を出せなかった責任を取られ抹殺処分される。
 
 テレス帝国軍警察星系間航路コンバットは、遺伝子と意識と記憶のバックアップを保存したヒューマのレプリカンと聞いている。レプリカンが抹殺されても、同系統の精神と肉体はレプリカンとして復活すると言うが、レプリカンとて一人のヒューマだ。
 ヒューマが抹殺されるのだから復活はありえない。ディノスの考えそうなことだとジョーは思った。

『帝国軍は抹殺した兵士の遺伝子を操作してレプリカンを造り、バックアップしてある兵士の精神と意識に軍への忠誠心と目標達成心を追加して、レプリカンに植えつけるの。
 新たな兵士には過去の記憶もあるし、新たな軍事意識もある。
 過去の兵士より優秀と言われてるわ』

『優秀なのか?』とアントニオ
『結果は、見てのとおり変らないわ』
『身体が変らないなら、付随する精神と意識も、肉体的能力に収束する・・・』とジョー。
『そうよ。新種と思えるのは一時的なの。長期的に進歩が早まるだけで新種が生まれるわけじゃないわ。
 今までの精神と意識に手を加えて、過去の肉体と同じレプリカンに注入しても。同一結果に収束するわ』
『兵士が結果を出せないたびに、帝国は、兵士に同じ事をするのか?』とアントニオ。
『そうよ。兵士に対して何度も同じ事をくりかえすわね。
 現時点で〈ドレッドJ〉が物資を搬送すれば、コンバットはもう一度〈ドレッドJ〉を検閲するわ。検閲した〈ソード〉の消滅で検閲記録が疑われるからよ。
 コンバットの調査団が撤退するまで、しばらくここに留まったほうがいいわ』
『了解した』
 ジョーはクラリスに伝えて艦長を呼んだ。

「キティー。積荷の積載は完了したか?」
「完了した。発進準備も終了した」
 ブリッジにいるキティー艦長の3D映像が現われた。
「全員を司令室に集めてくれ。コンバットが亜空間探査してる。四十八時間以内に、コンバット本部は方針を決めるだろう。それまで現空間に留まる」

「了解した。全員を司令室に召集する。
 あたしたちのお披露目だね!」
 キティーがディスプレイからジョーにウィンクした。
「その件もある」とジョー。
「本気か?偽装だろう?」
「本気だ、ハニー」
「うれしい、司令官。了解した!ダーリン!」
 キティーは笑顔でジョーに調子を合わせ、クルーに召集指令を発した。

「クラリス。艦の全コントロールを頼む」
 艦の制御はクラリス任せだ。我々クルーが艦体を制御しているように考えているが、クラリスが情報収集して分析と判断し、決定をクルーに求めているに過ぎない。
 クルーはクラリスの判断どおりに実行するしかない。クラリスが独断で事を成そうとすれば、クルーはクラリスを排除できない・・・。

「了解したわ。クルーの休暇期間中、艦内制御は完璧よ。
 私はテレス帝国とは違います。クルーを支配しません。
 それとも、ハニーに支配されたい?」
 クラリスはジョーを見つめて笑っている。
 ジョーはクラリスに目配せした。
「キティーに支配されるのはこまる。我々クルーは自由だ。これからも」

 アントニオは亜空間内の4D映像を見て、何か異質なものを感じていた。亜空間内に〈ソード〉の破壊した波動残渣は存在しない。それなのに亜空間内へスキップした〈スティング〉は、波動残渣追跡に時間をかけ過ぎている。〈スティング〉に異変が生じたのだろうか・・・。
 アントニオはジョーに言う。
『私がカプラムへゆくのは避けた方がよさそうだ。
 ジョー。拠点をユングに移そう』
『わかった・・・・』
 
 すでに〈ドレッドJ〉はアシュロン商会所属だ。商会本部は惑星ユングにある。
「私は予定を変更する。カプラムへは行かない。これから他の商業宇宙艦を検閲して、〈スティング〉がこの宙域に戻りしだい、アシュロン本部へ帰還する」
 アントニオは言葉でそう伝えた。
「わかった、アントン」
 ジョーも言葉で返した。
「では三日後にアシュロン本部で会おう」 
 アントニオはシートから立ちあがって、ジョーと握手して司令室を去った。

 機会をみて、惑星カプラムの拠点にある物資をユングへ移動せねばならない。
 いや、カプラムの拠点はそのままにしておこう。惑星ユングで異変が生じた場合、惑星カプラムを第二の拠点にすればいい。
『木を隠すなら、森の中でしょう』とは、クラリスもうまいことを言ったものだ・・・。
 そう考えるジョーにクラリスが微笑んでいる。
『惑星ガイアのことわざよ』
 我々の目的は、テレス帝国を壊滅して、惑星カプラムとユングとヨルハン、そしてテスロンの四惑星から成るテレス連邦共和国を再建することだ。
 四惑星がそれぞれ共和国を建設してもいい。要はディノスのテレス帝国の壊滅だ。四惑星は惑星ガイアから入植したヒューマが開拓した惑星であり、子孫である我々の惑星なのだ・・・。
 ジョーは決意を新たにした。
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